魔導師、お友達の所に遊びに行く 其の二
――サロヴァーラ王城・ある一室にて
室内には国王と二人の王女、そしてこの国の上層部――身分的な意味もあるが、それなりに力のある有力貴族達――が集っていた。
現在、この国は立て直しの真っ最中。それでも王と王の腹心達のみで政を執り行うわけにはいかないため、時々、こういった話し合いの場がもたれている。
そうは言っても、大半は元から王家を軽んじていた貴族達。このような状況での話し合いであろうとも、王に従順になるはずがない。
それでもあからさまな反対はせず、互いに腹の中を探り合っている状態だった。
将来の女王であり、第二王女のリリアンは未だ勉強中の身なので、参加するというより、見学である。
これはリリアンの成長を促す一方で、『第二王女に取り入ることはできない』という無言の警告だ。
そもそも、リリアンにはこの場での発言権すら与えられていないので、基本的に沈黙しているしかない。
よって、国王派(王族&腹心達)VSその他の貴族という構造が常であった。ただし、女狐様……じゃなかった、第一王女ティルシア大暴れ(意訳)の場となることも常である。
あの事件以降、女狐様は生き生きと光り輝く毎日である。
自分に素直に生きていらっしゃるようで何より。
「それでは次の案件に移りたいと……」
そう宰相が言いかけた時であった。
突然、扉が盛大に開き――おそらく、蹴破ったと推測――、どこかで見たことのある小柄な女性が姿を現した。
「ティールーシーアーちゃん! あーそーびーまーしょっ!」
彼女の背後で慌てているのは、扉を守っていた騎士達だろう。どうやら、突然の訪問者が『あの』魔導師だったため、対応を迷っている隙に強行突破された模様。
その結果が、『扉を蹴破り、会議中の部屋へと突撃!』なのだろう。護衛に付いていた騎士達は大変運が悪い。
余談だが、その『運が悪い騎士達』の片方が当然のようにヴァイスだったりする。
一応、公爵子息のはずなのだが、彼は運が悪いと言うか、どうにも貧乏くじを引きがちなのだ。
先の件では、サロヴァーラを荒らしに来たイルフェナ勢と深く関わったり。
キヴェラのリーリエ嬢の一件では、魔導師の護衛として派遣されたり。
善意で赴いたイルフェナでは灰色猫ことシュアンゼ殿下に目を付けられ、お友達に認定されたり。
人脈ができたという意味では強運ながら、関わっているのが黒猫&灰色猫では微妙なところ。
誰に聞いても、『疲れないか……?』と心配されること請け合いの二人である。
ヴァイス的には『柔軟な思考を持つ、話の判る人達』だが、そんな風に考える奇特な奴は少数だ。哀れまれることの方が多いのは言うまでもない。
「あら、ミヅキ。いらっしゃい」
呆気に取られる面々の中、ティルシアだけが全く動じずにミヅキを歓迎する。
その『よくぞ来た!』と言わんばかりの表情に、〆られる心当たりがある連中は一斉に青褪めた。
どうやら、まだまだ魔導師のトラウマ(意訳)が消えていないらしく、傍に居るだけで恐怖を感じる者も居る模様。
……。
まあ、落ちたら死ぬ規模の穴に問答無用で落とされたしね。
あれを経験していたら、誰だって魔導師を善人と思うまい。笑いながら人に恐怖を植え付ける生き物だと、嫌でも察するだろう。
しかも、長らく討伐が不可能とされた地下の魔獣をたった一人で倒したと、同行していたヴァイスにより報告されている。
結論……魔導師、おっかない。(予想)
実のところ、サロヴァーラの貴族達の中で、魔導師たるミヅキに直接痛い目に遭わされた奴は意外と少ない。
少ないのだが……恐怖伝説は腐るほど出来上がっていたのだった。つまり、『噂になる程度のことはやらかしている』。
ただ、それでもあくまで噂は噂と、軽く見ていた者達も多かった。
魔法を使った戦闘などの攻撃は脅威だが、他国の者、それも民間人である以上、身分による壁がある。
しかも、貴族達の大半は『王家への不敬』(=身分差)によって締め上げられたため、そこを突けば、魔導師とて迂闊に手は出せまいと踏んでいたのだ。
……当の魔導師こそが、身分というものを口にしたのだから。
「遊びに来ちゃった♪ お土産もあるよ! あ、お邪魔してまーす! 王様とリリアンも元気そうで何より」
「う、うむ、そなたもな」
「こ、こんにちは、ミヅキお姉様」
場の雰囲気どころか、貴族達をガン無視して、ミヅキはティルシアへと歩み寄る。それでもサロヴァーラ王とリリアンには挨拶したりと、友好的なアピールは忘れていない。
つまり、ミヅキは暗に『サロヴァーラ貴族の大半が嫌い』だと言っているのだ。
それを察した者達の顔色の悪さも当然であろう……最悪、消される未来が待っている。
「……お土産? まあ、何かしら」
差し出された紙束を――お菓子などが入った篭はリリアンへと渡されている――受け取り、ティルシアは目を走らせる。
……そして。
「あら……」
ほんの一瞬、女狐様はその表情を般若へと変えた。
なお、ミヅキが体を使って遮っているので、その表情はリリアンには見えていない。仲良しだからこその気遣いである。
「これをくれたのは……」
「クラウス。もっと言うなら、調べたのは黒騎士達かな。だけど、私がティルシア達と仲良くしているのを知っているから、譲ってくれた」
「エルシュオン殿下は……」
「ん~……とりあえず黙認。まあ、私の玩具程度の扱いで十分って感じなんじゃない?」
そう告げるミヅキに、ティルシアはどこかほっとしたような表情になった。
