後日談 其の五『騎士達はほくそ笑む』
――教会にて(アルジェント視点)
「隊長、ちょっと」
掛けられた声に振り返ると、イルフェナから共に来た騎士――私の部下が意味ありげな視線を外に向けました。
その視線が、どこか呆れを含んだものであることは言うまでもありません。
「おやおや、やはり来ましたか」
「恐らくですが、今回の訪問には教会への脅しも含まれていたかと」
「なるほど。聖人殿がたやすく協力するとは思っていないからこそ、自分が引き付けている間に、手駒達が人質を取る、と」
相変わらずの卑怯な遣り方に、部下共々、嫌悪を覚えます。明確な悪意とは言い切れないからこそ、抗議できない状況……これでは王家とて、口を出しにくいでしょう。
そもそも、『現時点では』彼らは何もしておりません。教会を訪ねた貴族とて、『聖人殿と話をしに来た』と言ってしまえば、それも嘘ではない。
彼らは自分達が教会派貴族であることを上手く利用し、聖人殿が王家に助けを求められないようにしているのでしょう。
教会を訪ねた貴族は『教会の様子見と今後の話し合い』という目的を掲げ。
教会に現れた騎士達は『非戦闘員が大半である教会の、安全を守るための見回り』と言い張る。
これでは何らかの決定打がない限り、彼らを『敵』と言うわけにはいきません。実に卑怯です。
教会が貴族からの寄付で成り立っていることは事実ですし、先の一件で改革を行った教会を気にするのも当然です。
また、『聖人無双』(ミヅキ命名)と呼ばれる出来事の際、教会の信者達が数の暴力とも言うべき結束力を見せ、その脅威の片鱗を見せ付けたことも事実。
『新たな教会の在り方を共に探り、信者達におかしな動きが見られないか観察する』
こんな風に言われてしまえば、あの騒動を知る貴族達は派閥に関係なく納得するでしょう。
彼らは派閥同士で権力争いをしていることは勿論ですが、信者……『民』が力を持つことを警戒する気持ちは共通ですからね。
こういったことならば、手を組むくらいやってのけると思われます。基本的に、自分の利益が最優先という思考の方達が大半ですから。
実に判り易いと言うか、単純な方達です。それに加えて、情勢を読む能力にも長けていない。
彼らは自分達が脅威として認識したのは『異世界人の魔導師』(=部外者)であり、教会だけならば以前と変わらないとでも考えているのでしょう。
『魔導師が居なければ、教会は脅威に成り得ない』――そんな愚かな、幻想を抱いて。
……もっとも、そんな温い考えも今回で終わりでしょうけど。
ついつい、意地悪な笑みが口元に浮かびます。呆れたような……けれど、どこか面白そうな表情の部下も同様。何も言わずとも、私の考えなど読めているのでしょう。
勿論、彼らの思い通りにする気など欠片もありません。この場に居合わせたことを幸運と捉え、望まれた役割を果たして見せましょう。
アグノスは悪意なく、子供らしい素直な言葉でミヅキに教会の現状を知らせてきました。そこにあるのはミヅキへの信頼と、教会の人々を案じる気持ちです。
どうしようもない状況でもない限り、聖人殿は部外者であるミヅキを頼ろうとはしないでしょう。ですが、必要ならば即座に決断する強さを持っています。
アグノスを預けた手前、この二人からの相談ならば、ミヅキは関係者として動けるのです。それこそ教会が得た、教会派貴族達が知り得ぬ『切り札』。
聖人殿がアグノスのことを憂い、手を差し伸べたからこそ、教会は最強の味方を得ました。その結果が、此度の教会訪問という『茶番』。
『アグノスの様子を見る』ということも嘘ではありませんが、教会・バラクシン王家双方がミヅキに味方しているのです。この好機を逃すなど、ありえませんよね。
「まるで教会の人々を監視するような動きを見せているバラクシンの騎士達は、ミヅキが聖人殿と共に待ち構えていたことを知りません。ですから、今暫くはあからさまな動きは見せないでしょうね」
「では、聖人殿を訪ねて来た貴族から、何らかの合図でもあるのでしょうか?」
「おそらく。もしくは、手駒達が教会に侵入している現場を聖人殿に見せ付けるか。聖人殿とて、守るべき者達が危険に晒されるならば、屈せざるを得ないでしょう」
