御伽噺は終わりを告げる
――謁見の間・宰相と主人公達が対話をしている同時刻(ハーヴィス王視点)
目の前の光景を、私はただ茫然と眺めていた。
宰相が魔導師を諫めるのは判る。どれほど孤立していようとも、私は一国の王。身分を前提にするならば、どれほど魔導師に功績があろうとも、『不敬』という一言に尽きるのだから。
勿論、それは私個人に対して……という意味だけではない。
宰相は『ハーヴィスという国の王』が貶められることによって、ハーヴィスという『国』が軽んじられることを防ぎたかっただけだろう。
事実、魔導師にもそれを指摘されている。
『さあ、お答えくださいな。貴方はどうして自国の王を擁護しないのかを』
問われた宰相はその問いかけを否定せず……寧ろ、誤魔化すかのように言葉を濁した。
言い方は悪いが、宰相はその答えをはっきりと口にし、事実と認識されることを拒否したのだ。
そのやり取りが……より事実を浮き彫りにさせていた。
あの遣り取りを聞いていたものならば、誰だって『宰相は王を庇ったわけではない』と感じるだろう。
そう思わせる要素が、私自身の不甲斐なさ。
満足に受け答えもできない上、己の行動の正当性も主張できないのだ。そう思われるのも仕方ない。
……そもそも、私の行動に正当性があるはずもない。
彼女を側室に迎えたいと願ったのは、私自身の我侭である。王妃を父に決められた反発もあっただろうが、恋を諦めたくないと願ったのは私自身。
それらが過去となった今だからこそ、冷静に物事を見られるのだろうが……当時の私は彼女との恋を貫くことこそ、正義のように感じていたのだ。
私達がそう思っていられたのは、当時の貴族や民間人達に浸透する『御伽噺のような恋に対する憧れ』があったから。
曰く、『体の弱い令嬢を見初め、周囲の反対を押し切って想いを貫く王子』。
曰く、『儚い命の麗しい令嬢の、唯一の恋』。
曰く、『様々な障害に翻弄されながらも離れない、二人の強固な絆』。
御伽噺のような展開に、人々は好意的な声を向けていた。それらに力を得たからこそ、私は己が望みを諦めなかったのだ。
寧ろ、民が応援してくれているとさえ思っていた。政略結婚が常の令嬢達とて、好意的に見てくれていたのだ。私達に向けられたのは呆れと侮蔑の眼差しばかりではない。
だが、今ならば判る。……人々は『他人事だからこそ、無責任に応援できていた』のだと。
自分達に火の粉が降りかからないならば、構わなかっただけのこと。娯楽のように捉えていたに過ぎなかったのだろう。
事実、令嬢達が私達のように自分の想いを優先し、恋愛結婚をした例は非常に少ない。
他人事ならば無責任に応援できても、己の人生となれば別なのだろう。令嬢にしろ、令息にしろ、その相手となった人物にしろ、勝手をすれば破滅すると理解できていたのだ。
政略結婚とは『家同士の契約』。一方的に破れば当然、賠償責任が発生する。婚姻する本人達だけの問題ではない上、背負いきれるかも怪しい。
全てを捨てて自由を選んだとしても、貴族階級に生まれた令嬢や令息が暮らしていけるはずはないのだ。自己保身の意味でも、自由など選べないのである。
私にそれが可能だったのは、偏に、ハーヴィスが王権の強い国だからだろう。
そこに加えて、彼女の事情が幸いした。体が弱ければ子が成せず、実家は権力闘争とは無縁の家。毒にも薬にもならないならば……と、一時の熱病のように思われていたのだろう。
「漸く、現実が見えまして?」
囁きを受けて我に返れば、王妃がじっと私を見つめていた。
「……これが現実か」
「今更ですわね。遅過ぎるくらいでしょう」
溜息を吐きつつ項垂れるも、王妃の言葉は少しの温かさも感じられない。
「陛下が王として責任ある行動をしていれば。もしくは、アグノスの父として向き合っていれば、避けられた事態ではありました」
「私自身の不甲斐なさが原因か」
「御伽噺にはそういった要素はございませんもの。心のままに行動し、善なる行ないをしていれば、全てが上手くいく。それが現実にはありえないからこそ、人々は楽しむのではありませんか」
「……」
御伽噺。そうだな、まさに私の行動は御伽噺の登場人物のようであっただろう。
アグノスは周囲の大人達が望んだ姿を演じていただけだが、私の場合は違う。
私自身の意思で行動し、何の対処もしなかった。苦言を呈する人々の真意を思い遣ることもなく、悪政を布かねば良いと……そう思っていた。
「あの方が子を望まなければ。せめて、陛下がその望みを叶えなければ。……そう思えてなりません」
