七不思議の後日談 其の三
――『一人かくれんぼ』が行なわれている館にて
「さて、そろそろ時間かな」
呟いて、私は用意したぬいぐるみに視線を落とす。勿論、ぬいぐるみはすでに『一人かくれんぼ』仕様――内部に米を入れたり、赤い糸でお腹を縫ったりしている――だ。
今現在のぬいぐるみは、ただの愛らしいウサギさん。
しかも、掌に乗せることが可能なサイズ。
当たり前だが、その手は武器を持つようにはできていない。どう頑張っても、その柔らかい前足で、ポフポフと叩く程度だろう。
……が。
そこはオカルトの世界と言うか、不思議な力が働いていると言うか、『武器を手にしていた』という報告もあるわけで。
まあ、あくまでもネットでの情報だし、創作の可能性もあるので、私とて、全てを信じているわけではない。
でも、ここは魔法がある世界。私からすれば、ファンタジーな世界!
……ちょっとくらいは期待してもいいと思わないか?
寧ろ、ウサギさんが呪物モドキな怪異と化したら、全力で弄る……いやいや、観察してみたいじゃないか。
だって、リアル・ホラー映画な展開ですぞ? 元の世界には、『殺人鬼の魂が人形に宿り、殺人を行なう』という、超有名ホラー映画だってあるんだし!
なお、黒騎士達が期待しているのは当然、こちらの展開だ。
私も初のオカルト事案に超期待しているけれど、黒騎士達にとっても好奇心を抑えきれない状況なのです。
何せ、この世界的にはオカルト文化なんてないのだ……『そんな簡単な方法で死霊が呼べてたまるか!』と思うのは当たり前。
彼らは魔法が大好きなので、一度はそういった類の魔法にも興味を示したことがある模様。
その過程で悟ったんだそうな……『手間と実益が釣り合わない』と。
……。
そだな、この世界で死霊術師扱いされる案件って、『死体でお人形遊びする変態』だもの。
そう、『お人形遊び』……この世界のアンデッドは、魔術師自身が操ることが大前提なのである……!
聞いた時、『それ、死体でお人形遊びしているだけじゃん』と馬鹿正直に呟き、黒騎士達から囲まれる羽目になったのもいい思い出さ。
でも、元の世界のホラー映画に慣れた私からすれば、そうとしか思えん。少しは異世界ホラーを見習えよ!
ゆえに、この世界の死霊術師=死体でお人形遊びする変態なのです。異議は認めない。
「じゃあ、始めよっか」
まずは私が鬼になる。『かくれんぼ』だものね、参加メンバーは探す側と隠れる側のどちらにもなる必要があるのだろう。
……個人的には、この『実行者が最初に鬼役になる』ということで、『一人かくれんぼ』の参加面子が決定されるのではないかと思っている。
『かくれんぼ』は鬼が参加者を全て見付けたら、仕切り直し。つまり、怪異が宿った『鬼』が実行者を探すのは『二回目』なのよね。
だから、『一人かくれんぼ』の実行者のみがターゲットになるんじゃないだろうか。『鬼』が探すのは、『一緒に遊んでいる参加者』なんだもの。
そのための手順を踏む必要があるので、『一人かくれんぼ』は面倒と言えば、面倒なのかもしれない。
多分、一番面倒なのが『一人で行なう』というルールを守ること。
つまり、怪異モドキな『鬼』と、サシで殺り合えってことですね……?
こういったオカルト方面の儀式は割とルールが多いので、それを守ることも大事だと思っている。
そもそも、ルール違反を犯した場合、提示されている終了方法で帰ってくれるか判らないじゃん!
「聞こえてるかな? じゃあ、始めるよ!」
魔道具を通じて音声が聞こえているはずなので、一応の断りを。さて、まずは浴室に向かわなければ。
「最初は私が鬼、最初は私が鬼、最初は私が鬼……」
そう口にして、浴室に向かう。すでに浴槽には水が張られ、準備万端だ。
そこにぬいぐるみを沈めて家中の明かりを消し、目を瞑って、十数える……というのが最初のミッション。
そう、このぬいぐるみを沈めて……。
……。
こいつの名前、カトリーナにしたんだよね。
ああ、脳内にあのクソ女の所業が過っていく……。
私は無言でぬいぐるみを一瞥し。……『沈め!』と言わんばかりの気持ちを込めて、浴槽に沈めた。
副音声で『死ね』と聞こえたのは気のせいである。たとえ、浴槽の底に叩き付ける勢いで沈めたとしても、だ!
