七不思議の後日談 其の五
――『一人かくれんぼ』が行なわれている館にて
――時は暫し、遡る。
「……」
クローゼットの中、私は只管、ウサギさんを待っていた。
『一人かくれんぼ』の成功を、私は確信している。時折、響いてくる奇妙な音と、どことなく重苦しい空気がその証拠!
これを『成功』と呼ばずして、何を成功と言うのだ。
これまでの連敗経験から、私はそう思っていた。ついつい、口元に笑みが零れる。
素晴らしきかな、魔法世界……! 世界は私に味方した!
『魔法があるなら、オカルト的な儀式だってワンチャンスあり?』とか思ってみるものですね……!
と言っても、私はまだ隠れ中。ウサギさんの姿は影も形も見えないため、本当に『何かが乗り移ったウサギのぬいぐるみ』になったかどうかは確認できていない。
噂と言うか、私が知っている『一人かくれんぼ』ならば、怪奇現象の発生&ぬいぐるみが襲い掛かってくる……という展開になるはず。
怪奇現象は一応、さっきから聞こえている不審な音が該当するとして。
大本命のウサギさんを確認して初めて、本当に『成功した』と言えると思うんだ。
これは私一人の願いではない。別の場所から魔道具を使ってこちらの様子を探っているだろう、騎士寮面子の願いでもある。
少なくとも、この不審な音は確認できているだろうし、騎士達は期待一杯に映像を見ているはず。
……が。
私は少しだけ退屈していたり。うん、仕方がないことだってのは判っているんだ。隠れて待つから、『かくれんぼ』なんだもの。
でもね……相手は『あの』ウサギさんなのですよ……。
……。
ウ サ ち ゃ ん 、 遅 ぇ よ … … !
やっぱり、足が短過ぎたのだろうか? どう考えても、ぽてぽてと歩く姿しか想像できん。
ああ、もっと機動力がありそうな依代を選んでおけば、今頃は探しに来てくれたのかもしれない。
それとも、名前が悪かったとか? 頭がお花畑な奴の名前から取ったから、どこかで迷っていたり、挟まって身動きが取れなくなっていても不思議じゃないのだが。
暇なので、どんどんくだらないことを考えていく私。そんな中、『音』ではなく、『誰かの声』が聞こえてきた。
ただし。
それは『この場に居るはずのない人の声』だったりするのだが。
『ミヅキ……お前、どこに居るんだ』
クラウスの『声』が遠くで聞こえる。
『ここは暗いですよ。さあ、もっと広くて明るい場所にいきましょう?』
出てくることを促すのはアルの『声』。
『おい、迎えに来たんだから、さっさと出て来いよ』
『そうそう、早く帰ろうぜ』
いつもと変わらぬ口調で話し掛けて来るのは、双子の騎士達……の『声』。
『声』だけならば、間違いなく彼らのもの。口調だって、いつもと同じ。
だけど……『複数の声が聞こえるのに、足音は全く聞こえない』のはどういうことだ?
そもそも、彼らと私は通信の魔道具で繋がっている。何かしらのトラブルがあったとしても、わざわざ『出て来い』と言う必要はない。
……まあ、魔道具で確認を取ろうにも、今は不可能みたいなんだけど。
『何故か』いくら連絡を取ろうとしても、全く反応なしなんだよねぇ……これも怪奇現象の一つだろうか?
そんなことを考えているうちに、『声』はどんどん私が隠れているクローゼットに近づいて来ていた。
私は再び、隙間からそっと外の様子を窺う。……相変わらずの暗闇だ。ただ、事前に貰った魔道具の効果と暗闇に目が慣れていることから、物の位置ははっきりと判る。
『ミヅキぃ、折角遊びに来たのに、どこに居るんだよ? 迎えに来たんだ、遊ぼうぜ』
今度はルドルフの『声』。……かなり近い。漸く、私の所に『声の主』がやって来てくれた模様。
そう確信すると、私は緊張のあまり、自然と手に力が入っていった。
嗚呼……ついに来たぜ、エンカウントの瞬間が!