「そう……。随分と気を使わせてしまったわね」
「そうだねぇ……『私達に対して』、ね」
穏やかに話す姿は、仲の良い友人同士。……が、二人の目だけが笑っていないことに気付いたサロヴァーラ王は、もたらされた情報が何かを察して溜息を吐いた。
自国の貴族達が愚かなことは理解しているが、呆れるあまり言葉がない。同じく察したリリアンの表情も強張っている。
ミヅキを始めとする各国に締め上げられてから、それほど時間は経っていない。経っていないのだが……貴族達が現状に不満を覚えないはずはない。
何せ、現在当主となっている者達は『二世』なのだ。親の代から王家への見下しが当たり前であった者達が、いきなりまともになるはずはないのである。
その結果、行動しようとした奴が魔導師の玩具として与えられたのだった。今回のミヅキの目的は『見せしめ』と『警告』である。
なお、警告(意訳)であることは言うまでもない。
過去、サロヴァーラの貴族達はミヅキを化け物扱いしている。これはサロヴァーラに限ったことではなく、多くの国に言えることだ。
しかし、ミヅキは『国の誰か一人でも化け物扱いしたら、その設定を使う』というトンデモ理論を振り翳す生き物であり、当然、諫める言葉なんて聞く気もない。
法に縛られない化け物を自称するミヅキちゃんは、本日もその設定を大いに利用し、遊び倒す(意訳)気、満々なのだった。
よって、先ほどの『気を使わせてしまった』という言葉なのである。火種どころか、ガソリンをぶち込むイルフェナ勢も中々に性格が悪い。
「ところでさ、そこに書かれている『グラント侯爵』って、ここに居る?」
「ええ、居るわよ。ほら、そこの金髪の人よ」
ご丁寧にも、指差して教えるティルシア。女狐様は仲良しの黒猫の遊びに乗り、生贄を提供することにした模様。
「へぇ……貴方が、ねぇ?」
「な、なんだね……っ、き、君こそ、少しは弁えるべきではないのかな? まったく……いくら仲が良くても、こういったことはきちんとしていただかないと――」
少し余裕を取り戻したらしいグラント侯爵は顔を顰め、わざとらしく溜息を吐くと、ティルシアへの抗議を口にする。
しかし、その言葉は最後まで紡がれることはなかった。
「全員、動かないでくださいねー♡」
『は?』
能天気なミヅキの声に、ほぼ全員が訝しげな声を上げる。だが、次の瞬間、いきなり椅子に座ったままの下半身が凍り付き、問答無用に床に縫い付けられてしまった。
その氷は纏わり付くなんてレベルではなく、椅子ごと氷に埋まったと言っても過言ではない。しかも、それは窓や扉にも及び、どう頑張っても逃げられないようにされている。
そして、間近まで来ていたミヅキを見た時……グラント侯爵は己が失態を悟った。
ミヅキは表情を消していた。目が獲物を狙うように眇められている。
ミヅキは無表情のままグラント侯爵に近づくと、凍り付いて動けないグラント侯爵の胸倉を掴み上げた。
「私はさぁ……『次はない』って言ったよね? 馬鹿なことをするなって……まともな貴族として国を、王家を支えろって」
「ぐ……」
苦しそうな声がグラント侯爵から上がるも、ミヅキは全く気にしない。
「私はこの国を自力で立ち直れるようにしたいわけ。そのために、各国の王達にお願いしたわけよ? ティルシアとの取引だからね、そこは私が動くことが当然」
事実である。口約束であろうとも、手を組んだ以上、ミヅキはできる限りティルシアの望む未来が得られるように尽力したのだから。
「だ・け・ど・ね」
そこまで言うと眦を吊り上げ、グラント侯爵へと顔を寄せた。
「資金調達? 武器の収集? 私兵の増強? おいおい……どことドンパチやらかす気だよ。……ああ、言わなくてもいいよ。証拠付きで調べはついてるからさ」
「く……化け物が……!」
「はっ! 化け物、上等だよ! お前こそ何様だよ。ほんの一月程度で警告も忘れ、行動を始めるなんて、馬鹿じゃないの? 王家の血が入っているから、乗っ取りが可能とでも思った? ……私だけじゃなく、各国が許すはずはないのに」
実際には、武力で王家をどうこうする気はないのだろう。しかし、武力と金を持った貴族は怖い。
王家が弱体化している以上、すぐ傍にそういった家があるのは脅威である。そして、金があれば困窮する貴族達を味方に引き入れることが可能だ。
グラント侯爵は時間が経てば経つほどそれらを手に入れることが難しくなると見抜き、即座に行動したのだろう。
まあ、それで魔導師達に目を付けられたのだが。
ぶっちゃけ、馬鹿である。あんまりにも頭が悪い。
グラント侯爵の行動は、以前のサロヴァーラならば成功していたのだろう。しかし、今はあらゆる国が手の者を送り込み、監視が厳しくなっているのだ。
しかも、ティルシアがミヅキの部屋を作ったため、正式な訪問でなくとも、ミヅキがサロヴァーラに居ることがある。
よって、過保護な者達の監視はより厳しいものになっているのであった。
なお、監視対象がサロヴァーラの貴族達なのか、魔導師ミヅキに対してなのかは謎である。
「ふざけてんじゃねぇぞ。その頭は飾りか、それとも空っぽか?」
「な……」
「煩い。口答えは要らん」
ミヅキの怒りを表すかのように、氷が音を立てて割れる。……そんな友人の姿を見て、ティルシアは口元に笑みを浮かべた。
女狐様と黒猫は仲良し。
黒猫がちょっと『おいた』をしても、微笑ましく見守ります。
事態を察した不幸属性なヴァイス君は王族達の傍に移動。