どことなく遣り遂げた気持ちで私は浴室を離れ、十数える。さあ、ここからが本番ですよ……!
「一、二、三……」
ああ、ウサギさんは動き出してくれるだろうか。
「四、五、六……」
『あの手に刃物なんて握れるのか?』という疑問とて、是非とも解消したいものである。
「七、八、九……」
今はまだ始まって間もないせいか、奇妙な出来事は起きていない。暗い部屋に、私の声が響くだけ。
当然、何の気配もない。やはり、怪異が起こるのはウサギさんが動き出してからなのか。
……そして。
「十!」
数え終わると、浴室を目指す。暗い中を無言で歩いているだけだけど、気持ち的にはスキップしたい心境ですね!
ルンルンで浴室まで行っちゃうぞー? 待っててねー、ウ・サ・ギ・さ・ん♡
そんな気持ちとは裏腹に、迅速かつ無言で行動です。勿論、手にはナイフをしっかりと準備してありますとも。
浴室に着くと、浴槽を覗き込む。……ウサギさんは相変わらず沈んでいるようだ。今のところ、変化はなし。
では、始まりの儀式(笑)をば。
「カトリーナ、見付けた!」
そう言ってから、貫通させる勢いでぬいぐるみにナイフを突き刺す。なお、浴槽の底には傷を避けるための板が設置されているので、力一杯やらかしても安心です。
「次はカトリーナが鬼! 次はカトリーナが鬼! 次はカトリーナが鬼!」
言うなり、その場を離れる。塩水は携帯しているので、後は隠れるだけだ。
……。
ウサギさん、浴槽の板に張り付け状態になっていたような……?
やはり力を込め過ぎたのだろうか。これで『動けなくて、探しに来られなかった』なんて展開になったら、気持ちも新たにリトライです。簡単に諦めるの、よくない。
でも、名前がアレだしなぁ……私の殺意(笑)を受けて、雑草並みの根性を発揮してくれるような気がしなくもない。
……。
まあ、いいか。とりあえずは隠れて様子見だ。成功していたら、ぬいぐるみが動き出したり、怪奇現象が起こるはず!
私は期待に胸を膨らませつつ、わくわくと待つことにした。
※※※※※※※※
――騎士達が待機している館にて(エルシュオン視点)
「……」
「……」
「……」
映像を見ながら、私は無言だった。いや、無言なのは皆も同じ。ただし、顔を引き攣らせているのは、私と双子のみ。
いやいや……殺意が高過ぎだろう……?
「うわ、ミヅキの殺意たっか!」
「完全に殺る気じゃないか、あいつ……」
顔を引き攣らせた双子が呟く声に、私は大いに同意した。
暗い中でもはっきりと見えるように調整された魔道具のせいで、ミヅキの所業が表情と共にしっかり見えてしまっているのだから、仕方あるまい。
何故、そこまで殺意が高いのだ。
何故、恐ろしい思いをするかもしれないのに楽しそうなのだ。
って言うか、ぬいぐるみを名前の主の代わりにしてないかい?
「ええと、その、クラウス? これ、ぬいぐるみに殺意を向ける必要はあるのかい?」
「ないな」
「え゛」
あっさりと否定され、思わず顔が引き攣る。だが、クラウスはこの状況を歓迎しているらしかった。
「この儀式が成功すれば、ぬいぐるみがミヅキに対して仕掛けて来るらしい。そういった展開を望むならば、『互いに気に食わない相手』の名前を付け、『敵意を刻み付ける』といった行為は、成功への布石と言える」
「いや、真面目に何を言ってるんだい」
「俺はいたって本気だが」
視線を巡らせるも、クラウスの言い分への賛同者が大半だ。どうやら、ミヅキが全く恐怖を覚えていないことも含め、好印象だった模様。
「少しでも成功する確率を上げたいんでしょうね」
アルが微笑ましそうに笑いながら口にすると。
「そりゃ、ある意味、悲願らしいからな」
クラウスが同意するように頷いた。
……。
駄目だ、この幼馴染どもはミヅキを止める気なんて皆無じゃないか。
しかも、心配すらしていない! 仕事しろ、守護役ども。
彼らを守護役に選んだことを微妙に後悔しつつ、私は映像へと視線を向ける。変わった様子は未だ……ない。
ただ、ミヅキも数を数えていたから、今は数を数えるための時間なのかもしれなかった。
――そうして、様々な思惑が渦巻く中、『一人かくれんぼ』は始まったのだ。
黒猫「ウサちゃん、あーそぼっ♪」
親猫「え、これってそういうものなのかい……?」
双子「絶対に違うと思う」
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




