バシュレ家へ行こう!
「アル、シャルリーヌさんに会いたいんだけど予定聞いてもらえる?」
「わかりました。姉上も喜ぶと思います」
こんな会話をしたのが騎士sを家族会議へと向かわせた直後。
そのお返事は夕食後に貰えました。
「明日で良いそうですよ」
「早っ!? 何か手を回した!?」
「私はこちらに居ることが多いので連絡手段があるのですよ。姉に関しては……待ち望んでいたからではないかと」
はしゃぎ過ぎです、シャルリーヌさん。
いえ、前回お会いしてからずっと会ってませんけどね? そこまで喜んでいただくと何だか申し訳ないですよ。
これは気合を入れて手土産を作らねば!
「実家ですし、私が同行しますね」
「了解。仕事は大丈夫なの?」
「ええ。それに貴女に関しても仕事扱いなのですよ」
アルが微笑んで頷くということは本当に大丈夫なのだろう。
なにせアルは『私を連れて行く』という任務の為に自分を含め騎士や貴族を平然と生贄に仕立て上げようとした前科がある。仕事人間なのです、彼は。優先すべきは魔王様の騎士としての自分。
守護役といっても対象は最優先にならんのです。なってもウザイが。
休日でもないだろうに私に付き合うってことは大きな問題は起きてないということか。
……情報流してるみたいだし、何か裏で動いてると思ったんだけどなあ?
「今回は貴女の指示に従うだけですよ?」
くすり、と小さく笑い『何もありませんよ』とばかりに両掌を見せる。
ちっ! 探りを入れたことに気がついたか。
「あら、そうなの」
「ええ。それにしてもセイル殿から聞いていたとおりですね」
ほう? あの鬼畜腹黒は何を言った?
しかも何時の間にか仲良くなってたんだよね、この三人。変人という類友か。
首を傾げて先を促す私にアルはいつもの笑みを浮かべたまま続けた。
「警戒心が強く仲間だろうと全面的な信頼はしない。特に――」
一端言葉を切って若干の苦味を湛え。
「忠誠心の高い騎士はその対象となる。騎士として認めているからこそ自分を最優先にしないと判っている、と」
「全面的な信頼をしないだけで信頼はしてるけど? それに『本来はこの世界に居ない者』の為に自分の立場を疎かにするような人なら友人としてもお断り」
「判ってますよ。だからこそ我々は貴女が理想的だと思う反面、悔しくもあるのです。物語の騎士のように一途であることは出来ませんから」
ほほう、そんな風に思ってたんだね。
だけどそれは仕方が無いと思っておくれ。勿論、理解してるだろうけど。
それにだな。
私のポジションは姫じゃないっての! そこからして間違ってることに気づけ、騎士。
これ、重要。凄く重要。鬼畜と評判のヒロインが出てくる物語なんて少女の夢を砕くぞ、普通。
それはともかくとして。
アル……私はお前にまともな恋愛観? があったことに驚きだ! 方向間違ってるっぽいけど。
いや、殴られて好感度MAXより遥かにまともじゃないか!
シャルリーヌさんに報告すべきでしょうか、これ。
「物語のヒロインって大抵お姫様でしょ? 現実的に見てあれは無いから」
「まあ、それはそうなのですが……」
ああ、やっぱりアルも理解はしていたか。ばつの悪そうな表情に安堵です。
物語はあくまで『物語』なのだよ。全く無いとは言わないが、リアルに恋愛重視の王族とか騎士がいたら周囲は大迷惑。
反対されなきゃいいだろうけど、現実的な問題としてみると主人公達の敵の方がまともな反応してる場合あるよね。
「一途さが幸せな結末に続いているとは限らないよ? それが周囲が見えなくなる程に狂わせるものなら要らない」
そう言うとアルは苦笑して溜息を吐く。
「では努力しましょう。せめて必要な時に頼ってもらえるように」
「? 努力しなくても守護役に文句を言わない程度には信頼してるけど?」
敵にならない限り友好的ですよ? 嫌なら逃亡してますって。
魔導師なのです、自力で脱出・逃亡可能。ゼブレストでも脱出劇やらかしたしね!
