七不思議の後日談 その後のお話 其の三
――『一人かくれんぼ』が終わった直後、館の中庭にて(エルシュオン視点)
ミヅキ発案の『一人かくれんぼ』も終盤である。
と、言うか。
ミヅキ曰く、現在、行われている作業は『お焚き上げ』と呼ばれるものであり、使用した物――依代となったぬいぐるみだけではなく、全ての物――を浄化するのだとか。
その浄化に使われるのが炎、というのはまだ納得しよう。焼き清める、という解釈もできるのだから。
ただ、ぶっちゃけると、『証拠隠滅』にしか見えない。
私だけでなく、騎士達も同じ認識だった。ミヅキの日頃の行ないを思い浮かべる限り、『焼き清める』なんて真っ当な理由ではなく、痕跡を消し去りたいのだろう、と。
そもそも、今回のことはあくまでも『異世界人発案のお遊び』という形にされているのだ。
勿論、報告書なんてものは作られない……正規の物、という意味では。
後見人である私の手元に保管されるのは、『【一人かくれんぼ】についての報告書』ではなく、『異世界人のお遊びについて』という報告書。
つまり、異世界の知識の一つとしてではなく、ミヅキの所業についてのもの。
あのアホ猫が何をやらかそうとも今更なので、ミヅキ発案の娯楽に私達が付き合った形なのである。
ゆえに、『何も起こらない』という状況であっても、何の問題もなかった。寧ろ、何かが起こるとは思われていなかった。
一応、黒騎士達はミヅキ曰くの『オカルト』というものに興味津々だったのだが、それでも彼らは魔法のプロ。
魔法に携わる者だからこそ、『そんな簡単な手順で降霊が叶ってたまるか!』という気持ちの方が強かった。
それほどに、ミヅキから伝えられた『一人かくれんぼ』の手順は簡単だったのだ。
ミヅキは『魔法のない世界で怪奇現象が起きた』と言っていたが、それが事実ならば、『一人かくれんぼ』に魔力が不要ということになってしまう。
そういったことからも、騎士達の大半は『気のせいだろう』と思っていたのだ。疑うだけの理由があったのである。
……が。事態は思わぬ方向へと進んだのだ。
※※※※※※※※
「え……動いている、よね?」
思わず、口にしてしまったとしても仕方のないことだろう。それ程に衝撃的だったのだから。
私の視線の先、魔道具によって映し出されている映像には、ウサギのぬいぐるみが自力でナイフを抜き去り、ゆっくりと動き出していたのだ……!
「……。嘘、だろう……」
ちらりと視線を向けた先のクラウスとて、茫然と呟いている。騎士達の大半が似たような状況だが、魔術を得意とする黒騎士達の方がショックが大きいようだった。
「おやおや……これは凄いものを見てしまいました」
反対に、楽しそうにしているのはアルジェント。彼は己が魔法を使えないからこそ、純粋に『オカルト』というものに感心しているようだった。
「アル、何を呑気なことを」
「ですが、エル。クラウスでさえ、言葉を失う事態なのですよ? 私も多少は準備に携わりましたから、あのウサギのぬいぐるみには自力で動く要素などないと知っています」
「仕掛けてある魔道具の共鳴……予想外の効果、という点は考えられないのかい?」
「素人の私には断言できませんが、それらの物はクラウス達が用意していたはずです。そういったことが起こらぬよう、事前に打ち合わせ済みだと思いますよ?」
アルの言葉に、私は反論する術を持たなかった。
事実、黒騎士達は全員が『信じられないものを見た!』と言わんばかりの反応なのである。魔法さえ使えぬ私が迂闊なことを言えるはずがない。
しかも、ウサギのぬいぐるみの近くにミヅキは居ないのだ……これでは『ミヅキが操っているのではないか?』という可能性さえゼロだろう。
「本当に……こんなことが起こるなんて」
それしか、言葉が出て来ない。だが、ある意味では有意義な検証でもあった。
『オカルトが理解できずとも、この世界で異世界のオカルトを体験することは可能』なのだ。
勿論、ミヅキが居た世界における『一人かくれんぼ』と差がある可能性はある。だが、その比較は元居た世界の『一人かくれんぼ』を知るミヅキにしかできまい。
だが、私達はミヅキに習った手順に従った結果、己の目でその怪異を目撃してしまった。ある意味、快挙である。
「これでは魔法のない世界のものだろうと、全く危険がないとは思えませんね。寧ろ、こちらの世界には対策がない分、手順が流出した場合、この世界にとっては無視できない事態となるでしょう」
「……そう、だね。だが、今回のことのみで事実と確信することはできない。複数回の検証を経てから、報告すべきだろう」
今回は異世界人であるミヅキが実行者なので、『この世界の者でも同じことが起こる』と確信できなければ、上層部に報告すべきではない。
と言うか、中途半端に隠したり、報告した場合、伝言ゲームの様に歪んだ形で知られた挙句、実行しっぱなし(=後始末を行なわない・後始末の仕方が判らない)という事態に発展する可能性もある。
ならばいっそのこと、確証が持てるまで口を噤んだ方が良いだろう。どうせなら、後始末の仕方や魔術師達の見解も含め、きっちり報告してしまいたい。
そう思いつつ、視線を映像へと向ける。……映像の中、ウサギのぬいぐるみは見事にすっ転び、顔面を床に激突させていた。
……。
オカルトって……降霊でやって来る死霊って……こんなに気の抜ける奴ばかりなのかな……?
