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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
予想外の災厄編

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御伽噺(仮)の終わりには 其の二

 ハーヴィス王城・城壁にて(ハーヴィス王妃視点)


 秘かに連れ出される存在を、ひっそりと目に焼き付ける。ここからではろくに見ることはできないが、だからこそ、見送ることが可能だった。


「宜しかったのですか」


 私と同じく、見送る対象へと視線を向けたまま問うのは宰相だ。彼もまた、『彼女』を秘かに見送ることを選んだ者だった。


「これ以上、どうしろと? イルフェナの……魔導師様の提案に従うほかないことは事実ですが、あの子の命を守るためにはこれが最善ですわ」

「……」

「貴方とて、理解できているのでしょう? ……陛下にあの子を守る力はありません。いくら私達が庇おうとも、あの子が罪を犯した事実がある以上、どうにもならないのです」


 アグノスが誰かの言いなりになっていただけならば、何とかなったのかもしれない。だが、エルシュオン殿下への襲撃を画策したのは、紛れもなくアグノス自身。

 その事実がある限り、アグノスは全ての罪を押し付けられてしまう。周囲の大人達に問題があったとしても、だ。


「これまでのハーヴィスの在り方に根本的な問題があろうとも……言い逃れはできませんわ。魔導師様の齎す恐怖が本物であると知った以上、貴族達が求めるのは『明確な悪』ですもの」


 アグノス一人が悪いわけではない。それは事実であるし、イルフェナ側も承知している。

 だが、『そうなるに至った過程』や『関わった者達』は……罪の取り扱いが非常に曖昧なのだ。


「陛下に恩を売るため、かのご令嬢が側室になることを賛同した者達は言うでしょう。『お二人の尊い愛に感動し、応援したかったのです』と。ああ、『子を成されるとは思いませんでした』とも言うでしょうね」


 実に立派で、偽善に満ちた言い分ではないか。貴族が何の欲もなしに、そのようなことを言うものか。

 だが、陛下が彼女を側室に迎えた際、民に伝えた『御伽噺のような恋』とやらがあった以上、その言い分を否定できないのである。

 これは完全に、陛下に賛同した貴族達の方が上手だったと思うしかない。

 自分達の恋が祝福された……いや、『我侭』が叶えられたことを喜んでいた当時の陛下がその真意を推し量ることを怠った以上、それが真実なのだ。

 要は、結果を手にしてしまっている以上、陛下は彼らの言い分を否定できないのである。

『純粋に祝福のみであり、王家に恩を売ることなど考えていないし、強請ったりしない』とでも一筆書かせておけば、見返りを一切求めない証拠と成り得たのかもしれないが……それがないあたり、彼らの思惑が透けて見える。


「陛下はその当時、自分の味方をした者達を忠臣と呼んで重用しましたからな」

「彼らの思惑通りだったでしょうね」

「あからさまな不正や、とんでもない提案をすることがなかったことも、信頼を得た理由でしょう」


 やれやれとばかりに溜息を吐く宰相は当時、相当苦労したのだろう。彼の言葉、その態度からも、『【大きな問題が起こらなかった】のではなく、【起こさせなかった功労者が居ること】』が窺えた。


「陛下が『悪』であれば……もしくは、大きな問題を起こすような方であれば、早めの『対処』はできたのかもしれませんね」

「先代様があの方に望まれたのは、所謂、中継ぎと呼ばれるものでしたからなぁ……」

「『無能と言うほどではない。だが、あれは王たる器ではない』と、先代様も仰っておられましたもの」


 言い方は悪いが、『血を継がせる程度ならば問題ない』といった扱いである。かの側室の虚弱体質ばかりが取り沙汰されるが、王家とて血の濃さは十分に問題視されているのだ。


 暴君ではなく、そこそこに政が行え、子を成せる健康体。


 それこそ、陛下が王と成り得た一番の理由であろう。政の補佐は他の者が担えても、血を継がせることは王家の人間――それも、『国中に王族と認められている者』しかできないのだから。

 王妃か、側室の子であることが絶対条件である以上、『血の淀み』が出る可能性は低くない。これは王族との婚姻に、ある程度の身分が求められることの弊害だった。


「それが判っていようとも、長く続いた風習を変えることは容易くありません。人々が本当に拙い状況に気付くのは、取り返しがつかないことになってからでしょうな」

「だからこそ、余計に私が王妃となることを求められたのでしょうね。国に改革をもたらす……その先駆けとなれるように」


 陛下が王妃たる私の味方となれば、それは叶えられただろう。宰相とて、先代様の志を受け継ぐ者……国を憂う気持ちは同じだったのだから。

 それが壊れたのは、陛下がかの側室を愛したから。秘めた恋人であったならば、ここまで影響は大きくならなかったに違いない。


「儚い命の彼女を手にかけるのは、あまりにも哀れ。かと言って、陛下の替えは存在せず。……きっと、私達は全員が間違っていたのです。悪となることを恐れず、ただ国のために手を汚す勇気……それが足りませんでした」


 人としての情と言ってしまえば、それまでだ。だが、それでも国を選ぶ者がいたならば、今回の結末には至らなかった。


「どれほど陛下に進言しようとも、あの方はご自分の考えを改めませんでしたからな。御伽噺のような恋とて、王でなければ結構でしょう。ですが、あの方こそ、国の状況を正しく理解し、国を選ばねばならなかったはず」


