小話集5
番外的な小話ゼブレスト編。
エリザとセイルは日記で互いの印象暴露。
――ある日、ゼブレストにて(宰相視点)
「セイル、少し聞いておきたいことがあるのだが」
イルフェナより戻ったセイルに私は席を勧めた。
長年の付き合いだからこそ判るのだが、セイルは妙に機嫌がいい。楽しくてたまらない、といった方がいいだろうか。
「なんでしょう、アーヴィ」
「お前はミヅキを気に入っているのか?」
直球過ぎる質問にセイルは苦笑した。だが、幼い頃からセイルを知る者からすればそれは天地がひっくり返るような出来事なのだ。
セイルリートの父親は私の父の弟にあたる。彼の印象は穏やかだが聡明な人物、といったところだろうか。
印象しかないのはセイルの両親が強盗に殺害されたからだ。
……いや、それは表向きの理由に他ならない。
実際はクレストを疎んだ貴族が殺したのだ。セイルの父親は貴族達の横領について調べていたのだから。
糾弾することは出来ただろう。だが、国王は完全に奴らに取り込まれ口煩いクレストを疎む傾向にあった。
結局は強盗の所為で片付けられたのだ、当時の父の口惜しさを思うと実に胸が傷む。
……問題はセイルだった。
当時五歳という幼さだった彼は目の前で両親を殺されている。だが、元々穏やかというか物分りが良過ぎる傾向があったセイルは両親の死にも取り乱すことなく受け入れていた。
普通に考えれば異様である。
我が家に引き取られ家族として育ちながらも、その違和感は薄れることがなかった。
そして紅の英雄を祭り上げた時点で私は悟った。
セイルは……人を殺すことに躊躇いが無いのだ。血の記憶は彼に影響を及ぼさなかったわけではなかったのだろう。
実戦経験の無い騎士が初めにぶつかる壁が『殺す』ということに対してだ。それは誰もが抱く恐怖だろう。
だが、セイルは躊躇わない。……いや、血を好む傾向にあるのだ。
一歩間違えれば殺人狂になりそうな資質だが、セイルはそれを『敵』に対してのみ向けている。
それを問うた時の答えも中々に壊れていたと思う。
『結果を求めることは大切だと思いますし、敵に容赦など必要ありません』
『私の世界はとても狭いのです。味方か敵か、それだけです』
『返り血さえ私を形作るものだと思いますよ』
ルドルフ様が『味方』で『主』の立場である以上、何も問題は無い。
だが、家族としては少々複雑だ。言い換えればセイル自身は誰も必要としないということなのだから。
『敵』か『味方』かに分類しているに過ぎないのだから己と対等な者など存在しない。
表面的な部分に惑わされる者達もセイルの人間嫌いに拍車をかけた要因だろう。
だが。
先日の光景に思わず言葉を失った。
セイルが……楽しそうだったのだ。感情を外に表すなど今まで無かったことである。
ミヅキを迎えに行った筈なのに一体何があったのか。
ルドルフ様も内心驚いていたに違いない。表面には出さなかったが。
原因はミヅキだ。それは間違いない。
「ミヅキの傍はとても生き易く楽しいのですよ」
「……楽しい?」
「ええ。彼女の考え方は私とよく似ているけれど異なるもの。何より本能的に私の狂気を悟っているでしょうに恐れません」
楽しそうに話すセイルに妙に納得する。確かに恐れないだろう。あの娘は少々普通とは言い難い思考回路をしているのだから。
「血塗れた人間を前に『汚れているから』という理由で池に放り込む人ですよ? 盲目的に私を信じている訳でもなく、外見に興味を持つどころか利用できるものとして考える。予想外です、何もかも」
……それもどうかと思うのだが。あれでも一応年頃の娘なのだから、もう少し普通の反応をしてほしいものである。
「ですから。私がどれほど殺そうと対応は全く変わらないのです。私が殺すのはルドルフ様の為だけだと言い切ってくれましたから」
「それは……何とも」
「そこまで私の在り方を受け入れてくれる。気に入るには十分でしょう?」
確かにルドルフの味方と言い切る彼女ならばセイルに絶大な信頼を置くだろう。セイルが居なければ自分がやってのけそうだ。それほどにあの二人は仲が良い。
「それは執着とは言わないか? 気に入った玩具というか」
呆れを滲ませて問い掛ければ。
「ええ。そのどちらも当て嵌まると思います。ですが私がこれほど執着する人間が今後現れるとは思えませんので」
嬉しそうに返してきた。無自覚にセイルの心を揺さぶる発言をしてしまったミヅキにとっては何とも迷惑なことであろう。
何せセイルは普通ではない。怒ろうともセイル自身がそれを楽しみ更に煽るのだから手におえない。
「お前の『特別』になるということが今更ながら気の毒でならないな」
溜息を吐きながらそう洩らせば笑みを深めることで肯定してくる。
本当に厄介だ。だが、セイルを正気に踏み止まらせる最高の枷であることは間違いない。
ミヅキと他の守護役達は振り回され苦労するかもしれないと少々良心が傷む。
「特別といえば両親を失ってから家族でいてくれた貴方達もそうなのですけどね」
……本心からの笑みを見せながらそんな事を言わせる切っ掛けになったミヅキには申し訳ないが。
「そうか」
「ええ。『兄上』」
『弟』を心配する『兄』として現状を喜ばせてもらうとしよう。
結局は私もクレストでありセイルの家族であるのだから。
※『紅の英雄』を作り上げセイルを隠した理由の一端。家族が軌道修正したので現在の状態に。
幼い頃の経験は後々まで影響を及ぼした模様。大事なのは極一部。
誰から見ても恋愛感情には見えないけれど、セイルにとっては一応想い人扱い。
周囲も『殺人狂にならなきゃいいや、あの子なら半殺しにしてでも止めるし』という発想。
ミヅキも『実力さえあればOK!』な守護役も普通ではないので割と楽しく過ごしています。
※※※※※※
小話番外 『エリザの日記』
『エリザ十二歳』
今日から正式にルドルフ様に御仕えすることになった。
侍女として、という扱いだけど護衛だって担ってみせるわ!