ようこそ、怪異様♪ おいでませ、怪異様♪
私は首を長くして、この瞬間を待っておりましたよ……!
セオリー通りなら、出会った瞬間から熱い戦い(意訳)の始まりですね☆ マイ武器を片手に、今か今かとお待ちしておりましたとも!
なお、これは私が個人的に遊びたいと思っているばかりではなく、必要な手順なのであ~る。
そもそも、『一人かくれんぼ』はきちんと終わらせる必要がある。
あれですよ、手順通りに始めたら、きちんとお片付けをしましょうねってやつ。そのための塩水ですからね。
しかし! その『お片付け』に必須なぬいぐるみが動き回っていたら、どうなるか?
結論:身動きできないようにして、強制終了決行。
これしかない。よって、最初から『ドキドキ☆ワクワクのバトルモード突入!』しかないわけです。
……。
そういうことにしてくれ。少なくとも、私達はそれで魔王様を納得させたから。
そのため、この館は最初から『多少、暴れても構わない』という状態になっているのだ。
隠れ場所とか余計なものが多い一方で、邪魔になりそうな椅子などは撤去されている。暗くなければ、捕獲用の罠も仕掛けられていたと推測。
『一人かくれんぼ』を降霊術の一種と認識しているらしい黒騎士達からは『きちんと終わらせるように』と厳命されているので、VSウサギさんは必要なことなのです。
……だからこそ、さっき聞こえた『声』が嘘だと確信できるのだが。
『きちんと終わらせるように』なんて厳命する奴らが、途中でお迎えに来るはずないでしょ?
黒騎士達の性格を知らなかったとはいえ、これは完全に怪異側のミスなのだ。
……。
やっぱり、名前が悪かったのだろうか。微妙にアホっぽいんですが、降臨された怪異様。
大変微妙な気持ちになり、ちょっと遠い目になったその直後――
『ミヅキ? ほら、検証なんてどうでもいいから帰ろう?』
「……あ゛?」
『もう仕事なんてさせないよ。ただ、私に甘やかされていればいいか……ら!?』
「魔王様がそんなことを言うわけねーだろ、クソウサギがっ!」
バン! と勢いよく扉を開ければ、目の前にはウサギのぬいぐるみ。
ただし、最初に見た時と違って、つぶらな黒い目は赤く濁った色になっており、愛らしいはずの姿もどことなく禍々しい空気を纏っている。
……しかし、今の私にとってはそんなことなど、どうでもいい。
「死ね」
ウサギが動き出す直前に気合一閃、私が振りかぶったフライパンがその小さな姿を捉え。
――ウサギさんは物凄い勢いで回転しつつ、どこぞに激突していった。
「チッ」
舌打ちして、ウサギさんの復帰を待つ。そんな私は、片手に持ったフライパンで肩を軽く叩いていたり。
ご存じ、マイ武器フライパン。強化し過ぎて『世に出すな』とゴードン先生に言われて以来、愛用の一品です。
私限定で軽く、その強度も私自身ですら判らないレベル――少なくとも、岩を砕いて無傷だった――という、世界にただ一つの代物だ。
だけど、それはフライパン。
調理も可能で、鈍器にもなる素晴らしい一品だけど、フライパン。
今頃、騎士寮面子は呆気に取られていることだろう――『こいつ、何、フライパンで格好つけてるんだ?』と。
でも、いいの。日頃から使い慣れている分、とっても手に馴染むし、ウサギさんの持つ武器対策もばっちりさ。
何せ、フライパンは攻撃範囲が広い。ぶっちゃけ、ウサギさんが武器を構えて突撃してきたとしても、そのウサギさんごと叩き潰せてしまう。
唯一の不安要素が『物理以外の攻撃』という点だったけれど、先ほどのウサギの姿を見る限り、問題はないだろう。
だって、ウサギさん……片手にナイフを持っていたからね?