※※※※※※※※
先ほどまでの出来事を反芻し、深々と溜息も漏らす。
実行者がミヅキということもあってか、妙~に恐怖とは遠い印象を抱いた一時だった。
フライパンを武器にしているミヅキも大概だが、お供と化した子猫(偽)といい、ウサギのぬいぐるみといい、割と馬鹿っぽい一幕という印象が拭えない。
何故、フライパンで応戦するのだ。
何故、飛び交う物――『ポルターガイスト』というらしい――で遊ぶのだ。
何故、恐怖とは程遠い見た目の、ウサギのぬいぐるみを依代にしたのだ……!
クラウス達とて、魔術師としてのプライドがある。まともに検証するなら、脱力するような要素は避けたはず。
つまり……彼らは『一人かくれんぼ』を単なる娯楽としてしか認識していなかった。
はっきり言われたわけではないが、そういうことなのだろう。多少の期待があったとはいえ、やはり、『魔力を使わない降霊術』なんてあるはずがないと思っていたに違いない。
だからこそ、彼らは更なる検証を試みる気なのだろう。その現象、手順の意味を解明すべく、今回以上に気合を入れて準備するに違いない。
それに。
ある意味、この世界のオカルトとも言うべきものが現在、私達のすぐ傍に居るのだ。
ちらりと視線を向けた先、そこに『居る』のは親猫(偽)と名付けられたぬいぐるみ。
私のイメージで作られた大型猫のぬいぐるみは元より、呪物疑惑のある品であった。
……が。
今回の一件で、見事に呪物……もしくはそれ以上の存在だと、確定してしまったのである。
『何かな、飼い主』
「いや……その、随分と落ち着いていると思ってね」
念話のような声が響き、ぬいぐるみの目が私を見た。元からかなり精巧に作られていることもあり、ぱっと見は本物の猫と思っても不思議はない。
しかし、彼は正真正銘、近衛騎士達から贈られたぬいぐるみなのである。
何がどう作用したかは判らないが、この猫親子(偽)は揃って呪物と化しているらしかった。
余談だが、子猫(偽)の方はミヅキよりも幼げ・能天気な言動が多いような気が。
ミヅキを模していたこともあり、恐ろしいという印象は欠片もない。
『そりゃ、結構前から意識はあったからね』
さらりと紡がれた事実に、私や傍で聞き耳を立てていた者達がぴしりと固まる。
『嫌味程度ならば見逃すけれど、仕掛けられたならば、反撃するさ。狩猟種族とはそういうものだろう?』
「……。つまり、私の傍に居たことが呪物化した原因、かな? 君は私と同一視されがちな認識を持たれているだろうしね」
『全てではないけれど、大きく見ればそうとも言える。私達は依代の影響を受けるようだから、人であり、柵のある君よりも【様々な意味で】自由なんだよ』
どうやら、猫の姿だったことも、彼の性格に大きく関わっているらしい。
なるほど、それで『喧嘩上等!』とばかりに反撃した結果、呪物疑惑が浮上した……というわけか。
……。
つまり、原因は私だった、と。
あまりのことに頭を抱えてしまう。た……確かに、現在の私を『金色の親猫』と揶揄する者達は多い。
揶揄うというより、ミヅキとセットで『猫親子』と認識されているのだ。その余波をこのぬいぐるみ達は受けてしまったらしい。
『いいじゃないか、守り手が増えて』
「いや、守り手という割には物騒……」
『呪物に喧嘩を売る方が悪い』
親猫(偽)は全く悪びれない。寧ろ、立場といったものによる柵がない分、当然とばかりに胸を張っている。
……。
私が猫になった場合、こんな性格になるのか……?
