団長のこれまでと、現状への危機感
騎士団長アルバート。彼はその強さと部下達を引き付けるカリスマ性は勿論のこと、高潔な人物としても知られていた。
多くの者達に慕われる彼は正真正銘、イルフェナの騎士達の頂点に立つ存在なのである。
……そんな彼はイルフェナ王の親友であると同時に、愛妻家でもあって。
爵位こそ伯爵位ながら、若かりし日はぶっちぎりの優良物件でもあった。
本人は『荒れていた時代だからこそ、騎士が功績を得る機会に恵まれていた』と口にするが、それだけで『優良物件』などと言われるはずはない。
なにせ、ここは『実力者の国』と呼ばれるイルフェナなのだから。
そもそも、彼が伯爵位以上を望まなかったのは、政に携わるよりも戦場に出ることを選んだからである。
主であり、友でもあった王子――現イルフェナ王のこと――の剣となることを公言し、その言葉に恥じぬ忠誠を見せてきたイルフェナの誇る騎士。
アルバートは紛れもなく優良物件であり、イルフェナの守護の要なのである。
……で。
そんな素晴らしい騎士であるアルバートにも、人並みの野心と言うか、夢が存在した。
家庭を持つ騎士の大半が一度は思い描く『子供に自分の背を追ってもらいたい!』という夢は、次男のディルクが叶えてくれたので問題なし。
長男は騎士でこそないが、外交方面でその才覚を発揮し、不在がちな当主の代理を十分に務めている。
そして、彼の最愛の妻は女性騎士の筆頭であり、王妃の護衛を務めるほどの信頼関係が築けていた。
ここまで揃っていると、多くの人は首を傾げるだろう……『これ以上、何を望む?』と。
それはある意味では、非常に簡単な夢なのだ。ただし、アルバートの立場ではとても難しく、叶えることが困難である。
彼の……いや、彼と最愛の妻の願い、それは『可愛い娘が欲しい!』というもの。
『そんなことか』と呆れるなかれ。アルバートの立場上、実子にしろ、養子にしろ、これは非常に難しいものだったのだ。
国の守護を担い、王から深く信頼されているからこそ、内外に敵は多い。しかも、彼らが若い時、大陸は荒れていた。
当然、イルフェナの守護の要となるような騎士の家族は狙われる。それもあり、彼の家は全ての使用人達が戦闘員となれる状態なのだ。
二人の息子達もそんな状況で育ったからか、割と何事にも動じない性格である。
結果として、『可愛い娘なんて無理!』という結論に至ったのだ。無邪気なだけの子なんて、速攻で『不幸な出来事』(意訳)の犠牲になってしまう。
なお、息子達からは『俺達の性格形成には環境が大いに影響していると知っているのに、可愛い性格の子が育つと思う?』という辛辣な意見が飛んだ。
幼少期の自分達の性格が『素直』や『無邪気』とは程遠かったことを自覚するゆえの、愛ある鞭である。
アルバート達の希望を全て叶えるなら、『騎士や貴族という職務に理解があり、王家への忠誠心も問題なし。自衛する強さを持ち、家族が好きでよく懐き、時には家の戦力として戦える無邪気な子』となるだろう。
……。
普通に考えて、誰もがこう言うだろう……『居ねぇよ、そんな奴』と。
王家への忠誠心はともかく、求められる要素が多過ぎる。元から騎士の家にでも生まれていない限り、ほぼ不可能だ。
なお、騎士の家に生まれたとしても、『家の戦力』という条件へのハードルが高過ぎた。
本人がある程度の功績を持っていないと『所詮は親の七光り』的な見下しが来る上、権力闘争に巻き込まれかねないのだ。要は危険なのである。
しかし、神は夫婦を見捨てなかった。
異世界人にして魔導師となったミヅキこそ、彼らの条件全てを兼ね備えた逸材だったのである……!
