招待は突然に 其の一
――それは唐突な拉致だった。
油断していた、と言われればそれまでである。
いくらそこがイルフェナ王城の敷地内であり、騎士寮へと向かうまでの僅かな間だったとしても、だ。
「ちょっといいかな」
「へ?」
魔王様の所へ行った帰り、騎士sと一緒に騎士寮へと向かう最中。唐突に掛けられた声に、私は思わず間抜けな声を上げていた。
いや、だってさぁ……いくら馴染みになった人達が居ようとも、私が異世界人である以上、一定数は未だ、警戒心じみたものを持っているのよね。
だから、騎士寮面子以外で親しく接してくれる人なんてまだ少ないし、私自身の行動範囲も限られている以上、珍しいことなのだ。
ただ、それが悪意からのものばかりではなく、得体の知れない存在に対する警戒心ゆえのものであることも、私は察していた。
これまで私が色々とやらかしていることもあり、騎士寮面子と極一部の人達以外は、ある程度の距離を置いた上でのお付き合いなのですよ。
それが悪いこととは思わない。寧ろ、当然だと思う。
だって、ここは『王城』じゃん?
国王陛下を始めとする王族が生活し、国の重鎮と呼ばれる者達が集う場所ですぜ?
攻撃されれば、国へのダメージは計り知れないし、安易に部外者が侵入できる場所でもない。
誰が相手であろうとも、『警戒心を忘れてはいけない』のです、絶対に。
私がいくら魔王様の配下を自称していようとも、あくまでも『自称』。正規の配下ではないわけで。
よって、王城内を歩く場合は、監視兼護衛という名目の騎士の同行が必須というわけ。
まあ、これは元の世界でも当たり前のことだろう。顔見知りだろうと、部外者が皇居とかをウロチョロできないのと一緒です。
……そんなわけで。
今回の『声掛け』は、割と珍しいことだった。視線を向けた先に居たのは、白と黒の衣服を纏った騎士二人。ただし、騎士寮面子に非ず。
勿論、騎士寮にやって来る近衛騎士でもない。つまり、『私にとっては、完全に初対面の人』!
……その割に、好意的に見えるのが気になるところ。
極稀に貴族が私への探りに来ることがあるけれど、そういった雰囲気もない。騎士sが驚いているだけであることからも、それは確実だ。
危機回避能力搭載の騎士sの場合、『何となく』でそういった輩が居る道を避けることが大半なので、この二人が私達に悪感情を抱いていないことだけは確かな模様。
ただ……そうなると、理由が全く判らんが。騎士sも困惑中さ。
「あの、何か御用でしょうか?」
とりあえず挨拶を、とばかりに聞き返せば、二人は顔を見合わせて苦笑した。
「ああ、済まない。警戒させてしまったか」
「こちらが知っていても、君が知っているはずはないものな。我々は君を害する気はないよ」
……へぇ? 『害する気はない』ですか。
ただし、それは言い換えると『害する気はないけれど、何らかの用がある』と言っているようなもの。
「では、どんな御用件でしょうか。私は行動範囲が限られているので、勝手な真似はろくにできないのですけど」
「いや、君は結構な頻度で勝手な行動をとっていなかったっけ?」
「あくまでも『基本的なお約束』なので。当然、例外は有りですよ」
「それって、屁理屈……」
「例外があるだけです。時にはそういった行動こそを求められるので、私的には『それが正しい回答』です」
言い切ると、二人の表情があからさまに変わった。ただ、それは『思惑がバレた』といったものではなく、『興味深い』と言わんばかりのもの。
その途端、何かを感じ取ったらしい騎士sの顔が盛大に引き攣った。
「あ、あの! 『翼の名を持つ騎士』と呼ばれる方達とお見受けしますが、何か御用でしょうか!?」
「俺達、ミヅキの護衛と監視を担ってはいますが、何の権限もありません! できればエルシュオン殿下か、アルジェント殿達に話を通していただきたいと思います!」
……。
模範的なお答えのはずなのに、魔王様達に問題丸投げにも聞こえるのは、何故だろう……?
騎士としての格はあちらが上だろうが、二人がこんな態度を取る以上、身分も上なのかもしれないね。
騎士sの危機回避能力は本物なので、ひっそりそんなことを思ってしまう。同時に、騎士sへと生温かい目を向けていたり。
随分と強かになったじゃないか、二人とも。
『俺達じゃ無理!』からの『権力者様へ丸投げ』かい。
魔王様にビビっていた頃とは比べものにならないほど図太くなった二人にほっこりしていると、声をかけてきた二人は嫌な感じに笑みを深めた。
「ああ、それはこちらから伝えておくよ。だけど、今は……」
「……へ?」
「この子、ちょっと借りていくね」
「「え゛」」
言うなり、一人――黒騎士の方――が私を抱き上げる。
……そして。
「な、転移魔法!?」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「はいはい、説明は私がするからね」
そんな声を聞きつつ、私はどこかに転移させられていた。詠唱なしだったので、対処できなかったとも言う。
だが、そう思うと同時に、ふと思い出す。
黒騎士って……魔法特化とか言ってなかったっけ? ってことは、魔道具か!
