ディーボルト子爵家の事情
騎士s関連のお話です。
それは唐突な御願いから始まった。
「頼む! お前の力が必要なんだ!」
「俺達の家に来てくれ!」
「……は?」
私の部屋に入るなり頭を下げた騎士s。
え、何? どゆこと!?
首を傾げた私の反応は当たり前だと思われる。いきなり何さ?
「あのさ、簡単でいいから理由を説明してくれない? 今アル達居ないから外出許可必要だと思うし」
「それなら既に取ってある!」
ぴら、と目の前に差し出された紙には確かに魔王様直筆の外出許可証でした。
なんだ、魔王様関係なら頭を下げなくても……
「エルシュオン殿下には先に事情説明をしておいた。しかも引き受けてやってくれと書いてある!」
「ちょ、本人への説明が後か! 順番逆でしょ!?」
「「あの人の方が怖い」」
いえ、確かに魔王様命令なら逆らいませんけどね?
色々御世話になってますからね?
騎士sよ……アンタ等、力関係理解し過ぎ。身分とかの意味じゃなくて。
……そういや、この二人って黒尽くめ連中からも逃げてきたよなあ。追いつかれたとはいえ、村でも連中に見付かる前に逃げ出してきたらしいし。危険察知能力が特化してでもいるのだろうか。
「わかった、わかりました! で、簡単な説明宜しく」
溜息を吐きつつ了承すると2人は明らかに安堵した表情になる。
えーと、騎士s? その御願いって破壊活動とかじゃないよね?
魔王様が許可したってことは国に関わるような事じゃないだろうけど、別の意味では心配です。
面白がるんだもの、あの人。
「そうだな、じゃあ初めから話……」
「その前に!」
言葉を遮り、聞いておかねばならない最重要項目を聞くことにする。
それは――
「アンタ達の名前を知らないから名乗れ」
「「え゛」」
「今更だけど『騎士s』ってセット扱いしてたから知らんのだ」
「……。名乗ってなかったか?」
「名乗った記憶があるかなー?」
「「ないな」」
うん、私も聞いた覚えないし。
じゃあ、会ってから二ヶ月は経ってるけど自己紹介から宜しく。
……ゼブレストに居たとはいえ、特に不自由しなかった私達もどうかとは思いますがね。
その後、『アベル・ディーボルト』、『カイン・ディーボルト』という名を無事聞けたのだった。
改めて宜しくねー、騎士s。多分今後もこっちで呼ぶけど。
※※※※※※※
で。
二人が『家に来てからの方が納得できる』というので現在ディーボルト子爵家にお邪魔しています。
まあ、ここなら外出許可でるわな。
ちなみに目の前には騎士sと同じ色彩の美少女がいたりする。
「こちらが異世界の方ですか? アベル兄様、カイン兄様」
「ああ、今回の事を頼んである」
「引き受けてくれた以上は何も心配することは無いぞ!」
「本当? ありがとうございます」
微かに首を傾げた少女は明るい茶色の髪を揺らし、ふんわりと微笑む。
……かわいい。華奢な体と愛らしい容姿だけでなく雰囲気もほんわかしていて良い感じ。
この子関係だとストーカーの排除とかだろうか。張り切って息の根を止め……はしないけどズタボロにしますよ!
「付き纏ってくる男でも湧いた?」
「何故そう思う?」
「法に触れず仕留めず排除を狙うから私に話を振ったんじゃないの?」
「いやいやいや! お前、なんでそっち方向に行くの!?」
「権力無しであんた達に勝るものって強さだけだもの。で、ターゲットは誰?」
「違うから! 平和的なことだから!」
「今後頼むかもしれないが今回は違う! 落ち着け!」
違うのかい。
でも強さで勝るってのは否定せんのだな、騎士sよ。
そんな馬鹿な遣り取り――いつものことですね――を呆気に取られて眺めていた妹さんは楽しそうにくすくすと笑う。
「いいなぁ、兄様達。とっても楽しそう!」
「……微笑ましく見えるのか、クリスティーナ」
「ええ、とっても!」
妹さんはクリスティーナっていうんだね。そうか、楽しいのか。
微妙な空気になる私達を他所に妹さんは私に向き直ると可愛らしくお辞儀した。
「初めまして、クリスティーナと申します。お会いできて嬉しいですわ」
「初めまして、ミヅキです。異世界人ですよ」
にこやかに微笑み合う。
そんな私達の様子に騎士sは席を勧めると今回の『御願い』について話し出した。
「今回はクリスティーナの十五歳の誕生祝いの料理を作ってもらいたいんだ」
「は? お抱えの料理人がいるでしょ? その人達を差し置いて私が出張る訳にはいかないじゃない」
信頼関係に関わってきますからねー、これ。当主の娘の誕生会なんて腕を振るう絶好の機会じゃないか。
だが、意外な所から援護射撃と懇願が来た。お茶の支度をしていた男性が振り返って声を上げる。
「いいえ! 今回は私どもがアベル様方に御願いしたのです。どうか、どうかお力をお貸しください!」
「えーと?」
「あ、この人うちの料理長」
「デニスと申します。以後お見知りおきを」
「はあ……ミヅキです。どうぞ宜しく」
深々と頭を下げたデニスさんに呆気に取られたまま挨拶を返す。
何故いきなり料理長が出てくる!? お茶の用意ってメイドさんとかだよね!?
