王子達はこの一件を振り返る
――ガニア王城・シュアンゼの部屋にて(テゼルト視点)
「……ということだったんだ」
「へぇ……やっぱり、ハーヴィスは色々と問題を抱えていたんだな」
イルフェナから帰ってきたシュアンゼの報告に、私は少々、顔を顰めた。
エルシュオン殿下への襲撃から端を発した一連の事件(?)が無事に解決したことは喜ばしい。
そう、それ自体は喜ぶべきことなんだ。エルシュオン殿下が狙われた特徴――金髪に青い瞳を持つ王子、というもの――が私にも当て嵌まる以上、私も襲撃対象になる可能性があったのだから。
『ハーヴィスのアグノス王女は【血の淀み】を持ち、自分だけでなく他国の者にまで御伽噺の登場人物を当て嵌め、そこから外れた者を排除しようとしている』
今回の一件は当初、そのように解釈されていた。
だが、それをそのまま受け取る者が居たかと言われれば……大半が『否』と答えるだろう。
『アグノス王女はともかくとして、その行動を利用した者が居る可能性が高い』。そう思われていたのだから。
そのような解釈をされた理由の一つに、『あまりにも計画が杜撰であったこと』が挙げられる。
いくら身体的特徴を持つシェイム達を襲撃に使おうとも、彼らは所謂『暗殺のプロではない』。
こう言っては何だが、首謀者が殆ど隠されていないのだ。疑ってくれと言っているようなものだったのである。
しかし、蓋を開けてみれば……事件の根底にあったものは、そんなに単純なものではなく。
「アグノス王女への扱いが主な原因かぁ……」
「まあ、一言で言ってしまえば、『血の淀み』の影響をあまりにも軽く考えていたってことだろうね」
「だが、普通は気付かないか?」
「乳母が必死になって隠していたみたいだよ。……こう言っては何だけど、ハーヴィス王は信頼に値しなかったということだろう」
「ハーヴィス王にとって、最愛の人の娘なのに?」
「あの人は……私個人の印象になるけれど、結局は自分の都合のいいように考えてしまうんじゃないかな。王妃や宰相からの苦言があったにも関わらず、自分にとって都合が悪いことならば、耳を塞いでしまっていたみたいだからね」
苦笑しながら紡がれるシュアンゼの言葉は厳しい。だが、それが素直な感想なのだろう。
そもそも、アグノス王女の母親はとても体が弱く、側室という立場になることは無理だったと言われていたらしい。
そこを無理矢理に押し通してしまった人こそ、当時はまだ王太子だったハーヴィス王なのだ。
「普通、王子……特に王太子ならば、国のことが第一と教えられると思うが」
そもそも、政略結婚が常の立場なのである。側室とて、妻の一人として認識される立場である以上、王妃に準じる働きを求められるはず。
だからこそ、側室の産んだ子も継承権を持つ王族として数えられるのだ。何の義務もない妾や愛人とは、立場の重みが違う。
「どうやら、今のハーヴィス王以外に王になれそうな人が居なかったらしいんだよね」
呆れを滲ませて、シュアンゼが肩を竦めた。
「長い時間、他国と関わらずに過ごしてきたんだ。王族に釣り合う身分の者は限られるし、必然的に血が濃くなってしまう。その結果、悪政を布かず、子を成せる者ならば何とかなると思われたんだろう」
「ああ、そういうこと……」
「うん。現に、今の王妃様との子は何の問題もないみたいだよ。やっぱり、先代のハーヴィス王も血の濃さやそれに伴う異常を危険視していたんだろう」
なるほど、その危機感を全く理解せず、王としての自覚が甘かったのが、今のハーヴィス王なのか。
ハーヴィスは王権の強い国なので、王の我侭がそれなりに通ってしまう。だが、言い換えれば、それは『王自身が、己が言葉の重さを自覚しなければならない』ということだ。
他国とて、それは同じだろうが……それ以上に、ハーヴィスの王は気を付けなければなるまい。
