魔導師、お友達の所に遊びに行く 其の一
――イルフェナ・エルシュオンの執務室にて
「ミヅキ、お前にこれをやろう」
「へ?」
親猫(偽)をモフっていた私に、クラウスが数枚の紙を差し出してきた。
訝しげに見返すも、クラウスは言葉にする気はないらしく、さっさと受け取れとばかりに私を促してくる。
魔王様は……不自然に顔を背けていた。何かを察したらしい子猫(偽)がキャッキャと顔に張り付きじゃれているのに、止めようとは思わない模様。
……。
つまり、『これ』を私に与えることは『魔王様公認』ということですね?
ただし、『本当は駄目なので、知らないことにする』と。
ふーん、へーえ、ほーお……私が親しくしている人達に関する案件、かな?
そうでなければ、こんなことをしてはくれないだろう。秘密裏に要請があったお仕事の依頼だったら、魔王様自身が話すはず。
少なくとも、クラウスが情報だけをいきなり寄越すということはないだろう。
彼らはいつも私に『玩具』(意訳)をくれるけど、それは魔王様の許可があってこそ。
たまに魔王様が関与しないこともあるけれど、それは魔王様関連の案件であって、本人が知ったらストップがかかりそうな場合のみ。
騎士達の主は魔王様なのだ……いくら私を信頼していたとしても、報告や行動を把握しておく義務があるのである。
例外は彼ら自身も『やっちまえ!』と思っている時であり、その場合は私の共犯者扱いだった。ゆえに、後で一緒にお説教を受けることが前提となっていた。
「……。判った、ありがたくいただくよ」
お礼を言って、クラウスが差し出している紙束を受け取る。そして、そのまま紙面に目を走らせ――
「あ゛?」
即座に目を据わらせた。
「……クラウス? これ、マジ?」
「事実だ。証拠もあるぞ? 映像と音声、どちらもある」
「その証拠ってもらえるの?」
「複製品を渡そう。こちらも一応、手元に持っておきたい」
そう言うと、あらかじめ用意してあったらしい記録用の魔道具を手渡された。至れり尽くせりの素晴らしい環境ですね!
私の様子を察した魔王様がひっそりと溜息を吐いた気がするけど、きっと気のせい。私も、貴方の幼馴染達も平常運転です、魔王様。
何より、魔王様は『知らないこと』なのです! 見ていませんからね!?
アルが苦笑していようと、親猫(偽)が紙面を覗き込んでいようと、私の遣る気を察したクラウスが頷いていようとも、子猫(偽)が体を張って顔に張り付いているので、知りようがありません。
ナイス・アシスト子猫(偽)。誰かにこの場を覗かれても、『魔王様が子猫(偽)で猫吸いしてます』で通してやる。
「魔王様。私、ちょっとお友達の所に遊びに行ってきますね!」
にこやかーとばかりに、宣言すれば。
「まずは行ってもいいか、聞くくらいはしようね!?」
子猫(偽)を引っぺがした魔王様が、呆れながら突っ込む。そのすぐ傍では、アルが「保護者として、子猫への躾でしょうか?」と言っているけど、綺麗にスルー。
ええ~! ここまでしてくれるんだから、私が行動することは想定内でしょ!
「この話をする時点で、私が行動することを察して諦めているのかなって」
「自分で言わない!」
「取り繕ったところで、これまでの実績(意訳)がある以上、良い子ぶったところで無意味じゃないですか」
「う……」
黙った。と言うか、返す言葉を思いつかないのだろう。
私は一応、異世界人として監視対象なのだが……まあ、その、周囲の理解ある人達(意訳)のお陰で、かなり自由に過ごしている。
どれほど自由かと言えば、勝手に家出したり、獲物と認定した存在へとフリーダムに祟れるくらい。
普通は他国に怒られても仕方がないはずなのだが、彼らとしても『魔導師が個人的に動ける』という状況はありがたいらしく、見逃されていた。
その上、私が狙うような輩は大抵、『国にとっても要らねーな』と判断されることが多いので、割と協力的ですらある。
……。
そだな。確かに、黙認や協力をした方が得だろう。
その後は余罪を追及するもよし、魔導師に狙われた理由を広めるもよし。
ある意味、素晴らしく使い勝手が良い存在なのです、私。煩い奴には『魔導師の怒りを買いたいのか!?』と脅迫する手段もあるしね。
「折角なので、『これ』はお土産扱いにしよっかな」
目を通し終わった紙束を振ると、皆が意外そうな表情をする。
「おや、宜しいのですか?」
「あはは! だって、私には処罰を下す権限なんて無いし、越権行為になっちゃうでしょ」
「ミヅキがまともそうなことを言うなんて……!」
魔王様は若干、感動しているようだ。尋ねてきたアルはともかく、その反応は何さ? 魔王様。
……が。
残念ながら、私はそこまで大人しい子じゃないんだよねぇ。
「でもね、八つ当たりする権利はあると思うのよ」
「「「は?」」」
「だって、私はあの国の立て直しに噛んでいるし、『おかしな真似をするな』って警告もしてる。それを破ったんだもの……次は『実害有りの警告』(意訳)に決まっているじゃない」
「「「ああ……」」」
アルとクラウスは納得した顔になり、魔王様はがっくりと項垂れた。
あはは、嫌ですねー! 私は魔導師、この世界における公式設定『世界の災厄』ですよ?
