黒幕はほくそ笑む
――王城・イルフェナ王の執務室にて(イルフェナ王視点)
「今頃、あの子達はどうしているのかねぇ?」
「……」
仕事の手を休めてそう口にすると、室内に居たアルバート――騎士団長は暫し、思考を巡らせるかのように動きを止め。
「……まったく。陛下も人が悪い」
呆れたような目をこちらに向けつつ、溜息を吐いた。
そんな姿に、ついつい笑いが込み上げる。彼がそう思うほどに、今の私は楽しげに見えるのだろう。
「失礼な。この国の王太子として、そして、それ以上にエルの兄として、あの子は魔導師を気にかけていたんだ。一度は機会を作ってやるべきだと、ずっと思っていたのだよ」
「ですが、ミヅキはこの国に保護される立場であっても、忠誠を誓ってはおりません」
それが最大の理由とばかりに、アルバートは釘を刺す。勿論、私とて、それは十分に判っているつもりだ。
魔導師……ミヅキは各国において、すでに無視できない功績を挙げている。
『無能』ではないのだ、誰の目から見ても。一般的に、『異世界人は常識すら違うことが当然』と言われているが、ミヅキに関しては誰も信じまい。
……もっとも。
ミヅキがそうなったのは、エルによる愛情深くも遣り過ぎとしか思えないような教育があったせい……という気がしなくもない。
猫親子と言われるほどに仲の良い二人だが、ズレているのはミヅキだけではないのだ。
エル自身の経験が多大に影響を及ぼしていることは想像に難くないが、だからと言って、常識さえろくに知らない異世界人相手にあれはないだろう。
気付いた時には、すでに手遅れになっていたのだ。
息子の意外なポンコツぶりに唖然としたのも、良い思い出である。
「そう、だから……直接、関わるようなことをしなかった。それに、あれほどエルと魔導師の距離が近いんだ。くだらない憶測を抱かせないよう、他の王族達は適切な距離を保つことが重要だからね。王族全てが魔導師に甘い……なんて言わせないためにも」
「……」
暈すことなく事情を吐露すれば、心当たりがあるのか、苦い顔をするアルバート。
世間的には『【異世界人の魔導師】という得体の知れない存在を、王や次代の王に会わせるわけにはいかない』と言われているが、実のところ、私が口にした方が厄介なのである。
国は一枚岩ではない。それは我が国にも言えること。
命の危機は防げても、人の口に戸は立てられない。
「エルに王位を狙う野心などないし、エルを主と仰ぐ騎士達も同様。ミヅキに至っては、興味すらないだろう。だけど、彼らが優秀だからこそ、『否定する要素がない』。エル自身が努力したのは自分の居場所を手に入れるためであり、王族としての義務を全うしているだけと言っても、煩い輩は完全に口を噤むことはないからね」
「まったく、呆れ果てた性根です! この国の貴族や王族として生まれた以上、どうしてそれが当たり前だと思えないのか」
「自分がそういった状況になったことがないからじゃないかな? 高位貴族ならばともかく、下級貴族あたりだと、そこまで徹底されていないだろうからね」
……まあ、そういった家は何もせずとも、勝手に没落しているが。
そもそも、イルフェナが小国ながらも存えてきたのは、他国に比べて特権階級にある者達に重い責任が課されるからであろう。
歴史のある家ほどこういったことが徹底されているため、何の功績もない輩が実家の権力に縋り続けるのは無理なのだ。
そういった面が強いため、高位貴族は比較的最初からミヅキに好意的だった。ミヅキは『馬鹿は嫌い』と公言しているらしいが、イルフェナの高位貴族達も似たようなものなのである。
と、言うか。
同じ理由で、高位貴族達はエルをそれほど疎んじてはいなかったのだ。努力を形にした分、認められていたのである。
ただ、エルはあまりにも周囲に目を向けなさ過ぎた。幼い頃からの思い込みが継続していたのか、心ない者達が常に悪意を向けていたせいかは判らないが、エルの世界は狭すぎた。
主がそんな状態だから、エルの騎士達もエルの同類になっていく。警戒心が強い反面、彼らが無条件に身内と呼べる者達を信じているのは、その名残。
「まあ、兄王子を貶めることもできて、一石二鳥だったってことじゃないかな」
「……。ええ、そうでしょうね。王太子殿下は私の目から見ても優秀であり、弟を気にかける良き兄です。ですが、今はともかく、当初は王太子殿下の騎士達も胸中複雑だったかと」
「エル達が配下達と共に、日頃から仲良くしている姿を見せていれば違ったんだろうけど……彼らはお互いに相手を気遣って、距離を置いていた節があるからね」
兄弟仲は別に悪くない。寧ろ、仲が良いと言えるだろう。だからこそ、私や王妃、そして私達と親しい者達は、そんな可能性がないと知っていた。
だが、エルには魔力による威圧があるため、初めの頃、王太子付きの騎士達がエルに身構えてしまっていたことも事実。
そんな態度を取れば、エルとて彼らに対する申し訳なさ――悪意がないことは互いに判っていた。単なる、威圧によって恐怖を与えてしまった申し訳なさである――が募る。
また、エルの騎士達とて、主に気を使わせるような態度を取った彼らに良い感情は抱くまい。
威圧があるエルの方が恐れられてはいたが、凶暴なのはエルの騎士の方……それも公爵子息である幼馴染達がその筆頭なのだ。
ミヅキが来てから、エルが猛獣使いモドキになったのではない。
エルは元から、凶暴な問題児達の抑え役だったのである。
だいたい、彼らはミヅキの思考にすっかり馴染み、良き協力者となっているじゃないか……この時点で、ある程度は察せるだろう。
寧ろ、エルを主と定めているからこそ、彼らの凶暴性は鳴りを潜めているだけ。
一度牙を剥けば、誰だって気付くはずだ。『彼らは間違いなく、【最悪の剣】と呼ばれる者達なのだ』と!
