魔導師、お友達の所に遊びに行く 其の三
グラント侯爵を締め上げながら、私は目を眇めた。対して、当のグラント侯爵は漸く事態が飲み込めたのか、冷や汗を流している。
そんな姿に、私は内心、ひっそりと溜息を吐いた。
あ~……これは以前のノリでやらかしたって感じかなぁ?
金と武力をちらつかせて、王家にマウントでも取ろうと思ったか。
サロヴァーラが魔導師や他国の介入を受けたのはそう昔のことではない。寧ろ、記憶の彼方に忘れ去っている方が拙いだろう。
そういった意味では、未だに当時の恐怖を拭いされず、悪夢に魘されている連中の方が長生きはできる。
……が。
そういった連中でさえ、行動を起こすのは時間の問題だと私は思っていた。
だって、『彼らが恐れたのはサロヴァーラ王家ではないから』。
魔導師や他国といった『サロヴァーラ王家を支持する者達』は恐れても、サロヴァーラ王家に対する畏怖は……ない。
これは現在の当主達の大半が『生まれた時から、王家を見下すのが当たり前だったせい』だ。
どこかでキツイ処罰が下されることもなく、ここまで来てしまったゆえに、危機感を全く抱かない……いや、『抱く必要性を感じない』のだろう。
現在はティルシアが頑張っているが、大規模な粛清を行なうには味方の数が圧倒的に足りないはずだ。
その結果、チクチクとした個人攻撃と言うか、貴族達の反発を潰す程度になってしまっているのだろう。
そして、当の貴族達もそれを判っているからこそ、こんなふざけた真似ができるのだ。
私が提示したサロヴァーラの立て直し計画は長期的なものであり、速攻で『敵』(意訳)を潰すものではない。
まだまだ貴族達に余力がある現在が、サロヴァーラ王家にとって一番の踏ん張りどころなのである。
……まあ、他国からの監視の目が全くないわけではないので、本当にサロヴァーラ王家がヤバそうな時は、何らかの干渉が来るだろうけど。
それでも今はサロヴァーラ王家の力が試されている時でもあるから、外部に助力を願うことはしないだろう。
そういった背景もあり、現在、サロヴァーラ王家の一番の味方は魔導師である私、というわけだ。
だからこそ、ティルシアは私のお部屋を作ってくれたわけですね!
私にも利があるとはいえ、牽制を兼ねた先手を打つあたり、さすが女狐様。
宜 し い 、 そ の 期 待 に 応 え よ う じ ゃ な い か 。
「本当に、お馬鹿さんねぇ……私は『一時的に手を引いただけ』であって、やらかした貴族達を許してはいないのに」
うふふ! と笑いながら告げると、怪訝そうな顔になるグラント侯爵。どうやら、意味が判っていないらしい。
「私は『ティルシアと取引したから、この国の立て直しを優先させているだけ』であって、『この国で私自身が受けた屈辱を【一度も】忘れてはいない』のだけど」
「な……」
絶句するグラント侯爵、ざわめく貴族達。どうやら、彼らは揃っておめでたい頭をしているらしく、ふざけた態度を取った侍女や騎士達の叩き出しで事が済んだと思っていた模様。
はは、そんなはずないじゃない。あれはあくまでも『不要な連中の排除』であって、彼らの役職や立場――侍女や騎士といったもの――を踏まえた上での『対処』である。
魔導師の報復とは別物よ? だいたい、お前ら貴族は叱られただけだろー?
「『世界の災厄』に喧嘩を売って、ただで済むはずないでしょ? 将来的に国に必要と判断すれば報復を諦めるけど、それが見込めないなら、殲滅一択だわ」
さあさあ、他の貴族達も思い出すがいい。貴様らは私に何をしたのかな?
誘拐事件やそれに伴う幾つかのことはティルシアとの間で決着がついているけど、この国の貴族連中が私にしたことは別枠よ?
彼らが延命されたのは偏に、ティルシアとの取引があったからである。この国の立て直しのために生かされているに過ぎないのだ。
それなのに、サロヴァーラ王家にとって脅威になりそうな行動を取るならねぇ?