思わず、そう考えてしまう。周囲の騎士達の私を見る目が、何だか生温かい。
だが、続いた言葉に、私は……私達は納得してしまった。
『親猫にとって最も守るべきは子猫、次点で飼い主じゃないか。君達とは最優先にすべきものが違うだけだよ』
「……!」
『国を想う気持ちがそのまま、別のものに向いている。そう考えれば、納得できないかい?』
「そう、か……。うん、納得した」
なるほど、私と『彼』は別の存在なのだ。だからこそ、優先順位が違うのは当たり前。
私達はついつい、猫親子(偽)を自分達と同じように考えていた。意図したわけではないが、自然とそう思ってしまっていたのだろう。
私達ですらこうなのだから、周囲の者達の認識がそれ以上であっても不思議はない。彼らを呪物にしたのは……そういった多くの者達なのか。
――その後、火炙りにしか見えない『お焚き上げ』は無事終了し。
皆は一通り串焼きや酒を楽しんだ後、解散となったのであった。
そして、親猫(偽)は今夜、私の所にお泊りである。一応、得体の知れない現象が多発したこともあり、守りとして傍に置くよう進言されたのだ。
……まあ、それはともかくとして。
『扱いが雑』
「……」
巨大なぬいぐるみを抱きかかえていくのは少々、思うところがあり。
親猫(偽)を脇に抱えて運搬したところ、しっかりお小言を頂戴したのであった。
……どうやら、この親猫様が甘いのは子猫達に対してだけな模様。
※※※※※※※※
――寝室にて
「ところで。君、ルドルフに何かしたのかい?」
ベッドの上、寝るばかりとなった時、ふと思い出して尋ねてみる。
ルドルフはミヅキから親猫(偽)を貸し出された後、悪夢を見なくなったと言っていた。ならば、この子が何かしたのではないのかと。
『ああ、イルフェナに留まっていた時のことかな』
「そう。君を借りてから、悪夢を見なくなったらしい」
聞いた時は偶然か、ミヅキが何かをしたと思っていた。第一、ミヅキはこの親猫(偽)に呪いの言葉を聞かせていた――ガニア滞在中のこと――らしいし。
だが、親猫(偽)は軽く首を傾げると、否定の言葉を紡ぐ。
『いいや、何もしていない。しいて言うなら、添い寝かな』
「……本当に?」
疑いの目を向けると、親猫(偽)はゆらりと尻尾を揺らした。
『本当に何もしていないよ。しいて言うなら、ルドルフに余裕ができたんだろうね』
「……? それはどういう……」
『今までのあの子は、誰かに弱さを見せることができなかったから。幼い頃とて、誰かに全身で守られるように抱きしめられたことはないんじゃないかな』
そう言うと、親猫(偽)は前足でちょいちょいと私を手招きし。ぽすりと、私の顔をそのふかふかの腹に押し付けたのだ。そして、ぽんぽんとあやすように軽く叩く。
『私がしたのは、これくらい。だけど、ルドルフにとっては十分だったみたいだね。……ルドルフは自分を守って倒れていく味方の姿を見てきた。だから、君が傷を負ったことでそれを思い出した』
「……」
それは事実だろう。ルドルフはミヅキがゼブレスト内を蹂躙するまで、本当に苦労してきた……失ってきたものが多過ぎた。
『だからね、【抱きしめられて安心する】ってことを知らなかった。そもそも、私には君の魔力が染み付いている……安堵したんだろうね。それが悪夢を忘れた理由じゃないのかな』
「そう、か」
確かに、私はルドルフの味方ではあったけれど、そんな風に抱きしめたことはない。
兄ならばともかく、私は『兄のような友人』であったし、ルドルフにも王としての矜持があると思っていたのだから。
柵のないミヅキはそんなことなどお構いなしにルドルフを構う『お姉ちゃん』なのだろうが、そんな真似ができるのはミヅキだからである。
『ルドルフは君を信頼している。君の傍ならば、安心して眠れるほどに。勿論、ミヅキに対してもそう思っているだろう。だから、悪夢は遠ざかった……ルドルフは君達が強いこと、そして決して見捨てないことを【事実として】知っているのだから』
それほどにルドルフの歩んできた道は険しかったのだろう。
彼に負担を掛けないためとは言え、ルドルフの傍に居る者達は『配下』という立場を崩さなかった。
だが、親兄弟の情に恵まれなかったルドルフにとって、それは埋められない寂しさをもたらしたのかもしれない。
「……私はルドルフの救いになってやれていたのかな」
『十分、救いだったろう。王としての矜持があろうと、困った時は頼るほどにね』
「そうか」
それならば嬉しいと、素直に思える。立場的に難しいだろうが、ルドルフはもう少し他者を頼った方が良い。
私は勿論のこと、ミヅキならば嬉々として加勢に行くだろう……それが私達にとっては当たり前なのだから。
『さあ、そろそろ眠りなよ。良くないものが来ようとも、私が守ってあげるから』
「はは、頼もしいね」
徐々に心地よい睡魔が訪れて来る。ぬいぐるみに頭を抱かれている状態に思うことはあったけれど、それを上回る安心感が心地良い。
ミヅキが始めた『一人かくれんぼ』。それはこの優しい呪物との対話が可能であると知る切っ掛けになった。
だから……今回は叱らないでいてあげるよ。私にとって、この『友人』は得難いもののようだからね。
親猫(偽)は最強の癒しアイテムなのです。
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※特典SS情報を活動報告に載せました。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




