『イルフェナであった怖い話(?)』其の四
第四話『とある村の伝承』(語り手:カイン)
俺が話すのはアベルが話したことの補足……って言うか、声を掛けてきた『それ』の正体についてだ。
……え? 『それが【何】か判っているのか』だって?
……。
……ああ、多分判っている。俺だけじゃなく、村人達は全員、多少の差はあれど、それなりに知っていると思う。
――何故なら、『それ』はある意味、村の守り神なのだから。
村人ではない俺が知っているのは、たまたま村の婆ちゃんから聞いたことがあったからだ。
多分だけど……その話は口伝でしか伝えられていない。
まあ、それも仕方ないって思えるんだ。端から見れば、批難される可能性もあるからな。
とりあえず、俺が聞いた話は以下の通りだ。
昔、まだ世界中で戦が行なわれ、情勢が不安定だった頃。
どんな国も生き残ろうと足掻く最中、当然、民間でも同じようなことが起こっていた。
言い方は悪いが……『自分達以外を犠牲にして、生き残ろうとしていた』。
そういった発想に至るのは、盗賊といった連中だ。法に従わず、騎士に頼る立場でもないから、奪うことにも躊躇いがない。
自国から逃げた者、国を失った流れ者、自分のことしか考えない犯罪者……不安定な情勢はそういった輩を多く生み出した。
あ、言っておくけど、国がそいつらを故意に放置していたとかじゃないぞ?
単純に言うと……まあ、余裕がなかったんだと思う。彼らはまず『国』を守らなければならなかったから。
村の人間もそれはよく判っていた。国が自分達を見捨てているわけではない、と。
そもそも、大陸中で略奪は起こっていたんだ。どこも自衛する以外、方法がなかった。
あの村は……一言で言ってしまえば、『狙う価値のある村』だったんだよ。
水も食料もそこそこあり、時には商人という『金を持っている獲物』も訪れる場所。
騎士達がすぐに駆け付けてくれる距離ではないし、自警団があったとしてもそれなりだ。
豊かとまではいかないが、人々が生活するのに困る状況じゃなかったんだよ。そのことを他所で話す商人達が居たことも、村の不幸に繋がった。
それでも、そこそこ栄えた村だから、何とか凌げてはいたんだ。だけど、疲労は溜まっていく。
そんな時、誰かが言い出した。――『森の主様に頼ろう』と。
何時から居たのかは判らないが、あの森には『主様』と呼ばれる存在が居た。一説には、村ができる前から居たとか。
『それ』が人でないことは明らかだったが、村人達は共存できていたんだ。村人達に『それ』を排除する気はなかったし、後から来たかもしれない自分達が住むことを許してもらったように感じていたから。
だから、村人達は敬意を込めてこう呼んだ――『森の主様』と。
実際、良い関係は築けているんだよ。互いに過度な干渉はしないし、『それ』も村の存在を受け入れていた。
採れた野菜なんかを感謝と共に捧げれば、少しだけ森で獲れる獲物の量が増えたりしてな。
そんな感じで、互いを尊重しつつも共存していたんだ。
……。
もしかしたら、『森の主様』って、ミヅキみたいに異世界から来た存在なのかもしれないな。
こちらの世界とは違う世界、違う文明を持つ、異なった生き物。それならば、異能を持っていても不思議はない。
そもそも、俺達と似た姿を持っているかすら判らないんだ。だから……受け入れてくれた村人達に感謝していたのかもしれないな。
……ん? どうした、ミヅキ。……『この世界の人間に理解できる声がなかったから、【誰か】の声を借りたのかもしれない』だと?
『この世界の人間には聞き取れない音域の声ならば、音とすら認識できなかったかも』って?
ああ……確かに、その可能性もあるよな。声や言葉はあっても、俺達に理解できるか判らないし。
俺達だって、犬や猫が何を喋っているかなんて判らないもんな。異なる世界の生き物だったら、『声』自体が認識できなくても不思議はない。
そう考えると、問いかけてきた『誰か』が俺達の声を使ったのも納得できるよな。俺達にとっては互いの声が一番、馴染み深いものだし。
扉を隔てた状態ですら、相手の存在を認識できるんだ。自分と向かい合った相手の記憶を探り、そこにある声や口調を真似ることくらいできそうだよな。
……話を戻すぞ。
まあ、そんなわけでな。昔から村人達には共存する『誰か』が居たんだ。
まず、それが前提だ。重要なのはここからだ。
さっきも話したように、当時の村は非常に危険な状態だった。それまでは辛うじて守れていたけれど、いつ防ぎきれない襲撃があるか判らない。
しかも、それは確実に訪れる未来だったんだから……まあ、取れる対策は全て取りたいって言うか、『森の主様』に縋ろうとするのも必然だったんだろう。
ただし、その『対価』に見合うものが、当時の村には用意できなかった。そこまでの余裕がなかったんだ。
村人達は話し合い、『村から一人を差し出し、その対価に村を守ってもらう』ということになった。
ただ、誤解しないで欲しいんだが、当時の村人達はそれを『生贄』という認識をしていなかった。
そもそも、その『対価』に選ばれた人間自身が『森の主様』に交渉をして、願いを叶えてもらう……という形だったんだぞ?