……ということをさらっと言ったら軽く目を見開いたアルに抱きつかれました。
当然、瞬殺です。嬉しそうなのがムカつくな、この変態が!
なお、このことを先生に話したら呆れ顔で「それは『婚約者として不満は無い』という意味だぞ」と言われたのだった。
そういえば守護役って婚約者という意味もあったっけね……。
※※※※※※※
そして翌日。昼前にアルに連れられてバシュレ家へと赴きました。
ブロンデル家もそうだけど庶民には広過ぎるどころか美術館みたいに見える御宅ですね。
当然、大勢の使用人達が居るわけで。
場違いな庶民に嫌味の一つや二つ言ってくるかな〜と思ってたんですが。
「まあ、アルジェント様。そちらが噂の魔導師様ですか?」
噂!? もしや日々アルを張り倒してるのがバレてますか。
「若様が女性を屋敷へ伴う姿が見られるなど……」
アルには女性の姿どころか噂すら無かったということなのですね?
嬉し泣きらしきものをしている御爺さん、大変申し訳ないのですが目的はシャルリーヌさんです。
「本当に良うございました。理想の女性が現れたと聞き私どもも本当に嬉しゅうございます」
すみません、求婚は言われたその場でお断りしています。
寧ろ普通の反応だと思います。アルの言い分は絶対おかしい。
つーかね、アル?
お 前 は 一 体 何 を 話 し て い る !?
理想ってことはあれか、暴力沙汰か。それを御令嬢に期待するのは無理だろ!?
じとーっとアルを睨んでみても元凶の白い変態様は嬉しそうに笑うばかり。
嫌味を言われないのはいいけれど、嬉しくもありません。
喜ばれるってことはクラウスと似た事情でもあったんだろうか。
「すみません。ですが皆も喜んでいるので」
「何故」
「実は……」
少し困ったような顔になると内緒話をするように私の耳に口を近づけ。
え、何。何か大っぴらにできないような事情でもあるの!?
「持ち込まれる縁談を全て断っていたものですから。勝手に事実を作り上げる困った方もいらっしゃいまして」
「……嘘をさも本当の様に噂として広めたってこと?」
「ええ、貴族は醜聞を無視できませんから。クラウス達のお陰で嘘だと証明されましたが」
まあ、大変。ゼブレストで似たような事をやらかした私にはとっても耳が痛いお話です。
「私が自ら想い人だと公言する方がいる以上、そういった噂は流せません。守護役としての立場もありますから」
「なるほど。ある意味最高の防御策になってるわけね」
そういえば魔王様も不満を持ってる令嬢がいるらしいことを言ってたっけ。
不満を持つだけで済んでいるのは噂を流そうと私に喧嘩を売ろうと無駄だと判っているからなのだろう。
自分の醜聞にしかならないもんね、この状況で騒動起こしても。
「家の者達はそういった事情を知っているので貴女の事をとても歓迎しているのですよ。私だけでなく姉上も気に入っていますから特に」
「貴族って大変だね」
素直な感想を洩らせば「そうですね」と呟き姿勢を元に戻した。まあ、それ以外言えんわな。
顔と家柄を考えると相当嫌な思いをしただろう。そう思うとこの歓迎振りも怒れませんね。
「さあ、姉上がお待ちかねですよ」
ノックと共にそう告げるアルに今回の目的を思い出し、今更ながら『穏やかなお話』で済むのかなと思ったのは秘密。
長居をする気はないのでさらっと済ませますか。
「ミヅキ様! よく来てくださったわ」
「お久しぶりです、シャルリーヌさん」
シャルリーヌさんは本日も眩しい美人さんです。アルと合わせて部屋の中が大変華やかになってますよ!