これは完全に、気付かなかった私達の落ち度だろう。警戒をするなら、もっと徹底的にすべきだったか。
ただし、無抵抗が正解だったとも思っていた。こんなことをする以上、許可が出ていると見るべきだろう。王城敷地内での転移魔法って、バレるもの。
しかも、騎士sの所に残った騎士は『説明は私がする』と言っていた。そして、『翼の名を持つ騎士』を率いているのは、王族だったはず。
つまり、『王族の誰かの指示』ってことですね! 私はお呼ばれしたわけですか!
……その割には、着いた先が妙に見覚えがあるような部屋なんだけどさ。
見覚えがあると言うか、同じ構造の場所を知っていると言うか。ぶっちゃけて言うと、騎士寮の部屋と酷似している。
わざわざ構造を変えていないならば、ここは個人の騎士が使用するための部屋――ただし、この部屋自体は空き部屋っぽい――なのだろう。
そんなことを思っていると、私を抱えたまま騎士様は部屋を出て、どこかに向かい出した。……私? 無抵抗で運ばれていきますとも。
「おや、暴れないんだね」
「貴方達が纏っている服が偽物であり、拉致された場所が王城の敷地内でなければ、暴れたかもしれませんね」
「へぇ、そういう基準からの判断なんだ?」
「あと、ここと似たような場所を知っている……いや、私が生活している騎士寮にそっくりなんですよ。だから、『貴方達の主』の指示かなって」
『貴方達の主』=イルフェナ王族の誰か。王城の敷地内で転移魔法の許可を出す以上、彼らにとっての『お仕事』(意訳)ってことでしょう。
「だったら、余計に危機感を抱くのでは? 君に好意的なのはエルシュオン殿下だけかもしれないよ?」
「魔王様に許可を貰っていないっぽいので、その可能性もありますね。だけど、私は使える駒な上、先日は各国の人脈も披露済みです。排除するにしても、無理があるでしょう」
私を排除するならば、『各国の人脈』というものが非常に拙い。アグノスの一件でそれが周知された以上、『いきなり消す』(意訳)という選択にはならないはずだ。
抗議された場合、彼らを納得させるだけの理由が必要になるし、魔王様達だって黙っていないだろう。
魔王様は責任感溢れる保護者様なので、国から認められている『異世界人の後見人』という立場がある以上、国の決定であろうとも、無視はすまい。
と言うか、アル達以外の守護役が属する国からも抗議されるため、イルフェナとて、おかしな真似はできないのよね。
そんなことをつらつらと語ったら、騎士様は呆気にとられた表情になった後、笑いだした。
「ははっ! 君、本当に賢いね。この僅かな間にそこまで考えて、判断していたのか」
「親猫様の教育が良かったもので」
「親猫……」
「後見人と言うより、保護者ですしね。他国ではすっかり親猫扱いが定着してますよ。『魔導師で困ったら、親猫を頼れ』って」
「それは納得する」
即座に頷く騎士様。おい、微妙に失礼だな!? 遠回しに、私のことディスってない!?
ジトっとした目で見ると、騎士様は「ごめんね……くくっ」と、形だけの謝罪をしてくださった。そして、ある扉の前で足を止める。
……ん? 騎士寮と構造が酷似しているなら、ここって……。
「さて、ここだ。それから……」
扉を開けた先、そこは私の予想通り食堂だった。
ただし。
この騎士寮に暮らしている騎士達(予想)がほぼ勢ぞろいしている、というオプション付きではあったけど。
「ようこそ、我々の騎士寮へ」
「いや、拉致されただけ……」
「歓迎するよ」
「あの、私のお話聞いて?」
私の突っ込みを綺麗にスルーして、室内に足を進める騎士様。当然、皆の視線は私達に集中している。
「すまないね、来てもらって」
「だから、拉致だと」
「細かいことを気にしてはいけないよ?」
隊長格らしい人がにこやかに話しかけてくるけど、拉致したことを恥じてはいないらしい。思わず、私は生温かい目を向ける。
いや、だからさ……説 明 し や が れ !
黒猫は別のお家に住む猟犬に運ばれていきました。
親猫は当然、このことを知りません。(笑)
※番外編やIFなどは今後、こちら。
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※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