しかも、それは村人側が勝手に交渉を持ちかけているだけなんだ。
それにさ……こう言っちゃあなんだけど、そのままの状態なら、生贄云々の前に村ごと全滅することも考えられる状況だったんだ。
村人からすれば、生き残る手段だったと思うんだよ。『個人』ではなく、『村』や『村の未来』を守るためのさ。
そんな身勝手な交渉だったが、『森の主様』はそれに応えてくれた。
生贄……いや、こういった言い方は正しくないな。『交渉役』に選ばれた者達も、『森の主様』が自分達の願いを叶えてくれると知ってからは、特に悲壮感もなかったらしい。
対価となった奴らがどうなるかは判らないけど、村人からすれば長年、良き隣人として接してきた存在なんだ。それなりに信頼関係があったってことだろう。
それからは定期的に『森の主様』へと『交渉』し、村は危険から守られてきた。
だが、情勢が落ち着いてくると、その必要もなくなってくる。
けどな、村人達は怖かったんだよ……また同じような状況になる可能性もあったから、その『交渉』を終わらせて良いものかって。
『終わらせたい』と告げれば、『森の主様』は応じてくださるだろう。
だが、『再開したい』と願った時に、同じ条件で応じてくれるか判らない。
そんな時、一人の村娘が最後の『交渉役』に志願した。その娘はとても賢く、村の守護者たる『森の主様』を尊敬し、日々、感謝をするような子だったらしい。
宗教に喩えるなら、敬虔な信者とでも言うのかな。とにかく、犠牲とか生贄といった風には捉えていなかったようだ。
娘は村人達にこう告げた。
『私は【森の主様】に交渉の一時中断と、再開のお約束を願おうと思います』
『あの方は敬愛すべき存在であると同時に、私達の良き隣人です。きっと叶えてくださるでしょう』
そうして、娘は森に行き。……そのまま、帰って来ることはなかった。けれど、娘が出かけた日の夜、村人全員が娘の声を聞いた。
『貴方達の願い、聞き届けましょう。私にとっても、貴方達は良き隣人であるのだから』
『もしも必要な時は再び、私と言葉を交わしてください』
娘の口調、娘の声、だけど……感じ取る気配は全く違う。
その時、村人達は願いが聞き届けられたことを悟った。聞こえた声は『森の主様』が自分達に伝えるため、捧げられた娘の声を使ったのだろう、と。
そうして、『交渉』は一時的に終わりを告げたんだ。
それかららしいぜ? 『森の主様』が『誰か』の声を使って、話し掛けて来るようになったのは。
娘の声を使って村人達に伝えたことで、『誰か』の声を使えば、会話が可能だと知ったんだろうな。
ただ、その声も天候が荒れることを教えてくれたり、悪いことから遠ざけるようなものが大半なんだと。
『良き隣人』と言うだけあって、村人達が大事だったんだろうな。だから、村人達は今でも『森の主様』のことを怖がらないんだと思う。
森の小屋は交渉の場所だったそうで、『扉を隔てた呼びかけ』に応えちゃ駄目な理由は、『交渉の再開になってしまうから』。
まあ、俺達と違う存在なら、情勢とかに疎くても仕方ないよな。だから、向こうからの問いかけって、『自分の力は必要か?』って意味らしい。
それで、だ。アベルが話した時のことなんだけど。
あの、さ……最初に言ったけど、これは口伝で村に伝わる話なんだよ。
だけど、あの村には商人達だって来る。その時に知ってしまっても不思議はない。……微妙に歪んだ形でな。
正しく伝われば、意味のないものなんだ。だって、『森の主様』との交渉は『村人達と【森の主様】で結ばれた約束事』なんだから。
他の奴らが『森の主様』と交渉したければ、新たな交渉を持ち掛けるしかない。
それにさ……多分だけど、その『対価』は、もっと厳しいものになると思う。
元から好意的に見ていた村人達と、欲丸出しで利用しようとした部外者。扱いに差があるのは当然だろうに。
それなのに、馬鹿が居たんだよなぁ……それも多分、『森の主様に願えば、願い事を叶えてくれる』くらいの認識の奴が!