一歩間違えれば、独裁である。特に、周囲の貴族達が無条件で王の言葉に従うような者ばかりだった時は、よりいっそうの注意が必要だ。
「まあ、今回は狙った相手が悪かったんだけどね」
どこか意地悪そうに、シュアンゼが口元を歪めた。
「狙ったのが『あの』エルシュオン殿下だよ? ミヅキが飼い主を攻撃されて、黙っているはずはないじゃないか」
思い出すのは、ガニアに居た頃の魔導師殿。彼女はシュアンゼを守りながら状況を整え、最終的には王弟夫妻を断罪、見事にシュアンゼを守り切った。
その遣り方は褒められたものではないと思うが、魔導師殿は有言実行の人なのだ……彼女は遣ると言った以上、必ず遣り遂げるのである。
「まあ、な。だが、ハーヴィス王に直接のダメージはなかったんだろう? 精々が『血の淀み』に対する認識の甘さを指摘された程度じゃないのか?」
それくらいしか、個人を攻撃する要素がないような。
魔導師殿は規模の小さい砦を二つほど落としたらしいが、それとて『平穏に慣れ、守りが不十分になっていた』と言われればそれまでである。
アグノス王女が通常の精神状態ではなく、彼女の異常さを隠していた乳母も亡くなり、ある意味、切っ掛けとなった側室さえもずっと昔に亡くなっている以上、どうしようもない。
いくらハーヴィス王に責任があると言っても、それらは部外者の憶測でしかないのだから。
だが、シュアンゼは楽しげに笑うと、ひらひらと手を振った。
「ミヅキにそんな言い訳なんて、通用するはずないじゃないか。あの子、自分の保護者と比較して、ハーヴィス王を盛大に甲斐性なし扱いしていたよ」
「甲斐性なし……」
間違っても、王に対する言葉ではない。
顔を引き攣らせるも、シュアンゼは上機嫌で次々と暴露していく。
「ミヅキは相手を追いつめながら、心に痛い言葉で攻撃するのが得意だからね。しかも、ハーヴィス王は耳を塞ぐことも、沈黙することもできないんだ。公の場での追及だからね」
「お、おう、魔導師殿、相変わらず容赦のない……!」
「敬愛する親猫と親友を攻撃され、仲間の騎士の矜持を圧し折られたんだ。そりゃ、怒るよ」
シュアンゼはさらっと言っているが、事はそう簡単ではない。怒りを覚えようとも、相手の立場が王である以上、感情のまま責められるわけがないじゃないか。
だが、それが可能だった……『可能になるような状況が整えられていた』のだろう。
魔導師殿も勿論、関わっているだろう。だが、そこまでできたのは……謝罪の場に魔導師殿を抜擢した人物は……。
「……イルフェナも相当怒っていた、ということか」
「正解。エルシュオン殿下は王子として、誠実に職務に取り組んでいたみたいだからね。しかも、今はミヅキの面倒さえみている。私のことを顧みても、本当に善良な方だ。だからこそ、本人が気付かなくても、味方は多かった」
思い出すのは、ガニアの一件。可愛がっている子を誘拐されたことに怒りつつも、エルシュオン殿下はシュアンゼのために尽力してくれた。
魔導師殿はガニアに想い入れなどないし、自ら進んで動くことなどないだろう。そもそも、エルシュオン殿下を誘拐しようとした時点で、ガニアへの好感度は低い。
それでも、魔導師殿に『シュアンゼを守れ』と命じてくれた。
あの方の言葉があったからこそ、魔導師殿はガニアの憂いを払ってくれたのだ。
「ルドルフ様も相当、怒っていたみたいだよ。自分の守護者に等しい騎士をミヅキに同行させたり、自分がミヅキの共犯者になったり。……初めて見たけど、あの二人が揃うと怖いね。最低限の言葉で、双子みたいに互いの考えを読めるんだから」
「へぇ! ルドルフ様、凄いな……」
「しかも、ミヅキを止めない。あの方、基本的にミヅキの共犯者だよ。必要な時には身分を活かして会話に入っていたし、ミヅキの考えを支持するんだ」
「え゛」
待て。それは、かなり怖いような……?
