後日談 其の四『実力者の国出身なので』
――バラクシン王城にて(シャルリーヌ視点)
「……こちらからは以上ですわ。詳細は資料をご確認くださいませ」
「判った。本当に申し訳ない」
「ふふ……貴方様個人、いえ、バラクシン王家の皆様には非がないことは承知しておりますわ。此度のことで二国の関係が拗れることはありませんので、ご安心なさいませ」
「ありがたいことだ」
笑みを浮かべながら告げると、バラクシン王陛下は『判っている』と言わんばかりに頷きました。そんな彼の態度に、私も笑みを深めます。
エルシュオン殿下への襲撃、その騒動に便乗したバラクシン貴族の『愚行』。
それが事実である以上、たとえ茶番であろうとも、こういった言葉の遣り取りは必要なのです。
……ええ、茶番ですわよ? それ以外の、何ものでもありませんもの。
そもそも、イルフェナはこのことに対し、それ程怒ってはいないのです。
勿論、我が国の混乱に便乗しようとした輩が居たことは、腹立たしく思います。それは事実ですし、エルシュオン殿下の騎士達の怒りは本物でしょう。
ですが、これがバラクシンが変わる起点となるならば、話は違ってくるのです。
元より、イルフェナはバラクシンにおける王家派と教会派の争いにうんざりしておりました。
権力争いなどはどこの国でも抱え得る問題でしょうが、バラクシンは宗教――もっと言うなら、民を巻き込んでいるのです。これはとても厄介なことでした。
民を扇動されれば、国は荒れるでしょう。当然、隣国である我がイルフェナもその影響を受けます。
正直申しまして、迷惑ですのよ。我が国に教会派貴族の関係者、もしくは息のかかった者が、流れ込んでくる可能性もございますし。
……まあ、『先の一件』でその可能性は潰えたわけですが。
それを成したのはエルシュオン殿下率いる騎士達であり、魔導師たるミヅキ様でした。
野心を抱く愚かな教会派貴族は、功績と共に名を上げたミヅキ様を利用しようと企んだのですから。
勿論、親猫……いえ、保護者たるエルシュオン殿下がそのようなことを許すはずはございません。殿下直々にバラクシンまで出向かれましたわ。
これが彼らにとって第一の誤算でしたわね。その結果、教会派貴族の一部がよりにもよって、ミヅキ様や我が愚弟達の前でエルシュオン殿下を侮辱したのですから。
こう言っては何ですが、エルシュオン殿下だけでしたなら、その無礼をお許しになる可能性もありました。
ただでさえ、イルフェナはバラクシンの者に迷惑を掛けられておりましたので、バラクシン王陛下は即座に謝罪なさるでしょうし。
そう、それで終わる可能性もあったのです。……エルシュオン殿下がミヅキ様や己が騎士達を連れていなければ。
誤解していらっしゃる方達が多いのですが、凶暴なのは『魔王』などと呼ばれているエルシュオン殿下ではございませんの。
真に凶暴と言える存在は殿下の騎士達、そして今ならば魔導師たるミヅキ様も含まれます。
彼らは殿下を唯一の主としておりますので、目の前で主を侮辱されようものなら、即座に牙を剥きますわ。
当然、当時もそのようになったと聞き及んでおります。特に、ミヅキ様は教会の聖人様も巻き込んで、教会派貴族達に手痛い報復を成し遂げたとか。
