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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
ほのぼの(?)イルフェナ編

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七不思議の後日談 其の八(ウサちゃんの中身視点)

『……』


 あまりにも予想外の展開に、俺は暫し、茫然としていた。同時に、自分が置かれた状況への認識が間違っていたのではないかと思い始めてもいる。

 それほどに、今の状況は予想とかけ離れたものだったのだ。思い出すのは、ほんの少し前――目覚めてから、彼女に出会うまでのこと。

 小さな体で館を歩き回り、漸く見つけた『恩人』。

 それが年頃の女性であり、中々に美しい外見だったことを知ると、俺は秘かに歓喜した。


 命の『アカ』は、若ければ若いほど美しい。


 きっと、彼女をより美しく彩ってくれることだろう。


 ……ああ、『アカ』に彩られた体を、操り人形のように飾っても良いかもな。


 久々の獲物、久々の高揚感! その全てが自分を喜ばせ、惨劇への期待に胸を膨らませた。

 勿論、慣れない体での殺害が最初から上手くいくなどとは思っていない。

 彼女が俺を目覚めさせた当事者である以上、当然、この依代――ウサギのぬいぐるみ――に警戒をしているだろう。

 第一、俺が宿った影響か、ぬいぐるみの目は赤黒く濁り、間違っても『可愛らしい』という印象は抱くまい。


 澄んだ赤ではなく、禍々しい赤黒さ……まさに血の色。


 他のパーツが愛らしいこともあり、そこだけが異様なのだ。仄かに光っているような気がすることも一因かもしれないが。

 ――だが、それほど警戒されるのも今回限り。


 だって、当事者達を始末してしまえばいいのだから。


『何かが乗り移っている』という事実さえバレなければ、今の自分はウサギのぬいぐるみでしかないじゃないか。

 人間だった頃以上に、他者には警戒されず、容易に近づくことができるだろう。

 だいたい、『ぬいぐるみが動いている』なんて、普通は信じまい。

 魔術師ならば何らかの術を使っていることもあろうが、その場合は僅かなりとも魔力が感じられるはずである。

 結果として、疑われるのは『ウサギのぬいぐるみ』ではなく、『それを操っていたと思われる魔術師』なのだ。

 当然、そんな輩など居ないため、探されても何の問題もない。何の変哲もないぬいぐるみの振りをしていれば、そのうち疑いの目も向けられなくなるだろう。

 そのためにも、俺がこの『依代』に宿っていることを知る者達を生かしておくわけにはいかなかった。

 どうせ、殺すつもりだったのだ。何の問題もない。


 ……が。事態は俺が予想もしなかった方向に進んでいった。


 初めての接触は、訳が判らないまま、吹っ飛ばされて終了した。

 まあ、暗闇で何かが動いていると知れば、思わず手が出てしまっても仕方がない。

 と、言うか。

 どうにも、吹っ飛ばされる直前に使った声が拙かったのだろう。理由は判らないが、何やら酷く怒っていたような……?