「ティルシアはそれを判っているから、貴方達への警告という意味も兼ねて、私に部屋をくれたの。喉元に牙を突き立てられる寸前だって」
ね? とティルシアに尋ねると、にこりと笑って頷いてくれる。
「魔王様達もそれを判っているから、今回は私に譲ってくれたの。だけど、ただの八つ当たりで済ます気はないわ。折角、証拠があるんだもの」
ちらりと視線を向ければ、ティルシアは心得たとばかりに笑みを深めた。
「そうね……『これ』を手土産として頂いた以上、私達は動かなければならないでしょう。ヴァイス、貴方の部下を連れて王都にあるグラント侯爵の屋敷に向かいなさい。ここに書かれていることが事実ならば、証拠となるものの押収と屋敷に居る者達の拘束を」
「了解致しました」
「ついでにミヅキも連れて行って。こちらで裁くならば、暴れられるのは今だけよ。それに、私兵が居る可能性がある以上、戦力が欲しいもの。……いいかしら?」
「おっけー♪ 今回はそれで手を打ちましょ」
「ふふ、そうしてくれると助かるわ」
グラント侯爵一家=魔導師を大人しくさせるための生贄。建前はこれだが、本当は少し違う。
今回、私が持ってきた証拠が魔王様達からもたらされたものだからこそ、『イルフェナに対する誠意』を『私』に見せ付けなければならんのだよ。
イルフェナへの報告者&戦力として使うなんて、ティルシアも私の使い方が判っているようだ。
ヴァイスの部下が何人いるかは判らないけど、『魔導師が暴れ足りなさそうだから』という名目で、私も戦力に組み込むか。
……。
やっぱり、人手不足は結構深刻みたいだね。真面目人間のヴァイスが黙ってティルシアの提案を受け入れていることからも、それは窺えた。
「な……お待ちください! 王都の屋敷には家族が……っ」
「これは家単位の処罰なのよ、グラント侯爵」
「そうそう! まあ、出てきた証拠や状況によっては、一族郎党って範囲になるけどね」
さらりと告げるティルシアに、追加攻撃を行なう私。グラント侯爵が慌てようとも、私達は止まらない。
「ところで、その屋敷ってここから近いの?」
「すぐ近くのはずよ」
「そっかぁ……じゃあ、帰って来るまでこのままね」
『え゛』
椅子ごと下半身が凍り付いている連中は絶句しているが、奴らはそれなりに着込んでいるので、凍傷にもならないだろう。
どちらかと言えば、この場から動けないことが拙いに違いない。急いで屋敷に戻るなり、家に連絡を入れるなりして拙いものを隠さなければ、明日は我が身なのだから。
勿論、それを見越して氷漬けにしましたが、何か?
折角の見せしめの機会だもの、逃がさないわよ~う。
「それじゃあ、行ってきま~す!」
泣きそうな氷漬けの人々にひらひらと手を振り、私は部屋を後にする。……一礼し、同じく部屋を後にしたヴァイスの表情が厳しいのは、気のせいじゃないだろう。
短期間で咎められるような行動を起こした輩に対し、ヴァイス君もお怒りのご様子。
公爵子息である彼を派遣する以上、身分を振り翳しての拒絶は不可能だ。こりゃ、きっちり締め上げられるだろうな。
※※※※※※※※
――王都にあるグラント侯爵の屋敷にて
「お邪魔しまーす♪」
妙に厳つい門番や数が多い警備の人――多分、私兵だな――を吹っ飛ばし、問答無用に屋敷に乗り込む。
これが騎士だと問題行動と言われるだろうけど、やらかしたのは魔導師たる私なので問題なし。ヴァイス達は後に続いただけである。
「何事ですか!」
家令らしき人が慌てて出てくるが、そこはすかさずヴァイスが手にした書状を提示。
所謂、『家宅捜査の許可』ってやつですな。目を通した家令が顔面蒼白になっているので、処罰される事柄についてもっと詳しく書かれているのかもしれない。
……。
つまり、すでにグラント侯爵はアウトだったってことですね……?
だって、あまりにもヴァイスの手際が良過ぎだ。『一体、いつからそんなものが用意されていた!?』と思っても仕方ないだろう。
おそらくだが、屋敷に踏み込むタイミングを見計らっていたと推測。そこに証拠を携えた私が来て、一気に事態が動いたって感じかな。
女狐様達もしっかりとお仕事はしてくれていたらしい。勿論、魔王様達に伝えておきますとも!
そんなことを考えていると、いつの間にか武器を持った男達に囲まれている。あらあら、この屋敷は何処からか人が湧く模様。
「グラント侯爵に謀反の疑いがある。大人しくしてもらおう」
ヴァイスが告げるも、男達は引く様子を見せない。それどころか、家令らしき人がこっそりと奥に向かおうとしている。
そんな彼らの姿に、私達は疑惑を確信へと変えていった。
へぇ……やっぱり、王家から咎められるようなことをしてたんだ?
騎士達に踏み込まれた際は証拠隠滅なり、隠蔽なりを任されているのだろう。役割分担ができているあたり、中々に悪質だ。
だ・け・ど。
「はい、そこ逃げない!」
「ひっ」
パチリと指を鳴らすと同時に、家令らしき人の片足が凍り付き、床に縫い留める。
それを見た家令らしき人が驚いて私の方を見るので、私も手を振ってアピールを。
「逃・げ・ちゃ・駄・目♡」
「……っ」
「言うこと聞かないと、『強制的に』動けないようにするけど?」
ほら、色々あるでしょー? 足を切り落とすとか、骨を砕くとか。
そう教えてあげると、家令らしき人は顔を真っ青にして黙り込んだ。……詳しく教えては駄目だったようだ。怯えている。
「……お前、何者だ」
取り囲んでいたうちの一人が警戒心も露に聞いてくるので、期待に応えてご挨拶。
「『貴方の身近な恐怖』こと異世界人の魔導師です♪ 玩具の皆様、こんにちは!」
『は?』
「あ、違った。ええと……グラント侯爵の私兵の皆さんだった」
い か ん 、 つ い 本 音 が 。
「まあ、いいや。とりあえず……騎士様達が屋敷を漁っている間、私と遊びましょ!」
さあ、精一杯の『おもてなし』を宜しくぅ!
切っ掛けを待っていた女狐様達。そこに主人公襲来。
女狐様は主人公の使い方を心得ています。
※アリアンローズ10周年フェアの詳細を活動報告に載せました。




