『イルフェナであった怖い話(?)』其の七
第七話『ある人形の話』(語り手:ゴードン)
ふむ、私が最後かね。
それでは話すとしよう……とても幸福で、同時に不幸な人形のことを。
……ん? 『幸福と不幸が同時に起こっているのか?』だって?
……。
すまないね、確かに混乱する言い方だった。だが、そうとしか言いようがないのだよ。
まず、『幸福』も、『不幸』も、『人形ではない、第三者である者の解釈』ということだ。
他者からの評価というのは客観的に見える反面、本人にとっては事実ではない可能性もあるだろう?
『誰か』から見れば、不幸にしか思えない出来事も。
『本人』から見れば、不幸どころか幸せなことだったりする。
まあ、大抵の場合、『誰の視点から見た評価になるか』ということだろうね。
『幸せ』なんて多種多様、本人にしか判断しようがないのだから。
例を出すなら、ミヅキだろうか。ミヅキがこれまで経験してきたことを例にすると、判りやすいと思うぞ。
そもそも、普通は『体一つで、常識すら違う可能性がある世界に放り出される』と聞くと、不幸以外の何物でもないだろう?
実に理不尽で、本人にとっては、『不運』という言葉で片付けるのが無理なほど、大きな出来事ではないだろうか。
異世界人に理解がある者達は手を貸してくれるだろうが、その根底にある感情は『哀れみ』だ。
理不尽な目に遭って、他者からは意味の判らない同情や哀れみを向けられる……それらの感情が、異世界人に無慈悲な現実を突き付けるものになるとは思わずに。
……なに? 『魔導師殿も色々と悩んだのか?』だと。
いや、それがなぁ……ミヅキは呆れるほど逞しかったのだよ。思考の切り替えが早かっただけでなく、生きるための知識を得ることにも貪欲だった。
そして、本人がそんな調子だったからこそ、周囲の認識から同情や哀れみが消えたのだろうね。
……。
……そのような感情を向けていること自体を、アホらしく感じるだろうからな。
ま、まあ、要は『どういった意味であれ、本人がその状況を楽しんでいる』と知れたようなものだからね。
哀れみを向けようとも、対象である『可哀想な存在』が居ないと理解できれば、さぞ、自分が滑稽に映ったことだろう。
まあ、ミヅキの場合は魔法にはしゃいでいただけかもしれないが。
要は『本人がどう思うか』、ということなのだろうね。
ただ、その認識を覆すのは、時としてとても困難になる。本人が否定しようとも、それを遠慮や謙虚な態度と受け取られてしまうことも多いのだから。
さて、そろそろ本題に行こうか。私が話すのは、『傍に居た第三者から見て』不幸であり、同時に幸運でもあったかもしれない人形の話だ。
その人形は当初、ある魔術師が実験に使っていただけだった。
その目的は『人形の自我の形成』。先ほどから雑談でも話し合われていたが、これは非常に困難なものとされている。
まあ、すでに誰かが成功させたことをなぞっても仕方ないだろうし、この研究が認められれば、歴史に名を遺す魔術師に成れただろう。
当たり前だが、そうそう成功するはずはない。
また、魔術師は偏屈と言うか、極度の人嫌いで……彼の動向に気を配るような者も居ない状況だった。
はっきり言ってしまうと、男は根っからの研究者でな。認められたいと思う野心もあっただろうが、それ以上に、己の研究に没頭してしまうタイプだったのだよ。
だから、だろうか……『ささやかな奇跡』が起きてしまったのは。
はじめは人形の僅かな動きだった。それだけでも魔術師は歓喜したが、いかんせん『そうなった理由が全くの不明』ときた。
実験以外の要因があった、神の気まぐれ、何らかの予期せぬ出来事が知らぬうちに起こった……考え出せばきりがなかった。
そこで魔術師がとったのは、『さらに明確な自我を持たせてみる』という方法だった。
本人である人形からの視点ならば、何か判ることもあるだろう、とね。
だが、人形は動き始めたばかり。それを教育するのは、赤子を育てるようなもの。
当初は苦労の連続だったろう。それでも魔術師が遣り遂げたのは……己の野心と、まるで自分を親のように慕う人形に情が湧いたのだろうな。
人形は少しずつ、少しずつだが『人間らしくなっていった』。
そして、魔術師が親の様に面倒を見たせいだろうか……人形は自分を人間だと思うようになっていったんだ。
これに気付いた時、魔術師は歓喜した。そして、『このまま人間と思い込ませておこう』と決めたんだ。
人形には自我どころか、感情があると匂わせる行動が増えていたからね。不可能ではないと思ったのだろう。
ただでさえ精巧な作りの人形なのに、自我や感情が宿れば、人間と大差ない。
稀に訪ねて来る者には『酷い記憶喪失の行き倒れを拾った』としても、何の問題も抱かれない程度には。
まあ、そんな真似が可能だったのは、生みの親たる魔術師の献身と誘導が主な理由だろう。