あいつらは先にそんな存在へ喧嘩を売ったの。あの時は『とりあえず拳を収めただけ』なの。許してないの。
って言うか、私は『あの国の貴族嫌い』って公言してるじゃん? 現状を理解できないようなアホなんざ、国としても要らんだろ。
「じゃあ、行ってきまーす!」
しゅた! と片手を上げて挨拶すると、一度、自分の部屋へと転移する。
あくまでも今回は『お友達の所に遊びに行く』という形をとるので、お茶菓子くらいは持参すべきだろう。
ストックしてある物のうちから幾つかを選び、そこに先ほどクラウスから渡された紙束も追加。内容は勿論、すでに把握済み。
「……ああ、これも持って行こうか」
ついでに素敵な悪夢が見られる魔道具も追加。悪夢と言っても、内容は私が覚えていたホラーゲームの世界だ。考えようによっては、超貴重な体験です。
私にボコられたところで、恐怖は一時。喉元過ぎれば何とやら……とばかりに恐怖を怒りに変え、報復に燃えるかもしれないじゃないか。
私個人としては大歓迎だが、あの国としては宜しくないだろう。もっとも……『彼女』が次の機会を許すはずはないのだけど。
ま、それでも処罰の決定までには時間がかかる。その間、牢で暇を持て余すだろうから、精々楽しんでいただこう。なに、私流の気遣いだ。遠慮は要らん。
恐怖体験と処罰への恐怖で窶れて、周囲がビビりそう?
リアルタイムで窶れゆく様を見て、魔導師の呪い説が浮上しそう?
は は 、 何 の 問 題 も ね ぇ な 。
私はこの世界の公式設定とは別枠で、『貴方の身近な恐怖・魔導師さん』を自称してますが、何か?
最高のエンターテイナーとして、『お約束を破ったお馬鹿さん♪』(意訳)を公開処刑するくらいやってみせようじゃないか。
まあ、上手くいけば心が折れるくらいはするだろうし、馬鹿正直に魔導師の呪い説を信じて怯えるかもしれない。
そうなったら、取り調べを行なう人達にこう言ってもらおう――『悪夢を止めたければ、素直に吐け』って。
これくらいの助力なら、文句も言われまい。だって、自供させたのは『あの国において、それが役目の人達』なんだもの。
「さて、それじゃ行こうかな」
近くで会った騎士sに事情を説明し、騎士寮を後にする。さあさあ、愚か者達よ覚悟しろ?
……あの子達はお土産を喜んでくれるかなー?
一方その頃、某女狐様の生息地では――
「あら、随分と曇って来たわね」
「確か、これから雷雨になると言われていたな」
「え……!」
「……そういえば、リリアンは雷が苦手であったか」
「え、えっと、その、幼い頃ほどでは……っ」
「まあ、リリアン。怖いならば、今日は一緒に寝ましょうか? ふふ、懐かしいわ……雨や雷が怖い夜は一緒に眠ったわね」
「本当ですか! あ……も、申し訳ありません! で、でも……お邪魔でなければお願いします、お姉様」
「~~! もうっ! 相変わらず可愛いわね!」
「ふふ、姉妹仲が良くて何よりだ」
ほのぼのとした国王一家をよそに、空は厚い雲に覆われている。重く、暗く、今にも雨や雷鳴が響きそうな空は、まるで迫りくる災厄を察するかのようであった。
……。
約一名、妹の可愛さに悶える女狐は居たが。
ミヅキちゃんには仲の良いお友達が居ます。
お土産を持って、お友達の所に突撃するのです。
(※仲良しなので、アポイントメント無し可)




