猫型セキュリティ
其の一『目覚め』
彼らはぬいぐるみであった。ただし、元から明確なモデルが居る上、誰もがその二体を『ぬいぐるみ版猫親子』として見ており、人間版と同じように扱っていた。
言霊、ツクモガミといった存在があるように、言葉や他者からの認識には力がある。結果として、彼らが自我を持つのは時間の問題であった。
……ただし、彼らが明確な自我を得たのは、其々、異なる場所だったり。
親猫(偽)は、ガニアでミヅキの抱き枕と化している間に。
子猫(偽)は、エルシュオンに何だかんだと構われている最中。
場所も状況も違えど、彼らは其々、元となった人間に構われ、影響と魔力を受けたのである。
……が、その状況が問題であった。
当時、ミヅキはガニアに攫われ、王弟一派を〆ている真っ最中。毅然とした対応ができないガニア王のこともあり、ストレスは溜まる一方であった。
そんな中、クラレンスから『頑張れますね?』と脅迫……いやいや、激励されながら渡されたのが親猫(偽)。
そのふわふわな毛並みと大きな体躯、そして何より、遠い国に居る飼い主――エルシュオンのこと――を思い起こさせるその姿。
ミヅキが己の癒しとして、親猫(偽)を抱き枕にするのは必然だったろう。ただし、やらかしていたことは非常に物騒だった。
『あのクズども、いつか殺す……!』
ミヅキは遣られっ放しで済ます気など欠片もなく、メラメラと報復に向けて殺意と闘志を燃やしていたのだった。
ただ、彼女の計画――『シュアンゼを守る』というエルシュオンの命令を達成するには、ある程度の状況証拠と相手の有責が必要になる。
結果として、ミヅキの愚痴を聞く者は親猫(偽)のみなのだった。ガニアでは好き勝手していたミヅキだが、愚痴を零せるのが就寝前の一時というくらい窮屈な生活をしていたのである。
――その分、王弟達への報復は壮絶なものになったが。
鬼畜外道・自己中と称される魔導師を怒らせると、ろくなことにならない典型であろう。エルシュオンを狙うなど、愚かの極み!
まあ、ともかく。
親猫(偽)の自我が芽生えたのは、そんな状況だったのだ。
そうは言っても、当時の親猫(偽)は本当に自我が芽生えた程度。その上、聞かされるのは殺意の籠もった愚痴である。
これだけならば単なる呪物になってもおかしくはなかったが、幸いにも、親猫(偽)は元になった存在の性格すら模していた。
朧気ながらも、親猫(偽)は悟った。『この子は自分が守るべき子だ』と。
ただ、残念なことに、今の彼はほぼ只のぬいぐるみ。そのふかふかの腹に、ミヅキの顔を埋めてやることしかできない。
手助けすらできないならば、せめてその眠りだけでも守ってやらなければ。
時折、纏わり付いてくる嫌な気配――おそらくは、王弟派の魔術師のもの――へと睨みを利かせ、『何も知らなくていい』とばかりに、寝落ちたミヅキの頭を包み込む。
そのままでも大した効果はないだろうが、『彼』とて『親猫』である。何もしないという選択はなかった。
――こうして、親猫(偽)の保護者意識は生まれ、ガンガン過保護を募らせていくことになる。
自我が芽生えた状況ゆえか、元となった人間よりも敵に容赦がない性格になったが、彼はぬいぐるみなのだ……人間の決まり事になど、従う謂れはない。
なお、親猫(偽)と同じように、子猫(偽)も元となった人間との差が生まれていた。
こちらは子猫の姿をしている上、構って来るエルシュオンが只管愛でていたせいであったり。
愛でられれば、懐く。それはもう、飼い主大好きな子猫の如く。そして、叱られなければ当然、抑止力といったものは存在しなくなる。
結果として、『子猫ゆえの無邪気さ』+『狩猟種族的本能』といったものが多大に影響し。
子猫(偽)は元となった存在以上に、容赦のない性格となっていった。
抑止力となるものが全くない上、狩猟種族の姿をしていることが災いした模様。
ぬいぐるみ相手に説教しろとか、躾けろと言われても困るので、原因となったエルシュオンに非はないだろう。
そもそも、エルシュオンは傍に居ない黒猫を思い出し、案じていただけである。
その際、子猫(偽)の頭を撫でていたが、まさかそれらの行為がぬいぐるみに自我を芽生えさせる切っ掛けになるなんて、夢にも思うまい。
……まあ、エルシュオンに魔法の知識があれば、己の高過ぎる魔力が感情と共に向けられていたことに気付けたのかもしれないが、それを責めるのは酷であろう。
こうして、後に『猫型セキュリティ』と呼ばれるものが、誰も知らない所で爆誕していたのである。
周囲の人間達が彼らのことに気付くのは、かなり後のことであった。
※※※※※※※※
其の二『呪物事件の舞台裏』
『起』~呪物、発見!~
『それ』は一人の人間の手によって、エルシュオンの執務室へと持ち込まれた。
