とある長男の苦労 其の一 (騎士団長夫妻の長男視点)
――我が家は脳筋過ぎないか?
自分が初めて感じた不安は多分、それだった。
多くの者に慕われる騎士団長を父に持ち、その妻である母もまた、女性騎士としては最高峰の地位に居るだけでなく、王妃様からの厚い信頼を受けている。
『素晴らしいご両親ですね』
そう言われる度、誇らしい気持ちになったものだ。
地位だけで言えば伯爵位と、高くも低くもない立場。……が、逆に言えば『どちらにも人脈を作りやすく、関わる機会が作れる状況』。
功績がありながらも我が家が陞爵しない――世間的には、『騎士としての立場を優先させたいから』となっている――のは、そういった狙いがあるのだろう。
いや、ある意味では『騎士としての立場を優先させたいから』という言い分は正しい。
正しいのだが……裏に含まれる意味は割とえげつない。
おそらくだが、そこには陛下の思惑も含まれているのだろう。いや、あの方の性格を見る限り、間違いなく一枚噛んでいる。
……。
陛下が即位される前後、この大陸は荒れていた。主な理由はキヴェラ、その王たる戦狂い。
彼の息子である現キヴェラ王曰く、奴は心底、戦が好きで好戦的な性格をしていたらしい。
そんな野心家からすれば、『実力者の国』などと謳われる我が国はお気に入りの玩具だったに違いない。
そのような時代を見事、生き残ったからこそ、今があるのだ。命を賭して先に進ませてくれた者達には、尊敬の念を抱かずにはいられない。
……だが、荒れた時代ともなれば、真の敵は内部にこそ居るものであって。
我がイルフェナにも、自国よりも己の利を取ろうと考える愚か者が居たのだろう。
事実、『荒れた時代』という一言では納得できないような、不自然な消え方をした家が幾つかあるのだ。
そんな状況を知っていれば、国の上層部にばかり目を光らせるわけにもいくまい。信頼できる者達に監視を任せたはず。
我が家はそういった者達の中で『最も目立つ存在』であり、同時に『悪意を跳ねのけられる家』なのだろう。そもそも、使用人達とて全員が戦闘員と成り得るのだから。
そう、そこまでは良い。そこまでならば納得できるんだ。
……。
我が家が『知』ではなく、『力』に傾倒し過ぎる方向にいかなければ……!
昔はともかく、今は比較的平和である。さすがにそろそろ考えてもらいたいと、私は思っていた。
第一、『強さ』とは戦闘能力ばかりを示すものではない。駆け引きと言うか、政治的な面での能力とて、立派に『強さ』なのだから。
……が、大変悲しいことに、我が家は使用人達も含め、脳筋路線一直線。
武力で攻め込まれても、この家は落ちないだろう。それだけの強さはある。しかし、政治的な面で強いかと問われれば……実のところ、それほど強くはないだろう。
陛下達との繋がりに頼っている部分があることなど、誰でも思い至る。逆に言えば、代替わりをした時が危険であろう。これまでの報復を受けかねない。
結論――求む! 賢い者……!
今現在、私一人がそちら方面を請け負う形になっている。勿論、そのことに不満はないし、他の家族ほど剣の才がない私にとっても、天職だと思っている。
……しかし、私が倒れた時や力不足を感じた際、その役目を担ってくれる者が居ないのだ。これは非常に拙いことだった。
唯一、期待できそうなのが、弟に賢い婚約者ができることなのだが……正直、あまり期待はしていなかった。
今は本人に婚約者を作る気がないことも一因だが、弟に憧れるようなご令嬢は『素敵な恋を夢見る少女』が大半であり、厳しい状況を生き残れるような子が居ない。
これは両親の功績もあるだろうが、弟が若くして近衛騎士になっていることが原因だった。所謂、『素敵な騎士様』に見えていると思われる。
勿論、弟はそんなご令嬢達に近づくほど馬鹿ではない。結果として、『優良物件ながら手を出せず、狙っている人がそれなりに居る状態』になるわけだ。
まあ、何だかんだ言っても弟は器用な奴なので、そのうち見付けてくるだろう。既成事実を作られるようなミスをしなければ、問題ない。
そして、私の婚約者は……残念ながら、脳筋の傾向にあった。
元より、母に憧れて騎士を目指したと聞いていたので、何となく嫌な予感はしたのだ。
しかし、それが良い方向に働いたらしく、どちらかと言えば甘やかされても仕方がない状況ながら、彼女は努力と他者への気遣いを忘れない性格になったという。
私としても、憧れを現実のものとしてみせた彼女の姿勢と向上心は好ましい。性格も穏やかで、どこか可愛らしい印象の彼女を好ましく思っている。
そう、婚約者との関係は実に良好だ。我が家の在り方にも理解がある、素晴らしい婚約者と言えるだろう。
……が、残念ながら我が婚約者殿も微妙に脳筋な発想が多かった。
騎士である以上は仕方がないのかもしれないし、彼女の夢を否定する気もないが、心の中で膝から崩れ落ちることくらいは許されるだろう。
ああ……何故、騎士は皆、脳筋傾向になりがちなのか。
一人……いや、あと十人くらいはクラレンス殿を見習ってはくれまいか?
