七不思議の後日談 其の二
さあ、さくっと準備をしちゃいましょうか!
そう決めると、私は用意されたぬいぐるみを手に取った。今回、用意されたものは、片手に乗る程度の大きさのウサギのぬいぐるみだ。
はっきり言って、迫力はない。こいつが動き出しても、愛らしいだけだろう。
なお、このセレクトは魔王様が私を案じたゆえのセレクトであ~る!
……うん、まあ、これが動き出しても脅威になるとは思えないわな。
一応、『儀式を行なった者を探し、襲い掛かってくるらしいです』的なことを言ったので、依代となるぬいぐるみにも配慮がなされたのだったり。
……。
あの、私は殺る気満々なのですが……?
下手をすると、私の方が虐待をしているように見えるのではないのでしょうか? 成功した場合、素直に終わるとは思っていないもの。
と、言うか。
ここは魔法のある世界なので、ぬいぐるみが元の世界よりも凶暴化する可能性だってあるじゃないか。
それを踏まえて、私も準備しているのですよ。備えあれば患いなし! ですからね……! 塩水入りの容器だって、自分が所持している以外にも沢山設置されているもの。
「米を詰めたり、縫ったりする作業は終わっているから、後は名前付けかぁ……」
ぬいぐるみの名前。名前、ねぇ……。
ボコる可能性もある以上、知り合いと被ることは避けたい。いや、そもそも、この儀式って……。
これまでの報告を踏まえて考察をする限り、友好的な対応になることは皆無だろう。敢えて言っていないけれど、クラウスあたりはその理由に気付いてそう。
……。
ぬいぐるみに入れるのって、『自分の爪』なのですよ。
ぶっちゃけると、『自分で自分を呪う儀式』という解釈もあるわけで。
個人的には、『自分で自分を呪う儀式』はそれなりに正しい解釈だと思っている。だって、その目印があるから、依代に宿った存在はターゲットとして狙うわけでしょう?
そりゃ、元ネタは都市伝説なので信憑性はなきに等しいけれど、『その話を聞いた人達が試したり、検証を行なったりする程度には興味を引かれている話』であることは事実なのだ。
人が噂を信じる時って、『それなりに引っかかる要素』があるものじゃない?
オカルト好きな連中が笑い話で済まさなかった以上、単なる噂で済むまいよ。
あまりにも突拍子もない噂だったら、『誰かの創作』とか『よく聞く話』程度の認識だと思う。そうして、いつかは噂も消えていく。
……が、これは様々な方面に影響を及ぼした『都市伝説』なのだ……正直、スレンダーマンと張るぞ? あれも元ネタは創作なんだから。
「ふむ、ボコること前提の名……あ!」
あるじゃん! 呆れられるかもしれないけれど、誰もが納得すると言うか、この状況にぴったりの名前が!
「決めた! あんたの名前は『カトリーナ』!」
元ネタは夢見る乙女(笑)であり、まだ見ぬ王子様(笑)を待っている女性である。……乙女というには少々、お年を召していらっしゃいますけどね。
向こうがお貴族様のご令嬢である以上、私に対して何らかのアクションがない限り、殴り合いの喧嘩なんて絶対にできない。精々が嫌味の言い合いとか口論程度。
しかし!
このぬいぐるみならボコれるじゃないか。罪もないウサギさんならば心も痛むが、殺気を伴って仕掛けてくるような可愛げのないウサギならば、滅殺上等。
「うふふ……楽しく遊びましょう? カトリーナ」
そう決めると、私は上機嫌でそれ以外の準備を進めた。
※※※※※※※※
――騎士達が待機している館、その一室にて(エルシュオン視点)
機嫌良さげに準備を進めるミヅキを、私は呆れた眼差しのまま見つめた。
内容に疑問を覚えていようとも、ミヅキが楽しみにしているのは判る。現に、クラウスを始めとする黒騎士達も似たような状態だし、白騎士達も興味津々だ。
『異世界の降霊術』――これだけでも興味を引かれるのに、それには魔力が必要なく、簡単な儀式のみで可能だと聞いている。
魔術師である黒騎士達が興奮するのは当然だろう。
魔法に秀でていない白騎士達だって、興味を抱くのが当然だ。
……だが。
だからと言って、ねぇ……!
