七不思議の後日談 その後のお話 其の二
――お焚き上げ後の庭にて(アルジェント視点)
「それじゃあ、この子を洗いに行くわ。今日はこのまま解散ね」
『おやすみー♪』
しゅたっ! と揃って片手を上げ、一人と一匹――呪物ですが、子猫の姿をしたぬいぐるみなので、この表現でいいでしょう――はこの場を離れていきました。
目的は果たされたので、今日はこのまま、相棒と共に眠りに就くのでしょう。
それにしても、と先ほどまでの不可思議な現象を思い返します。
ミヅキ曰くの『オカルト』、その中でも手軽に実行できると思われた『一人かくれんぼ』。
正直なところ、私達は半信半疑……どころか、大半の者が何も起こらないと思っておりました。
必要な物に魔石といったものはなく、最も重要な準備も『ぬいぐるみを生き物、それも人に見立てる』程度のものなのです。
ただの『お遊び』と思っても仕方ないでしょう?
魔法に傾倒する黒騎士達ですら、首を傾げていたのですから。
クラウスによると、意図的に呪物を作り出す方法はあるらしいのですが……間違っても、このように単純な作業ではないそうです。
……確かに、と納得してしまいます。
こう言っては何ですが、ミヅキが説明した手順や使用する道具で一番困りそうなものが『【一人かくれんぼ】を実行する場所』なのです。
まあ、これも他者への迷惑をかけないよう、考えた場合のこと。
ただ『一人かくれんぼ』を行なうだけならば、『家に自分しか居ない』という状況であればいいのですから、不可能ではありません。
それ以外に必要な物が『ぬいぐるみ』やら『塩水』といった、子供でも入手できそうなものばかりなのですから、困惑するなと言う方が無理でしょう。
それでも異世界、それも魔法がない『はず』なのに、説明のつかない怪奇現象が起こると言うのですから、検証の価値があると判断されました。
その結果――
ミヅキの言った通り、怪奇現象なるものが発生し。
私達は己が目を疑い、盛大に混乱する羽目になりました。
第三者として映像を見ていた私達ですら、そのような状況に陥ったのです。
これが当事者……『一人かくれんぼ』の実行者であったならば、その場に満ちる異様な雰囲気を肌で感じ取っていたはず。
……まあ、それを怖がるかどうかは個人差がある、と言っておきましょう。
事実、ミヅキは非常に……非常に楽しそうでした。
期待一杯に、動くぬいぐるみの来訪を待ちかね。
我々の声を模した言葉に、武器――フライパンを固く握りしめ。
失言をしたぬいぐるみを、力の限り張り倒し。
怖さは全く感じていないあたりがミヅキですが、怪奇現象が起きたことだけは確認できました。
そもそも、我々とて軽いパニックに陥りこそしましたが、『恐怖を感じた』という者は一人もおりません。
特に黒騎士達は『魔法ではないのに、不可思議な現象が起きている』という状況に興奮気味でして、好奇心を露わにしておりました。
そんなことを考えつつ、すでに火が消えかけている『お焚き上げの場』へと目を向けます。
そこには先ほどまで動いていたはずのぬいぐるみが燃え尽きており、磔にされたまま、哀れな姿を晒しています。
『お焚き上げ』とは炎による浄化の意味があると、ミヅキは言っておりました。その浄化の炎で串焼きをしたあたり、我々も大概です。
……。
考察しつつ串焼きを頬張り、酒を飲む。
誰がどう見ても、呪物の浄化には見えないでしょう。いいとこ、焼却による証拠隠滅です。
その最中、磔にされていた哀れなウサギのぬいぐるみは塩水をたっぷりと掛けられたこともあり、ぬいぐるみの塩焼きと化しておりました。
動き回っていたことは事実ですし、自然と皆の視線を集めてはいたのですが……どうにも恐怖を与える対象にはなれていなかったような。
「しかし、信じられんな」
「クラウスから見ても、今回の検証は信じ難いと?」
「ああ。魔力を使って操った痕跡もなく、今では本当にただのぬいぐるみなんだ。第一、あの簡単な手順で降霊だと? 信じられん」
