小話集6
小話其の一 『お届け物です(作業員付き)』
「……で、塩と胡椒を贈ることにしたのかい」
「ええ、一番無難そうですし。ついでにゼブレストに行く許可ください。食材を仕入れてきます」
ここはエルシュオン殿下の執務室。
と、言っても今話しているのは非常に個人的なことだ。
『腸詰のお礼に塩と胡椒を贈る』
元の世界なら非常に簡単なことだろう。何せ住所さえわかっていれば宅配便に出すだけで届く。
ところが、そんな物などない異世界では実に面倒だったりする。
「転移法陣の使用は許可しよう。ただ贈り物はね……他国だし、食料である以上は一度調べられると思うよ?」
魔王様の言葉はご尤も。移動は馬車が基本なのです、道中何があるかわからない上に毒物混入でもされたら面倒なことになってしまう。
いくら友好国でもそこらへんはきっちりしておかねばなるまい。
「元の世界に比べると不便ですねー、やっぱり」
「一番確実なのが転移方陣だけど利用者が限られているからね」
「……身元のしっかりした商人や貴族でしたっけ」
「うん、そうだよ」
安全の為とは言え狭き門ですね。その時点で私はアウトですがな。
いや、個人なら双方の許可を貰ってるし何時でも利用可能ですよ? 事前に許可を得ることが条件だけど。
これはセイルも同様。でなければ数日に一度来るなんて真似は出来ない。
「一つ方法があるんだけど」
魔王様が徐に一枚の紙を取り出す。
何かの企画書、だろうか……?
「黒騎士達がね、一度に大量の物資を送れるような簡易版の転移法陣を開発したんだよ。大型の馬車一台分くらい」
「凄いじゃないですか!」
「ただし、一方通行で受け取る側にもそれを扱える魔力を持った人材が必要」
「……」
私に試せということでしょうか、魔王様。
「国内は大丈夫だったから他国でもいけると思うよ?」
「私の魔力の問題は?」
「十分だったみたいだよ」
おい、随分手際がいいな?
もしや機会を狙ってましたか、大量になったのはその所為ですか。
「君が先行して王の許可を得た後に、立会いの元で送る。どうだろう?」
「大丈夫だったんですよね?」
「勿論。私からもルドルフ殿に伝えておく。魔道具で連絡を取り合えば送るタイミングも合うだろう」
そこまで言うなら安全ということだろう。何せ王族の言葉なのだから。
重量的に多少の負担は覚悟しなければならないだろうけど、命の危機にはなるまい。
ただ、試す機会が無かっただけで。今回が絶好の機会なだけで。
……好意から言い出してくれたのだと信じよう。
「では、それで御願いします」
「わかった。じゃあ、明日ね」
「早っ!? 荷物も準備されてたんですか!?」
「うん、自分の意志か命令になるかの差だね」
『だって君が自由に行けるのはゼブレストだけだろう?』
目がそう言っていた。
声は聞こえなかったけど、絶対これ仕組まれてたあぁぁっ!
「……感謝するべきなのか怒るべきなのか迷いますね」
その言葉に魔王様は楽しそうに笑っただけだった。
私の意思は初めから関係なかったようです。
所詮は配下A、上の命令には逆らえません。
――その後。
事情を知ったルドルフが自ら立ち会いたいと言い出し、家具などが撤去された後宮の一室にて実行されたのだった。
大型の転移法陣が描かれた布に触れた時に力が抜けるような感じがしたので、あれが魔力を利用されているという状態なのだろう。
魔石の代わりが術者、維持するわけじゃないから負担も大きくないというものらしい。
送り先と送る側の双方から術者の魔力を使うということもあるだろう。よく考えられている。
ただし、今のところ一回しか使えないんだってさ。他者に利用されることを防ぐための措置だとか。
本当に馬車一台分送られてきた塩と胡椒によって後宮の一室は倉庫と化し、ルドルフ達は技術に感心し。
同時に「個人の土産の量じゃないぞ?」と呆れていた。関与していない私に言うでない!