 まあ、それも一時のこと。

 何があったのかは判らないが、俺への注意が逸れたのだ。それを好機と捉え、俺はその場から一時撤退。その後、再戦と意気込んだのだが……。


『きゃぁぁぁぁっっ!!』


 俺の姿を認めた途端に聞こえた、心地良い悲鳴。そこまでは良い、そこまでは良かった。

 その後、彼女が紡いだ言葉に、俺は首を傾げる羽目になったのだ。


『ようこそ、怪異様♪ おいでませ、怪異様♪ お 待 ち し て お り ま し た … … !』


 ……悲鳴を上げたくせに、何~故~か彼女は喜んだ。その足元で楽しそうに跳ねていたのは子猫? のようだ。使い魔なのだろうか。

 館に彼女しか居なかったことからも、俺を目覚めさせたのはこいつだろう。ならば、儀式の成功を喜んだとしても不思議はない。

 そう思い直すと、少し落ち着いた。『魔術師』という括りで考えた場合、何もおかしい反応ではないじゃないか。

 そもそも、好奇心からろくでもないことをするのは、大抵が魔術師だ。あいつらは己の研究が全てと考えている節があるため、常識が通じない場合もある。

 まあ、中には雇い主に従っているだけの『仕事として引き受けた』という場合もあるだろうが、そちら方面の知識と魔力が必須なので、実行犯は魔術師で確定だ。

 このような儀式を成功させる以上、彼女は優秀な魔術師なのだろう。少々、若い気もするが……それゆえに好奇心が勝り、今回のようなことを行なったのかもしれない。

 そう自分を納得させ、再戦を試みる。あれから試して使えるようになった不可思議な力と、館に呼び寄せられたらしい『同類』達が俺の味方なのだ。


 さあ、怖がるがいい! そして、己の未熟を悔いて死ね……!


 そうして始まった二回戦目は中々に、『怪異』という言葉がぴったりなものになっていた。

 魔法を使っていないのに物が宙を舞い、彼女目掛けて飛んでいく。勿論、使い魔らしい仔猫もその対象だ。

 最初は儀式の成功を喜び、この状況を楽しんでいようとも、終わらぬ恐怖の宴に疲労し、やがて顔に絶望を張り付けることだろう。

 その時こそ、俺が喉を切り裂いてやる。流れ出す『アカ』はきっととても美しい。

 そんな未来を思い描きながら突撃した俺は――


『やっほー、ウサちゃん♪ とりあえず、死ね!』

『え゛』


 笑顔で迎えられたかと思ったら、先ほどと同じように宙を舞う俺の体。

 茫然としながらも目にした彼女は、とても良い笑顔でフライパンを構えていた。なるほど、俺はあれに吹っ飛ばされたのか。


『キャッキャッ』

『ポルターガイスト! 本物じゃん!』


 魔術師本人がとても楽しそうに飛んできた物を打ち落とす傍ら、子猫は楽しそうに飛行物に乗っては落としていく。

 ……。


 おい、めちゃくちゃ楽しんでないか……?


 それも『儀式の成功』を喜んでいるというより、怪奇現象に遭遇できたことを喜んでいるような。

 そう思うも、即座に俺はその考えを打ち消す。暗い中で起こる怪奇現象……いくら何でも、多少は怖がるはず。

 まあ、あれほど俺達の姿をしっかりと捉えている以上、魔道具か魔法の効果で、視界はそれほど暗くないのかもしれないが。

 フライパンは……まあ、非力そうな外見だったし、護身用にどこからか持ってきたのかもしれない。

 意外なことだが、この選択が正解だったのだろう。攻撃範囲が広いし、誰でもそこそこ扱え、やろうと思えばナイフを持った体ごと叩き潰せるのだから。

 偶然とはいえ、フライパンは女性だからこそのセレクトなのか。下手な武器より厄介そうな印象に、思わず舌打ちを。

 ……。


 舌打ち、できるんだな? この体。


 そんなどうでも良いことに少しだけ感動している間も、彼女とその使い魔らしい子猫は大はしゃぎだった。

 どう見ても『全力で楽しんでます!』と言わんばかりの一人と一匹の姿に、『イラッ』としたとしても仕方があるまい。


『おもしろーい! 色んな物が飛んでくるー!』

『古のホラーゲームにもこんな展開あったわ……部屋に入るとポルターガイスト発生、一定時間飛行物を落とすか、避けるか、対処して、最後にシャンデリアを避ければクリアー』

『やっぱり物を落とすか、避けるんだね~』

『まあ、ポルターガイスト自身に実体がないから』

『そっかー』


 だ か ら 、 何 を 、 ほ の ぼ の と し て や が る … … !


 そもそも、『ほらーげーむ』とは一体、何のことだろう……?

 あれか、俺が死んでいる間に流行った物語か、それとも話題になった魔術か何かか?

