『イルフェナであった怖い話(?)』其の五
カイン殿が話し終えると、その場を沈黙が支配した。
……いや、こういった言い方は正しくないだろう。アベル殿の話と合わせ、其々が考え込んでいるのだから。
「あのさぁ……ちょっと思ったことを言って良い?」
そんな中、魔導師殿の声が響く。彼女は先ほども色々と言っていたから、新たな解釈――『森の主様』が叶えた願い事についてのこと――でも思いついたのだろうか。
しかし、彼女の言葉は全く予想していなかったものだった。
「最初に村人が願った時、生贄……まあ、貢物的なものをしちゃったから、『対価』を求めるようになっちゃったんじゃない?」
『はい……?』
「いや、だからさ? 最初から対価を要求されたのならともかく、願いを叶えてもらう側から押し付けちゃったわけでしょ。ただ『守ってください』と願っていただけなら、対価を要求されることにはならなかったんじゃないの?」
魔導師殿の言葉に、誰もが沈黙した。……いや、沈黙せざるを得なかったのだと思う。
だって、その予想が事実だった場合、『森の主様』が対価を求めるようになったのは。
――それを『教え込んでしまった元凶』は。
「最初に『願い事を叶えるなら、対価が必要』と教えてしまったから、『森の主様』はそれを覚えてしまった……と言いたいのかい?」
「ええ。だって、村人とは良好な関係を築けていたようですし、無料で守ってくれる可能性もあったじゃないですか」
「だけど、それはあまりにも図々しくないかい? 元から……と言うか、確実とは言えないだろうけど、『森の主様』の方が先にそこに住んでいた可能性もあるんだ。そこに住むことを許してもらっておいて、それ以上を望むなど」
エルシュオン殿下は善良な方なのだろう。村人達が一方的に『森の主様』を利用することに、不快感を覚えるようだ。
だが、魔導師殿は首を横に振った。
「それは魔王様みたいに善良な人の考えであって、『森の主様』は違うかもしれないじゃないですか」
「だからってねぇ……」
「だって、『森の主様』は人間ではない『何か』……神のような力を持った存在みたいだし。価値観だって、違うかもしれませんよ?」
『あ……!』
私は思わず、声を漏らしていた。
そう、そうだ、エルシュオン殿下の仰っていることは『善良な人間ゆえの考え方』であり、『森の主様』……いや、神にも等しい力を持った『誰か』の常識に当て嵌まるとは限らない!
そもそも、『森の主様』は村人達と良好な関係を築いていたらしいじゃないか。だったら、彼らの考え方を『この世界の常識』もしくは『人間の常識』と捉えていても不思議はない。
ならば、『森の主様』が、どんな交渉にも『対価』を要求していたのは。
……それを『学んでしまった』のは……。
「まあ、あくまでも私個人の推測ですけどね。ただ、異世界人という立場から言わせてもらうと、私達の基準になる常識って『この世界の人から学ぶ』んですよ。だったら、その可能性もあるかなぁ、と」
魔導師殿はさらりと言っているが、聞かされた方はたまったものではない。
現に、話をしてくれた双子の騎士達は顔を強張らせているじゃないか。
「ですが、無条件に願いを叶えてしまう方が問題ではありませんか?」
「そうだな、俺も『対価』という抑止力――これは願いを告げる人間側へのものだが、そういったものは必要だったと思うぞ?」
「うん、だから私もそれが悪いことだとは言ってないじゃない。ただ、そういう『システム』ができる切っ掛けになったのが、『村人達のお願い』だったんじゃないかってこと」
アルジェント殿とクラウス殿の言葉に頷きつつ、魔導師殿は肩を竦める。その表情を見る限り、彼女は本当に『一つの可能性』という意味で口にしたらしかった。
「難しい問題だよね。悪意なく交渉してしまった場合は不運としか言いようがないけれど、あからさまに欲を持って交渉に臨む場合には、抑止力と成り得るのだから」
エルシュオン殿下は首を傾げながらも、否定する気はないらしい。
そもそも、伝承と言うか、村人達と『森の主様』だけの契約であったならば、何の問題もない案件であろう。
そこに個人的な欲を持った商人が介入したことで、『誰にでも利用できること』と判明してしまったのだから。
……ただし、その『対価』どころか、『叶え方』にも問題があるような。
魔導師殿が言ったように、『この世界の人間が持つ常識と【森の主様】の常識が同じとは限らない』。交渉するならば、願いをより詳しく口にする必要があるということか。
もっとも……その分、『対価』は重いものになりそうだが。
「まあ、今ここで私達があれこれ言っても仕方ない。全ては憶測に過ぎないのだから」
エルシュオン殿下の言葉で私達は議論に一区切りをつけ、次の話を聞くことにした。
※※※※※※※※
第五話『予想外の守り手』(語り手:エルシュオン)
次は私か。一応、不思議な出来事という括りにできる話はあるよ。と言っても……ミヅキの言う『オカルト』とは違う気がするんだけどね。
うん、もしかしたら、それは魔法の領分かもしれないから。
と言うか、ミヅキも関わっているから。寧ろ、それが原因で起きたような気がしなくもない。
とりあえず、話すことにしよう。
皆も知っているように、私の執務室には猫のぬいぐるみが置いてある。金色の大型猫の方が『親猫(偽)』、黒い子猫の方が『子猫(偽)』と命名されているんだよ。