しかも物凄く必死なのが気になるのですが。
「私が初めからお話しますわ。まず、今回の原因は我がディーボルト子爵家とグランキン子爵家の不仲が発端なのです」
「グランキン子爵家?」
「当主同士が従兄弟にあたるのです。父は特に気にしてはいないのですが、エドガー叔父様はずっと父と張り合ってきたそうで」
「自分の子供にも俺達に負けるなってずっと言ってきた所為か、やたらと敵対心が強いんだ」
「しかも見下す方向でな」
騎士sの補足に料理長さんは深く頷いている。そうか、家に属する者全てが敵対対象なのか。
あれ? でも騎士sって……
「あんた達そんなに人と仲良く出来ない子だっけ? 騎士達の訓練場で平民・貴族関係なく友人いなかった?」
騎士sの性格の賜物というか、貴族のわりに平民出身の騎士の友人が多いのだ。差し入れと称し試作品を持っていくと大抵友人が傍にいる。そのおかげで私も顔見知りの騎士が増え、言葉を交わすこともある。
貴族というだけで嫌味を言われることもあるだろうに、何時の間にか仲良くなってるんだとさ。実際に過去嫌味を言ってた現友人の騎士から聞いたので間違いは無い。
思い出しつつ首を傾げる私に騎士sは嫌悪を露にして吐き捨てた。
「「奴等と仲良くするのは絶対に無理だ!」」
「ええと……私もちょっと苦手です」
……どんな生き物なんだろう、グランキン子爵家の皆様。
観察日記とかつけたら魔王様相手に笑いを取れるだろうか? 勿論、珍獣扱いで。
「とにかく、それが前提です。そして私の誕生日に我が家で親族を招いてささやかな食事会を開くことになりました。まだ社交界へ出てはいないので極々身内だけなのですが、グランキン子爵家も話を聞いて是非祝いたいと」
「つまりその席で見下して恥をかかせたいってことね?」
「そういうことだと思います。父や兄達ならば上手く切り抜けるのでしょうが、私には荷が重くて……」
そう言ったきり俯いてしまうクリスティーナ。
確かにこの子に嫌味御一行様の集中砲火はキツかろう。しかもその日の主役だから逃げられないし。
「それだけじゃない。十五になったら社交界へのデビュタントもあるから余計にクリスティーナを潰したいのさ」
「醜聞を作って事前にバラ撒こうってこと?」
「ああ。しかも向こうにも十五になる娘が居る。これが嫌な女でな……」
だから余計に必死なのか。確かに比較対象があるなら余計に潰しにかかるだろう。
どのみち社交界は他国に比べて壮絶な気がするけど。
「この国でそれを跳ね除けられなくて社交界でやっていけるの?」
「当分は信頼できるパートナーがつくから大丈夫だ! それに数年経てば慣れる」
ああ、それなら大丈夫だね。とりあえず今はまだ『保護されるべき状態』ってことだし。
……それに何時の間にか土下座してるデニスさんが大変気になります。
騎士sよ、お前ら一体何を教えた!?
「わかった、引き受ける。あと、デニスさんいい加減それやめて」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます! 私、御嬢様が不憫で不憫で……!」
泣き出したデニスさんに唖然としてると騎士sに肩を叩かれた。
「クリスティーナは唯一の女の子だし、家族だけでなく使用人達にも可愛がられているのさ」
「愛された子なんだねぇ」
「全員、クリスティーナが生まれた時から知っているしな」
そう言う騎士s改めお兄ちゃんsも可愛がっているのだろう。デニスさんの涙を拭っている姿を見る限り、クリスティーナも彼らを大事にして育ってきたと思われる。
まあ、まずは相手の情報収集からですけどね? さすがに一方的に信じることはしないよ?
言うほど酷くなきゃ普通に料理を提供するだけでよし、何をどうしても文句しか言わないようなら手を考えねばなるまい。
「大丈夫だって! 絶対に勝たせてあげるから」
「あの……何故勝ち負けの問題になるのでしょう?」
「……気分的な問題?」
「「そういうものだ」」
クリスティーナは無事に過ごせればいいと考えているようだけど、穏便にはいかないだろう。
ちら、と視線を向けた先の騎士sが軽く首を横に振ったのだから。
それにさ?
そいつらが私に喧嘩売ってきた場合は私VSグランキン子爵家の陰湿デスマッチが開始されてしまうのだが。
多分、魔王様はそれを見越して今回の事を許可したと思われる。『黙らせろ』って意味ですよね、絶対。
誕生祝の席で騒動を起こすわけにもいかないし、本当に『黙らせる』ことが最善か。
さて、残り時間は半月ほど。
どうなりますかねー?
ディーボルト子爵家は当主一家の人柄と元々成り上がり貴族だった影響で使用人達も含め家族のような感じです。