だって、私はこの方に御仕えすると決めたのだから。
内緒だけどワイアート家が敵になってもルドルフ様の味方をするわ。
さあ、明日から頑張らないと。
『エリザ十三歳』
正式にセイルリートがルドルフ様の護衛に就いた。
アンタ……騎士になるの遅過ぎない!?
先日の戦場でのことが原因なんでしょうけど、行動が遅いのよ!
ああ、私が男だったら騎士を目指したというのに! 悔しいったら!
剣の腕も判断力も申し分ないけど、何故か警戒心が疼くのよね。
しかも仮面みたいな笑みを定着させちゃってまあ……この腹黒!
今この国はルドルフ様とクレストの皆様が支えているようなもの。
私も微力ながらお助けしなければ。
『エリザ十五歳』
ふふ……あの男は一体何をしているのかしら?
ルドルフ様に実害がありそうなら事が起こる前に止めろってのよ!
『行動を起こさせてからの方が有利』?
『この程度でルドルフ様は潰れない』?
ふっざけんじゃないわよ! 何アンタが決め付けているのよ!?
結果だけを求めればアンタの言うとおりよ。だけどね!?
ルドルフ様だって感情があるの。
傷つかないわけないでしょ?
アンタの事、嫌いだわ。
『エリザ十七歳』
あの腹黒が年頃の娘さん達の憧れの的ですって。
へえ……顔しか見られてないわね。
気の毒なんて言わないわ、自業自得よ。
だって、誰にも興味を持たず上辺だけの付き合いをしてきたんだもの。
あいつの事を見抜ける人なんているのかしら?
紅の英雄の事もあるし結婚は無理じゃないかしらねー?
あの男の狂気を垣間見て平然としていられる人って稀じゃないかしら。
そういえば最近お姉様が鬱陶しい。
ルドルフ様のことについてなんて話せるわけないでしょう!?
……ルドルフ様達に相談しておく必要があるわね。
馬鹿なことをしなければ良いのだけど。
『エリザ二十三歳』
先日漸く不肖の姉の事が片付いた。
まったく呆れて物も言えないとはこのことよ!
ルドルフ様はあんた如きに騙されるような方じゃないわ。
あの方の側近だって簡単に許すと思うの?
愚かという言葉がこれ以上ないくらいお似合いよ、お姉様。
ああ、それにしてもミヅキ様とはもっと早く知り合いたかったわ!
あれほど頼りになる方がゼブレストに居たかしら?
御自分を手駒に置き換え策を成功させる手腕と度胸にはただ敬服するばかりだわ。
何よりあの方はルドルフ様の敵を許しはしない。
いえ、違うわね。御自分の敵でもあるからルドルフ様に害を成す前に排除しているんだわ。
ルドルフ様も躊躇いなく親友と口になさるし……エリザは安堵いたしました。
漸く、部下ではなく対等な立場で話せる御友人ができたのですね。
嫁いだ今となっては願うことしか出来ないけれどミヅキ様ならばきっとルドルフ様を助けてくださるでしょう。
『エリザ現在』
あ、あ、あの男は!
恥知らずにもミヅキ様の守護役に収まった、ですって!?
紅の英雄を引き合いに出して脅迫するなんて何を考えているの!
ミヅキ様……どうか、どうか他の婚約者様方にお逃げください。
あの男は人に興味を持つことが今まで無かったのです、絶対に粘着質ですわ!