……。
ああ……そんな顔をしないでくれないかな? 呆れていると言うか、どう言って良いのか判らないのは、私も同じだから。
お察しの通り、この二匹の猫達のぬいぐるみは私とミヅキをモデルにしている。
私が親猫、ミヅキが黒い子猫だ。まあ、日頃からそう言われているから、今更、訂正する気も起きないんだけどね。
このぬいぐるみ、実は近衛騎士達から贈られたものなんだ。ミヅキがガニアに飛ばされた際、私達は其々、別の場所で貰ったんだよ。
私はともかく、ミヅキはガニアでクラレンスから『頑張れますね?』と凄まれたみたいなんだよね……。
……。
うん、言いたいことは判るよ。きっと、いつもの笑みで、有無を言わせない口調だったんだと思う。
まあ、ミヅキは『癒しアイテム』とか言いながら親猫(偽)を抱き枕にしつつ、呪いの言葉を聞かせていたみたいなんだけど。
ちなみに、これはルドルフから聞いたんだ。ルドルフも『悪夢を退けてくれた』とか言っていたから、何かしらの呪いじみたものが掛かっていても不思議はないと思う。
……なんだい、ミヅキ。『何もしてない!』だって?
この、お馬鹿! 君は本来ならば目に影響が出るくらい魔力が高いと言っているだろう!
そんな君が怨念じみた言葉を聞かせ続けたんだよ? 正直、呪物モドキになっていても不思議はないと思うけど。
それに。
君だって以前、『ツクモガミ』とやらのことを口にしていたじゃないか。長い年月を経たものに魂が宿る……だったかな?
年月こそ経過していないけれど、あの二体には君がつけた名前もあるんだ。まして、私と君を模したもの。
つまり……皆の認識もそういったものになっているんだよ。ぬいぐるみの猫親子、みたいな感じでね。
――ここまでが前提。本題はここからだよ。
実はある時期、ほんの数日程度だけど、私は夢の中で黒い人影……まあ、人型らしきもの? に向かい合っていたことがあるんだ。
奇妙なことに、私はとても冷静だった。それが夢だと、はっきり判るくらいにね。
ただ、その人影は特に何もしてこなかった。『そこに居るだけ』だったんだよ。
……いや、少し違うか。『私の傍に居る【何か】に威嚇され、何もできなかった』というのが正しいように思う。
私に恐怖心や焦りがなかったのは、それが原因じゃないかな。守り手が傍に居る安心感みたいなものがあったのかもしれない。
……え? 『呪術かもしれないから、すぐに俺達に相談すべきだ』って?
勿論、普段ならばそうしただろうね。だけど、クラウスはその時、別の仕事で私の傍に居なかったんだよ。
まあ……もしかしたら、わざと遠ざけるように手を回されていたのかもしれないけど。
こういう言い方をすれば予想がつくと思うけど、当時の私は呪術を向けられていたらしいんだ。
曖昧な言い方なのは……何の被害もなかったから。はっきり言って、全く気付かなかった。
そもそも、私は魔力が異様に高い。だから、ピンポイントで狙われていただろうし、術者もかなり優秀だったろう。
だけど、私の傍には私自身すら知らなかった『守り手』が居たらしくてね?
最後に夢を見た日、その『人影らしきもの』は『小さな存在』に襲い掛かられていたんだ。
それは猫だった。どこかで見たことがあるような、小柄な黒い猫。
普通は振り払われて終わりなんだろうけど、この猫、滅茶苦茶強かった。と言うか、圧倒してた。
噛み付いたり、引っ掻いたり、蹴飛ばしたり……とにかく、体に見合わぬ暴れっぷりでね? 現実ではないせいか、ダメージがかなり入っていたみたいだった。
向こうも勝てないと思ったのか、隙を見て私に攻撃してくるんだけど……私の傍には金色の猫が控えていて、結界みたいなものを張っていたんだよ。
……うん、唖然とするのも当然だと思う。事実、私もその時、呆気に取られっ放しだったから。
人影らしきものは戸惑っていたけれど、やがてボロボロになって消えていった。そこで漸く満足したのか、黒猫は私の傍に来たんだ。
そして、それまでの凶暴さが嘘のように私を見上げると、『褒めて』と言わんばかりに一声鳴いた。そこで私は目が覚めたんだ。
朝になって、私は執務室に向かった。その、どうにも見覚えのある猫達だったからね。
いくら夢と言っても、何かの予兆かもしれない。そんな気持ちもあったんだ。
だけど、部屋に置かれた彼らはいつも通りで……少し拍子抜けしてしまったよ。だから、ただの夢だと思ってしまった……『その時点』では。
その日、クラウスは仕事を終えて帰ってきた。当然、私の所に報告に来たんだけど……室内に入った直後、彼は何かを盛大に踏みつけたんだ。
私は物を床に置いたりしないし、絶対にそれまで何もなかったはずなのにね。
だいたい、クラウスの前に執務室を訪れた人達だって居たんだ。だけど、彼らが『それ』に気付いた様子はなかった。
隠蔽の魔法が掛けられていた可能性もあるけれど……場所的に、クラウスの前に誰かが踏んでいたに違いない。
当然、クラウスは違和感に気付いて『それ』を拾いかけ……表情を険しいものに変えたんだ。
そして、こう言った。――『この呪物は一体、どうした?』と。
その後、その呪物はクラウスや黒騎士達の手によって解析され、犯人が捕まった。ただ、見つかった犯人は元から瀕死の状態で倒れていたらしい。
呪物は術者自身と繋がっているから、何らかの方法で反撃され、相当なダメージを食らったらしいよ?