深夜の、人気のない執務室。当然ながら、重要な書類を置きっ放しにすることはない。
言い換えれば、精々が盗聴用の魔道具などが仕掛けられる程度なのである。ただし、エルシュオンの場合は微妙にこういった魔道具が発見し辛かった。
原因はエルシュオン自身の高過ぎる魔力である。
これが強力過ぎるあまり、些細な魔道具の存在が霞んでしまうのだ。
クラウスは昔からエルシュオンの魔力を知っているため、その違いに気付くことができる。
言い換えれば、それくらいの長い時間を共に過ごしたクラウスでなければ、小さな気配に気づくことができない。
膨大な魔力を持つエルシュオンだが、実のところ、デメリットの方が大きいのだ。魔法を使うこともできないので、呪術が効きにくい体質であろうとも、マイナス要素のように感じてしまう。
だが、その膨大な魔力は本人の知らぬところで、『影の守護者』に日々、力を与えていたのだった。
『ふむ、呪物か』
回収した呪物を前に、親猫(偽)は目を眇めた。さっさと回収したはいいが、今は魔術に長けた幼馴染が不在である。
さて、どうしたものかと、親猫(偽)は頭を働かせた。
なお、子猫(偽)は部屋中を歩き回っていた。遊んでいるのではなく、他にもないか調べているのだ。小柄な分、こういったことは子猫(偽)の担当である。
やがて、子猫(偽)は親猫(偽)の下へと戻ってきた。
『他にはないみたい』
『そうかい。じゃあ、これ一つをどうにかすればいいわけか』
子猫(偽)は好奇心いっぱいに、親猫(偽)がどうするか眺めている。子猫(偽)は親猫(偽)に対し、無条件の信頼めいたものがあるので、心配はしていないようだ。
そんな姿を、親猫(偽)は暫し、眺め。
『私の腹の下に置いておこう。少しは影響を防げるはずだ』
『はぁい、判った!』
『と言うわけで、君は暫く、いつもの場所に居られないからね』
『え゛』
親 猫 (偽) は 呪 物 を 腹 の 下 に 仕 舞 っ た 。
子 猫 (偽) は 定 位 置 を 追 い 出 さ れ た … … !
※※※※※※※※
『承』~子猫(偽)の恨みは募る~
呪物を腹の下に隠した、親猫(偽)。ぞわぞわとした感覚に不快になるも、守るべくはこの部屋の主である。
クラウスが戻るまで、この呪物の影響を抑え込まねばなるまい。もしも『飼い主』――猫達はエルシュオンをそう認識している――に影響が出たら、『もう一人の子猫』が心配してしまう。
守護者たる役目を自負すると同時に、彼にはミヅキの親猫としての矜持も芽生えていたのだった。
エルシュオンの魔力をガンガン受ける日々は確実に、猫達に影響を及ぼしていたのだろう。
……が。
そんな健気な親猫(偽)の気持ちなど知らず、むくれる子猫が一匹。
『……』
『……』
『……』
『……』
『あの、そんなに睨み付けなくても。君だってこうする必要性は判っているだろう?』
『判っているけど、ムーカーつーくーのー!』
親猫(偽)としては、子猫(偽)を呪物などに関わらせたくないだけである。
それゆえの措置だったのだが、お気に入りの居場所を追い出された子猫(偽)としては、面白くないらしい。
ジトっとした目を親猫(偽)の腹の下にある呪物に向け、始終睨み付けていた。
なんのことはない、ただの八つ当たりである。
『そこは! 私の! 場所! 退けよ、馬鹿ぁぁぁぁっ!』
『……』
『キライ! キライ! キライ! キライ! 術者なんか、くたばっちまえー!』
呪物は術者と繋がっている。おそらく、この子猫(偽)が向けた怒りや不満がガンガン術者へと向かっているだろうが、親猫(偽)に止める気は皆無であった。
寧ろ、『もっとやれ』とすら思っていた。
子猫(偽)だけではない、寂しいのは親猫(偽)だって同じなのだ。
『はいはい、仕方のない子だね……』
そう言いつつも、親猫(偽)は地味に喜んでいる。子猫に懐かれるのは嬉しいのだ。だって、親猫だもの。
※※※※※※※※
『転』~仕掛けていいのは、最終日だけ~
待ちに待った呪物最後の日。
子猫(偽)は夢という形で干渉してきた術者に対し、それはそれは生き生きと攻撃を行なっていた。
それまでも対峙していたが、攻撃まではしなかった。こちらの攻撃に怯み、逃げられてしまっても困るのだ。
だが、この夜が明ければクラウスが登城してくる。最後にして、唯一の報復の場であった。
『ちょ、え、な、何故、猫が……っ』
『お前、キライ!』
『痛っ!?』
『そこは私の場所! さっさと返せ!』
『い、いや、何のことだか、さっぱり……』
『お前がくだらないことをしたからだー!』
会話になっていない。というよりも、子猫(偽)が相手の言葉を聞いていない。
飼い主にもこの光景は見えているだろうが、言葉までは聞こえていないようだ。これも親猫(偽)が呪物を抑え込んでいる成果であろう。