クラウスは何一つ解明できなかったことが悔しいのでしょう。その口調に、珍しく悔しさが滲んでいます。
「クラウスから見ても不可思議な現象だったとは。己が目で見ていなければ、信じ難いことですね」
「だろうな。大半の奴らがそう思っているだろう」
「魔法のない世界だと聞いていましたが……我々の知らない『何か』は存在するのかもしれませんね」
そうとしか思えないのです。クラウスも同意するように頷いています。
言い方は悪いのですが、『一人かくれんぼ』において起こった出来事全ては、『魔法ならば可能である』と言えるでしょう。
勿論、複数の術を行使する必要がありますし、それなりに技術や人数が必要ではあると思います。しかし、『不可能ではない』。
……ただ、その場合は館内に術者が潜んでいる必要があると思いますが。
今回はミヅキだけが館内に居たことが前提であるため、『一人かくれんぼ』終了後、黒騎士達は挙って、館内に侵入者が潜んでいないかの確認に走りました。
勿論、そのような不審者は居りませんでした。魔法が使われた形跡も皆無だそうです。
魔道具の存在も疑われましたが、あまりにもミヅキ達の動きに対応しているため、最低限、状況を把握している必要がある、とのこと。
ここに来て漸く、『オカルト』なるものが実在すると、我々は悟ったのです。
「呪物という点では、猫親子(偽)も特殊な例だろう。だが、あいつらは周囲の者達からの明確なイメージによって性格付けがされており、『自分達を【元となった二人の猫版】と思い込んでも不思議はない』」
「おや、そのような実例が?」
「……数は少ないが、一応は『ある』。少し前の人形騒動とて、俺はそちらを疑っているんだ」
クラウスの言い分に、なるほどと頷いてしまいます。確かに、『彼』も人間のようでしたからね。
奇跡を起こした魔術師が息子同然に思っていた人形は、彼と周囲の者達によって、自分を人間だと思い込んでいました。
最初からそのように思いこんでいたのではなく、周囲の者達から『人である』という認識を向けられ、『彼』はそう成ったのだと。
『信仰のようなものかもね』とはミヅキの言葉です。『【神】がそこに居ると信じる者達がいるならば、彼らの【神】は確かに存在する』のだと。
「……そうは言っても、まさかあれほどに動き、喋るとは思わなかったが」
クラウスの視線を辿ると、そこにはエルに抱えられている親猫(偽)の姿が。
子猫(偽)に比べれば動きませんが、彼が勝手にエルの傍に現れたことは事実なのです。
どうやら、我々にもただのぬいぐるみと思わせようとしたのは、親猫(偽)の提案のようですね。中々に賢いです。
「彼らはエルとミヅキの守護を担ってくれているようですし、暫くは我々以外にバレないようにしましょうか」
「その方が良いかもな。まあ……エルは自分にそっくりな相談相手ができて、複雑なようだが」
「そのうち仲良くなりますよ。子猫達はとても仲良しですからね」
「まあな」
私達が向ける微笑ましそうな表情に気付いたエルが、ばつが悪そうな表情で顔を背けます。
そんな珍しいエルの姿に、私達の顔に笑みが浮かびました。どこか楽しげに親猫(偽)がエルの顔を覗き込んでいるのも、我々の笑いを誘います。
……仲良くなれそうですね。良かったじゃないですか、エル。
ミヅキと黒騎士達の好奇心から始まった『一人かくれんぼ』。
『オカルト』や『怪奇現象』の解明は今後の課題ですが、頼もしい味方に気付けたのは幸いでした。
今後は彼らも我々の仲間となって、楽しく過ごしていくことでしょう。
まずは騎士達の視点で。
彼らからすれば、今夜の出来事は驚愕の事態。
それでも怪奇現象や串焼きを楽しむあたり、アレな皆様です。
次は親猫ーズ。
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※特典SS情報を活動報告に載せました。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




