選ばれし者(=尊い犠牲)
宰相さんはあまり納得していないようだった。そんな彼の様子に、苦笑が漏れる。
そりゃ、そうだろう。宰相さんの……いや、『この世界の住人からすれば』、私が得たものは大したことはないものばかり。
人脈こそ王族や高位貴族オンパレードだが、一般人がそんなものを使う機会なんてないだろう。
私とて、依頼されたお仕事やそこで発生したドンパチ(意訳)を勝ち残るために使う場合が殆ど。
と、言うか。
喧嘩を売られた時以外、私が自ら参戦する場合って、ほぼないのよね。(現実)
組み込んでくるのは『この世界の住人』なので、自分から事を起こしに行く必要はない。
それを魔王様経由で依頼したり、私が個人的に喜ぶ報酬――食材、後々役に立ちそうな人脈など――で釣って、お仕事に向かわせているだけである。
ただ、その『報酬』が一般的に喜ばれるかは微妙なところ。
特にガニアの米。甘い方ならばともかく、家畜の飼料にも使われる甘くない米を無料進呈! と言われたところで、喜ぶ奴は稀だろう。
事実、魔王様も最初に話した時は非常~に微妙な顔になった。言葉にしなかったのは偏に、私がこの世界で元の世界にあった食材を探していることを知っていたから。
そうでなければ、止められていた可能性すらある。『イルフェナでの食生活に、何か不満があったのかい?』とか、本気で心配されそう。
勿論、今は違う。元の世界で食べていたものに近い味に調整した――甘い米を少し混ぜて一緒に炊く必要があった――米を食べさせたら、納得してくれたから。
それがなければ、今でも食の好みを疑われていた可能性・大。悪食を疑われ、魔王様による味覚矯正プランが始まってしまう。
……そんなわけで。
ハーヴィスの宰相さんが『魔導師は無報酬で働いている』と認識してしまったとしても、一概に責められないのであ~る!
功績を考えれば、それなりの報酬――爵位、金銭、宝石など――を頂けるらしいので、そういったものが動けば噂になるはずなのだろう。
私への報酬はお貴族様が喜ぶようなものではない上、くれてやると言われても、私自身が断っていたりするので、当事者であろうとも私が得た報酬を知らない場合が少なくない。
米はシュアンゼ殿下の独断だし、コルベラの山菜系に至っては、『新たな食材確保』という感じに、コルベラの事業に組み込まれちゃっているからね。
コルベラにはお土産代わりの塩や香辛料を持って行って、帰りにはそれが食材に化けてくるという仕組みです。なに、レシピ付きの物々交換みたいなものさ。
「信じなくてもいいですけど、とりあえず『無報酬ではない』ってことだけ、理解してくださいね」
それしか言えん。寧ろ、異世界人でイルフェナに保護されてるんだから、爵位や金銭貰っても困るだけ。装飾品も使う場がないし。
「一般的な貴族が喜ぶような報酬は、逆にこいつを困らせる。貴重な魔道具だろうとも、ミヅキ自身も自作できるからなぁ……」
『は、はぁ……』
ルドルフも納得させられるような言葉が見つからないのか、首を傾げている。そんな私達の様子に、ハーヴィスの宰相さんも微妙な表情だ。
ごめん。誤解させて、マジですまんかった……!
私、奉仕精神や野心はない。あるのは物欲――主に食材――だけ!
「ま、まあ、そんなわけでな。ミヅキは決して無報酬で動いているわけじゃないんだ。単に、立場の違いから、そう見える場合が多いというだけだ。……寧ろ、食いついた場合は脇目も振らずに突き進むから、物凄く有能だぞ? 使えるものは人だろうと、物だろうと、何でも使うし」
「いや、私はいつでも『超できる子』だから!」
微妙なフォローを入れるルドルフに突っ込めば、生温かい目を向けられた。
「気合いが違うだろうが。俺は『私のために死ね!』って言いながら、精神的にも、物理的にも、叩きのめす場に居合わせたぞ? お前、味方さえ手駒として使うじゃないか」
「求められるのは結果を出すことだもん! 『世界の災厄』こと魔導師の邪魔をする方が悪い!」
「……」
「……」
「……。確かにな。邪魔をするなら、それなりの覚悟を持てということか」
「そういうこと!」
「いや、俺はお前の執念深さや性格の悪さに呆れているだけだから」
「理不尽!」
「結果を出すこと自体は凄い。それは事実だが、やり方が最悪だ」
周りは皆、微妙な顔になっているけど、否定の言葉は上がらなかった。と言うか、否定できるはずはない。
私は自分についてきちんと自己申告しているもの。それを知っていて、敵になるなら……まあ、どうなるかは判るよね、みたいな?
