『イルフェナであった怖い話(?)』其の二
「……」
アルジェント殿の話が終わると、静寂が訪れる。
怖い話ではない……だろう。うん、確かに『誇らしい話』と言った方が良いかもしれない。
この国の歴史と言うか、数十年前までの大陸の情勢は私でも知っている。滅びていった国も当然あり、イルフェナは運良く存えることができた一国だ。
ただ、私のように『運良く』などと言えるのは、直接、戦場に関わらなかった者だけなのだろう。
『今』があるのは、命を賭して、国を守り切った存在があってこそ。
そんな当たり前のことすら、日々の平穏に忘れかけていたのだと思う。
アルジェント殿とて、その当時を直接知っているわけではないだろう。だが、幼い頃の不穏な空気は覚えているのではないだろうか。
厳しい表情の両親、帰って来ない親族達……幼子の不安を煽る要素は十分過ぎたはず。
そういった過去を踏まえ、アルジェント殿は騎士を目指したのかもしれない。
エルシュオン殿下という主を得ているのだ。必要とあらば、彼もきっと躊躇わずに戦場に赴くだろう。
「アルが話したのは、割と有名な話だよね」
「おや、エルも聞いたことが?」
「ああ。慰霊のため、赴くこともあるからね。自然と、そういった話も耳に入ってくる」
エルシュオン殿下の言葉に、アルジェント殿だけでなく、周囲の騎士達の雰囲気が柔らかくなった。
騎士が戦うのを当然と思うのではなく、その誇り高さと忠誠心に感謝し、王族が真摯な祈りを捧げてくれるのだ。嬉しくもなろう。
「さあ、次の話にいこうじゃないか。まだ始まったばかりだからね」
エルシュオン殿下の言葉に皆は雑談を止め、次の話へと興味を募らせた。
※※※※※※※※
第二話『真相は闇の中』(語り手:クラウス)
……。
……ん? ああ、俺が次の語り手か。
今一つ『オカルト』とやらの基準が判らないが、とりあえず話をしよう。
世間一般に知られているように、魔術師は研究職でもある。当然、好奇心や向学心といったものが強い。
時には、寝食を忘れて研究に没頭し、命を落としてしまう者が出るくらいだからな。
……ああ、一応、そうならないための対策はあるんだぞ?
魔力の使い過ぎを防ぐために魔石を携帯し、空になった胃を満たすための食糧を所持するのは常識だ。
研究に没頭するあまり、生命維持の必須条件である食を忘れた上、体力・魔力共に消耗すれば……当たり前だが、死ぬだろうな。衰弱死も納得、と言ったところか。
ミヅキ曰く、『魔法を使う』という行為は、魔力や体力だけでなく、『カロリー』とやらを非常に消耗するらしい。
魔力を使い続けるうちに体力と共にそれらを消費して飢餓に近い状態に陥り、結果として、体が衰弱した状態になってしまうのではないか、とのことだ。
まあ、納得できなくはなかった。俺自身、心当たりがあるからな。
行儀が悪いと言われてしまうが、魔術師は継続して魔法を使い続ける場合、食料を口にしながら行なうことがある。
不思議なことに、その間はどれほど食べようとも、腹が満たされることはない。
だからこそ、ミヅキの仮説に納得できてしまったんだ。普通ならばあり得ないことだろうからな。
……それで、だ。
俺が話すのは『奇妙な魔術師のこと』になる。
前述した話が前提になるからこそ、おかしいと言うか、不思議に感じると思うぞ?
昔は戦も多く、その最たるものが二百年前の大戦だった。
大陸中がそんな状態になれば当然、食料だって満足に得られるものではない。
国のために戦場に赴く者であろうとも、それらの影響を免れることはできなかったんだ。
……イルフェナは海に面しているから、内陸部よりはマシだったと思うがな。
それでも、悲惨な状況であったことには変わりないだろう。……飢えと疲労に、戦場で幻覚を見る者もいたらしい。
戦場に赴けば、食事や睡眠なんて二の次だ。まず敵を倒し、安全を確保できなければ、無理なのだから。
状況によっては、己の命よりも戦果を挙げることが重要視されるくらいだ。
だから、肉体だけでなく、精神を疲労させてしまう者も少なくなかったと聞いている。
まあ、そういった状況を乗り越えてきたからこそ、『今』があるんだけどな。
そんな状況だったせいか、戦場に纏わる奇妙な話というものも存在するんだ。
『共に戦ったはずの魔術師がどこにも存在しない』……とかな。
当然、志願兵も居る。功績目当てで参戦した魔術師だっていただろう。
……が、そういった者達にも食糧を分配すべく、名前や出身地の登録だけはされていたはずなんだ。
いくら何でも、全てを自腹で補って戦場に出てくる奴なんて居ないだろうし。
……ん? 『ミヅキならやりそう』だと?