遠い目になりつつそんなことを考えていた頃、我が家が騎士の任務のために使われることになった。どうやら、連続して起こっている誘拐事件解決のためらしい。
だが、詳細を聞き。……私は騎士達の脳筋ぶりに唖然となった。『魔導師を囮に使い、誘拐された令嬢の護衛を担ってもらう』だと!?
はっきり言って、私は魔導師殿と親しくはない。何回か遠目で見たことがある程度だった。
だが、身近に騎士が居る以上、判ってしまうこともある。
魔導師殿は武器など扱ったことはあるまい。動きとて、民間人のもの。
と言うか、魔法は武器のように小回りが利くものではないだろうが!
あんまりな状況に、私は父へと抗議をした。いくら任務優先であろうとも、その人選はあまりにも酷くないか、と。
そもそも、救助が訪れるまでの護衛担当が魔導師殿一人という時点でおかしい。
囚われた令嬢達が自分最優先の傲慢な性格をしていたり、恐怖でパニックを起こしたらどうするつもりなのだ。
第一、状況によっては魔法が使えない可能性とてあるじゃないか。その場合、魔導師殿は自らを盾にするしか術がない。
――エルシュオン殿下が魔導師殿に対して過保護と言われているのは、騎士達が自分を基準とした無茶苦茶な扱いをしているからではないか?
そんな疑問が浮かんだ頃、父は何故か微笑ましいものを見るような顔を私に向けた。
『大丈夫だ。あの子は賢い。そんなことが判らないほど愚かではないし、勝算のない賭けに出るほど無謀でもない』
『遣り遂げる自信がある、ということなのだよ。まあ、あの子に頼る我らが情けないことは事実だ。お前の言い分はもっともであろう』
『それにな。……このような状況であろうと、お前があの子への気遣いを忘れないことが嬉しいのだ。騎士とは、時により大きなものを選ばなければならんからな』
……父達とて思うところがあるのだと、その言葉で知れた。だからこそ、私は反対する気を削がれてしまったのだと思う。
その後、事の顛末と詳細を聞き。……私が別の意味で唖然となったのは記憶に新しい。
誘拐犯を吊るして泣かせ、誘拐の共犯である令嬢達の心を折った?
しかも、事件の元凶はサロヴァーラのティルシア姫。彼女と手を組んだ?
その上で、本当の元凶たるサロヴァーラ貴族達を恐怖のどん底に陥れ、各国を巻き込んだサロヴァーラ王家再生計画を立てた?
その計画は最終的に、サロヴァーラ王家が独り勝ちするように仕向けられている?
……。
……。
いや、なに、どういうこと……?
あの子、魔導師ではあっても民間人じゃなかったか……!?
関係者だから、と詳細をまとめた報告書を読み進めるごとに、自分の目が死んでいく。
いやいや……これは予想外。と言うか、誰にも予想がつかなかろう。あれか? 噂の『愛情深い親猫の教育』というやつの成果か?
だけど、それはあらゆる悪意を跳ねのけるために必要……とかいう触れ込みだったはず。
『一人でも生きて行けるように』と教育したエルシュオン殿下は一体、どういった事態を想定していらっしゃったので?
しかし、安堵したことも事実だった。特に、クラレンス殿は絶賛していたと聞いたので、騎士達の中にも『あの子ならできる』的な信頼があるのだろう。
そして、私の脳裏に浮かぶ『一つの未来』。
新しく我が家に増えた末っ子、強く賢い両親念願の女の子。
基本的には騎士寮で働きつつも、時には私と政治・外交方面の仕事をこなし、『家族』という枠で協力者となって、騎士達の請け負う事件解決に貢献する魔導師。
……。
父上達は……魔導師殿を養女に欲しいとか言っていたよな。焚きつければ、頑張ってくれるのか?
私の中で一つの決定がなされた瞬間だった。あの子ならば、我が婚約者とも仲良くやってくれるだろう。
「私は貴方達の野望を応援しますよ、父上! 我が家には賢さが必要なんです……!」
騎士団長夫妻の長男は文官として働きつつ家のことを担当する、割と常識人。
ただし、尊敬する人は副騎士団長クラレンス。
理由は『実績と賢さで伸し上がった努力の人だから』。
本文の『クラレンス殿のような人が十人は居てくれれば~』は本心。
ただし、それを聞いた騎士はもれなく『そんな地獄は嫌だ』と口にします。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




