意外な繋がりと新たな協力者
「あら、ミヅキ様!」
「へ? あれ、コレット……さん」
「まあ、母様でいいのよ?」
「勘弁してください。まだ結婚してませんから……!」
ゼブレストで食材その他を確保し、イルフェナに戻った直後。
通りかかったコレットさんに捕まりました。クラウスの母上様です、この人。
にこにこ笑いながら話し掛けてくる彼女の勢いに負け、そのまま捕獲されてブロンデル家へ招待されました。
穏やかでも公爵夫人、こういった手腕はお見事ですね。
まあ、私も伝えなきゃならない事があるからいいんだけどさ。
……何かって?
魔道具の嫁製作断念の報告ですよ! これは伝えておかねば……!
そんなわけでブロンデル家の一室にてお茶してます。
一言伝えておかなきゃなー、とか思ってたら魔王様への報告はもう済んだって言われましたよ。
帰りは送ってくれるとのことなので問題無しとみなされたんだろう。クラウスの実家だし。
連れてきた強引さといい根回し良過ぎです、コレットさん。そのまま嫁一直線はやめてくださいね。
ああ、食材は明日にでも届けてもらう予定なので問題無し。
王から私個人に荷物が届くのだよ……しかもしっかり記録に残る。
ちなみに言い出したのはルドルフだったりする。細かい所に気がつくとは流石だな、親友よ。
「そう、そんな事情でゼブレストへ行っていたのね」
「ええ。黙らせるには最適ですから」
グランキン子爵家の嫌がらせ対策としてディーボルト子爵家に協力してますよ、な感じで説明したらコレットさんは深く追求せずにいてくれた。
ええ、そういうことにしておいてください。お互い口に出すのは表向きの理由までですよね。
恐らくコレットさんも情報は掴んでいるのだろう。私に態々声を掛けてくれたのも『ブロンデル家との繋がりを示す為』といったところだろうか。多少強引ですが感謝です!
「アリエル様の御嬢様がもうデビュタントをなさるのね。早いものだわ」
「アリエル様?」
「ディーボルト子爵の奥方よ。数年前に亡くなってしまったけれど、とても素敵な方だったの! 嫁いでからは頻繁に会うことはできなかったけれど、手紙の遣り取りをするくらい仲が良かったわ」
そう言うとコレットさんは懐かしむように目を閉じた。
まあ、公爵夫人と子爵夫人では身分にかなり差があるもんな。それでも本当に仲が良かったのだろう。
……ん?
『素敵な方』って言った? しかも公爵夫人になるような人と仲良しで?
「あのー、もしやアリエルさんて物凄く人気が有りました?」
「ええ! 伯爵令嬢だったけれど数多の縁談を蹴って恋愛結婚なさったの。それがディーボルト子爵よ」
ほほう。『実家が伯爵家』で『大人気の御令嬢』ですか。
……。
これが原因じゃね? グランキン子爵の異常な僻みって。
「グランキン子爵って自分が選ばれなかったから逆恨みしてるんですかね?」
「え?」
「あまりにも鬱陶しく嫌がらせ……いや、ディーボルト子爵家を敵視しているので」
うん、理由としては十分だ。後が無い以上は伯爵家の後ろ盾って物凄く欲しかったんじゃないかな?
ところがアリエルさんが選んだのはディーボルト子爵。しかも恋愛結婚だから個人として負けたわけです。
「そうかもしれないわねぇ……確かグランキン子爵もアリエル様に求婚していた筈よ。でも全く相手にされなかったわね」
ああ、やっぱり。
負け犬どころか勝負以前の問題かよ、グランキン子爵。
「アリエル様は下心のある者を嫌っていたから自分を見てくれる人を選んだのよ」
「利用するような人は選考外だったわけですか」
「勿論よ。社交界に出ていれば人を見る目は養われるもの。アリエル様はそういった人を見分けるのがとても上手かったから下手な野心家は近寄ることさえできなかったわ」
……騎士sの危機察知能力は母親譲りだったみたいですな。確かな血の繋がりを見ました、今。
つーか、グランキン子爵って思いっきり自業自得じゃん。コレットさんの話をそのまま信じるなら絶対にグランキン子爵だけは選ぶまい。
男として負けて、貴族として負けて、今度は逆恨みした挙句に私達の玩具になるわけですね!
いやあ、ある意味なんて王道な悪役人生! そのまま悪役らしく最後は断罪されて散ってください。
「まあ、そんな風に言っちゃ気の毒よ?」
「口に出てましたか。あまりに小物過ぎるので、もう少し捻りのある理由が欲しいというのが本音ですが」
「無理だと思うわ、あの人達ですもの」
ころころと上品に笑うコレットさん、貴女もやっぱり実力者の国の公爵夫人。さり気に言ってる事が酷いです。
持ち上げて落とす、慰めて貶すのがこの国の貴族の嗜みなのでしょうか。
「ミヅキ様、御願いがあるの」
楽しそうに笑っていたコレットさんは不意に悪戯っぽい表情を浮かべた。
「アリエル様の御嬢様を食事会の後からデビュタントまで我が家でお預かりしたいわ。お母様の思い出話を沢山して差し上げたいのよ」
「ここに、ですか?」
「ええ。アリエル様の代わりにドレスを誂えてあげたいの。こういう事は母親が一番頼りになるものよ?」
なるほど、友人の代わりに母親の役目をしてあげたいというわけですか。
警戒しまくっている現状ではコレットさんの申し出はとてもありがたい。ここに居れば少なくともクリスティーナは無事だろう。
それに滞在理由としても十分だ。母親が亡くなっている以上、クリスティーナに助言できる人物が居ない。親族達は……騎士sが私を頼っている時点で除外すべきだろう。
「伝えるだけで宜しければ」
「十分よ。あちらの事情もあるでしょうしね」
彼女にとって亡き友人の愛娘のことなのだ、既に母親の心境か。
そして穏やかに笑うコレットさんの中では既に決定事項なのだろう。
だって公爵家から言われたら断れないもの。子爵家が拒絶なんてできるわけない。
誰かに何か言われても無理を通したのは公爵家ということになる。
それに恐らくは私達が危惧していること――クリスティーナが狙われることだ、様々な意味で――を同じように警戒しているのだろう。
彼女はクラウスの母親だ、情報収集に抜かりがあるとは思えない。
既に『お祭りがあるよ!』な情報は流れ始めている模様。騎士達、仕事早ぇな!
