善意と愛だけでは成り立たない立場 其の二
「これが答えられなければ、貴方はこう言われても仕方ないでしょうね……甲斐性なし! と」
にこやかに暴言を吐いた私に、周囲は固まった。……訂正、一部の人々(意訳)を除き、固まった。
いや、だってねぇ……そうとしか言いようがないじゃん?
言っておくが、『甲斐性なし』という言葉に纏めたのは、私なりの優しさである。
……ええ、優しさなのですよ、これ。意味が判ると非常に納得してもらえるだろうけど……まだ大半の人達は気付いていないらしい。
多分、私の暴言に衝撃を受けたことが原因だな。ここ、イルフェナ王の御前ですもの。
そのイルフェナ王は、王妃様と楽しそうにしているけどね! 私の思惑に気付いているのか、今後の展開に期待しているのかは判らないけど、不快には思っていない模様。
なお、魔王様が今にも私に説教を始めそうな状態であることは言うまでもない。
魔王様は教育熱心な親猫様なので、アホ猫がやらかしたら即、一発見舞って説教である。それが常。
ハーヴィス王の情けなさに思うところはあれど、相手はあれでも一国の王。
私の保護者代表として、礼儀その他をすっ飛ばした私の言動に、じわじわと威圧を強めていた。
そんな空気を読んだのか、ルドルフがこそこそと私に耳打ちをしてくる。
「おい、ミヅキ。エルシュオンが……」
「この場が終わるまで持てば良し! 今回、どう頑張っても説教確定案件じゃん」
「いや、それはそうなんだけどさ。ハーヴィス王が怯えても厄介と言うか……」
「あ」
そういや、その可能性もあったっけね。ルドルフとしては、そちらが心配だった模様。
これまで対峙したことがある王族って、あからさまに怯えたりしないから忘れてた。彼らを基準にしちゃ駄目なのか。
ならば、サクサクいこう。これ以上、『自分の罪を認め、その上で謝罪できる、善良な王様』は要らないのだよ。
「あら、そこまで驚きます?」
『その、魔導師殿。貴女の気持ちは判るが、暴言が過ぎないか?』
さすがに拙いと思ったのか、宰相さんが私を窘める。ある意味、臣下としては当然の態度だろう。
ただ、そこに込められた狙いが『ハーヴィス王自身に魔導師への不敬を問わせること』なのか、『ハーヴィス王が畏縮して話さなくなることを警戒した』のかは判らない。
この人、大事なのはハーヴィス王ではなく、ハーヴィスという『国』だもの。必要な時だけ会話に入って来ることからも、それは窺える。
王妃様は……ハーヴィス王自身に話させようとしているみたい。それがここに来た意味とばかりに、視線でハーヴィス王を促している。
そんな姿に、王妃様と宰相さんの違いを感じ、私とルドルフは視線を交わし合った。
王妃様と宰相さんが手を組まなかったのって、こういった微妙な違いが原因ぽいな。一応は王を立て、責任ある行動を取らせようとするのが王妃様なのか。
対して、宰相さんはハーヴィス王……もしくは現王家を見限っているような印象だ。
そりゃ、王妃様とは相容れませんよね! 『ハーヴィスの未来を憂いている』という点は同じでも、守るべきものが微妙にずれているんだから。
でもね、そんな事情は私には関係ないんだが。
「暴言……暴言、ねぇ?」
軽く首を傾げて、くすりと笑う。
「私としては、できる限りの気遣いと優しさを込めたのですが」
『は? あれでも、ですかな?』
「ええ、めっちゃ優しさに溢れていますけど」
意味が判らないのか、宰相さんは困惑を露わにしている。
『……その、貴女が我が国の砦を力業で落としたことを基準にするならば、止めてほしいのだが』
「暴力と比較するな、と?」
『う、うむ』
砦を襲撃した報告を受けていたのか、宰相さんは若干、引き気味だ。
だが、それに関しては、私は異議を唱えたい。だって、私は『誰も殺していない』もの。
「おかしなことを言いますね。砦の襲撃において、死者は出ていませんよ? 怪我だって、治しています。……まあ、国を守ることに誇りを持つ兵達は一刻も早く報告したかったらしく、危険を承知で、夜の森を抜けようとしたようですが」
『それは……』
「やはり、国を守ることに誇りを持つ者達は違いますね。武器もなく、怪我は治れども体力を消耗した状態で、服には血の匂いが纏わりついているのに、危険を承知で駆けていくなんて」
『……っ』
――祖国への愛と忠誠心、お見事です。
そう言って微笑めば、宰相さんも反論ができない――兵の死を咎めれば、その質の高さも否定することになるから――ことに気付いたのだろう。
言葉を飲み込んだような顔になり、それでもそれ以上、この出来事を引っ張ろうとはしなかった。
そんな彼の様子に、ルドルフ共々ほくそ笑む。
ハーヴィスはこれ以上、自国の評価を落とすわけにはいかない。
だからこそ、『魔導師さえも称賛する、自国の兵の忠誠』を否定できない。
『兵達が死んだり、負傷したのは、魔導師のせいじゃありません』という事実を認めざるを得ないのだ。切っ掛けは魔導師だろうとも、兵達はその忠誠心から死の危険を顧みずに行動したのだから。
砦のことを咎められるなんて、最初から予想済み。ただ、魔王様の望んだ決着に導くためにはどうしても『落としどころ』が必要だった。
勿論、それだけが理由ではない。
『イルフェナ・ゼブレストにとって、胸がすく案件があった』という事実があれば、血の気が多い騎士や貴族だって、『穏便な決着』というものに納得するじゃないか。
要は『やられっ放しで、無罪放免』という状況でなければいい。
やらかしたのが私なので、イルフェナ側が咎められることはない。寧ろ、突けば『先に魔導師の保護者や親友を襲撃したことが原因だが?』と反論できる。
後は、勝手なことをした私が説教されれば、この一件はお終い! 『互いに悪かった』という口実の下、それ以上の追及が行われることはあるまい。
いいか、ハーヴィス王。これが根回しや裏工作というものだ。
お前に必要なのは誠実さじゃなく、それらを考え、行うこと!