どうやって手に着いているのかは判らないが、私が用意したナイフをしっかりと片手に持っていたのだ。
なお、そのナイフと腹に詰められた米の重さのせいで、物凄い勢いで回転し、叩き付けられたのは言うまでもない。
普通にぬいぐるみをすっ飛ばそうとも、元々の重さがないため、そのまま軽く叩き付けられて終わりなのだ。所詮は布と綿の塊なのである。
ただし、そこに重心となるものが存在すると……まあ、それなりに勢いがつく。
その結果が、先ほどの『びたーん!』と音がしそうな状態なのです。現に、ウサギさんは暫し、叩き付けられた場所に張り付くと、その後、力なく落ちて行ったし。
……が、私はその光景を確認するや、別の意味で冷や汗をかいていた。
やっべぇ、叩き付けられた場所って魔道具のある場所だわ。
弁償は構わないが、こちらの状況が騎士達に届かなくなるのは困る。
この状況を楽しみたいのは皆同じ。折角、『一人かくれんぼ』が成功し、オカルトが発生している貴重な機会なのだ……次がいつあるか判らないもの。
「……ん?」
足元に何かが触れた感じがして、視線を下に移す。
「え、何でここに……?」
そこに居たのは、子猫(偽)。呪物疑惑がある猫のぬいぐるみ。
拾い上げて確認するも、どう見ても魔王様の執務室で見慣れた姿である。
「……もしかして、一緒に遊びたくて来ちゃった?」
『来たのー♪』
「え゛」
声が聞こえたような気がして、一瞬、固まる。しかし、ふと現状を思い返して納得した。
そうだよ、今はウサギのぬいぐるみだって動いているじゃないか。
元から呪物疑惑がある上、この子は私を模した存在。勝手に出てきて、狩りに交ざっても不思議はない。
しかも、何だか楽しげな顔をしているじゃないか。先ほどの声といい、絶対に遊びたくて出てきたに違いない。
「じゃあ、一緒に遊ぼうか。ウサギ狩りだよ♪」
『わぁい♪』
細かいことはいいんだよ。私は……私達はこのオカルトな展開を楽しめればいいんだもん。
自分とよく似た性格らしい子猫(偽)の登場に、私は一気に気分が向上するのを感じた。
※※※※※※※※
――一方その頃、騎士達が待機している館にて
「な、何で、あっちに子猫(偽)が!?」
「クラウス、どなたかが持っていったんですか?」
「いや、知らん」
映像の中に『どこかで見たことがあるぬいぐるみ』を確認し、騎士達が軽いパニックに陥っていた。
しかし、その大半はどこか納得した表情である。
元より、呪物疑惑があったぬいぐるみなのである。
しかも、それは鬼畜外道と評判の魔導師を模した物。
本体(?)が待ちに待った展開を大喜びしているならば、もう一匹の子猫が参戦しても不思議はない。
しかし、そうなると……『もう一体のぬいぐるみ』が気になるのも当然であって。
彼らの視線は自然と、『もう一体のぬいぐるみ』の元ネタ……エルシュオンへと向いていった。
そして、彼らは再び驚愕することとなる。
「あ、あああの、殿下? 貴方の、横にある、ぬいぐるみって……」
「え゛」
震える指先でアベルが指差したのは、こちらもどこかで見たことがある金色の猫のぬいぐるみ。
いつの間にか、ちゃっかりと親猫(偽)が、エルシュオンの隣をキープしていたのである。
「ちょ、ま、さっきまではなかったのに!」
「こっちでもオカルト発生中なのか!?」
慌てふためく双子をよそに、どこか達観した表情のエルシュオンは親猫(偽)を膝に抱き上げた。
「どうせ子猫達が気になったんだろう。君も一緒に見ようか」
『勿論だよ』
「……え」
子猫ーズ『キャッキャ♪』
双子「こっちにも怪奇現象がぁぁぁっ」
親猫達「「煩いよ」」
あちこちで怪奇現象発生中。
※来週はお休みさせていただきます。
皆様、良いお年を!
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