「そうそう、シャルリーヌ様が貴女に会いたがっていたわ。できるだけ早く会ってあげてね?」
「アルにも言われてますし、ケーキでも作って会いに行きますね」
「そうしてあげて」
にこり、と意味ありげに笑うコレットさん。……どうやらシャルリーヌさんも参戦するようです。
グランキン子爵よ、どんどん豪華面子になっていくんだが期待に応えてくれるんだろうな?
私は貴方がどれだけ見せ場を作れるかという事のみ心配です。退屈はさせないよね?
体どころか骨まで真っ白に燃え尽きる勢いで足掻いてくれたまえ!
グランキン子爵家の今後は欠片も心配していないし、気にする気もないけどな。
「あ、私からもお伝えしなければいけない事があります!」
「まあ、なあに?」
「クラウスから『生き物を模した魔道具を作らない』と言質を取りました。誓約書は今度お渡ししますね」
ぴたり、とカップに手を伸ばしかけたコレットさんの動きが止まる。
「……あの子がそう言ったの?」
「はい」
「……サインもしたのね?」
「説明したらちゃんと危険性を理解してくれました!」
ただし、私達の心配は『魔道具の嫁なんてヤダ』『動く等身大フィギュア怖い』的なものでクラウスに言ったものとは違うけど。
「そう、あの子は理解してくれたのね」
しみじみと呟き目を潤ませ。
がしっ! とばかりに手を握られる。
「ありがとう……! これで親として世間に顔向けできます!」
「そうでしょうねー……」
思わず遠い目になりながらも同意する。
放っておいたら興味の赴くままに何を作るか判らないもの。その才能があるだけに笑い話にはできまい。
未だ人に興味を持つかは謎ですが、魔道具の嫁は製作断念が確実となったのですよ。快挙です。
「今度は私達が力になるわ! いつでも頼ってちょうだいね」
「ありがとうございます」
既に今回十分力になってくれていますよ。
クリスティーナを御願いしますね?
その後はほのぼのと世間話をして過ごし、夕方になる前に送ってもらったのだった。
後日、偶然会ったブロンデル公爵からも感謝の言葉を貰うことになる。
どんだけ魔術大好きなんだ、職人よ。言う事を聞く基準も技術の高さって……。
※※※※※※※
「と、いうわけで! 今からこれ持って家で家族会議してこい」
「いや、何が『というわけ』なんだ?」
「帰ってくるなり唐突過ぎるだろうが」
寮に戻るなり騎士sを捕獲しコレットさんから渡された招待状という名の命令状を渡す。
拒否権無しってある意味命令ですがな。身分制度って凄ぇ。
「だから一体これは何なん……!?」
「はぁ!? ブロンデル公爵夫人からだと!?」
ああ、やっぱり固まるか驚くかだよね。予想通りの行動ありがとう、騎士s。
「詳細は書いてあるとおり。たしかにコレットさんの申し出はありがたいと思う。……色々な意味で」
「それは……そうだが」
「メイドを連れて来てもいいって言ってるし、悪い話じゃないと思うよ? お母さんの若い頃の話とか聞けるだろうし」
そう言うと騎士sは黙り込んだ。
元の世界のように思い出を残せるわけじゃないのだ、母親の思い出を知る機会はかなり貴重だろう。
「それにコレットさんは私達が危惧していることを見抜いて申し出てくれたと思うよ?」
「そう、か」
「クラウスの母親だし情報通でしょうね」
「「ああ、納得」」
それで納得するのか、騎士s。一体どんなイメージを持ってるのやら。
まあ、Gの生物や犯罪者モドキに例える私の方が酷いような気がするが。
「わかった。俺達もこれには賛成だ」
「父上達も納得してくれるだろう」
二人は溜息を吐くと何かを吹っ切るように顔を上げる。その顔に迷いは無い。
「あ、そうそう。グランキン子爵が粘着質な嫌がらせしてくる理由なんだけどさ」
ふと思い出した『原因』を彼女の能力を継いだらしい息子達に告げる。
「あんた達のお母さんが振った……というか相手にしなかった挙句にディーボルト子爵と恋愛結婚したことが原因みたいだよ?」
「はあ?」
「伯爵家の後ろ盾と本人狙いで結婚申し込んだけど相手にされなかったんだってさ」
「「そんな自業自得な理由でか!?」」
「うん、他にもあるだろうけど爵位返上まで後が無い時だし逆恨みしたんじゃない?」
「「馬鹿だ」」
本当にな。
揃って呆れる騎士sに私も大きく頷いたのだった。
自分で功績成せよって思うよねえ、普通。この国は実力者の国なんだしさ?