視線を向けると、王妃様も私の思惑に気付いているらしい。……当然かな、私達は最初から『エルシュオン殿下が穏便な決着を望んでいる』と言っているもの。
そこに思い至れば、今の会話の裏が見えてくる。宰相さんもそこに気付いているから、苦い顔だ。
ハーヴィス王も薄らと気付いているようで、私を責める気はないみたい。と言うか、私がして見せたことこそ自分に望まれていたものだと、ようやく気付いた模様。
通常、砦の襲撃が些細な問題で済まされるはずはない。
可能にするならば、『周囲を納得させる言い分が必要』だ。
宰相さんの苦言から始まった会話だが、ハーヴィス王にとっては良い例題になったのだろう。漸く、理解したようで何より。
余談だが、騎士寮面子は『黒猫に反撃されてやがる! その後も掌で転がされるに決まってる! ざまぁっ!』と思っていたらしい。
これは私を知る人々の共通の見解であったらしく、各国でも問題視されるどころか、『その程度で済んで良かったな』的な見方が大半だったとか。
……。
確 か に な 。 君 ら の 国 、 も っ と 酷 か っ た も の 。
「ああ、話を戻しますね。私の言葉……『甲斐性なし』が暴言でしたっけ」
『あ、ああ』
「では、暈さない表現に戻しますが、望んだのはそちらですからね?」
『は? 暈す?』
「後から文句を言わないでくださいよ? いいですか、『そちらが望んだこと』! ですので」
忠告はしたぞ? 『優しさからの言葉』だって言ったからな? 後で文句を言うんじゃねぇぞ?
それでは素直に言ってしまいましょうか。今後は優しさを取り除いた言葉で会話を行いますよ!
「『王として求められるものや責務を理解せず、何の根回しもしないままに我侭だけを押し通し、都合のいい声だけを忠誠と捉えた無能』」
『え゛』
「『王権に縋って批判的な意見を持つ人の言葉を退け、納得させることを思いつかなかった【お子様】』。愛と正義が正しくなるのは、御伽噺だけです。民間人だって、御伽噺が現実になるなんて思いません」
『いや……その……』
「『【良き王】とは【国を守り、導ける者】であって、個人として善良である必要はない。誠実に謝罪することと、責任を持って事態の収拾にあたることは別問題。その違いが判らない盆暗』」
『ボンクラ……』
あまりな言い方に、宰相さんは絶句している。他にも唖然としている人多数。
でもね、これが私から見たハーヴィス王の現実なのですよ。
「馬鹿正直に言うと、不敬どころではないと思ったので、暈した表現……人によって解釈に差が出る『甲斐性なし』という言葉に纏めたのですが。お気に召さなかったんですよね?」
『い……いやいや、そこまでの言葉が貴女の口から飛び出すなんて思わず……っ』
宰相さんは慌てているが、私は勿論、笑顔でスルー。
「だから言ったじゃないですか……『めっちゃ優しさに溢れていますけど』って。本音を口にした方が具体性があって理解しやすいですけど、情けなさも増すでしょう?」
マジである。寧ろ、私が具体的に言ってしまったからこそ、ハーヴィス王の問題点がより鮮明になってしまった。
やだなー、私は一応、魔王様のために気を使ったのにぃー。(棒)
気遣いですよ、気遣いですとも! 内心、大爆笑していようとも、報復とかじゃないからね☆
さあ、それでは手痛い一手を打ちましょうか。
「あ、でも、これでハーヴィスはより大変になってしまいましたよね」
『ま、まだ何か……?』
パチン、と手を合わせて口にする私に、宰相さんは妙に怯えている。
警戒しないでくださいよ、宰相さん。これは貴方の望みを叶えたゆえの弊害なのだから。
「この会話、正式なものとして記録されているんですよ。ですから、各国から要請があった場合、ここでの遣り取りが全て公開されます。つまり、先ほどの解説も筒抜けです」
『え゛』
「ちなみに、私を案じて駆け付けてくれた友人達は国からの正式な使者ではありません。……ですが、報告の義務があるような立場にある者達ばかり。拡散は避けられないかと」
拡散どころか、面白がってハーヴィスを突きそうな王達が居るんだけどな。
そう思えども、そこまで暴露するのは止めておこう。確実な情報じゃないし、『突いてもつまらない』といった理由で、スルーする可能性もあるからね。
「まあ、念願だった他国と接触は叶いそうですよね」
これをチャンスと取るか、屈辱の時と取るかは、ハーヴィス次第。頑張れよー。
……。
ほ……報復なんかじゃないんだからねっ! 向こうの許可を得たから、馬鹿正直に口を滑らせただけ!
だから、睨まないでくださいってば、魔王様!
宰相、墓穴を掘るの図。
ある意味、宰相(と王妃)の願いが叶いそうな状況です。
なお、主人公の発言は優しさと報復上等の精神でできています。
※『魔導師は平凡を望む 27』の詳細を活動報告に載せました。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




