娘に慕われる父親と魔導師
――サロヴァーラ王城にて
サロヴァーラ王城、そのとある一室。
そこには私とサロヴァーラ王という、ある意味、珍しい組み合わせが顔を合わせていた。
この場に、王女二人の姿はない。これは所謂、『秘密のお話』というやつなのだ。話の内容はサロヴァーラ王から王女達へと伝えられることだろう。
「……騒々しくやっているようだが、教育の進み具合はどうかね?」
尋ねてくるサロヴァーラ王の表情は、どことなく憂いを帯びている。リリアンが我侭を言ったことに加え、彼は娘の片方を意図的に愚かに育てたことがあるため、アグノスのこともそれなりに案じているらしかった。
と、言うか。
サロヴァーラ王だけじゃなく、各国には割と複雑な心境になっている人達がいらっしゃる。
言い方は悪いが、『国にとって都合が悪ければ、意図的に【悪い】王族を作り上げる』(意訳)ことって、割と行われたりするからね。
これが本人に何らかの原因があるとかならともかく、当の本人が全く関与しない状態でさえ起こるという恐ろしい環境。それが王族や貴族といった階級なのだから。
……そんなわけで。
アグノスの事情が知られた今となっては、一定数彼女に同情する者達がいる。警戒意識はあれど、彼女もまた被害者であるように思われていた。
って言うか、マジでアグノスは駄目な大人達の被害者なんですが。
ハーヴィス王……自分の恋を叶えたかった。恋人に良い恰好をしたかった。
アグノス母……自分の恋を叶え、己を忘れないように子を願った。
王に味方した貴族達……王に恩を売りたかった。
アグノスの崇拝者……世間の常識より、アグノス様の願い優先。(止めない)
乳母……大事なお嬢様のお子様を守り、その願いを叶えなければ!
以上、アグノスが形成されてしまった要因どもだ。ハーヴィス王妃様&宰相さんから聞いた話を総合する限り、これは割と正しい見解だと思う。
……。
これでどうやって、まともに育てというんだ? 無理だろ?
アグノスちゃんは精神年齢幼女な上に、『超』がつく素直な性格よ?
乳母は辛うじてアグノスのことを考えていたようだが、それでも彼女の一番は亡くなったアグノスの母親。最重要項目は『お嬢様の願いを叶えること』。
それでも、アグノスが普通の子だったら、何とかなったのかもしれないが……当のアグノスは『血の淀み』持ちだった。
一介の乳母には重過ぎる任務です。無条件にアグノスに従う信奉者どもの対処も含め、どう頑張っても無理ゲーだろう。
そういった意味では、『御伽噺のお姫様という役に当て嵌める』という方法は画期的だったと推測。
なにせ、御伽噺はお子様向け。『誰にでも優しい』という設定はお姫様の標準装備な上、『貴族に利用される』といった現実めいた要素がないんだもの。
あれですよ、『貴女はお姫様なのだから、貴族達の言葉に耳を傾けてはいけませんよ』とでも言っておけば、言いなりになる事態は防げる、みたいな?
御伽噺には王族や貴族の柵なんて、出て来ない。そもそも、政治的な背景を踏まえた行動をするお姫様って、ほぼいないもの。超素直なアグノスならば、絶対にスルーする。
と言うか、これでハーヴィス王と協力体制ができていたならば、『貴女が従うのはお父上と王妃様だけですよ』という言葉だけで問題行動は起こらなかった可能性がある。
最愛の人との娘だったら、王様は悪いようにしないよね。
王妃様だって国が大事なんだから、できるだけ対処してくれるよね。
もっとも、これらはハーヴィス王がボンクラじゃないこと前提だから、最初から破綻してるんだけどね……!
……。
もうね、全ての元凶が恋愛脳したボンクラ……ハーヴィス王にしか思えんのだわ。
対処をするのが脳内お花畑のこいつだから、乳母は『ハーヴィス王が信頼できない』と判断した段階で、期待するのを止めただろうし。
そうすると、残るのは王妃様だけど……乳母としては、かなり勇気のいる選択だろう。これは王妃様が王の妻だから、という理由ではない。
彼女はアグノスを案じてくれてはいるだろうけど、選ぶのは『国』。最悪、アグノスの排除も視野に入れていたことは確実だ。
そうなると、まあ……王妃様を頼らなかった乳母を責めるわけにもいかないのよね。相談できる人や頼れる権力者が皆無だったんだから。
「『もう王女ではない』っていう前提があるせいか、そこを理解した後は割と素直に学んでくれていますよ」
「ほう?」
「元々、『超』が付くほど素直な性格らしくて……まあ、『一度覚えると、中々修正が効かない上に、応用も望めない』というリスクはありますが、この特性を理解していれば、無害な生き物にすることは可能なんですよね」
「無害な生き物……」
「今回の襲撃事件って、彼女を『御伽噺のお姫様』に当て嵌めていたことが原因ですからねぇ」
サロヴァーラ王は複雑そうだが、事実である。やらかしたことは犯罪だが、アグノスがそれを『やってはいけないこと』と理解していない以上、抑止力となるものが存在しないじゃないか。
その点、今は『平民・アグノス』という状態なので、『もう王女じゃないから、これまでの知識は要らん!』と言い切ってしまえば、多少の言い争いはあれど、納得できてしまうのだ。