 ――その失望が一定に達した時、私は王家の交代を思い描いてしまったのですよ。


 そう続けた宰相を、私は責めることができなかった。私こそ王妃として、陛下の考えを改めさせなければならなかったはずなのだ。


「『悪』ではない考えを改めさせることの、何と難しいこと! 貴方だけを責めることはできませんわ、宰相。私もまた、力不足だったのですから」

「陛下も力不足だった。……誰もが、国を立て直すには力が、覚悟が、足りなかった。そういうことでしょう」

「ええ、そうですわね。その結果、陛下は多くのものを失くしました。それが、王としての責任を果たせなかったあの方への罰なのでしょう。……御伽噺は漸く、終わるのです。後に待つのは現実ですわ」


 最愛の者は亡くなり、その娘は罪を犯して国外追放、後に残ったのは王としての至らなさと後悔のみ。

 他国からの評価は厳しいものとなり、貴族達にあると思っていた忠誠は偽りだと突き付けられた。

 陛下にとっては、この上なく厳しい罰だろう。その上、退位も、処刑も望まれなかった以上、彼は今後も王であり続けなければならないのだから。

 ……だが。

 それでも、被害者であり、加害者でもあったあの娘には。

 ほんの少しだけ、救いが与えられているのだ。



『アグノスの追放の際には、貴女や宰相さんが信頼する者達に国境まで送らせて』


『王の手の者、他の貴族達、ああ、彼女の母親の実家の人間も当然、駄目だから』


『アグノスが一人で国境を越えた直後、私は彼女を【拾う】つもり』


『一度拾ったら、私の物よ。私が自分の物をどうしようとも、勝手よね?』


『だから』


『その現場を貴女達の信頼する者達に目撃させ、報告させなさい。……魔導師の恐怖に怯えるハーヴィスの者達ならば、私に逆らってまでアグノスを取り戻そうとは思わないでしょう』


『もっとも』


『【アグノスに一切、関わらないこと】ってのは、イルフェナ側から提示されているはずなんだけどね』



 ……あの魔導師は、哀れな娘の庇護者となるつもりなのだ。

 寧ろ、先日行われた恐怖の場は、後々、アグノスに干渉させないためでもあったと思えてしまう。

 どこかの国がアグノスを哀れに思い、匿うならば、『ハーヴィス王家の血を持つ者の確保』となり、要らぬ疑いを掛けられる可能性もあるだろう。

 だが、かの魔導師はイルフェナに保護こそされているが、性格は非常に自己中心的であり、その立場は民間人。何より、権力者に利用されぬ強さも持っている。

 エルシュオン殿下こそ慕っているようだが、イルフェナという『国』に対する忠誠心はないだろう。あるのは保護してくれていることへの感謝である。

 恐ろしい報告の数々からも、それは窺えた。そんな人物の庇護下……いや、所有物となるならば、アグノスは今度こそ、煩わしい柵を捨てることができるのではないのだろうか。

 すでに全く見えなくなった人影を想い、再度、私はその行く末が穏やかであることを願った。


「この国の罪は私達が抱えていきます。だから、どうか……今度こそ『幸せな人生』を」


 アグノスを、そして彼女に救いをもたらすであろう魔導師を想い、深々と頭を下げる。

 私に倣う宰相もまた……私と同じ気持ちなのだろう。



 ――その後。


「ひーろった! この子、今から私の所有物! 異議は認めない!」

「え? ええ??」


 国境を越えた直後、転移魔法によって現れた黒い人影は、再度の転移で元王女を攫い。

 状況に付いて行けず、クエスチョンマークを浮かべたままの元王女――アグノスは、魔導師ミヅキにより、何処かへと攫われていった。

 その様子を唖然としながら眺めていた者達は、我に返ると、即座に彼らの『主』へと報告し。


「あらあら……」

「何とまぁ……」


 其々、別の場所でその報告を聞いた彼らの『主』は、揃って楽しそうな……どこか安堵したような表情で笑ったという。


※※※※※※※※


 一方、その頃、イルフェナでは――


「はぁ!? 『暫く、サロヴァーラに滞在します』!? ちょっと、ルドルフ! 一体、どういうことだい!」

「い、いや、俺に尋ねられても判らん」

「君はミヅキの共犯者で、メッセンジャーなんだろう!? 素直に吐きなよ!」

「ちょ、マジで今回は俺、何も知らない!」


 隣国の王から、魔導師のメッセージを受け取った親猫が吠えていた。

 なお、今回のメッセージについては本当に何も聞かされていないため、ルドルフは完全にとばっちりである。

 そんな二人の様子を遠巻きに眺めながら、周囲の人々は生温かい目を二人に向けるのだった。

 ――親猫の苦労はまだまだ続くようである。

ハーヴィス王をシカトし、二人の戦友(?)はアグノスの幸せを願います。

……本当に幸せかは謎ですが、ハーヴィス王よりはマシでしょう。

※番外編やIFなどは今後、こちら。

 https://ncode.syosetu.com/n4359ff/

※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。

※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 王妃さんも宰相さんも、ミヅキちゃんがたやすく転移したことはスルーなんだー。目撃者達は更なる恐怖覚えたかなー? [一言] 宰相さんは自分が三流に近い二流って気づいたかなー?せめて側室ちゃ…
[良い点] 本来なら改革派でも王家擁護派と王家交代派として対立するであろう王妃と宰相が戦友(?)にまでなれたのはよかったなと思いました。その部下達まで手を取り合えるかは不明ですがひとつでも不安要素ない…
[一言] アグノス母娘について王妃と宰相は反省を、ハーヴィス王は後悔……していそうですね。 よもやまさかですが、後悔できなほど御伽話の住人じゃありませんよね? で。ミヅキとアグノスは、サロヴァーラと…
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