当たり前だが、私は魔法が使えない。よって、報復も当然、私がしたことではない。
誰に聞いても『そんなことはしていない』と言うし、当事者になっていたならば、事後報告だろうと私へと知らされていたはずだ。
勿論、ミヅキも知らなかった。そもそも……ミヅキならば、反撃だけで済むはずはない。絶対に黒騎士達に辿らせ、直接、犯人をしばきに行くだろう。
犯人の供述も奇妙なことに、『数日前から呪物をこっそり仕掛けたが、全く手を出せなかった』とのこと。
本来ならば、いくら私でももっと影響が出ているはずだったんだ。過去に存在した種族の遺物を使った呪物らしく、とても強力なものだったようだからね。
だけど、私に精神的な負荷なんて全くなかったし、夢にしても、猫達の行動に呆気に取られただけだった。
クラウス達も首を傾げていたよ。私が無事だったことは勿論だけど、護衛に付いてくれていた黒騎士達も呪物の存在に気付かなかったんだから。
だけど、その呪物が強力だったのは確かなようで、『隊長でなければ解呪は難しい』と、黒騎士達は口にしていた。
『魔導師に任せてはどうか?』って? うーん……確かに、ミヅキならば解呪はできる……と言うか、術式を壊すことはできるだろう。
だけど、犯人まで辿ることはできないんだ。あの子、この世界の魔法は使えないから。頼む場合は命優先の、最終手段扱いになるだろう。
……それにね、実はその後、アルバートが奇妙なことを言っていたんだ。
『ここ数日、親猫(偽)の腹の下に何か置かれているようですが、意味があるのですか?』って。
私にそんなことをした記憶はないし、誰に聞いても『知らない』としか言われなかった。
アルバートはあの猫達を気に入っているから、気付いたのかもしれないけれど……『誰も気づかなかったし、そんなことをしていない』というのも奇妙な話なんだよね。
だけど、そう言われてみると……確かにここ数日、子猫(偽)は親猫(偽)の前足の間に居なかった。
何故か、親猫(偽)と向かい合うような形で置かれていたんだよね。そんな風に置かれることって、あまりないんだけど。
確認したけど、親猫(偽)の腹の下には何もなかった。と言うか、当たり前のように子猫(偽)が前足の間に収まっていたよ。――まるで、そこが定位置だと言うように。
そうそう、その犯人の取り調べの際、興味本位でぬいぐるみを見せてみたんだけど……何故か、犯人はぬいぐるみを異様に怖がっていたらしい。
そのまま、面白いくらい簡単に口を割ったそうだ。なんでも、拘束中は猫に襲われる夢を見続けたとか。まあ、あくまでも本人がそう言っていただけで、事実か確かめる術はないんだけど。
私の話はこれで終わりだ。不思議な話、という感じかな。
ところでね? クラウス、ミヅキ。
君達、本当~に! あのぬいぐるみ達に何もしてないよね……?
子猫(偽)「魔王様に何しやがる!」
呪物「え、ちょ、待って、何で猫が!?」
子猫(偽)「しかも、そこは私の定位置! どけぇぇぇ!(激怒)」
呪物「俺のせいじゃない……!(泣)」
親猫(偽)、腹の下に呪物を隠し、クラウスが帰って来るまで影響を抑え込む。
子猫(偽)、定位置を取られ、恨みがましい目でガン見。
夢で人影が全く身動き取れなかったのは、この二匹のせい。
魔王殿下の魔力をガンガン受け、猫型セコムはひっそりと稼働中。
※10月12日に『魔導師は平凡を望む 30』が発売予定です!
今回は全編書下ろしですよ♪ 宜しくお願いします。
※活動報告に『魔導師は平凡を望む 30』についての詳細を載せました。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




