魔導師とアグノス、バラクシンへ
――バラクシン・教会にて
少し緊張しているのか、いつも以上に、私にぴったりとくっ付いているアグノス。対して、教会の子供達は期待一杯にこちらを眺めている。
「お久しぶりですね、魔導師様。その子が、ですか?」
「久しぶり。うん、アグノスだよ。この子についての話は……」
「勿論、聖人様より聞いております。……大丈夫ですよ。ここには彼女のように、あまり周囲の大人達に恵まれなかった子達もおりますので」
そう言って、子供達へと視線を向けるシスター。私も釣られてそちらへと視線を向けるも、今の子供達に憂いは感じられない。
……。
ああ、なるほどね~……そういった事情もあって、聖人様もアグノスを放っておけなかったのか。
あまり褒められたことではないが、貴族には愛人が認められている。勿論、状況は人其々。
お貴族様は血を残す必要があるので、正妻以外にも子を産んでくれる人が必要な場合があるのだ。
例えば、正妻の体が弱く、子を産むことが命の危険に繋がったり。
跡取りを産む前に、正妻が亡くなってしまったり。
怪我に対しては割と万能感がある魔法だけど、病気や生まれ持った虚弱性はどうにもならない。
これは医療があまり発達していないから仕方がないんだけど……まあ、王族や貴族の場合は『身分に伴った様々な弊害』(意訳)が起きてしまう。
アグノス母もこれに該当するだろう。生まれ持った虚弱性に加え、子供を産む負荷なんて体にかけたら、そりゃ死ぬわ。
で。
今のは『どうしても子供が必要で、正妻公認で愛人になる場合』。こちらは子供が必要だったこともあり、愛人の子だろうとも、その家の子として育てられる。
異母兄弟が居たり、正妻の子との待遇の差がある場合もあるだろうけど、貴族の一員として育ててもらえるのだ。
問題はもう一つの方……所謂、『貴族がクズで、愛人はお気に入りだが子供は要らない』という場合。
選民意識が強い貴族だった場合、民間人を物扱いすることもあるらしい。つまり、性欲を満たすために民間人を愛人にする場合がある。
勿論、愛人となった本人の意思は関係ない。そして、民間人には逆らうことも難しい。
ただ、犯罪扱いもできないらしい。愛人自身がその生活を望む場合もあるので、その愛人にそこそこの対価を与えていれば、仕事のような扱いになってしまうとか。
以前、魔王様に聞いてみたところ、
『無理矢理連れ去られたとか、酷い目に遭わされたといった被害届があれば、誘拐や犯罪扱いにはなるんだけど……』
と、言葉を濁された。いやいや……民間人が貴族を訴えるとか、無理でしょ。
よっぽど悲惨な目に遭っているとか、証拠がないと騎士団も動けない案件なので、どこの国でも割とスルーされがちな模様。
ま、まあ、民間人やってた頃よりも良い暮らしができていたら、訴えたところで説得力ないわな。
ただ、この場合、割と悲惨なのが愛人の子供の扱いらしい。
大抵の場合、正当な貴族の一員には認めてもらえず、肩身の狭い思いをすることになる。『片親が平民の、愛人の子』なんて生まれである以上、貴族にならないのはある意味、幸運とも言えるけどさ。
いびられる未来しかありませんからね!
そこは私自身が、身をもって知っていますとも!
何度、侮られたことだろう……『民間人如きが!』と!
……そこで傷つくどころか、煽って情報を入手するのが、私だけど。泣き寝入りなんて、するわきゃねぇ!
レッツ、報復! 楽しい楽しい報復の時を夢見て、今は雌伏すべき時と耐え忍んだこと数回。勿論、結果は全戦全勝さ。
時には、陥れて絶望させましたが、何か問題が?
勝てばいいんだよ、最終的に私が勝てば!
……。
話が逸れた。ま、まあ、ともかく! そんなケースは例外中の例外であって、大半はその状況に甘んじることが多いそう。
ただし、問題は『愛人である母親が亡くなった後』!