 首を傾げたところで、正解が判ろうはずもない。ただ、奴らの態度と遣り取りに再度『イラッ』としたのも事実なので。


『ふん、まずは足を狙ってやるか』


 飛び交う物への対処に追われているのを確認し、彼女の下へと一気に走り寄る。

 罠のつもりだったのか、体には柔らかい紐が纏わり付くが、俺の走りを止めることにはならなかった。

 そう、彼女に辿り着く直前、何故か前に進まなくなるまでは。


『!?』


 訝しんだ直後、俺の体は後方へと物凄い勢いで飛ばされてゆく。


『ウサちゃん……お馬鹿』


 誰が『ウサちゃん』だ、このクソ猫ぉぉぉぉぉっ!



※※※※※※※※


――一方その頃、騎士達が待機している場所では。


「……」

「……」

「……」


 恐怖とは別の意味で、沈黙が落ちていた。

 余談だが、沈黙の種類は主に『異世界の儀式や実在した怪奇現象に対する感心』、『頭の中で今後について考えている』、『大はしゃぎする子猫達に呆れている』の三つである。

 なお、黒騎士達はほぼ最初の二種類に分かれていた。ミヅキ達の応戦とて、『いいぞ、もっとやれ!』という心境なのだ。


 ウサちゃんの予想はある意味、大当たりしていたのであった。

 ただし、その『好奇心旺盛な(ヤバイ)魔術師』がここまで集っていることは予想外だろうが。


「ええと……多分、このウサギのぬいぐるみに得体の知れないモノが宿っているんだよね……?」


 沈黙を破ったのは、親猫ことエルシュオン。彼は事前に今回の件についての企画書に目を通しており、そこに『降霊術でやって来るのは、良くないものが多い』と書かれていたのを目にしていた。


「ええ、そのはずです」


 どこか笑いを含んだ表情で答えるアルジェントとて、この光景に思うところがあるのだろう。


「一応、ウサギのぬいぐるみはナイフを持っていますし、飛行物もミヅキ達を狙っていますからね。『良くないものが来る』というのは正しい情報だったようです」

「その割には、何だか可哀想になってくるんだけど」

「まあ……相手をしているのがミヅキ達ですから。念願の『オカルト』に大はしゃぎしている以上、怖さは薄れますよ」


『怖さが薄れる』どころか、すでに『魔導師に挑むウサちゃん』くらいになっているのだが、誰も突っ込む奴は居なかった。

 だって、どう考えても『相手が悪かった』という言葉で終わってしまう。そもそも、ミヅキにオカルトを恐れるという発想があるかも謎なので。


「不可思議な現象ではあると思うよ。うん、それは事実だと私も思う。だけどね……」


 エルシュオンは深々と溜息を吐いた。その膝には親猫(偽)がどこか楽しげな表情で座っている。


「こんなの、報告できるはずないだろう! 誰が見ても、『得体の知れない玩具で遊ぶ子猫』じゃないか! これ、普通は怖がるところなんだよね!?」

「まあ、それもそうですね」

「『オカルト』とやらが、楽しいものと解釈されそうではあるな」


 幼馴染達の言葉に、エルシュオンはがっくりと肩を落とした。

そろそろ憐れまれだしたウサちゃん。

なお、憐れんでいるのは魔王殿下と双子のみ。

余談ですが、『古のホラーゲーム』はス〇ラッターハ〇ウスのこと。

※番外編やIFなどは今後、こちら。

 https://ncode.syosetu.com/n4359ff/

※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。

※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。

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― 新着の感想 ―
[一言] 赤猫は割りと染まったけど、魔王さまはどうかな······? (双子は感性的には一般人代表なので······(合掌))
[一言] 親猫様や騎士ズの心境は、グレンが赤猫時代に通った道なんでしょうね(あっちはVRゲームだったけど)
[良い点] オカルティックアトラクションをー全力で楽しんでいる子猫ちゃんズはめっちゃカワイイですねー。どっちがより多く撃墜しますかねー。 [気になる点] ウサちゃんの同類のモノ達はーどこまで善戦します…
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