「その場合、私は彼女を説得しなければならなかっただろうな。今更だが、私とて諦めさせようとはしたのだよ。君の命が危ない、とね」
私とて、最愛の人の命を縮めたいわけではない。子を産むことがどのような結果を招くかなんて、言われずとも判っていた。
だが、王妃はそんな私を呆れた目で見つめた。
「彼女とて、一人の恋する女……そして、貴方の妻なのですから、当たり前ではありませんの」
「……なに?」
「御伽噺のような恋に盛り上がった後、望むのは幸せな結婚生活。ですが、陛下にはすでに私という正妻がおり、子も成しておりましたでしょう? どうして、対抗意識を持たないと思いますの」
予想外の言葉に、私は唖然となった。私の知っている彼女は健気で、私との未来に思いを馳せては幸せそうに微笑む女性だったのだから。
「まさか、彼女に限って……」
「はぁ……まったく。陛下はご自分の理想を事実と思い込みたいだけでしょうに。国が存えているのは、特に問題が起こっていないから。忠臣達が国を、陛下を想い、尽くしてくれているから。……ご自分の目の前の遣り取りを見てさえ、そう思えるのですか?」
「……っ」
厳しい言葉に、否定の言葉は上げられなかった。宰相が国の未来を憂えていたのは本当だと思えても、私への忠誠心があるとは言い切れない。
「あの方も同じですの。陛下が知る姿も事実ならば、嫉妬に身を焦がす姿も本物ですわ。子が残れば、自分が儚くなった後も忘れられることはない……多少なりとも、そういった想いがあったと思います」
「嫉妬、と言ったな。王妃よ、其方は何か言われたのか?」
「いいえ、何も」
「ならば、何故……」
「私は最初にお会いした際、はっきりと告げておりました。私との婚姻は王命であり、国を憂う先代様のご意志だと。何より、私に貴方への恋慕はございませんでした。競う相手ではないと、彼女にも判ったのでしょう」
――それを証拠に、彼女とは揉めておりませんでしょう?
そう言われて、思い出す。確かに、王妃と彼女が言い争うようなことはなかった。
それを私は、側室でも十分と言った彼女の健気さだと解釈したが、王妃の言い分が事実ならば、全く違う意味を持つ。
『恋敵』ではないなら、『王妃は自分の敵ではない』。
側室という立場で満足していたのは、当時、自分以外に『愛される妻』が居なかったせい。だが、今後はどうなるか判らない。
王妃の苦言とて、言い掛かりのようなものはなかったと聞いている。もしもあったならば、彼女の乳母が訴えてくるはずだ。
「彼女の体の弱さは有名でした。ですから、次の側室を狙う方は多かった。彼女の耳にも当然、そのような噂は届いたでしょう。私は彼女が子を望んだのは、それが原因だと思っております」
「……私が『想い人はただ一人』と誓ってさえいれば、子を望まなかったのだろうか」
「どうでしょうね? ただ一つ言えることは、彼女は綺麗な感情ばかりの存在ではなく、貴方の思い通りの行動しかしない人形でもなく、感情を持つ一人の人間だということですわ」
王妃の言葉に、私は目が覚めるような思いだった。御伽噺に憧れた最愛の人は、私よりもずっと現実を見据えていたというのか。
私との子を望み……アグノスの幸せを願ったのは本心だろう。だが、それは純粋に娘の幸せを願ってのものだったのだろうか?
「彼女がアグノスの幸せを願っていたことは本当でしょう。ですが、同時に『亡き側室の娘であっても、自分への陛下の寵愛が薄れないならば、幸せでいられる』という意味もあったと思っております」
「そんな……」
それならば、私がしてきたことは。
私が報告だけで十分と、アグノスを乳母達に任せてきたことは。
「悩むのは後になさいませ。今はご自分のことよりも、国のために動く時でしてよ」
「……ああ」
先ほどまでとは別の意味で気が重い。綺麗な思い出が徐々に崩れていくのを感じながらも、私はどうにかハーヴィスを存えさせなければならないのだ……喩え、私自身が損なわれたとしても。
反省でもなく、反論でもなく、あの魔導師を納得させるような『建前』。それを作り上げなければ、ハーヴィスに未来はないのだから。
宰相VS主人公&ルドルフが行われている間の二人。
王妃によって、ハーヴィス王はザクザクとダメージを受けていました。
※多忙につき、来週の更新はお休みさせていただきます。
※『魔導師は平凡を望む 27』の詳細を活動報告に載せました。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