聖人殿はこれまで、ろくでもない上層部の者達の所業に耐えてきたせいか、精神的な強さを持っています。
ミヅキとも交渉できる方ですし、個人的に脅したところで、言いなりにすることはできないでしょう。
――その聖人殿の弱点とも言うべき存在が、戦う力を持たない教会の信者達。
立場を考えれば、彼らに戦闘能力がないのは当然です。そもそも、教会は人を慈しむ場所であり、傷つけることを良しとしません。
そこに付け込んで、再び教会を手中に収めようとしているのが一部の教会派貴族達なのです。
これではバラクシン王家とて呆れ、ミヅキに協力する気にもなるでしょう。いくら部外者の介入を避けたいとは思っても、これ以上、愚か者の面倒など見たくはないでしょうし。
「そうですね……まずは守られるべき方達の安全の確保を。私達は不審な騎士達に声をかけてみましょうか」
我々にはミヅキの護衛――戦闘能力的には必要ないのですが、監視という目的があります――という大義名分もありますし、少々、『お話』をさせていただいてもいいでしょう。
後ろめたいことがないならば、堂々とした態度で、我々の相手をしてくださるでしょうしね。
と、言いますか。
今回、ミヅキはイルフェナの許可を取っての訪問ですから、当然、バラクシン王家にもその目的が伝えられているのです。
おかしなことを言ったり、不審な態度を見せた場合、直接、バラクシン王陛下に引き渡してもいいかもしれません。
ああ! 折角ですから、余興代わりに我々と手合わせをしていただくのも有りかもしれませんね!
お互いに騎士という立場ですし、他国の者と手合わせをする機会というのも滅多にないでしょうからね。
その過程で、『上には上が居る』と学んでいただければいいのですけど。
くだらないプライドなど、木っ端微塵にする気、満々ですからねぇ?
ミヅキのご機嫌取りのように思われていたことを、私は忘れてはおりません。エルやミヅキへの侮辱共々、鮮明に記憶しております。
守護役という立場は勿論のこと、我々がエル直属の騎士であるという意味をしっかりと理解していただかなければ。
そのような状況を見れば、教会に押し掛けて来るという迷惑な方達とて、今後は控えてくださるかもしれません。
……。
いえ、控えざるを得ない状況になる可能性もありますね。拘束されたり、処罰されたりした果てに、爵位剥奪という可能性もありますので。
「では、こちらから声をかけてみましょうか」
「了解です。……あ~あ、奴らも可哀想に」
「おや、敵の心配ですか?」
「ミヅキと隊長が居る時に仕掛けて来るなんて、勝ち目ないじゃないですか。しかも、王城にはかの毒夫婦。最初にバラクシン王家に了解を取った時点で、遣りたい放題確定でしょうに」
「ふふ。我々はきちんと正規の手順を踏んだだけですよ」
笑みを深める私に部下は呆れていますが、単なる事実です。その後の行動にも納得できる建前があれば、多少の無理は通せてしまうでしょう。
姉上も今回の訪問――イルフェナの使者としての建前は、エルへの襲撃に便乗したことへの抗議です――をとても楽しみにしていたようですし、義兄上と一緒に『遊んで』いるかもしれません。
「どちらにせよ、後からレヴィンズ殿下が様子を見に来てくださることになっています。自国の恥となる案件ですし、王族の証言に勝るものはありません。我らに死角などありませんよ」
「その手はずを整えたのって……」
「勿論、ミヅキです。彼女はレヴィンズ殿下の婚約者殿と仲が良いですから」
ミヅキは聖人殿と共に、『おもてなし』の最中なのです。さあ、私達と遊んでいただきましょう。
各所で(様々な意味での)殴り合い発生中。こちらは物理による話し合い。
アルジェントが言っている侮辱云々は『珍獣VS噂の生き物』あたりのこと。
変人だろうと、恨みは忘れない。身をもって訂正していただく所存。
※アリアンローズが8周年を迎えます。記念のキャンペーンやってますよ!
特典(?)SSに、私も魔導師の短編で参加させていただきました。
主人公(子猫の姿)&ルドルフ(子犬の姿)、魔王殿下(保護者)が居ます♪
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




