招待は突然に 其の九
「君が強い理由が、何となく判った」
「へぇ?」
「善人になる気がない……いや、こういった言い方は正しくないね。『悪になることを厭わない』、『泥を被ろうとも気にしない』ってところかな」
疲れたような顔をしながらも、騎士様は私をじっと見つめた。探るように見ているというより、確信を持っているような感じだ。
そんな騎士様に、私は笑顔でパチパチと手を叩く。
「そこに『異世界人に対する無自覚の見下し』と、『見た目が小娘ゆえに、軽んじられていること』が追加でしょうか。私だけじゃなく、周囲のそういった態度も大きく影響していますね」
事実である。寧ろ、一番大事な初動の時点でノーマークだと、私じゃなくともそこそこ動けるだろう。
これらは比較対象を出せば一発で納得できる。
例えば、アルが私と同じ状況だったとして。……監視なし・情報取り放題なんて状況になるか?
答えは当然、否だ。監視は勿論のこと、接触する時に滅茶苦茶に警戒されて、ろくな情報を得られまい。
『警戒心を抱かせない』というスキル――スキルで良いと思う――は最強なのですよ。
基本的に『部外者』という立場なんだもの、私。
「ああ……君に対する、周囲の者達からの対応のお陰もあったと」
「『魔導師』という『無条件に恐れられる職業』も、『最終的には』影響しますけどね」
「なるほど。君が功績を出したことが信じられない気持ちもあって、最終的に『魔導師だから功績が出せた』ということにして納得するのかい」
騎士様の見解に、私はにこりと微笑んだ。そんな私の姿に、騎士様達はやや呆れ顔。
ですよねー! 判る。その気持ちも判るぞ!
私に疑問の目を向けていたら、『相手が油断していることも一因です』なんてオチだもの。
そうは言っても、私の場合はこういった周囲の認識が多大に影響を及ぼしている。
場合によっては難易度ノーマルどころか、イージー設定ですぞ。最初から、騎士様達とは難易度が違うのです。
そこに私の遊び心がプラス。更に『【化け物】って言われたし、異世界人だから常識なんて判らなーい☆ 好き勝手にやっちゃうね♡』という感じに無邪気さを見せ付けているだけだ。
勿論、自分であらゆる可能性を想定し、決着までの道筋と証拠を確保する術を考える必要はある。
だが、上記の理由により、多少の『おいた』が見逃されてしまうため、相手側が混乱するのだよ。決着のための下準備が行なわれていたりするんだけどねぇ。
その結果、彼らからすれば『誰にも気付かれず、勝利への道筋が整えられていた』ということになる。
それが積み重なって、『魔導師の手が読めない』という状況に陥り、勝手に自滅していくこともあるのだ。
自分達の非を認めるよりも、『魔導師はやっぱり凄い』ということにしてしまった方がプライドは傷つかないからね。
……。
いや、冗談抜きに『心の赴くままに遊んでいるだけ』っていう場合もあるんですが。
私は『断罪の使者』や『正義の味方』ではなく、ただの愉快犯です。
全くやらかしがない人達とて、私を『正義』や『善人』というイメージで考えるから行動が読めないのであって、決してこれまで相手にしてきた王族・貴族が無能というわけではない。
私が彼らと同じカテゴリー――所謂、野心家という存在――に入らないため、『魔導師の得られる利』が判らないから、無意識に『ただの愉快犯』という選択肢を除外するのだ。
実際のところ、私は望まれた決着だけでなく『どうせ遣るなら、楽しく!』『レッツ、報復! 恥をかかせてやらぁっ!』的な考えで動くこと多数。
これらの行動にも意味があるとはいえ、純粋な遊び心(好意的に解釈)ゆえの行動ということも少なくない。
『目指せ、最高のエンターテイナー!』という精神なのです、私。
私は超できる子として、結果だけでなく笑いも提供致します……!