魔王殿下の愛情深いスパルタ教育を受け、自国・他国共に人脈もバッチリ、単独で他国に放り込まれても任務達成してくる優秀さ。
何より、ミヅキが結果に拘るのは『仕事を引き受けた魔王様の顔に泥を塗ることになるから』というもの。
国への忠誠心はともかくとして、飼い主に対する忠誠心は誰から見ても疑いようがないのである。
命の危険があろうとも、嫌な顔一つせず仕事を手伝ってくれる。
見た目は十分合格、しかも魔導師を名乗るに相応しい実力者。
家庭的で、差し入れられる軽食や菓子も美味い。
性格的には色々とアレなミヅキではあったが、夫婦の望む条件『だけ』はぴったりと当て嵌まっているのであった。
そもそも、騎士団長夫妻とて国の上層部に属する者であるため、正義やら人道的なんて言葉よりも結果を重視する。
そんな夫婦にとって、ミヅキの問題点など『些細な問題』でしかない。寧ろ、長所扱いかもしれない。
結論……何の問題も無し!
最近では『騎士団長夫妻の養女』という立場で仕事をすることもあり、夫婦のテンションは爆上がりであった。
真面目な顔して騎士達の指揮を執る一方で、『子供達と一緒に仕事……! 無様な姿は見せられん!』と別の意味で気合が入っていたりする。
副騎士団長であるクラレンスもこの状態を良く思っており、裏で色々と画策をしては、団長にやる気を出させていたりする。
クラレンスとてミヅキを可愛がっている一人。だが、『近衛の鬼畜』と称される彼にとっては、効率と結果のため、ミヅキを利用するのは当たり前のこと。
このあたりが、エルシュオンとの決定的な違いなのだろう。
エルシュオンは仕事を依頼しつつも、罪悪感は抱いているのだから。
なお、近衛に属する次男のディルクとミヅキは普通に仲良しであり、長男に至っては『うちには賢さが必要なんです!』と力説する始末。
……長男の婚約者は貴族階級出身の女性騎士――団長の妻であるジャネットに憧れ、騎士を目指した努力家である――なので、未来の妻との関係は良好であっても、脳筋になりがちな家の未来を案じているのであった。
ミヅキは言葉遊びが大好き(意訳)なので、方向性さえ問わなければ、賢さは折り紙付きである。
決着までの過程を気にしなければ必ず結果に繋げてみせると定評がある、賢いお嬢さんなのである。
ただし、上記の理由により、その評価は賛否両論だったり。
『馬鹿は嫌い』と公言するような『大変よろしい性格』(意訳)をしているため、ミヅキの取り扱いには多少の注意が必要なのだ。
親猫と慕うエルシュオンに無条件に従っているのは、恩を感じているということも一因だが、『尊敬できる上司兼保護者』であることも大きい。
そこに気付かず、身分や地位だけで上位に立てると考えていると、玩具扱いか踏み台扱いをされる未来が待っている。
勿論、騎士団長夫妻はそんなことなんて承知の上だ。だって、彼らは『娘に尊敬される両親』が理想なのだから、何の問題もない。
ぶっちゃけ、彼らも所詮はイルフェナ産なのである。『悔しけりゃ勝て!』『結果を出してから文句を言え!』が標準装備。努力だけでは意味がない。
そんな感じで、日々を楽しく過ごしていた騎士団長さんではあったのだが。
ここに来て、何やら強力なライバルの気配を感じ取っていたのであった。
そのライバルはエルシュオンの執務室に置いてある猫のぬいぐるみ。ミヅキによって『親猫(偽)』と名付けられた、金色の大型猫を模したもの。
近衛達がミヅキに贈ったものであり、ガニア滞在の際には、癒しとしてクラレンスより手渡されていた。
所詮はぬいぐるみのはず……なのである。
しかし、ここ最近の噂に『エルシュオン殿下の執務室に置いてあるぬいぐるみは呪物だ』というものがあり、無視できない状況になっていた。
そこで団長自ら、エルシュオンの執務室を訪ねたのではあるが。
「調べてもいいけど、ミヅキやクラウス達は何もしていないよ?」
以上、エルシュオンの言葉である。ここでポイントなのは『ミヅキやクラウス達は何もしていない』ということ。
つまり、『呪物であること』は否定していないのであった。事実、彼らは勝手に呪物化しただけなのだから。
ある意味、ぬいぐるみが呪物化した戦犯はエルシュオンなのだが、生まれ持った魔力が勝手に影響を及ぼしただけなので、咎められる謂れはないだろう。