「だからね、丁度いい機会だと思ったんだ」
ハーヴィスの一件によって、王太子と彼の騎士達はミヅキの遣り方を目にした。元より、王太子は過去に存在した魔導師の所業を調べ上げ、エル達ばかりが彼女に関わることを案じていたのだ。
だったら、彼らの要望を叶えてあげようじゃないか。本人に会わせてやれば、憶測だけで警戒することもないだろう。
「なるほど。……それが今回のことに繋がったわけですね?」
「はは! 彼らはずっと気になっていた魔導師と話す機会を得られるんだ。しかも、間違いなくエル達だって関わってくるだろう。過保護な親猫は、子猫を取られたままになんてしないだろうからね」
どんな方法を取るかは知らないが、おそらくエルに何の許可もなくミヅキを騎士寮……彼らのテリトリーに『招待』するだろう。
ただし。
そこからは彼ら自身の手腕がものを言う。今回、必要なものは『理解力』とか『適性』といったもの。
ハーヴィスを遣り込めた姿から見ても、ミヅキは普通の方法で功績を挙げてはいまい。と言うか、ミヅキ単独では何の権力も持っていないので、不可能と言える。
イルフェナ所属を自覚しているミヅキならば素直に色々話してくれるだろうけど、もたらされる内容に、彼らがどれだけ納得できるのか。
……。
まあ、私からの愛の鞭だ。どうせ、上の息子も秘かに混ざっているだろうし、『魔王殿下の黒猫』がどのような生き物か、堪能してくればいい。
「陛下、ミヅキは良い子ですぞ? ご存じですか、あの子はエルシュオン殿下に休憩してもらうために毎日、菓子を作っておくのです」
「へぇ? ミヅキに甘いエルならば、無下にはしないだろうね」
「ええ。ですから、仕事の手を休めるそうですよ」
「自分に甘いことを利用して、休憩を取らせるのか。考えたね」
なるほど。王妃が時々、エルの所で茶菓子を振るまわれるのはそういった裏があったのか。
「ちなみに、私達の所にはナッツや干した果物を入れた物が多いです。一口程度の大きさで栄養価が高く、携帯もできるので、忙しい時はありがたいですね」
「……ん?」
「ジャネット達女性騎士の所には、見た目も楽しめる物が多かった気がします。基本的に手軽に摘まめる大きさですから、彼女達も楽しみにしているようですよ」
「……待ちなさい。あの子、そういった気遣いまでしているのかい? いや、そもそも、何故、君達の所にもお裾分けが行っているのかな!?」
はっきり言って、羨ましい。
彼らの立場上、解毒魔法などはかけているだろうけど……話を聞く限り、アルバート達は日々、異世界の菓子を食べているのか?
そんな疑問が顔に出たのか、アルバートは楽しそうに笑った。
「仕事で一緒になることもありますから。ミヅキ曰く、『食べるのも、作るのも好き』とのことで、全く苦にはならないようです。我々は騎士寮の食堂にもお邪魔していますので、良き関係を築けていると自負しております」
「……アルバート? 君、自慢したかったのかな?」
「ええ! ジャネットは時々、市場に付き合っているようですよ。そのまま、我が家で調理をしていくこともあります。サロヴァーラの一件の時に滞在しましたし、来やすいのでしょう」
微笑んで語るアルバートはまさに、家族を自慢する父親のようであった。
……あれか? アルバート的には、娘が自分達に手料理を振る舞ってくれるとでも言いたいのだろうか?
「……アルバート。今度、そこに私も加えようか」
「はは、ご冗談を。陛下が召し上がるなんてミヅキに伝えたら、拒否されますよ」
「君達ばかり狡いじゃないか」
「エルシュオン殿下から貰ってください。もしくは、殿下に直接頼めば宜しいかと」
「く……!」
どうやら、私はエルに頭を下げなければならないようだ。ただ、エルが素直に了承してくれるとも思えなかった。
聡いあの子のことだから、今回の一件が私の采配であると、絶対に気付くだろう。
そんな状況で、嫌味の一つも言わずに了承してくれるかは怪しい。
「やれやれ……エルに味方が多いことを忘れていたよ。君なりに、思うところがあったのか」
「親猫は子猫を非常に可愛がっていますし、微笑ましく見守る者は多いのですよ。陛下の言い分も判りますが、それに付き合わされる猫親子は可哀想ですしな」
ああ、まったく! 本当に、あの猫親子は予想外のことばかりだ!
イルフェナ王「お互い、理解が深まると良いね!(・∀・)」
仕掛け人はイルフェナ王。悪意はないけど、愛の鞭はある。
今回は息子達とその騎士達の理解を深めるため画策。
でも、さらっとアルバートに遣り返されていたり。
※来週はお休みさせていただきます。……が、番外編の更新はするかも。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