「……。うちの子、やっぱりどこかで育て方を間違えたかな」
思わずそう呟くと、周囲の騎士達は一瞬、押し黙り。
「いや、エルは正しい。ミヅキはあれでいいんだ」
「そうですよ。貴方の教育は立派にミヅキの助けになっているじゃないですか」
「その教育で得た知識を、ろくでもないことに使っているから、『異世界人凶暴種』なんて言われているんだけどねぇ……!」
賢いことは事実だと思う。ただし、その賢さをろくでもない方向に振り切っているのが、うちの馬鹿猫なのだ。
本人もそれを恥じることなく、『最高のエンターテイナー』やら、『愉快犯』と自称しており、その度に騒動を巻き起こしている。
『親猫』として扱われる度、思うのだ……『違う! 私は知識を与えただけだ!』と。
いくら何でも、ミヅキの『あの』遣り方まで私の教育と思われるのは心外である。それなのに、騎士達は挙って言うのだ……『ミヅキはあれでいい』と。
「君達さぁ……それは自分にとって都合が良いからだよね?」
「おや、そんなことはないぞ? これまでの功績を思い出してみろ。十分過ぎるほど我らに貢献してくれているじゃないか」
「人脈作りも、王族や貴族を相手にした時の立ち回りも文句なしじゃないですか。エルはミヅキの親猫であることを誇ってよいのでは?」
「そもそも、普通は『親猫』なんて呼ばれないんだけど」
「「……」」
「そこで無言にならないでくれるかな? あと、他の面子にも言えることだけど、目を逸らすな」
私の主張にも、騎士達は揃って聞こえない振り。ある意味、団結力に優れた騎士達である。
その団結力が『ちょっとした報復』に反映されてしまった結果、彼らは私同様、恐れられる存在になってしまったはずなのだが。
「まあ、いいじゃないか。ミヅキも楽しんでいるのだし。……ところでな、この儀式……『一人かくれんぼ』だったか? この世界と全く同じ解釈ならば、随分と奇妙なことをするんだな」
「え?」
唐突に話題を変えたクラウスを見つめ返すも、クラウスは魔道具によって映し出された映像の中のミヅキを見つめている。
「ぬいぐるみの中に自分の爪を入れる。……この世界の魔術に当て嵌めると、自分が呪いの対象になっているようなものなんだが」
「はい!?」
驚くも、そんな反応をしているのは私だけだった。白騎士達も多少の驚きはあるが、今は好奇心が勝っているようで、中止を願う声は上がらなかった。
反対に、注意深く映像を窺っていたり、考察を話し合っていたりするのが黒騎士達。
彼らは魔術特化の集団と言っても過言ではないため、この可能性にいち早く気が付いていたらしい。
「ミヅキにも聞いてみたんだが、元の世界でもそういった解釈があるらしいぞ?」
「なっ……危険はないのかい? ぬいぐるみさえ脅威にならなければ、大丈夫と思っていたんだけど」
当たり前の疑問を口にすれば、クラウスは何でもないことのように肩を竦めた。
「成功すると、ぬいぐるみに襲われる以外にも色々と起こるらしい。つまり、儀式を行なった人物がターゲットになるんだろう。何でも、怪奇現象が発生するとか」
「そこまで判っているなら、止めるべきだろう! 対処する術があるとは限らないじゃないか」
「無理だな。そもそも、俺は個人的にもそんな状況になることを期待している」
あまりな言い分に、絶句してしまう。だが、反対の声が上がらない以上、それは私以外の者達の総意といったところなのだろう。
「ここで皆が見守っているのですよ? エル。第一、このような時間帯であろうとも、親猫が付き合ってくれているのです。ミヅキも張りきろうというもの」
「いや、そこは張り切る方向を間違えているだけであってね……」
クラウスの援護をするアルの言い分に呆れるも、アルの楽しそうな笑みは崩れない。
「貴方とて、明日の午前中の仕事を前倒ししてまで、付き合ってくださっているじゃないですか。ミヅキではないですが、私も皆で楽しむ機会があることは歓迎なのですよ」
「~っ、煩いよっ!」
アルに知られていたことが恥ずかしいけれど、それ以上に彼の言葉を嬉しく思ってしまう。
『皆で楽しむ機会』……そうか、その『皆』に私も含まれているのか。
「ああ、そろそろ始めるようだぞ?」
「ふふ! 成功することを祈りましょう」
だからと言って、物騒な遊びは止めなさいっ! 君達、ミヅキを止めたことなんてないじゃないか!
「守護役達が挙ってあいつを野放しにしてるのに……」
「殿下だって、判っているんでしょう? 無駄だ、って」
「そこ! 煩いよ!」
双子の言葉に頭痛を覚えつつも、映像に視線を向ける。……異世界の降霊術とやらは、もうすぐ始まるらしい。
親猫「うちの子、何故、こうなった……orz」
白騎士「立派に育ったじゃありませんか」
黒騎士「あいつはあれでいい」
双子「悩むだけ無駄ですよ」
多分、普通に心配しているのは親猫のみ。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
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※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