そもそも、私に仕事を依頼した人間が居たことは事実だし、『世界の災厄』という認識はこの世界の定説なのだから。
つまり、今回は私を『魔導師』と認識した上で画策した宰相さんが悪い。異議は認めない。
宰相さん自身も私達の会話から『魔導師を軽視し過ぎたことが敗因』と言われていると悟ったのか、後悔の滲んだ表情になっている。その理解力の高さに、私はひっそりと喜んだ。
おお、理解力は結構あるじゃん! そうそう、私達の会話はその認識で合っているからね?
ここは公の場――もっと言うなら、ここでのやり取りは記録に残ってしまう。だからこそ、決定的な情報は避けたいのだ。今回はルドルフが居るから、多少は誤魔化せるけどね。
今の『魔導師を軽視し過ぎた』ということもNGではないけれど、確実な情報として残ってしまうと、今後がちょっと動きにくくなってしまう。
ぶっちゃけると、最初から私への危険人物認定待ったなし。私がよくやる『侮らせておいて、言質を取る』という手が使えなくなってしまうのだ。
否定しない限り、『正しい情報』ですからね~。これが各国にばら撒かれてしまえば、今以上に私を危険視する輩が出るだろう。
『正しい』か『正しくない』という意味ではない。
『信頼に値する情報として認識される』ということが拙いのだ。
それはちょっといただけないので、『ルドルフ君とミヅキちゃんによる、お友達同士の遠慮のない会話』にさせていただいた。
信じるも、信じないも、受け取った人次第。お友達同士のじゃれ合いと解釈されても不思議はない。
これならば『ゼブレスト王(=協力者)&魔導師に敗北した』と誤魔化すことができる。宰相さんの言葉はこの二人に対してのものですよ、と。
ルドルフが参戦してきたのも、『王が魔導師についた』という事実を明確にするためだ。今も、察して会話に乗ってくれたルドルフには感謝である。
私は『自称・超できる子』のままでいい。協力者込みの評価であることも嘘ではないし、真実は当事者達だけが知っていればいいのだから。
「と、言うわけで! その魔導師を怒らせた以上、無罪放免があり得ないって、理解してくれました?」
『……ああ、理解できたとも。魔導師を名乗った者……そう各国に認められた者を利用しようとした時から、我らの計画の成功はあり得なかった。その評価が、協力者込みのものであったとしても。どのような報復も甘んじて受けよう』
その言葉を聞いた途端、私とルドルフの目がきらりと光った。気付いた人達は顔を引き攣らせるが、私とルドルフの脳内は大フィーバーである!
……。
言った。言ったな? 『どのような報復も甘んじて受ける』って、今、言ったな!?
よっしゃぁぁぁぁぁ! とりあえず、『魔王様のお願い』を叶えるための最重要人物の言質、ゲットぉぉぉぉぉっ!
『魔王様のお願い』、それは……『穏便な解決』!
これを聞いた時、私とルドルフの声は綺麗にハモった。『無理』と。
いや、だってさぁ……『穏便な解決』がイルフェナとゼブレストに限定されるならば、大丈夫だったよ?
魔王様はこの一件の最大の被害者なのだ……その魔王様が『穏便な解決を望みます』とか言い出したら、ゼブレストは勿論のこと、イルフェナだって拳を収めるしかないじゃん?
でもね、ハーヴィスがそこに含まれるならば、難易度は跳ね上がる。理由は簡単、『自浄の中核となる人が居ないから』!
王妃様も悪くはない。やる気はあるし、反対されても潰されない気の強さがある。
……が、非常に残念ながら、彼女は配下となってくれる人に恵まれていない。ハーヴィスの気質が原因かもしれないが、手足となる賛同者に恵まれていないのだ。
対照的なのがティルシアだろう。ティルシアは敵を平然と葬る女狐様だが、一度、忠臣となった者達は絶対に裏切らない。
それどころか、徐々に後を託せる忠臣の数を増やし、あの計画を実行できるまでになってみせた。『年若い王女』が、『忠誠を向けるべき対象にして、彼らの主』となってみせたのだ。
対して、ハーヴィスの王妃様は何と言うか……微妙に不安要素がある。あのイルフェナに向けた書を見る限り、気持ちだけが先走りそうな感じがする。
加えて、女性であることも彼女にとっては不利に働いてしまうだろう。男尊女卑とは言わないが、どうしても男性優位という気質はあるのだ。
しかも、その認識は各国共通。実績持ちならばともかく、王妃様はすでにイルフェナへの書の一件でやらかしているため、その評価は低いと言わざるを得ない。
『王妃様に中核になってもらって、ハーヴィスの自浄を目指します』と言ったところで、信じてもらえるかは怪しい……実現できるかも怪しいけどな。
って言うか、それが可能な人なら、こんな事件なんて起こっていませんからね!