肩身が狭いどころか、最悪の場合、家を追い出される。教会みたいな孤児の保護施設に預けられることもあるらしい。
そんな状況に置かれれば……子供の繊細な心はズタボロです。母親も味方になってくれなかった場合、人間不信待ったなしだろう。
あまり言いたくはないが、シスターの憂いを含んだ眼差しを見る限り、教会にはそういった『気の毒な子』(意訳)が居ると推測。
そうでなければ、教会があっさりとアグノスを受け入れる姿勢を見せてくれたか怪しい。
優しいとか優しくないといった意味ではなく、『経験がないから手に負えない』と判断される可能性があるのだよ。
単純に親を亡くした子と、貴族の屋敷で要らない子扱いされ続けた子の心の傷って、違うもの。
「……ここには貴族の血を引く子供達もそれなりに居ります。お恥ずかしい話ですが、教会派と王家派が争っていたこともあり、あまり、そういったことに対処がされてこなかったのです」
「ああ……まあ、予想は付くわね。王家を嘗めていた奴らって、特に傲慢っぽかったし」
「そのようですね。ですから、私は信仰を尊いと思うのですわ。人が人に向ける優しさ、慈しみ……そういったものを思い出させてくれるのです。私とて、子供達やこちらで働く方達の感謝の言葉に、胸が温かくなる日々ですもの」
そう言って笑うシスターの服装は簡素だし、手は様々な仕事で荒れている。
それでも浮かべる笑みは温かく、まさに『幸せそう』という言葉が似合うものだった。そのせいか、アグノスも教会の人達を必要以上に警戒してはいないみたい。
「ねぇ、ねぇ、貴女がアグノスちゃん?」
気が付くと、一人の女の子がアグノスの袖を引っ張っている。
「ええ、そうよ」
「じゃあ、今日からここで暮らすんだね! 私はマイア! 宜しくね!」
女の子は笑顔になると、半ば無理矢理、アグノスの手を取って握手した。すると、他の子達も続々とアグノスを構い出す。
「私はロナ!」
「僕はアーク! 僕も他の国から来たんだよ」
「セナ、です」
「ルナ。……一緒に遊んでほしいな」
「え? え!? ミ、ミヅキ、私はどうしたらいいの!?」
そんな風に接してもらったことがないアグノスは戸惑い、私に助けを求めてくる。
……だけど。
アグノス、気付いているかな? あんた、その子達に囲まれても、手を掴まれても、少しも嫌な素振りや表情を見せていないってことに。
それ以前に、戸惑った表情は随分と人間らしいと言うか、普通の子供に見える。間違っても、サイコな発言をかまして皆を凍り付かせた子と、同じには見えない。
それはシスターも気付いたらしく、「あらあら、もう仲良しね」と微笑ましげに眺めている。
「遊んでおいで。皆、アグノスはちょっと世間知らずで、知らないことが多いの。だから、判らなくて、それが悲しくて、泣き喚いたりするかもしれない。それでも、お願いできるかな?」
子供達に視線を合わせながらそう頼むと、子供達は顔を見合わせて。
『大丈夫だよ!』
一斉に笑顔で頷いた。その勢いと綺麗に揃ったお返事に、思わずちょっとビビる。
お、おう、元気なお子様達は本当に怖いもの知らずですね……!
「子供達の中には、そういった感情に覚えのある子もいるのです」
少しだけ悲しげに、それでも誇らしさに満ちた目でシスターは子供達を見た。
「それでも、私達は寄り添ってきました。一番悲しくて辛いのは、本人ですもの。そのせいでしょうか……特に子供達はそういった子が来ると、傍を離れません。ここに居てもいいのだと、安心するまで構われるでしょうね」
「なるほど。自分が救われたから、経験者として、今度は助ける側になると。自分も通った道だから、アグノスの感情が大人以上に判るのかも」
「辛い経験をしてきた子が、誰かを救う側になろうとする。ですから、私達はここに在ることを幸運に思うのですよ。優しく、心が強い子達ばかりですもの」
「そっか」
背はアグノスの方がかなり高いけれど、子供達に纏わり付かれている姿は不思議と子供達に馴染んでいる。立派に、子供達の一員だ。
さて、そろそろ助けてやろうか。これはこれで微笑ましいけど、アグノスは割と本気で困っているみたいだし。
「アグノス、まず、しなきゃならないことがあるでしょう?」
「え?」
「皆、名乗ってくれたでしょ。だから、貴女もご挨拶しなきゃ」
「あ……!」
私の指摘に、はっとしたアグノスは慌てて皆に頭を下げた。
「私はアグノスです。今日から教会にお世話になります。えっと……仲良くしてくれると嬉しい、です」
『よろしくねっ!』