一方、私はといえば。
『これ、成功したってことは今後配達要員確定!? 受け取り側として送り込まれる!?』
などと思っていた。その予感が正しかったと知るのはまだ先のこと。
※※※※※※※
小話其の2 『黒い人々』(エルシュオン視点)
――ミヅキがゼブレストへ行っている同時刻・エルシュオンの執務室
「ミヅキがゼブレストへ向かったそうですね」
アルジェントが部屋を訪ねるなり口にする。
ペンを走らせていた手を止め友人の方を向けば、彼は苦い笑みを浮かべていた。
珍しい、と思いつつ理由はしっかりと思い当たっている。アルはミヅキを巻き込むことに反対していたのだから。
「私達は強制したわけじゃないよ?」
「ええ、そうですね。『気付かない』という逃げ道も用意していましたから」
そう、逃げ道はあった。我々が齎す情報から『本当の目的』に思い至らなければいい。
しかし彼女がそれに気付かないほど愚かではないと思っているのも事実。
今回はそれが粛清に繋がることから本来ならば無関係な彼女は利用すべきではない。
だが、時間が無かった為にミヅキを協力者に引き込んだのだ。
「本来ならば我々だけで終わらせるべきでした。その皺寄せが彼女に行っている」
「そうだね、あの子なら自分の持てる手駒を活かして最高の舞台を整えるだろう。逃がす気もなさそうだし」
「……そうですね。様々な手段で相手の敵意を自分に集めて迎え撃つのでしょう。そして結果を私達に差し出す」
「……」
ミヅキに協力すると言っても実際は逆なのだ。ミヅキがこちらに協力してくれているのだから。
特殊な立場にある彼女はとても動き易く、また警戒されていないことから行動を読まれ難い。本人もそれを知っていて動くので自分達にとってかなり使い勝手の良い駒と言える。
勿論、仲間でもあるのだが……自分達と共にある以上同じ扱いをしてしまいがちだ。
なまじ冗談の様に予想以上の結果を叩き出すものだから戦力外にできないのだ。
「いっそ無能であれば良かったのにね」
「エル?」
「だってそうじゃないか? せめて魔力が無ければ彼女はきっと平穏な村から出ることは無かった」
あの性格だ、魔力が無くても何とか暮らしていけただろう。
善良な村人達に囲まれ静かに暮らしていたに違いない。
いや、魔力があったとしても愚かであったならば魔法は使えず駒としての利用価値もなかった筈だ。
「そして我々と会うこともなかった、と言いたいんですか、エル?」
滅多に聞くことのない冷たい声音に思わず意識を戻せば幼馴染が冷たい笑みを湛えている。
……まるで別人。だが、こんな一面も無ければ白騎士達の隊長などやっていまい。
公爵家出身ということもあるだろうが、アルジェントは誰にでも当り障りのない態度と微笑みで接するのだ。
逆に言えば感情の篭った表情を見せた者以外はどうでもいいということなのだが。
「そうなっただろうね」
「……御冗談を」
口元を歪めそう言い切るアルに内心溜息を吐く。
そして同時にあの子に想う。『気の毒に』と。
「彼女が彼女である限り結果は同じだと思いますよ? そうですね……仲間として共に在るか、箱庭で愛でられるかの差はあるでしょうが」
「飼い殺すには向かないと思うよ?」
「でしょうね、ですから望むように仕向けます」
くつり、と喉の奥で笑う幼馴染ならば本当にやるだろう。そうできるだけの権力を持っている。
昔からアルジェントは何かに執着するということがなかった。
だから多くの女性達に『理想の騎士様』と呼ばれていたのだ。……『個性』を感じさせないのだから。
まるで御伽噺の登場人物に憧れるようなものだったのだろう。それで慕っていると言われても受け入れられる筈は無い。
それが今や容易く執着心を剥き出しにするとは誰が想像できただろうか。
ミヅキに言えば大笑いされそうなほど彼女とその他への差があるのだ。ただし、ミヅキはアルを『素敵な騎士様』とは思っていないようだが。
「あの子は本当に運が無いね」
「ええ、それは同意します。『私達』の仲間として受け入れられていることも含めて」
ああ、本当に可哀相な子だ。
馬鹿な連中があの子を羨んでいるけど、どこに羨む要素があるのか。
見目麗しく優秀で地位のある守護役達……それだけの人物が私の直属になんてなるはずないだろう?
それにミヅキは気付いているのだろうか……私達が『家名を名乗らない』ことに。
アルも必ず『アルジェント』と名乗っており『アルジェント・バシュレ』とは名乗っていない筈だ。
翼の名を持つ騎士とは『家・血族・交友関係を捨ててでも国に尽くす騎士』。だからこそ『国の所有する最悪の剣』と称される。
彼等は命を受ければ己が家族でさえ手にかける、主の命を最優先にする存在なのだから。
そんな騎士に気に入られることが幸せだとでも?
「彼女はきっと誰の狂気を見ても変わらないでしょう。自分を選べなんて間違っても言わない、在り方の否定もしない、最良の結果を出すことが最優先。本当に理想的なのですよ」
楽しげに笑うアルジェントに思わず同意する。確かに彼等に馴染める女性なんて希少価値以外何物でも無い。
そもそも騎士を前に守られる発想が無い時点で普通ではないのだが。
「諦める気はないんだね」
「ええ。あの強さだけでも十分魅力的ですが、それ以外の要素も含めて手放す気はありません」
暗に『方法があっても元の世界に帰す気はない』と告げるアルジェントに今度は本当に溜息を吐くと珍しく声を上げて笑われた。
何となく悔しさを感じ、ほんの少しの報復を口にする。
「ところでね、アル。努力しないと嫌われなくとも相手にしてもらえないよ?」
「難しいのですよ。彼女は普通女性が好むような物には見向きもしませんし」
「いや、そういうことじゃなくてね……」
訝しげにこちらを見るアルに向かって、にこりと笑い。
「君達ってね、婚約者であっても『恋人』じゃないから」
ぴしり、と空気が凍った音が聞こえたのは気の所為だろうか。
「え……?」
「いや、だからね? 婚約者って守護役の意味であって本当の意味じゃないし」
「それは……そうですが」
「どちらかと言えば保護者?」
「……!」
なお、保護者=恋愛対象外という意味だ。
アルもその意味を察したのか固まった。実に楽しい。
「だって王族・貴族にとって婚約って利害関係の一致で結ばれるものが大半だろう? 君達は間違いなくこれに該当するね」
「私は求婚していますよ!」
「断られたって聞いたけど?」
「そ……それは」
思った以上に動揺し悩み始めたアルジェントに『やり過ぎたかな』と思わないではないけれど。
あの子の保護者としては逃げ道くらい用意してやりたいんだよ、日頃のお礼も含めてね。
だから……幼馴染だろうと容赦しないよ? アル?
※うっかりアルの地雷を踏んだ魔王様と保護者根性を出した魔王様に返り討ちにあったアル。
白い変態は貴族らしく内面真っ黒。中身も素敵な騎士様なんて御伽噺の中だけです。
二人のことなど綺麗に忘れて主人公は親友達と楽しくお食事中。