呆気に取られる飼い主を視界の端に収めつつ、親猫(偽)は人型をした『何か』へと生温かい視線を向けた。
猫は祟るものなのである。そして、彼らもある意味では呪物。
呪物VS呪物ならば当然、個人的な恨みを募らせた狩猟種族に軍配が上がる。
術者の敗因は、彼らをただのぬいぐるみと侮ったことにある。
ぬいぐるみであろうとも、彼らには元となった存在があり、周囲にも『猫親子』として認識されている。
それゆえに明確な自我を持ち、しかも魔王と称される飼い主の魔力をガンガン浴びているのだ。
『猫親子を模したぬいぐるみ』ならば、周囲の認識とて『そういうもの』になる。
つまり、人間版猫親子の類似品扱い。大人しいはずがなかった。
子猫(偽)の凶暴っぷりも納得であろう。そこに個人的な恨みが加わり、現在の状況なのだ。
なお、親猫(偽)は本来の役目を果たすべく、忠実に飼い主を守っている。
たまに仕掛けられる攻撃なんて、なんのその。なお、親猫(偽)達に攻撃がされる度、子猫(偽)の殺意が上がっているのは言うまでもない。
『失せろぉっ!』
『ぐ……っ』
術者に繋がっている人型には、容赦のない攻撃が繰り返されている。
猫という存在を見誤ったがゆえの、敗北であった。
※※※※※※※※
『結』~恨みは募るよ、どこまでも~
その後、クラウスの帰還と共に呪物事件はあっさりと解決を見せた。
というのも、捕縛対象である魔術師――呪物を作った術者――が瀕死の状態だったため、全くの無抵抗だったためだ。
なお、術者の悪夢は今なお続いている。
捕らえられた術者は語った……『猫が怖い』と。
意味が判らず、騎士達が話を聞くと、術者は怯えた表情のまま、こう述べた。『夢に猫が出てくるのだ』と。
最初は自分を見下ろしてくる『それ』が、何か判らなかったらしい。暗闇の中、ベッドに横たわったまま身動きできない己を、ただ見下ろす二対の目があったと。
一対は青く光り、もう一対は怒りを滲ませて、術者をじっと見降ろしていたそうだ。
やがて、ぼんやりと輪郭が判るようになり、その目が猫の目だと知った。
同時に術者は気付いてしまった……その猫達が、術者を瀕死に追い込んだ存在である、と!
逃れようにも、青い目に見つめられた体は全く動かすことができず。
人としての本能が、『動いたら殺られる!』と、朧気ながらに告げて来る。
それでも朝は来るし、騎士達の取り調べは行われるのだ。ただ、術者が怪我を負っているため、取り調べはそこまで厳しいものではなかった。
ゆえに、長引きかねなかったのだ。術者の自供がなければ、詳細など不明のままなのだから。
……が。
術者がそのように狡い思考を持ったことを悟ったのか、夢の中の猫達に変化が現れだした。
大きな前足で、もしくは小さな体を使って、術者の鼻や口を塞ごうとしてくるのだ。
誰が見ても、殺す気満々である。事実、術者は幾度も夢の中で死を覚悟した。
そんな感じで夢がトラウマになりかけた頃、何故か、取調室に『ある物』が置かれだしたのだ。
それは猫のぬいぐるみだった。金色の大型猫と黒い子猫の猫親子。
どう見ても、それは夢の中で術者を甚振ってくる者達であって。
それらを目にした途端、術者は悲鳴を上げて騎士に縋りついたという。『全て話すから、あの猫達をどこかへやってくれ!』と。
ただし、騎士達にとっては愛すべき猫親子を模したぬいぐるみでしかない。
首を傾げていると、そこにやってきた魔導師が状況を察し――
術者の正面にぬいぐるみを置いた。悪魔の所業である。
哀れな術者は悲鳴を上げ、今度こそ気絶し。目覚めた後は、怯えきった表情で全てを話したという。
詳細を白状している間も、所々に『猫が……』と言い出すことがあったが、事件とは無関係とばかりに無視されていた。
騎士達とて、愚かではない。ただ、愛すべき猫親子(偽)に、要らん疑惑を持たせたくなかっただけである。
ミヅキに騎士寮面子と呼ばれる皆様は魔王殿下直属の優秀な騎士であると同時に、ちょっとばかりアレな人々なのである。
仲間達の利になるなら、少しばかり隠蔽するなど簡単にやってのけるのだ。
その後、猫親子(偽)は綺麗に洗われ、ふわふわの毛並みとなって、再び定位置たるエルシュオンの執務室に置かれていた。
その親猫(偽)の前足の間には、子猫(偽)が我が物顔で居座っていたという。
前話の補足というか、呪物事件の舞台裏。
猫型セキュリティは頑張った。
※10月12日に『魔導師は平凡を望む 30』が発売予定です!
今回は全編書下ろしですよ♪ 宜しくお願いします。
※活動報告に『魔導師は平凡を望む 30』についての詳細を載せました。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




