後日談 其の二『保護者達は頑張ってます』
アグノスからのお手紙を貰った数日後。
私はバラクシンの教会、そのトップである聖人様を訪ねていた。
勿論、いきなり来たわけではない。きちんと事の次第を伝えた上で、アポイントメントを取ったのだ。
私がアグノスの様子を見に行くと伝えたこともあり、聖人様は即座に了承。これも決して嘘ではないから、魔王様からもあっさり許可が出ましたとも。
なお、聖人様からのお返事にはついでのように『〇日後にある貴族と会わなければならないので、その時間帯は相手できない。だが、話を聞いていても構わない』と書かれていた。
……。
そこに同席は可、もしくは推奨ってことですね?
教会に来るということは、その貴族は教会派なのだろう。それも聖人様――教会のトップが直々に相手をしなければならないような立場と見た。
普通ならば、遠慮する。私は超できる子なので、よそ様の運営に関わる場に乱入したりはしない。気遣い、大事。親しき仲にも礼儀あり、ですからね!
……が。
ここでアグノスからの手紙を思い出してもらいたい。
『偉そうな貴族の男の人が教会に来たの。その人の姿を見たシスター達は、顔を曇らせていたわ』
『私達は部屋から出ないように言われていたけど、皆は【教会や聖人様を困らせている嫌な奴だ!】って言ってたの』
アグノスはこんな風に書いていたじゃないか……聖人様に尋ねた時も、否定されなかったじゃないか……!
つまり、『アグノスからの情報は正しい』ってこと。
しかも、私が訪ねることに難色を示さず、わざわざエンカウントすることを狙っているかのような情報まで書かれていた。
どう考えても、アホ貴族の排除に一役買うことを期待されているだろう。聖人様も中々に私の使い方が判ってきた模様。
……そんなわけで。
魔王様にはアグノスからの手紙と聖人様からのお返事を見せ、『ちょっと呼ばれているみたいなんで、お仕事してきます』と馬鹿正直に言ったら、あっさり許可が出ましたよ!
魔王様とて、こういった言葉の裏が読めない人ではない。同時に、精神年齢幼女なアグノスを案じている節もある。
その結果、『アグノスの所有者である魔導師としての訪問(=責任感ゆえの、真面目なお仕事)』ということになりました。
理解のある保護者様です。万が一、バラクシンの貴族から抗議が来ても、『許可を取った上での、仕事としての訪問』で片付けてくれるらしい。
騎士寮面子にも事情を説明したところ、丁度、休日になっている騎士達が同行してくれることが決定。
『折角だから、休日になっている騎士達を同行させよう。朧気であろうと、脅迫行為をしている以上、即座に動く手の者達が居ないとも限らん』
『ああ、その可能性もありますね。ミヅキが聖人殿と一緒に居るなら、その隙を突いてくる可能性もありますし』
彼らは該当貴族に良い感情がないらしく、もしも武力行使された際は、実力と権力をもって応戦……じゃなかった、子供達や善良な教会関係者達を守ってくれるそうだ。
『ついでに、幸せに暮らしているらしいアグノスの姿を記録させよう』
『ふふ、エルも気になっているようですしね……。ああ、ハーヴィスの方達にも見せて差し上げなければ。愛娘と言っていた以上、それくらいのことはしてあげましょう』
『そうだな。直接会うことは勿論、関わることもできないからな』
『ええ。ですから、多少の温情はかけて差し上げようかと』
本 音 も バ ッ チ リ 口 に し て い た け ど な 。
だが、世間的に見れば紛れもなく温情である。被害者であるはずのイルフェナ、しかもエルシュオン殿下直属の騎士達が見せた優しさだ。
……。
そういうことにしてくれ。直接関係のない皆様からすれば、『二度と会うことができない愛娘の現状を知る貴重な機会』であり、『ハーヴィス王への情け』なのだから。
その『温情』がハーヴィス王の心を抉ることになろうとも、些細なことだし、私達には関係ない。
ハーヴィス王がアグノスに必要とされないのは、彼自身の行動が原因なので、完全に自業自得だもの。
……もしも本当に『処罰によって引き離された、仲の良い親子』だったならば、騎士達の行動は紛れもなく温情なのだから。
アグノスに必要とされていないどころか、惜しまれてすらいないと突き付けられる事態になろうとも、それはハーヴィス王が悪いのだ。
で。
それらの事情を建前でコーティングしつつ、聖人様に訪問の許可を取ったところ、返ってきたお返事の中に『快諾』の文字。
やはり、聖人様も騎士達と同様のことを察していたらしく、ありがたく思ってくれたのだろう。あの教会、武力行使できそうな人が聖人様くらいしかいないんだもの。
そんなわけで本日、数名の騎士達と共にバラクシンの教会を訪問です☆
「ようこそ」
微笑んで出迎えてくれた聖人様は、どこか疲れているように見えた。最近はアグノスのことに責任を感じていただろうけど、どうもそれだけが理由じゃないっぽい。
「こちらこそ、アグノスを預かってくれて感謝してるわ」
「いやいや、その言葉は子供達や慈しみをもって彼女に接している者達に向けてやってください」
「ふふ、そうね! そのお礼というわけじゃないけど、援助物資を持ってきたから受け取って。ああ、聖人様個人にもお土産があるの♪」
言いながら、手にした幾つかの『お土産』をそっと渡す。……即座に目を通した聖人様の表情が一瞬、凶悪になった気がしたけど、気のせいだろう。
「これは……」
「懲りないお馬鹿さんって、いるのねぇ」
――だから、同席させてね?