ただ……あくまでも、あの当時は『エルシュオン殿下への侮辱行為に対する報復』でしかなく。
さすがにそれ以上は手を出せなかったそうですわ。越権行為、内政干渉……そういった言葉を出されても困りますものね。
今は更生され、奥様と共に変わる努力をされていらっしゃるフェリクス様。失ったものは多けれど、彼もまた、先の一件で柵を断ち切られた一人でした。
イルフェナでもお話しする機会がありましたが、随分と素直な方のようでしたわ。以前のお姿とて、その素直さが利用されたゆえのこと。
聖人様のご指導の下、今は良き方向に進んでいらっしゃると、兄君であるレヴィンズ殿下が嬉しそうに語っておいででした。
ですから、私はその成長の手助けをしたくなったのです。
具体的に言うならば、成長の妨げになる者の排除、でしょうか。
「そういえば……私、お会いしたい方がおりますのよ」
「ふむ、宜しければ手配するが?」
「まあ! ありがたいことですわ。私……ずっと、カトリーナ様にお会いしてみたかったのです」
喜びを露にすれば、バラクシン王陛下が僅かに意外そうな顔をされました。
「ミヅキ様から『とっても楽しい方』だと伺っておりますの。『王子様の迎えを信じる、夢見る少女のように可愛らしい考えを持つ方』だと」
……実際には、もう少し言葉が違いましたが、概ねこのような評価であったと思います。
まあ、『楽しい思いをする』のはミヅキ様の方であって、カトリーナ様からすれば、ミヅキ様のお相手は悪夢以外の何物でもないのでしょう。
それに、ミヅキ様は少々、お転婆なところがありますので。その、うっかり手が出てしまっているかもしれませんもの。
「あ~……ま、まあ、概ねその評価で間違ってはいない。魔導師殿はもう少し、悪意に満ちた言い方をしていたと思うが」
「あらあら、相変わらずお転婆ですのね」
「……。貴女達から見れば、その程度の表現で済むのだろうな」
何やら含むものを感じましたが、即座に納得致します。そういえば、この方は愚弟達の所業もご存じのはず。
あれらを知っているならば、ミヅキ様の所業も『お転婆』程度の認識かもしれませんわね。エルシュオン殿下とて、多少叱った程度でしょうし。
「しかし、何か意味があるのかね? 正直に言って、貴女の相手になるような存在とは思えないが」
「まあ、正直な」
「当然だろう。側室でいる間に人脈を築くこともせず、教会派貴族達からの期待にも応えず、ただ己が不運を嘆くばかりだった者だ。お陰で下賜しようにも、希望者もない」
「あらあら、残念な方」
カトリーナ様とは、バラクシン王陛下にそこまで言われる方なのですね。
……。
楽 し み に な っ て 参 り ま し た 。
ミヅキ様が『シャル姉様とクラレンスさんがセットで会ったら、絶対に面白いことになります!』とお勧めしてくださるだけはありそうです。
ああ、アル達も『姉上達でしたら、最高の比較対象ですよ』と言っていましたわ。これは期待できそうです。
もっとも、私とて、『実力者の国』と言われるイルフェナの公爵家の者。
自分の楽しみだけで済ます気はありませんわ。その程度のことができねば、ミヅキ様に『姉様』と呼んでいただく資格はありませんものねぇ?