これまた綺麗に揃った子供達の声を受け、頭を上げたアグノスは。
……嬉しそうに、少し照れ臭そうに笑ったのだ。
※※※※※※※※
ミヅキ達が教会に来る数日前――
「数日後、教会に新しい子がやってきます。その子はアグノスといって、少し特殊な状況にありました」
聖人の言葉に、子供達は期待と少しの不安を滲ませながら話を聞いている。
聖人は子供達の顔を見回すと、どこか苦しげに溜息を吐いた。
「彼女は周囲の大人達から、『御伽噺のお姫様のようであれ』と求められてきました。お姫様のように優しくあれ、と。ですが、アグノスという個人を見てくれる人はいなかったのです」
「聖人様、それ、どういうこと?」
「大人達の都合の良い姿でしか、認められなかった……ということですよ」
聖人の言葉は、子供達には少し難しい。それでもその表情と言葉から何となく意味を読み取った子供達は、盛大に顔を歪め憤った。
「酷いよ!」
「アグノスちゃんは生きてるもん! 御伽噺のお姫様って、えっと……お話の登場人物、でしょう?」
口々に紡がれるのは、アグノスの周囲に居た大人達への憤り。そして、アグノスを案じる言葉。
聖人はそれらの反応に笑みを浮かべると、膝を突いて、子供達と視線を合わせた。
「彼女に寄り添ってやってくれませんか? あの子は自分の遣りたいこと、存在理由すら理解できていないだけでなく、それが悲しいことだと判っていないのです。……心が全く育っていないのですよ」
「アグノスちゃんは体は大きいけれど、心は皆の方がお兄さんやお姉さんなのよ。自分の感情が判らなくて、癇癪を起こしてしまうこともあるらしいの。だけど、皆ならお友達や家族になれると思うわ」
傍に居たシスターの言葉に、子供達の何人かがはっとした表情になった。彼らは教会に来るまで辛い日々を送っていた子供達であり、『自我を出すことを禁じられる』という状況を知っていたのだ。
「大丈夫です。僕達だって、アグノスちゃんの家族になりたい」
一番年長の子がしっかりと頷きながら口にすれば、他の子供達も次々と後に続く。その頼もしい声に、聖人とシスターの顔に誇らしげな笑みが浮かんだ。
「ありがとう。きっと、アグノスは君達から多くのものを得るのでしょうね。そこには君達の優しさも含まれる。……彼女は二度と、『御伽噺のお姫様』には戻らない」
……『戻らない』のではなく、『戻れない』と言った方が正しいのだろう。
『御伽噺のお姫様』は物語の登場人物に過ぎず、『物語の駒の一つ』でしかないのだから。
要は、物語こそが重要であり、登場人物とはそれを成り立たせるための要素……駒の一つ。だからこそ、物語に都合よく作られている。
逆に言えば、そこから外れた者には不可能な役割なのだ。生きている以上、どうしたって現実的な要素が出て来るのだから。
「そうそう、アグノスは『あの』魔導師様が己の所有物にすることで、元の場所から引き剥がしてきたのですよ。ですから、アグノスが『私はミヅキの所有物』と言っても、それは恩人や保護者という意味合いですから、気にしないでくださいね」
そうは言うものの、当の聖人とて『それは人としてどうなんだ』と思っていたりする。
事情を聞けば、元の居場所――ハーヴィスや、煩いことを言いそうな者達への牽制と判るのだが、所有物扱いはないだろう。
……が。
子供達は別の意味でも逞しかった。
「魔導師様の!?」
「凄い! アグノスちゃん、魔導師様に助けてもらったんだ」
「お話、聞けるかなぁ……」
「……。魔導師様本人に話してもらえるよう、頼んでおきますね」
若干、顔を引き攣らせながら、聖人は子供達を宥める。本音を言えば、ミヅキの所業など子供達に聞かせたくはない。
だが、馬鹿正直に全てを話しそうなアグノスに話をさせるよりはマシだと、即座に判断したのだろう。
少なくとも、魔導師……ミヅキは誤魔化すということを知っている。
「あらあら……やっぱり、子供達にとって魔導師様は特別なのですね」
ほのぼのとするシスターの言葉を聞きながら、聖人は『事前に話を通しておくか』と決意していた。
お子様達にとって魔導師ミヅキは、教会を救ってくれたヒーローであり、守ってくれる人であり、援助物資を持ってきてくれる良き隣人なのである。
その夢を壊すまいと、一人秘かに決意する聖人だった。
お子様達がある意味、最強。
アグノスは漸く、個人として幸せに過ごせるでしょう。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