……。
私のことは単純に『傍迷惑な奴が来た』程度の認識がいいのよ、マジで。
だから、味方サイドが諫めてくれるよう、魔王様にお願いするとしても、『お宅の黒猫が暴れていますから、何とかして』としか言いようがないんだし。
そんな『常識人の救世主』な魔王様も慣れたもので、説教→叩いて躾ける→紙を丸めたものを使用→ハリセン常備といった具合に、進化を遂げている。
どのような状況だろうと、私が愉快犯に近いと半ば確信しているため、魔王様は最初から説教前提装備なのである。
なお、これはアル達も同じ認識らしく、誰も止めないそうだ。『猫親子の微笑ましいスキンシップ』的な扱いをされているんだとか。
「じゃあ、誘拐事件の際、君が誘拐された先で犯人達を吊るしたのって……」
「人質になっているご令嬢達の安全確保のため……というのが一番の理由ですが、『少しは恐怖の時間を過ごしやがれ!』と思っていたことも事実です」
「……。確か、『下を歩いている人達に見付けてもらい、通報してもらうことも目的』って、報告書にあった気がするけど」
「勿論、そういった意味も含みますね」
「……まあ、褒められた行ないじゃないけど、理由としては納得でき……」
「あと、誘拐犯の仲間がやって来た際、『こいつらの命がどうなってもいいのか!』ってやるためでしょうか。仲間意識があれば、無視はしないでしょうし」
『え゛』
どう考えても『悪者の行動』を明るく笑顔で告げる私に、騎士様達は一斉にガン見してきた。
いやいや……騎士様達はドン引きしているけどさ? 物語どころか、現実にもよくあるパターンでしょ? これ。
それに。
仲間意識がなかったとしても、余計なことを喋らせないためにも、無視はしないと思うんだ。
最悪の場合、ご令嬢達よりも優先して命を奪おうとしてくるだろうからね。
少なくとも、ご令嬢達の命の危機にワンクッションできるわけですよ。
どうせ犯罪者という事実には変わりないんだし、我らの盾になってもらおうという魂胆です。
「私が依頼されたのは『誘拐事件解決への協力』と『誘拐されたご令嬢達の安全確保』の二点なので、そこに犯人達への慈悲は含まれないですね」
「いや、君は一応、エルシュオン殿下の配下扱いでは?」
「その後に説教は確定だと思ってましたし、『誰からも』魔王様の教育の賜とは言われませんでしたから、問題なしです!」
「ええー……」
ひらひらと手を振りながら『全く問題なかったよ!』と言い切ると、騎士様達は揃って顔を引き攣らせた。
何さー! 最早、誰も魔王様の指示とは思わないんだから、良いじゃないのー!
我、鬼畜・外道と評判の魔導師ぞ? 公式で『世界の災厄』ぞ?
『貴方の身近な恐怖』を自称する異世界人凶暴種に、犯人への優しさを期待するわけねーだろ。
「……そういえば、君は誘拐に加担した令嬢達を痛い目に遭わせていたような」
一人の騎士様が思い出したように呟いたので、勿論、それも肯定。
「くだらない嫉妬で、ご令嬢達の人生を潰そうとしたんです。大丈夫! 各国の最高権力者達の許可も取ったし、被害者のご家族から報復の委任状もいただきました。正当な報復です」
「いや、それだけじゃないよね? 化粧した顔をぐちゃぐちゃにした上、晒し者にしていなかった!?」
「……」
「目を逸らすのは止めようか」
「……。彼女達が勝手に傷ついただけですよ。『たまたま』各国から素敵な男性達が集っていただけです。そもそも、真っ当な方達からすれば、彼女達は嫌悪の対象じゃないですか。顔が凄まじいことになっていようと、いまいと、些細なことですよ」
嘘ではない。それは騎士様にも判っているらしく、微妙~に疑いの眼で見られはしたが、反論はなかった。
個人的には、カルロッサのオネェ様……もとい、宰相補佐様あたりと並んでほしかったけどな!
あの人、意図して女性的に見せていることもあるけど、女性と見紛う容姿の男性なんだもの。勿論、家柄も良く、頭もいい。
心が折られること、請け合いです。お嬢様方のプライド、木っ端微塵さ。
ああ、叶うのならば、彼女達のことを指差して笑いたかった……!
「気を取り直して、次はサロヴァーラでのことを聞きたいんだけど」
「ティルシアはともかく、王族を嘗めていた貴族達がボロ負けしたのって、前述した『魔導師を嘗めており、軽率な行動を取り続けた挙句の自滅』ですよ? ああ、イルフェナ勢にも大して気を使っていなかったみたいですけど、自国の王族に対する態度がアレですからねぇ」
「うん、そうだよね。私も君の話を聞いて、そう思った……!」
誘拐事件が起きた元凶とも言える存在のお馬鹿っぷりに、頭痛を堪えるような顔になる騎士様達が続出する。
そうですねー、複数の国に跨いだ誘拐事件って、解決が難しくて、私にまで話が来た案件だもの。
それなのに、蓋を開けてみれば、元凶どもは自滅ルート一直線。
こんなのが原因と知れば、真面目にお仕事していた人達の情けなさもよりいっそう。
そこで何かを思い出したのか、一人の騎士様が声を上げた。
「あれ? 君、『馬鹿は嫌い』って言ってなかったか? それに当て嵌めると、王家を嘗めていた者達への報復は遣り過ぎじゃないのか? ……労力が惜しい、という意味で」