思わず、顔が引きつる。対して、シュアンゼは……遠い目になっていた。一体、イルフェナで何を見たのやら。
「話を戻すよ。そんなわけで、ミヅキはハーヴィス王が元凶と判断し、アグノス王女を追放処分にすることを提案したんだ。もっとも、それはアグノス王女のためという意味が大きい」
「まあ、ハーヴィス王が変わるならばともかく、そのままハーヴィスに置いておくのもな……色々と都合の悪いことを押し付けられそうだし、そうなっても、自己弁護できるか怪しいもんな」
話を聞く限り、ハーヴィス王はミヅキの追及に凹んだだけである。
これで即座に変わってくれるならばまだしも、シュアンゼからの報告を読む限り、その可能性は限りなく低いと思われた。
だからこそ、アグノス王女……いや、『アグノス』という一人の人物をハーヴィスから引き剥がしたのだろう。
王女という身分や『血の淀み』が危険視される環境、ハーヴィス王の娘という立場、そして母を知らぬ哀れな娘という周囲の認識さえ不要と、魔導師殿は判断したのだ。
「相変わらず、魔導師殿は優しいのか、酷い人なのか、判らないな。ハーヴィス王を始めとするアグノス王女の信奉者達からすれば残酷に思えるだろうけど、アグノス王女のことだけを考えた場合、それが最善に思えるし」
精霊姫とまで言われた王女を失う者達や、愛娘を失う父親の嘆きを綺麗に無視して、ただただアグノスという『個人』を守る。
事情を知らない者からすれば魔導師殿の下した判断は非情だが、視点を変えれば、ある意味では被害者であった娘を守ったと言えるだろう。
そのことを批難されようとも、魔導師殿は全く気にしないに違いない。……シュアンゼを守るため、我が国の王弟夫妻を処刑に追い込むような人なのだから。
彼女は優しくないわけではない。ただ、優先順位がはっきりしているだけ。
『アグノス』を守ると決めた以上、その妨げになる者全てを切り捨てただけなのだろう。
「ミヅキはある程度の教育を施した後、アグノス殿をバラクシンの教会に預けたそうだ。アグノス殿は情緒が全く育っていないから、教会で暮らす子供達と共に成長させた方が良いだろうと」
「『精神年齢幼女』って、そういうことか」
「うん。良く言えば純粋なんだろうけど、アグノス殿は周囲の言葉をそのまま受け入れてしまう傾向にある。過ぎる素直さは危険だから、自分の意思を持たせるようにしたいらしい」
「それが『御伽噺のお姫様』に繋がっていたんだな」
「ああ。そう考えると、やっぱり元凶はハーヴィス王を始めとする周囲の大人達にあったと思うよ。……ある意味、ハーヴィスの憂いはミヅキが引き取ってくれたんだ。言い訳できない状況になった以上、これからは彼らの責任さ」
蔑みを滲ませて、シュアンゼは言い切った。今回は『【血の淀み】を持つ王女』という言い訳が使えただろうが、今後は通用しない。
他国との関わり、自国の政、全てが当事者達の責任となる。そして、他国からも厳しい目が向けられるだろう。
だが、それは当然のことであり、どこの国でも当たり前なのだ。
今回はたまたま運が良かっただけ。何の柵もない魔導師殿が動いたからこそ、被害や負担が最小限で済んだ。
ハーヴィス王がこれから評価されるのか、王妃が国の改革を推し進めるのか、それとも宰相が再び暗躍を試みるか。それは誰にも判らない。
「我が国も気を付けないとな」
「何の柵もないのに、結果を出せるミヅキが特殊なだけだからね。……サロヴァーラのティルシア姫は、国と家族のどちらも選べなかった。我が国も同じ。国を選んで身内を切り捨てられていたら、ミヅキ達を巻き込むことにはならなかった」
「その分、何らかの被害を被ったり、失うものがあっただろう」
それは事実だと思う。異世界人である魔導師殿の介入があってこそ、今がある。
だが、頼るばかりというのも情けないじゃないか。これでもガニアの王族として生きてきた意地があるのだから。
「まあ、いざとなったらミヅキを巻き込もう」
「おい!」
決意をふいにするかのようなシュアンゼの言葉を咎めれば、シュアンゼは楽しげに笑った。
「報酬次第で動いてくれるよ、きっと。それに、楽しいことになりそうじゃないか」
「いや、楽しいことって、お前ね……」
「暗く考えても仕方ないよ、テゼルト。結果良ければ、全て良しさ」
……どうやら、俺の従兄弟……いや、兄弟はかなり逞しくなったようだ。この分では、本当に魔導師殿を呼びかねない。
だが、それもいいかと思えてしまう。
彼女が動くならばきっと騒々しくて、それ以上に……悪戯を仕掛けるが如く、楽しさに満ちているだろうから。
イルフェナ帰還組の報告を聞き、ガンガン評価を下げていくハーヴィス王。
やっぱり、誰が聞いてもハーヴィス王は情けない。
なお、微妙にルドルフの評価が上がっていたり。……主人公の同類として。
※10月に『魔導師は平凡を望む 28』とコミック『平和的ダンジョン生活 2』が発売されます。
詳細は公式HPにて。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