顔と地位を除いても狂気一歩手前の愛情がどれほど鬱陶しいか。
……ああ、ミヅキ様が怯えられるなど思ってませんわ。
間違いなく返り討ちにしてくださいますもの。心配などあの方の強さを疑うようなもの。
でも隙を見て既成事実くらい作りかねませんわ。どうかご無事でいてくださいませ――
※考え方が正反対過ぎて地味に関係悪化×知り合った年月。エリザはルドルフの幼馴染でもあるので、『ルドルフ』という個人を気にする傾向があります。
実力を認めていても溝は深まるばかり。
セイルには本能的にヤバさを感じていますが、恐怖はなく仲間意識も存在しています。
※※※※※※※
小話番外 『セイルリートの日記』
『セイルリート五歳』
きょうからアーヴィたちといっしょにくらすことになりました。
とうさまたちがしんでしまったからです。
ぼくはみんながかばってくれたのでぶじでした。
とうさまはさいごにこういいました。
『いっときのかんじょうにゆらされてはいけない。ひろいしやをもちなさい』
とうさま、ぼくはとうさまのことばをわすれません。
ですが、とうさまたちのちのいろもわすれられません。
※セイルの両親は強盗に襲われ亡くなっています。
セイルは数少ない生存者の1人。
『セイルリート十三歳』
今日からルドルフ様の護衛につくことになった。
騎士ではない私は遊び相手兼護衛といったものでしょう。
ですが、ルドルフ様はとても聡明な方の様に思える。
その聡明さはとても……危険だ。
私の両親の様に狙われる対象となってしまう。
御守りしますよ、ルドルフ様。貴方が今の貴方である限り。
『セイルリート十七歳』
ルドルフ様の視察を見計らったかのように現れた魔術師団。
はは……我が国の貴族はここまで腐っているのか!
ですが、奴らの思い通りには絶対にさせません。
どれほど血を被ろうとも恐れられようとも。
私にとってそれらは私を彩るものでしかないのです。
穏やかな笑みの裏側で情報を引き出しましょう。
英雄を演じつつ殺戮者となってみせましょう。
それが私の選んだ生き方なのですから。
そう在ることで自分を保っているのですから。
……そういえばエリザは私の狂気に気が付いているようですね。
にも関わらずルドルフ様に対する意見の相違で怒りをぶつけてくる。
まったく……猪ではないのだから感情で動かないでほしいものです。
『セイルリート二十五歳』
この頃、貴族どもがルドルフ様に側室を勧めているらしい。
正妃はともかく側室を持て? はっ、馬鹿馬鹿しい。
財政を圧迫する側室など望んでいないのに押し付けてくるとは……。
ルドルフ様やアーヴィはここのところ酷く疲れているようです。
一言。たった一言命じてくれさえすればいいのに。
貴方達の憂いなど全てを紅に染め上げて消して差し上げるのに。
私はきっと何処か壊れているのでしょう。
ですから。
気にせず命じて下さればいいんですよ、ルドルフ様。
ああ、最近エリザが毒を収集しているようですね。
元凶どもに怒りを燃やす彼女が動くのが先でしょうか。
こちらが不利になるようなミスをしなければいいのですが、あの猪。
『セイルリート二十七歳』
ルドルフ様がイルフェナに協力を仰いだ後宮破壊。
派遣されたミヅキ様は随分と規格外な方のようですね。
あの方はルドルフ様以外信用してなどいないでしょう。
そして我々を常に試し見極めようとしている。
側室達からの攻撃さえ己の策に利用するなど本当に予想外ですよ。
策を練る時のあの方の笑みは本当に楽しげだ。
その策の果てにどれほどの命が消えるか判っていて手を抜くことが無い。
きっとその時からミヅキ様には深紅に染まる自分が想像できているのでしょう。
だからこそ美しく見える。……私にとっては。
『セイルリート現在』
紅の英雄も稀には役立つものですね。
ミヅキ様の婚約者という立場を手に入れられたことは大きな喜びです。
あの方は朱を纏っても美しいだろうけど、それ以上に黒が似合う。
誰にも染めることができない、絶対の黒。誰も踏み込めない漆黒は悪ではない。
恐れる者達は容赦無い彼女の策が最も犠牲が少ないと気付いているのでしょうか。
あの方は優しい。それは間違いない。けれどそれ故に悪となることを厭わない。
だから私はミヅキ様も御守りしたいと思ったのです。どす黒い感情で。
彼女の傍で共に血塗られるのはきっと楽しいでしょう。
何しろ彼女はルドルフ様の親友で味方。その性根はとてもよく似ていらっしゃる。
私に気に入られた事を不運に思ってくださってもかまいません。
私の『特別』となったからには逃がしてさしあげられませんよ? ミヅキ様――
※微妙に壊れている人、セイル。ヤンデレ疑惑は微妙に正解。
『普通であること』を求めない彼女の傍ではとっても生き易い。
ヤバイ奴にある意味同類認定されたミヅキは不幸にもお気に入り確定。
理由は『ルドルフの味方』であることと『敵に対する容赦の無さ』。
ゼブレスト編にてセイルが『さくっと殺っちゃいましょう』な傾向にある理由。まともな騎士であるはずはない。
宰相からの手紙は『うちの子を御願いね!でも無理だったら逃げておいで』という複雑な兄心でした。
エリザとセイルは本質的に合わない2人。
騎士として主を信じるセイルに対し、姉のような感情も混じっているエリザでは差があって当たり前。