「『御伽噺のお姫様』という設定と、王女という現実を混同させていた前提が消滅しているんです。そのどちらもなくなった以上、アグノスは新たに学ぶしかない。まあ、頭は悪くないので、大丈夫ですよ」
「ということは、ずっと君が付いている気かね?」
「いいえ? 最低限の教育をしたら、月に一度くらい会うに留めますね」
私の回答に、サロヴァーラ王は怪訝そうな顔をする。まあ、そうなりますよね。
だけど、私にべったり引っ付かせないことは、アグノスにとって必要なことだったりする。
「私は今、アグノスに対し『絶対者』だと教え込んでいます。これは彼女に対する抑止力……物理的なものだけでなく、考える方向性という意味でも必要でしょう」
「うむ、そうだな」
「だけど、それでは成長の幅を非常に狭めてしまう。……言い方は悪いですが、アグノス自身の個性が育たない。以前と全く同じ状況です。私の模造品は要らないんですよ」
前は周囲の言葉をそのまま受けて、『周りが望むような立ち位置を演じていた』。
だけど、アグノスは今後、自分らしく生きる術を身に付けなければならない。相談程度ならまだしも、無条件に従うような存在は不要だ。
「なるほど。そのための『今』であり、最低限の教育なのか」
「私の立ち位置は抑止力や保護者でいいんですよ。だけど、アグノスの場合は確実に言うことを聞く存在も必要。だからこその、『所有者』です」
他国の目もあるから、これは絶対に必須。アグノスが問題行動を起こしかけた段階で知らせを受け、私が説教という名の誘導を行えば、問題行動を起こすには至らない。
「ちなみに、『エルシュオン殿下には絶対服従』ということも教え込んでいますから、問題はないかと」
「え゛」
「私だけだと、説得力ないんですよねぇ……多分、『方向性に問題がある』とか言われるでしょうし」
「そ、それは……」
「ちなみに先日、『言うことを聞かなかったら捨てる』と脅してみたら泣いて嫌がったので、刷り込み教育は成功です。私か魔王様からの『待て』は効果ありですよ」
私とてそんなことは言いたくなかったが、確認するにはこれが一番だった。寧ろ、この事実があるからこそ、アグノスは常時監視が必要と思われない。
いやぁ、まさか泣いて嫌がるとは思わなかった!
たまたまその場に居たリリアンは慌てて慰めるし、ティルシアはいい笑顔で「雛鳥の刷り込み教育は成功ね」とか言ってくるし、割とカオスな状況でしたとも。
なお、そういったことがあったせいか、アグノスは割とリリアンには懐いている模様。本日も、ティルシアを交えた三人でお茶をしているはずだ。おやつを提供したので、仲良く食していることだろう。
いやいや……マジで精神年齢幼女の素直さですよ、アグノスちゃんは。その割には、ハーヴィスを出て来る時に泣かなかった気がするけど。
……。
まあ、いいか。あの御伽噺の王子様モドキとの縁が、それほど薄かったってことだろうしね。未練がないようで、何よりだ。
アグノスよ、その分、私や親猫様に懐くがよい。
そして、同じくらい、預け先の保護者にも懐くがいい……!
それを知らせるだけでも、あのボンクラには大ダメージさ。勿論、ボンクラ=ハーヴィス王。
何もしていないどころか、アグノスにろくに向き合ってこなかったから当然なんだけど……奴は自分を『娘とどう付き合っていいか判らず、王としての責務も疎かにできなかった不器用な父親(笑)』と思っている節がある。
そりゃ、王妃様や宰相さんも冷めた目を向けるようになるだろう。「こいつ、何を言ってるんだ?」と。
悲劇のヒロインならぬ、悲劇の父親気取りですよ。お前の場合は自業自得だっつーの!
なお、奴が哀れに思われない理由はその身勝手さに加え、魔王様という比較対象が居るからであ~る。
『血の淀み』持ちのアグノスは今回以外に大きな問題を起こしていないため、各国の皆様からすれば『あの魔導師の世話よりマシだろ』的な印象が強いのだ。
なにせ、私は各国で暴れている。仕事だろうと、『貴方の身近な恐怖』と言えてしまうくらいのことはやらかしている。
魔王様はそんな私をその場で叱り、時には叩いて、保護者として頭を下げているのだ……どちらがまともな『親』であるかは言うまでもない。
この事実だけでも、騎士寮面子は拍手喝采。主たる魔王様の自慢ができて、その上、真の元凶たるハーヴィス王への追い打ちまでもが可能と知って、奴らの機嫌は非常に良い。
少 な く と も 、 ア グ ノ ス は こ れ で 許 さ れ た 。
今後はチクチクとハーヴィス王への嫌味が続く可能性もあるけど、それはハーヴィス王の自業自得。私にとってはどうでもいい存在なので当然、動く気はない。
地味ながら、我らの報復も行えるのです。一番凶暴な奴らが納得した以上、国も振り上げた拳を収めてくれるだろう。
「保護者と名乗らなくても、周囲や守られた側はしっかり見てるってことですよね」
「は?」
「いや、こちらの話です」
だから突っ込まないでくださいね? まあ、娘達に慕われる父親である貴方ならば、納得してくれる気はしますけど。
比較対象が居るゆえに、全く同情されないハーヴィス王。
とりあえず、アグノスへの刷り込みは成功しました。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