いくら元凶がハーヴィス王だろうとも、唯一、彼を諫められる王妃という立場である以上、各国の目は自然と厳しいものになるだろう。
そんな人に、『ハーヴィスの改革』なんて重責を背負わせられるか?
どう考えても、押し潰される未来しか見えん。
そこに降って湧いたのが、ハーヴィスの宰相さん。おそらく、今回の襲撃を利用しようとした勢力の中心人物。
宰相さんの思惑は別にして、私とルドルフには彼が救世主(=魔王様の願いを叶えるための犠牲者)に見えたのは言うまでもない。
アグノスの行動を利用して事を画策する以上、頭の良さは期待できるし、貴族同士の腹の探り合いにも慣れているだろう。動いてくれる手駒だっている。
年齢的にも、立場的にも、『国の未来を憂い、国が生き存える方法を探している』という大義名分が大変よく似合う。……もとい、説得力は抜群だ。
私はちらりとルドルフを見た。私が考えていることが判っているだろう親友殿は、私と同じように視線を寄越し。
――二人揃って、にやりとした笑みを浮かべた。
……。
あの、魔王様? まだ何も言っていないんだから、ぎょっとして顔色を変えないでくださいませんかね?
我ら、良い子の子犬と子猫です。親猫様の願いに沿うよう、一生懸命頭を働かせているだけですよ?
その過程で、ちょっとばかり都合のいい生贄……いや、『ハーヴィスを立て直すために最適な人材』を見付けただけじゃないですかー。(棒)
イルフェナとゼブレスト、双方に負担が全くかからずに済むんですよ!? しかも、本人の望みにも沿っているから、責任者に選ばれたと気付かれにくい。
彼は今度こそ国を立て直すべきなのです。(我らに都合よく)選ばれし者なのです……!
イルフェナやゼブレストに『悪』のイメージを持たせる気はありません。寧ろ、この一件を利用して魔王様や二国の評価を上げる気、満々にございます!
今後の遣り取りは端から見れば、今回の一件の首謀者(仮)に超絶寛大な対応をしたと思われること請け合い。
なに、真意がバレなきゃいいんだよ、バレなければ!
『自国の未来を憂う者を許し、慈悲を与えた』とでも思わせておけ!
「報復というか……今後、『こちらの提示した条件』を満たした上で、ハーヴィスの自浄に尽力してもらいたいですね」
今更、『嫌』とか言われても聞かないけど。聞く気がないどころか、強制的にその道を歩ませるけど。
私達の目の前で口にした以上、逃げられると思うなよ? 証拠も、証人も、バッチリ揃っているからな?
『は? しかし、それではあまりにも我らに都合が良く……』
「今回のように、他国が巻き込まれるやり方は困るんですよ。そうならないための措置です」
「あと、エルシュオンが穏便な解決を望んでいるからだな」
困惑気味な宰相さんへと、畳みかけるように告げる私達。王妃様は微妙に疑惑の目を向けてくるが、私達がハーヴィスの自浄を願っているのは本当だ。
ただし、ハーヴィスのためではない。偏に、魔王様のためである。次点で、今回のように迷惑を掛けられないため。それ以外に理由はない。
「まあ、どうしてそういう考えに至ったのかは、暫く考えたらいいですよ。貴方の次はこの一件の最大の元凶にして、最高責任者とのお話ですから」
そう言いながら、ハーヴィス王へと視線を向ける。矛先が宰相さんに向いて安堵していたらしいハーヴィス王は、唐突に槍玉に挙がったことに驚いたのか、肩を跳ねさせた。
さて、御伽噺の登場人物のような王子様(過去)? 貴方の物語は『めでたし、めでたし』で終われるかな?
私達と『楽しく』お話ししましょうかねぇ?
子犬&子猫「自浄を行う責任者候補ゲット!(喜)」
二人の性格を知る皆様「……可哀想に。働かされるぞ」
親猫「確かにそう望んだけど、裏があり過ぎだろう……!」
『チャンスやるから、頑張れよ!』とばかりに、宰相に丸投げする気満々。
慈悲深いのではなく、無駄な労力を使いたくないだけです。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




