七不思議の終わりには
――数日後、騎士寮にて
「……それで、あれからどうなったんです?」
騎士寮に再び集った面子も同じ心境なのか、ゴードン先生へと視線を向けた。
あの七不思議の夜から、早数日。色々な事後処理はゴードン先生へと任せてしまったため、関わらなかった面子に、その後の情報はない。
……いや、『関わる必要性などない』のだろう。
だって、あくまでも『ゴードン医師の知り合いのお弟子さんが亡くなっただけ』なのだから。
私達としては、『彼』のことを特別騒ぎ立てることはしたくない。
その結果、医師でもあるゴードン先生の提案によって、上記の理由が適用されることになったのだ。
まあねぇ……『生きた人形は幸せな死を迎えました』とか言ったところで、誰も信じないわな。
と、言うか。
『彼』は多少の世間知らずさと言うか、微妙にずれた印象はあれど、マジで人間と変わらなかったのだ。
これは数少ない、『彼』と交流のあった人達も同じ印象を持っていたと思われる。少なくとも、私達は当初、誰も『彼』が人形なんて信じていなかった。
製作者たる魔術師がフォローしていたとはいえ、これは快挙だろう。
『彼』はそれほどに……人間に近かったのだ。
「まず、戸籍を弄ったよ。『彼』はあいつの助手という扱いだったからな」
「あ~……戸籍自体はあったんですか」
「ああ。ただ、『行き倒れていたところを保護した』という理由が使われていたので、天涯孤独という状態だったがね」
なるほど。それならば、他に血縁者が居なくても不審がられまい。
「そもそも、『何らかの要因で全ての記憶を失い、世間知らずな状態になっている。ただ、助けた魔術師へと恩を感じているのか、彼には無自覚の信頼を向けている』となっていた。まあ、これは周囲に『彼』への疑問を抱かせないための嘘なわけだが」
先生はちらりと、魔王様へと視線を向けた。対して、魔王様は一つ頷く。
「そこは問題ない。何らかの犯罪の形跡が見られるようなら問題だろうが、『彼』の場合は、誰がどう調べても、純粋な『保護』にしか思えなかったようだからね」
「へぇ……やっぱり、周囲もそう思っていたんですか」
「アル達に調べてもらったけれど、周囲からの評価は概ね『世間知らずな面もあるけれど、一生懸命な優しい人』という感じだったかな」
「ああ、そんな感じはしますね」
「ちなみに、『彼』の製作者たる魔術師の方が、遥かに社会性のない印象だね」
「え゛」
「偏屈と言うか、人付き合いを好まないと言うか。嫌悪はされていないし、悪い噂もない。だけど、親しい人は極少数だったんだ」
これには魔王様も苦笑するしかない模様。ゴードン先生は……ああ、納得の表情で頷いているや。魔王様の言った通りなんですね。
おい、人形の方が人間ができている気がするんだが?
もしや、人付き合いは人形任せだったんかい、製作者。
微妙に呆れた雰囲気が漂う中、魔王様は『まあ、そういった状況が【彼】をより人間に近い存在に育て上げたようだけど』と、フォローのような言葉を付け加えた。
ま、まあ、そうとも言える……かな? う、うん、嘘ではないですね、嘘では!
「……話を戻すぞ。まあ、とにかく『彼』はあくまでも『助けられたはいいが、行く当ても記憶もない状態の青年』という扱いになっていてな。……製作者が死ぬ前に、養子縁組をして、息子になっていたということにしたんだ」
「! それって……」
「あいつには適任だろう? それにな、『彼』の製作者である以上、嘘でもなかろう。何より……『彼』はあいつを親のように慕っていたからね」
思わず、唯一、『彼』と会った時のこと――『七不思議の会』の時のことを思い出す。
確かに、『彼』はどこか世間知らずと言うか、純粋な印象だったが、製作者たる魔術師のことは大尊敬していたように思う。
いや、尊敬と言うか……自慢の父、みたいな感じだったかな? 最期の時のことと言い、とにかく自慢の『先生』が認められるのが嬉しかったみたいなんだもの。
「まあ、それでも偽造だ。それもあって、殿下に事情を話し、協力を頼んだのだよ。突かれても、表向きは私が『手続きの完了には間に合わなかったが、亡き友の願いを叶えてやりたいと願った』となっているがね」
「かの魔術師殿が極力、人と関わらなかったのは事実だからね。だから、友人であるゴードンに事前に相談をしていた……ということにしたんだ」
「ああ、相談していたこと自体は嘘じゃないですもんね」
「そう。内容は違うけれど、相談していたこと自体は嘘じゃない。私がしたことは、彼の息子になれるよう『ほんの少し』申請と許可の下りた日付を弄っただけだよ」
魔王様はさらりと言うが、本来ならば、それは咎められるべきことなのだろう。
ゴードン先生もそれが判っているのか、少しだけ申し訳なさそうに魔王様を眺めている。
それでも、魔王様はやってくれた。あの人形と過ごした時間があるからこそ、問題ないと判断したのかもしれないけれど。
「じゃあ、その魔術師の養子になったとして。最期を迎えた『彼』の扱いはどのように?」
『彼』はすでに死んでいる。見た目は若いから、死因も何かしら必要になってくるだろう。
と、言うか。
死んだ後の『彼』は、それまでが嘘のように、人形にしか見えなかったんだよねぇ……。
その時、誰もが思ったことだろう……『ああ、【彼】は確かに死んだのだな』と。
それほどまでに印象が違ったのだ。魂が抜け落ちた後と言うか、本当に、それまでの『彼』は生きていたんだなと思えたのだ。
「『元から、それほど長生きできない状態だった』という診断書を書いておいた」
「……それ、嘘ってバレません?」
「いや、そうでもない。そもそも……製作者が不自然さを誤魔化すために、『後遺症がある』ということにしていたからね。それをそのまま使わせてもらったよ」
「ああ、そう言えば……」
確かに、そんな設定にしてあったような。なるほど、『彼』の死因すら、製作者は作り上げてくれたのか。
実際、当初は人形の不自然さを誤魔化すための理由だったろう。だが、それが『彼』の最期を不自然に思わせない布石になるなんて!