……。
まあ……確かに、ミヅキならばやりかねないな。あいつ、『自分の遣りたいこと』が最優先だし。
『自分にとって、戦そのものが迷惑だった』、『〆たい奴が戦場に居た』、『単に、相手国を困らせたい』……ミヅキにとっては、どれも十分な理由になるだろう。
異世界産の黒猫は凶暴だ。エルが頭を抱える気がするが、快く送り出してやった方が被害は少なそうだし、本人の気も済むだろう。
話を戻すぞ。
そんなわけで、稀に『正体不明の助っ人』が目撃されることがあったんだ。
だが、国としてもそのままというわけにはいかないだろう? せめて感謝の言葉を掛けたいと探したらしいが、その捜索自体が不可能だったそうだ。
……ああ、『探すことすらできなかった』んだよ。
確かに共闘したはずなのに、当事者達の誰もがその顔を覚えていなかったらしい。
それにな、場所が場所だけに、どう考えても水すら入手できない状況だったことも少なくはなかったようだ。
生きている以上、最低限だろうとも食事と睡眠は必要だろう? それらを摂った形跡が皆無なんだ。
転移魔法の使用も疑われたが、そんなことをすれば魔法の痕跡で判る。それも無し、だ。
……もしも、『奇妙な魔術師』が実在したというのならば。
そいつは眠ることも、食べることもせずに戦場を闊歩し、その上、常に認識阻害の魔法を使い続けていたことになる。
今ならば魔道具があるから、不可能とは言い切れない。だが、当時はそんなものがなかったんだ。いや、あったのかもしれないが……そこまで普及していないだろう。
噂になった本人が独自に開発したものだったとしても、それならば己の研究成果を見せ付けたいと思うはず。
まず間違いなく、歴史に名を遺す魔術師になれる研究成果だぞ? そんな好機を逃すと思うか?
……まあ、そいつが『人間相手に研究成果を試したい』という、公にはできない目的を持った魔術師という可能性もあるだろう。
ただ、状況を考えれば、それもおかしい。目立ちたくないなら、わざわざ共闘なんてしないだろう?
第一、そいつは魔導師を名乗れそうな逸材ってことじゃないか。野心家ならば、ここぞとばかりに名乗るはず。
ミヅキ曰くの『オカルト』とやらに合わせるならば、『死んだ魔術師が手助けしてくれた』というところか。
だが、残されている話を聞く限り、俺は『死してなお向学心を忘れぬ魔術師が戦死者達を贄にして、死の匂いの満ちる戦場に現れた』とか、『不甲斐ない同胞に手本を見せにやって来た』が正解だと思う。
騎士と違って、魔術師は自分本位な者が多い。研究成果を試す絶好の機会に、冥府から戻って来ても不思議じゃないさ。
俺の話はこれで終わりだ。まあ、俺の予想が当たっていたならば……『死してなお好奇心や野心を忘れぬ者こそが恐ろしい』という感じだな。
……なに? そこまで怖いとは思えない、だと?
……。
……。
いいか、ここからはあくまでも『俺個人の見解』だ。
俺が話した戦場での話はあくまでも『伝えられるような話』であって、当然、『知らない方が良い話』もあると思われる。
あまり言いたくはないが、魔術師が魔術に傾倒するあまりにやらかす犯罪というものは、エグいものが多い。
戦場での話とて、美談だと判断できるかどうか。単に、『人間という研究材料』を求めた結果、第三者が良いように解釈しただけかもしれないんだ。
――戦場では結果が全て。『英雄は仕立て上げられるもの』なのだから。
それに……俺はそれらが起きた場所が『戦場』だと言っただろう? ……当たり前だが、『戦場で屍となるのは、敵だけでなく味方も含まれる』んだ。
『正体不明の助っ人』とやらは、本当に……こちらの味方だったのか?
騎士s「……(顔を引き攣らせて、黒騎士達を眺める)」
黒猫&親猫「ああ……(何かを察した表情)」
白騎士「今のところは大丈夫ですよ」
騎士s「『今のところ』!?」
※活動報告に『魔導師は平凡を望む』特設サイトの詳細があります。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