その疑問を受け、皆の視線が私に集中した。
あっはっは! やっぱり、バレるか。まあ、仕方ない。こう言っては何だけど、事件はすでに過去のことになっているので、今更、バレたところで大丈夫だろう。
「一つはティルシアとの取引のためですね。私が潰せるだけ潰しておかないと、彼女が望んだ未来は得られませんから」
まず一つ、と指を折る。
「次に、各国で激怒している人達の溜飲を下げるためでしょうか。言い方は悪いですが、あの一件は『サロヴァーラが全ての元凶』という一言で済んでしまうんです。サロヴァーラ王家に報復とかされても困りますもん」
ティルシアのやらかしたことも、『自国のために仕方なかった』で済ますには少々、度を越し過ぎている。
だから、ティルシアを警戒する意味でも『サロヴァーラという【国】に報復を!』という声が出る可能性があったのだ。
勿論、私の計画は伝えられているだろうけど、『弱小国の王女にしてやられた』という怒りが収まるかは怪しい。
「だからこそ、各国が納得できる決着にする必要があったんですよ。折角、不可侵条約なんてものが言われ始めたのに、今度は北と揉めてどうする」
「なるほど、それが理由か」
「なお、キヴェラでは説明の際、『黒猫の計画を邪魔するなら、祟られることを覚悟せよ』とか言われたらしいです」
『え゛』
「邪魔する奴は〆られるぞ、的な脅しですね。でも、物凄く効果があったらしく……多分、他の国も似たようなことをやっているかと」
さぞ、説得力のある言い分だったことだろう……私の被害を受けた国ばかりだったもの。
下手をすれば、私が直々に『説得』(意訳)に来てしまうため、ビビったとも言う。
余談だが、私がサロヴァーラで行なった『お仕置き☆』(意訳)を魔道具で見せたため、反対する愚か者は誰一人居なくなった模様。
最高のエンターテイナーを自称する魔導師としては、感無量です。
涙目になって震えるほど、感動してくれたってことですよね!?
「まあ、個人的には、親しくしてくれている騎士達をコケにされたのが気に食わなかったこともあるんですけどね」
「え?」
「だって、あの誘拐事件の時、かなりの数の騎士達が無能扱いされたでしょう? 誘拐に協力した馬鹿女達への報復は『武器を扱えない、非力な女性魔導師』が物理で行なったので文句が出なかったけど、サロヴァーラ王家が裁くことが確定しているサロヴァーラの貴族相手では、越権行為になる可能性があるじゃないですか」
「いや、『武器を扱えない、非力な女性魔導師』って」
「事実です。明らかに魔法を使った怪我がない上、私が非力なのは本当ですし」
嘘ではない。報復内容がとんでもなく悪質なものであろうとも、『報復を行なったのは、こんなにも非力な子だよ!』(意訳)という前提があると、大したことには思われまい。
これを騎士がやらかすと、あっという間に非難の対象となる不思議。
自分どころか仲間達への評価にも関わってくる上、職業柄、暴力のプロのような認識をされているのだ……相手がどれほど理不尽なことを言っても、耐えるしかできない場合も多し。
サロヴァーラの貴族相手の場合、『他国の騎士』という部分がクローズアップされてしまい、『余所者が口を出すな!』的な反論に加え、実は裏で画策していたんじゃないかという疑惑まで湧く。
結果として、どれほど悔しくとも、騎士達は文句や抗議の一つもできない状況になるのだ。無能扱いした輩に対しても、何かできるはずはない。
騎士達も被害者なのに、酷い話である。王への忠誠がなければやっていられまい。
激務や蔑みの言葉に耐えたのに、彼らへの労いはなく、『仕事しただけ』という認識なのだ。
「だから、私がやっちゃえばいいかなって。どうせ、サロヴァーラの状況改善のためには退場してもらわなきゃならないんです。元凶だもの、少しくらい酷い未来になるようにしても構わないでしょう? あ、サロヴァーラ王家の許可は取りましたよ? 皆さん、快く承知してくれました。彼ら的にも、奴らが弱るのは助かりますしね」
サロヴァーラ王家の許可と言ってはいるが、ティルシアの強力なプッシュがあったことは言うまでもない。
寧ろ、応援された。『貴女の悔しさは理解できるわ。存分にやってしまいなさいな。抗議は握り潰します』という、恐ろ……いやいや、頼もしいお言葉を添えて。
「……」
賛同することも、批難することもできない――本心はともかく、言葉にすることは躊躇われるのだろう――内容なので、騎士様達は複雑そう。
ただ、一番近くに居た騎士様が、私の頭を褒めるように撫でてくれた。それが答えなのだろう。
主人公「私が有能というより、周囲が馬鹿過ぎた結果なんですが」
騎士様達「え゛」
『超できる子』が初動においてほぼノーマーク。しかも、イルフェナ勢も同様。
サロヴァーラ貴族はほぼ自滅です。厄介だったのはティルシアだけ。
※来週はお休みさせていただきます。
※活動報告にて、『魔導師は平凡を望む29』の詳細を載せました。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