当初の『他者への対応がぎこちない』ことは、『怪我をしたことによる、精神的な後遺症』とし。
『言葉を発する時に生じる僅かな違和感』は、認識阻害の魔法をかけて対処して。
そうして、魔術師は人形を『人間のような存在』にしていった。人形の方に自我があったこともあり、主でもある魔術師の献身に応えたかったのだろうな。
そうして、日々を過ごすうち――人形は自分を人間と思い込み、魔術師とは家族のような関係を築くまでになっていた。
だが、所詮は人形……人間の様に見せ掛けられるのは、魔術師の献身があってこそ。
一度でも違和感を覚えられ、調べられれば、即座に彼が人間ではないとバレてしまう。
何より、魔術師が恐れたのは、『人形が己を人間と思い込んだまま、魔術師が居なくなること』だった。
その頃になると、魔術師の人形への態度は完全に息子に対するそれであり、自分亡き後のことを考えるようになっていたんだ。
彼を絶望させたまま、誰かの実験対象になることを回避したかったのだろう。
自分が守ってやれるうちはいい。だが、死んだ後、あの子は己という異質な存在を受け入れることができるだろうか。
自我も、感情もある、人間と大差ない存在として、接してくれる者がどれほど居るのだろうか。
魔術師は優秀だったが、人間だった。老いには逆らえない。
だけど、彼にとっては己の創造物であり、それ以上に可愛い息子である存在を、『命なき物』として扱われたくはなかったんだ。
まあ、確かに自分を慕う人形は可愛かろう。魔術師は傍に人を置かなかったが、決して冷たい人間ではなかった。
魔術師としての功績よりも、人形を守ると決めた。
そう決めた時に、魔術師がとるべき道は定まっていたのだろう。そんな奴だからこそ、人形に奇跡が起きたのかもしれないな。
魔術師は数少ない友人であり、人形を『命ある者』として扱ってくれそうな男の下を訪ねた。
そして、自分亡き後のことを頼めるのはこいつしか居ないと、必死に縋った。
『どうか、あの子に【人間のような最期】を』と。
『己の真実を知り、絶望するにしても、恨むべくはそう【育てた】己である』。そう伝えて欲しいとな。
……ん? 『保護してくれ、ではないのか?』だと。
……。
それが可能であったなら、魔術師とてそうしたかったのだろう。だが……不可能だと踏んだんだ。
まして、人間に交じって生活すれば、数年のうちに、周囲は人形の異様さに気付いてしまう。そうなれば、化け物扱いは必至。
老いがなく、食事を摂らず、己を人間と思い込んでいる……そう思い込まされた、哀れな人形。
心無い言葉に傷つけられ、絶望の中で真実を知るよりも、優しい最期を迎えさせてやりたかったのだろう。
魔術師が願ったのは……人形の穏やかな『死』。
だが、情がないわけではない。寧ろ、情に厚いからこそ、魔術師はそう願った。
それが魔術師としての責任であり、親としての情だったのだろう。魔術師は不器用ではあったが、懐に入れた者には深い情を見せる男だったから。
もっとも……その『穏やかな死』を迎えさせる方法が判らなくはあった。
まあ、当然だろうな。人形自身に己が人形たる自覚があれば、創造者の言葉と愛情に感謝し、『命』を終えたのかもしれない。
だが、最も厄介だったのは、人形自身に己という存在を自覚をさせることだった。
それも……単に事実を突き付けるのではなく、『納得させた上で、死を選ばせる』という難題だ。
頼られた方も魔術の知識があるとはいえ、困ってしまったよ。そして悩んだ末に、信頼できる者達の協力を仰ぐことにした。
……。
さて、この話の中で怖いのは『人間のように命を持った人形』か、『人形を家族として慈しみながら、その死を願う魔術師』か。
それとも、『魔術師に残酷な選択をさせた世間』か、『命ある人形を実験動物のように扱う者達』か。
愛情ゆえの選択であろうとも、魔術師の身勝手さに嫌悪する者は居るだろう。
けれど、我々は魔術師の懸念が事実であると……『実験動物のように利用される可能性がある』と知っている。
だからこそ……『親としての情』を見せた魔術師の願いを、無下にはできないのだよ。
私の話はこれで終わりだ。そして、その結末を決める者は『既に、ここに居る』。
……。
さて、ここまで話を聞いてきた『君』?
君はどこの誰で、どのような生活をしていたのかね? そして……『食事を摂った記憶』はあるかな?
よく思い出してほしい。君の大切な『先生』は……君とどのような生活をしていたのかね?
恐ろしいのは化け物ではなく、残酷な選択をさせてしまう人間の方。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
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