「それを知ったら、『彼』は大喜びしそうですよね。『先生は本当に凄い人でしょう!』って」
思い出すのは、『彼』の最期の笑顔。
心の底から喜んでいますと言わんばかりに、誇らしげな満面の笑み。
「……そうだな。今頃、あいつに報告でもしているだろうさ」
そう言ったゴードン先生は少しだけ寂しそうに、それでも笑みを浮かべて頷いた。
ゴードン先生からすれば、友人親子を失くしたようなもの。友人の願いを叶えられたことは喜ばしいが、寂しくないはずはない。
「私達が参列して、葬式でもしてやります?」
「ああ、頼みたいね。まあ、この面子では何事かと思われるかもしれないが」
そう言いつつも、ゴードン先生は少し嬉しそうだ。『彼』の死を認め、悼んでくれることが嬉しいのかもしれない。
「では、そのように取り計らいましょうか。私達とて、『彼』の純粋で、一途な様は嫌いではありませんからね」
「そうだな、ろくでもない貴族連中よりも、よっぽど好ましい」
アルとクラウスの言葉に、皆が頷く。……比較対象が悪いだけ、という言葉は飲み込んでおこう。私は空気の読める子です。
「やれやれ……随分と豪勢な見送りになりそうだな。あいつは派手なことを好まなそうではあるが」
「いいじゃないか、ゴードン。敬愛する魔術師にして、最愛の父親の隣ならば、『彼』も安心して眠れるだろう」
魔王様の発言、その気遣いに、ゴードン先生は軽く目を見開くと……僅かに目を潤ませたまま頷いて頭を下げた。魔王様の配慮がとても嬉しかった模様。
その後、魔王様の言葉通り、『彼』は葬儀の後、製作者である魔術師の隣に葬られた。
人形でしかない『彼』の体には魔法が掛けられ、徐々に朽ちていくため、最終的に人形の体自体は残らないそうだ。
魔術師が成し得た奇跡は、これで闇に葬られたこととなる。それでも、私達が覚えていればいいのだろう。
――奇跡を叶えた魔術師と人形は『親子』となって、今は静かに眠っている。
※※※※※※※※
おまけ『その後の猫親子』(エルシュオン視点)
「相変わらず、ふわふわ~♪ 最高の癒しアイテム……!」
親猫(偽)を抱きしめ、ミヅキは上機嫌だ。報告書を無事に書き終え、書類仕事から解放されたことも大きいのだろう。
ミヅキが抱きしめているぬいぐるみも、一応、呪物疑惑が出ているのだが……生憎と私達に害はない。
よって、以前と全く変わらない扱いになっている。守ってくれる存在なのだ、恐れるはずもなかった。
「やれやれ……君は親猫を取られてしまったようだけど、いいのかな?」
ついつい、机の上にある黒い子猫のぬいぐるみを撫でながら、独り言を。当たり前だが、返事が返ってくるなんて思ってはいない。
子猫(偽)と名付けられたこのぬいぐるみは、いつもならば、親猫(偽)の前足の間に収まっている。
現在はミヅキが親猫(偽)を独占しているため、一時的に、私の執務机に避難中なのだ。
『ミヅキも親猫様の子猫だから、いいの』
「え゛」
そんな言葉が聞こえたような気がして、思わず、目の前の黒い子猫のぬいぐるみをガン見する。
……ただのぬいぐるみのようだ。やっぱり気のせいだったらしい。
ただし、この子達が呪物であるという疑惑を知っている身としては、気のせいで済ませていいものか迷うことも事実であって。
「まさか、ね……」
真実は闇の中。
自分達を認めてくれる者達の見送りこそ、彼らにとっては最良のもの。
※次週はお休みさせていただきます。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
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※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