騎士団長とて、それを問い詰めようなんて思わない。重要なのは『ぬいぐるみが害を成す呪物であるか、否か』ということなのだから。
第一、騎士団長はぬいぐるみと戯れるミヅキを目にしている。その微笑ましい光景に、癒されもした。
よって、ぬいぐるみが彼らの守護者たる存在ならば黙認する気満々である。こういった思考の柔軟さは流石、イルフェナ王の親友と言ったところだろう。
(……特に問題点は見られないが)
手に持って確かめるも、どう考えてもぬいぐるみである。
そもそも、これらを贈ったのは近衛達なのだ……ただのぬいぐるみであることは知っているし、エルシュオンが魔法を使えないことも理解できている。
ただ、煩い輩が一部居ることは事実なので、念のために確認に来ただけだった。厳しいことも言うが、騎士団長は基本的にエルシュオン以下騎士寮面子達の理解者なのであった。
――そこにやって来たのは、『貴方の身近な恐怖』こと魔導師ミヅキ。
「あ、団長さんだ。こんにちは!」
「ああ、ミヅキか。元気そうで何よりだ」
「元気ですよ♪ 猫親子(偽)も相変わらず、ふかふか~♪」
上機嫌でぬいぐるみ達をぎゅっと抱きしめるミヅキ。その微笑ましい光景に和むも、騎士団長は何故か落ち着かなかった。
(……何故だ? ぬいぐるみの方から視線を感じる、ような……)
ミヅキの視線がぬいぐるみに向いている以上、該当者は居ないはずである。しいて言うなら、親猫(偽)と名付けられたぬいぐるみがこちらを向いていることだろうか。
だが、次の瞬間、騎士団長は信じられないものを目にすることになる。
(……!? 親猫の表情……笑った!?)
変わることがないぬいぐるみの表情が何故か、得意げに笑った気がしたのだ。
そう、しいて言うなら……優越感に浸ったような笑み。
そして、親猫(偽)の現状はミヅキに抱きしめられている。懐いている、慕っている、と見えなくもない。
(あれは殿下を模した親猫……親猫? まさか……いや、呪物疑惑が事実ならば……!)
その瞬間、騎士団長は理解した。あのぬいぐるみは呪物であり、ミヅキの親という自負があるのだと!
エルシュオンは保護者や飼い主という不動の立場があるが、それは彼が国を第一に考える王族だからである。
だが、親猫(偽)にはそれがない。純粋にミヅキを庇護対象……『子猫』と認識しているならば、あの優越感に満ちた笑みも納得だった。
――今ここに、『ミヅキの父(親)という立場』争奪戦は幕を開けたのである。
お馬鹿と言うなかれ。同じ立場になりたい者同士、ライバルへの危機感は人一倍強い。
人間が相手ならば騎士団長の圧勝であるが、子猫を守ることを第一に考える親猫が相手では分が悪い。
なにせ、ミヅキと守護役達に婚姻の意思は薄い。その上、エルシュオン以下騎士寮面子が親猫(偽)の味方をしかねない。
なお、危機感を抱いたのは親猫(偽)も同じであった。彼の意識は猫なので、子猫を取られることを良しとしない。
「……」
『……』
無言で睨み合うこと暫し。
「……十分確認できましたので、失礼させていただきます」
「あ、ああ、ご苦労様」
呪物であることがバレたかと、微妙に慌てるエルシュオン。だが、騎士団長はそんな部屋の主の様子を気に留めることなく、一礼して退室していった。
「……バレなかったのかな」
安堵するエルシュオンは知らない。呪物疑惑なんてどうでもよく、水面下でミヅキの親争奪戦が始まったことなど。
また、ぬいぐるみ達に目を光らせる騎士団長の行動が本来の目的とは別の解釈をされ、勝手に評価が上がったりもした。
「さすが団長だよな。単なる噂と判明した後も気を抜かないなんて」
「やっぱり、誰かが見張っているべきだって考えなんだろうな」
真実は闇の中。
ただし、好敵手と書いて親友(同類)と読ませる文化もあるため、状況によっては互いが頼もしい協力者になるのだろう。
一人と一匹は黒い子猫にとって頼れる存在になりたいのです。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
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※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