……。
……うん、気付いた奴もいるだろうから言っちゃうけどさ、それが俺達が急遽、王都に戻ることになった原因。
馬鹿だろ? 馬鹿だよな? 普通に考えても、そんなに都合の良い奴がいるわけないっての!
ああ、俺がそれを知ってる理由?
俺は体調不良で寝込んでいたって、アベルが言っただろ? だけど、退屈でさ……ずっと寝ていたわけじゃないんだ。
それに、使用人達も忙しく動いていたから、冷たい水が飲みたくなった時に出歩いたんだよ。
まあ、体調も悪かったから、厨房に行ったくらいなんだけどな。
その時に、使用人達が話しているのを聞いちゃったんだよ。館の使用人達はそこの管理も任されているから、当然、『森の主様』の話も知ってたんだ。
だから、当たり前のように『事件』のことも伝えられていたんだ。
――『森の主様』に『交渉』を試みた商人が居たらしいって。
村人達からすれば、使用人達も村人の一員といった扱いだったのかもしれないな。
だけどさ……『森の主様』への交渉って、『交渉役自身が願いを口にする』ってやつだろ?
何より、『森の主様』は無償で願いを叶えるわけじゃない。
言い方は悪いが、『村の守護』って、別に神みたいな存在じゃなくてもできるよな?
そりゃ、当時が厳しい状況だったってことは判ってる。だけど、不可能じゃなかったとも思うんだ。
だったら、『分不相応な願い』を口にした奴は、どれほどのものを取られるんだ?
正直言って、村人ですらこれは判らなかったと思う。だって、そんなことをした奴なんて、これまで存在しなかったから。
対価を求められるものだからこそ、村人達も安心していたんじゃないかな。『あまりに無謀な願いをする奴はいない』って。
だからこそ、馬鹿がやらかした時、俺達は急に帰ることになったんだと思う。……俺達は『村人』ではないから。
馬鹿がどんなことを願ったかは判らない。なにせ、本人が行方知れずになっちまったからな。
そいつは商人として村を訪れていたんだが、酒場で酒を飲んだ際に気が大きくなったのか、『俺という存在を、多くの人に広めたい』って口にしていたらしい。
曰く、『貴族でさえ名を知るような大物商人ならば、大きな取り引きができる』と。
確かに、使いきれないほどの金が欲しいとは言っていない。だけど、あんまりにも曖昧で、壮大な願いだろう?
だからこそ、そいつが『交渉』を行なったことを知った大人達は慌てたんだ。『どれほどのものが対価にされたか判らない』ってさ。
俺達はそいつと関係ないけれど、部外者という括りでは同じだから、念のためにあそこから戻されたんだ。
だけど、その判断は正しかったんじゃないかと思う。
……アベルは『森の主様』らしき奴に問い掛けられた。村人ではないのに、だ!
これ、結構重大だぞ? 『森の主様』は、新たな『交渉』相手を見つけてしまった。もしくは、『交渉』が再開されたと、そう思ってしまったんじゃないか?
その村? 今でもあるし、平和だよ。だけど……余所者に『森の主様』の話はしないし、尋ねられたら、その危険性を教えるようになったようだ。
それでも『交渉』を行なうなら……もう自己責任だろ。結局、あの一件も本人以外にどれほどの対価を取られたか判らないみたいだし。
……え? 『その商人の願いは一部、叶ってる』って? ミヅキ、どういうことだ?
『教訓めいた事件として後々まで語り継がれてるし、現に今、貴族であるあんたを通じて、多くの貴族令息である騎士達や、王族である魔王様にまで、その存在を知られたから』?
え゛。
……あ、ああ、そういうこと……。つまり、『森の主様』らしき存在がアベルや俺に声を掛けたのも、『願いを叶えるための布石だった』と。お前はそう言いたいわけね。
……。
……。
わざわざ、怖くなるようなこと言う必要ないだろ!? ミヅキ!
お前、本っ当~に! ろくでもない性格してるよな!?
白騎士「なるほど、双子への接触は仕込みですか」
黒騎士「考えられない話じゃないな」
親猫「ああ……確かに、存在は知られているよね」
双子「何で誰も否定しないの……!(泣)」
真実は闇の中。
※10月12日に『魔導師は平凡を望む 30』が発売予定です!
今回は全編書下ろしですよ♪ 宜しくお願いします。
※活動報告に『魔導師は平凡を望む』特設サイトの詳細があります。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