「呼んでいただけるならば、是非、このような場でお願いいたします」
「なに?」
「カトリーナ様とお会いするのは私個人の頼みではございますが、先の一件において、彼女の存在を我が国も把握しております。ですから、『正確な情報』として持ち帰りたく思いますの」
はっきり言ってしまえば、『カトリーナ様から何らかの言質を取りたい』ということです。
個人同士の遣り取りでは、カトリーナ様が何らかの不手際や重要情報を漏らしたとしても、『個人のこと』として済まされてしまいます。
ですが、『公の場における発言』ならば、それなりの効力を持つはずです。
「勿論、バラクシン王陛下の不利になるようなことは致しませんわ。しいて言うなら……頑張り屋さんで素直な若夫婦を応援したいのですわ」
「それは……!」
「ふふ……お二人はこれからが大事ですもの」
ちらりと視線を向ければ、護衛として付いて来てくださった旦那様もまた、笑みを深めて頷きました。
度々、ミヅキ様に無茶を言っていると噂される旦那様ですが、それは期待の表れでもあります。
旦那様が厳しく指導される方は皆、その成長を期待されているのです。ご自分が努力されていらっしゃるからこそ、ついつい、後輩達を可愛がってしまうのでしょう。
ですから、ほんの少しだけ……あの若夫婦の憂いを取り除いて差し上げます。私達にできることなど、その程度ですものね。
「……判った。カトリーナを呼ぼう」
「ありがとうございます」
感謝する、と小さく聞こえたような気がします。私はただ微笑むことで、その返事と致しました。
※※※※※※※※
――一方その頃、教会の一室では。
「ほらほら、アルベルダ王直々に頂いた高級品よ? まさか、断りませんよね?」
手土産もバッチリ! と言わんばかりにミヅキが掲げたのは、アルベルダ産の酒である。
なお、ミヅキは嘘など言っていない。冗談抜きに、アルベルダ王ウィルフレッドから貰った高級酒なのだ。
ただし、『弱い奴が飲んだら死ぬ』と言われるほど、アルコール度数が高い代物だが。
ミヅキは酒に全く酔わない性質なので、ウィルフレッドも安心して送ってくれるのだろう。
その代わりに、ミヅキが作った酒のつまみがグレン経由で献上されていくのだから、ある意味では良い飲み仲間であった。
「い、いや、昼間から酒は……っ」
「あっれ~? 昼間から高級酒に贅沢な料理でお食事会やってたの、誰だっけ?」
「う……! な、何故、それを……っ」
「勿論、聖人様情報♪ だから、ここに来る貴族用のお土産も吟味しました!」
「ふふ、私は聖職者として、昼間から飲むわけにはいきませんがね。お二人でどうぞ」
聖人はにこやかに笑うばかり。どうやら、長年、そういったことに教会の予算を取られたことにお怒りらしく、ミヅキの所業を止める気はないらしい。
助けてくれる者が居ない絶望の中、ミヅキはにこやかに微笑む。
「私も飲むし、毒の心配もないって! アルコール中毒も魔法でどうにかできるから、問題なし! ……ただ、ちょっとばかり、お酒の力で素直になってほしいだけなのよ」
(訳)
『飲んで酔え。酔って、洗い浚い話せ』
男とて、飲酒が貴族の嗜みである以上、酒には強い方であろう。ただし、今回ばかりは相手が悪かった。
アルコール度数の高い酒に加え、全く酒に酔わない生き物が『私の酒が飲めないのか』とばかりに勧めてくる。
酔ったら最後、それこそ相手の思うつぼである。その上、教会の最高権力者である聖人が彼女の共犯者。
ほろ酔い気分になろうものなら、言葉巧みに誘導して言質を取り。
酔いが回ろうものなら、事前に用意しておいた書類にサインさせる気満々。
今回、男が相手にしているのはそういう人間なのだ。間違っても、呑気に酔えない相手なのである。
しかも、『土産の高級酒を一緒に飲んだ』ということ自体は間違っていない。非常に嫌らしい罠であった。
「ほら、乾杯♪ あ、聖人様はそこのジュースで! これ、そのうち教会への援助物資に加えようと思うんだよね。ジャムとか、ジュースとか、たまには甘いものを食べてもいいと思う!」
「おや、ありがたいことですね」
会話だけはほのぼのとしつつ、二人は同時に男へと顔を向ける。
……男には酒に口を付けるという選択肢以外、存在していないようだった。
主人公お勧めの玩具=カトリーナ。
何だかんだ言っても、お姉ちゃんポジションなシャルリーヌ。
お酒は無理に勧めちゃダメですが、酔い潰すことが目的なので、
聖人様も黙認。
※アリアンローズが8周年を迎えます。記念のキャンペーンやってますよ!
特典(?)SSに、私も魔導師の短編で参加させていただきました。
主人公(子猫の姿)&ルドルフ(子犬の姿)、魔王殿下(保護者)が居ます♪
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