そう続ければ、聖人様はにやりと笑い。
「勿論です。フェリクス達への襲撃の証拠、ですか……しかも、レヴィンズ殿下が巻き込まれるなど。その上、王家派貴族の力を削ぎたい教会派貴族までもが便乗していたなんて」
「イルフェナに来る時はともかく、滞在中に二人と一緒に居たのは、私が紹介した商人達でね? その人達、王家の直属で魔王様とも繋がりのある商人なのよ。だから、紹介した私が抗議しても不思議はないの」
「そうですね。寧ろ、イルフェナからの抗議が来てもおかしくはありません。あくまでも該当者のみへの抗議、それも魔導師である貴女が個人的に行うもの。……随分とお気遣いいただいたようです」
「誰もバラクシンという『国』が悪いとは思ってないからね」
そう、私が渡した物はフェリクス達への襲撃に関する資料。謹慎処分を食らい、暇を持て余していた黒騎士達はその特技を大いに発揮し、犯人を突き止めていた。
ただし、最初の襲撃はフェリクスを邪魔者扱いする王家派の貴族。その後は、『王家派の貴族が動いたことを利用し、イルフェナに抗議させようとする』教会派貴族も交ざっている。
奴らが愚かだったのは、襲撃を一回で終わらせなかったことだろう。レヴィンズ殿下が同席していることを確認した時点で諦めればよかったのに、その後も二人を狙ったのである。
私が商人の小父さん達を二人に紹介したのは、二人の護衛も兼ねていたから。さすがに、護衛の騎士が居たら襲撃してこないだろう……イルフェナの騎士が出てきても怖いだろうしね。
レヴィンズ殿下達が二人の傍を離れた時こそ、狙い時。二人の傍に居る人が騎士に見えなければ、手を出してくるんじゃないかな~? と思っていたら、ビンゴでした! 予想通りの展開に、大・爆・笑☆
なに、小父さん達には美味い酒と料理を振る舞い、盛大に労わっておいたので問題はない。寧ろ、温~い目を向けられ、『お前ら、それは罠っていうんだ』と呆れられてしまった。
言い掛かりです、私達はイルフェナのお客様の身を案じただけですよ……!
「もうそろそろ、来られるでしょう。では、魔導師様はこちらに」
「判った。……じゃあ、皆。不審者を見掛けたら、お願いね?」
「判りました」
そう言って答えた騎士の一人は、麗しい顔を一瞬、凶悪に歪めた。騎士服を着ていなくとも、騎士とは暴力のプロなのだ……尋問まできっちりとやってくれるだろう。南無。
ぶっちゃけると、私の会話相手はアルジェント。相手が貴族なので、私の守護役という立場を大いに利用し、今回の訪問に交ざっている。
暴力沙汰になった場合、駆け付けるであろうバラクシンの騎士達が教会派貴族と癒着しているという可能性もあるじゃないか。
下手をすると、事件を隠蔽するどころか、報復紛いにこちらを加害者に仕立ててくる可能性もゼロではない。
その対策の一環が、『イルフェナの高位貴族』。身分には身分で対抗、騎士には同じく騎士で対抗です!
なお、こちらが過剰戦力なのは言うまでもない。暴力だけなら、私一人で十分だしね。
「さて、どうなるかなぁ?」
「まったく、貴女という人は……」
楽しげに呟く私に、聖人様は呆れたような、けれどどこか安堵したような笑みを見せた。
さあ、準備は万全です! 獲物……もとい、懲りないバラクシンの貴族よ、覚悟はいいかな?
※※※※※※※※
「あら、ミヅキは?」
「聖人様とお話があるそうです。援助物資も持ってきましたし、そちらのこともあるのでしょうね」
「……」
ミヅキが来たと聞いて喜んでいたアグノスは、すぐに話ができないと知って不満気だ。
そんな彼女に、イルフェナから来た騎士の一人――彼らはアグノスと顔見知りである――は優しく諭す。
「プリンを大量に持ってきたから、おやつにしよう」
「プリン! ミヅキが作ったやつ?」
「ああ、そうだ」
好物があると聞き、途端に笑顔になるアグノス。その幼子のような姿を目にした騎士達は顔を見合わせると苦笑し、アグノスを促した。
「ミヅキが来るまで、皆でおやつを食べていよう。なに、話はすぐに終わるさ」
「うん! 皆にもミヅキのプリン、食べてもらいたいの」
無邪気に喜ぶアグノスは知らない。……大人達が気付かせたりはしない。
自分が書いた手紙が、魔導師以下イルフェナの騎士達を招く切っ掛けになったとか。
楽しげに振る舞う姿が、ハーヴィス王への精神的な大ダメージに繋がるなど。
大人達の思惑を知らず、精神年齢幼女なアグノスは予想外の再会とおやつに、ただただ、顔を綻ばせていた。
王家派貴族「襲撃して、不安要素のフェリクスを亡き者にしよう」
教会派貴族「王家派貴族を有責にして、イルフェナから抗議されるように仕向けよう」
※すでにフェリクスを見限っている教会派貴族。
主人公「私達、派閥に関係なく『バラクシンの貴族』が嫌い」
魔王殿下負傷を利用された段階で、派閥に関係なく報復対象確定。
暇を持て余していたとはいえ、猟犬達は無能ではありませんでした。
※来週の更新はお休みさせていただきます。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
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※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