……中身が少々残念ですが。S属性なんだよね、この人。
「あ、これお約束の昼食です。こっちはお茶菓子にでもどうぞ」
「嬉しいわ、覚えていてくださったのね。お茶の用意は出来ているのよ、さあ座って?」
昼食の入ったバスケットは私、タルトはアルに持ってもらった。堂々と公爵子息を荷物持ちにしてましたね、私。不敬罪は見逃してください。
促されるままに座るととっても素敵なティーセットが。高そう、凄く高そう。
今更だけど公爵って確か貴族で一番上だよね。いいのか、手作りお菓子が御土産で。
それ以前に向かいにシャルリーヌさん、隣にアルという羨ましがられる状況です。庶民なのですが、私。
「これは何かしら?」
「持ち運びを考慮してサンドイッチ各種とミートパイです。御土産の方は苺のタルトです」
聞きなれない言葉にシャルリーヌさんは首を傾げつつも目を輝かせている。
サンドイッチも色々作ったから見た目にも楽しいのだろう。
若干興味がタルトに向いているけど女性は甘い物好きですしね、これは異世界でも同じか。
なお、持ち運び易さ重視のセレクトです。この世界にパイやタルトが無いみたいだから目新しいのもいいだろう。
まあ、イルフェナだからこそ作れるんだけどね。まず得られる食材を確認しないといけないところが面倒だ。
「タルトは午後のお茶の時間にでもどうぞ。お口に合えばいいのですが」
「十分よ。ふふ、とっても楽しみ」
「そういえば午後にお茶会があると言ってましたね」
「ええ、そうなの。貴方達もどう?」
「遠慮します。立場的に無理です」
素敵なお誘いですが即お断りさせていただきます。
話題に入り込めませんし、優雅さの欠片も無い珍獣に素敵な午後の集いは敷居が高過ぎです。
「まあ、どうして?」
「シャルリーヌさんは良くても他の方はどう思うか判りません。それに私は民間人ですから身分的な意味でもよくないでしょう。醜聞になるような事態は避けるべきです」
「そんなことは無いと思うけど」
「私がエルシュオン殿下の保護を受ける異世界人という点が十分マズイと思います。アルやクラウス繋がりならまだしも全く関係のない方と接触することは要らぬ疑いを持たれる事になると思いますよ」
なまじ私が評価されているからこそ、ご令嬢達が何らかの下心有りと噂されるかもしれん。もしくは白黒騎士達狙いとか。
僻み根性全開で煩く言ってくる御嬢様方は絶対に居そうだ。
そう言うと少々残念そうにしながらもシャルリーヌさんは納得してくれた。何故か満足げに見えるけど。
「わかったわ。相変らず物事を広く見ることのできる子なのね」
「だから言ったでしょう、姉上。ミヅキは断る、と」
得意げに笑うアルにシャルリーヌさんは悔しそうだ。
もしかしなくても私は試されたのか、な? あれ、説教フラグ回避した?
公爵家って……怖い所なんですね……! 人で遊ばないでくださいよ。
「アルの言ったとおりだったわね。何だか悔しいわ……そうね、ミヅキ様一つお願いを聞いてもらえないかしら」
「御願い、ですか?」
「私の事はシャル姉様と呼んでくださらない?」
「は?」
「姉上?」
間抜けな声を出す私とアル。え、何でそうなるの?
だが、次のシャルリーヌさんの言葉にバシュレ家の愛を垣間見た。
「だってアルがミヅキ様と結婚できなくても私は姉様でいられるじゃない」
「ああ、なるほど」
「あ、姉上!? ミヅキも! 何を言い出すんですか!」
バシュレ家の愛情表現、それは暴力。多分、精神的なものも含む。
これは弟に対する愛なのですね? 間違っても報復とかじゃないのですよね?
まあ、どちらでも私には関係ない。シャルリーヌさんならば今後も是非仲良くしたいのだから。
「判りました。これからも宜しく御願いしますね、シャル姉様」
「ええ! バシュレ家に嫁がなくとも仲良くしましょうね」
「喜んで!」
微笑み合い友好を深める私達とは裏腹に困惑と若干の怯えを纏わせたアル。
ふ、甘いなアル。女同士の繋がりは最強なんだぞ?
私だって女友達がいたっていいじゃないか! ……出来ない理由の大半が君達なんだしさ?
その後は楽しく食事をしていたので最終的には良い事だとアルも判断したようだった。
いや、これ絶対弟に対する愛の鞭だと思うよ?
……そして私達は目の前の美女が参戦して後、何をやらかすかを聞きそびれたまま館を後にしたのだった。
その話題は回避されたんです。恐るべし、社交界の華!
お姉様が何を考えていたかは小話にて。