ハーヴィスの宰相は語る
「さあ、お答えくださいな。貴方はどうして自国の王を擁護しないのかを」
「俺達は立場や情勢ゆえの行動に理解がある。正直に言えば、それなりに考慮しよう。……が、嘘や誤魔化しは悪手だと言っておく」
『く……』
映像越しの宰相は悔しそうに見えた。だが、同時に正直に話すべきか否かを迷っているようにも見える。
事実、宰相一派にとっても、これはチャンスなのだ。ルドルフは『俺達は立場や情勢ゆえの行動に理解がある。正直に言えば、それなりに考慮しよう』と口にしたのだから。
被害者の一人である、ゼブレスト王が擁護してくれるかもしれないのだ。
上手くいけば、自分達の行動に正当性を持たせることもできる。
宰相は即座にその可能性を思い付いたからこそ、言い淀んでいるのだろう。『答えない』のではなく、『どのような答えが最良か』を探っていると推測。
苦労人のルドルフ君らしい、気遣い溢れるお言葉ですね! 異世界人凶暴種と呼ばれる私からすれば、大変思いやりに満ちた提案だと思います!
……。
『ルドルフが口にした言葉の意味を、きちんと理解できていたなら』ね。
当たり前だが、罠である。ルドルフはそこまで甘くない。
ルドルフは『立場や情勢ゆえの行動に理解がある』とは言ったけれど、『魔王様への襲撃を許す』とは言っていない。
ええ、言っていませんとも。この場に居る全ての人達が証人だ。
これ、『ハーヴィスという【国】には同情するよ。だけど、エルシュオンに怪我をさせた奴にはそれなりの目に遭ってもらうから』的な意味である。
要は、『ハーヴィスという国は大変ね。でも、それはこちらに関係ないし? ただ、そういった行動を取らなければならなかった事情は察してあげる。単純に悪とは言わないよ』ということですな。
事情は考慮しよう。同情もしよう。多少は温情もかけてやる。
だけど、無罪放免とは言ってない。報復は関係者達にきっちりするからな。
ルドルフの言いたいことはきっとこんな感じだろう。『察しろ』とばかりに詳細を口にしないのは、この一件に対する宰相の認識を知るためなのかもしれない。
なお、ハーヴィスの宰相が取るべき正しい行動は『自国の恥とも言うべき点を素直に暴露した上で、民の安寧だけを願う』だ。
言い訳や処罰の軽減などを口にせず、『あくまでも国と民のために事を起こした』ということを主張し、民への温情のみを願えば、周囲の同情とて得られるもの。
ルドルフや私を諫められる人達……イルフェナ国王夫妻とか、魔王様あたりにね。貴族達からも擁護の声が上がれば、ルドルフとて無視できまい。
要は、『【周囲を味方に付け、魔導師達を諫めてもらう】という展開を狙う』のが正解ってこと。
『魔導師達を抑え込むには、どうしたらいいか』を考えるべきなのです。
だいたい、ルドルフも魔王様を慕う一人……『許す』なんて言葉が簡単に出るはずないんだよ。自分だって、巻き添えで命の危機だったんだから!
と言うか、ハーヴィスがほぼ関わりのない国である以上、ルドルフの対応は十分に優しいだろう。魔王様の意向を考慮した結果……という気がしなくもない。
少なくとも、私みたいに『ハーヴィスっていう【国】ごと殺っちまえばよくね?』とは言っていないじゃないか。それに比べたら、何と温い展開か!
『王への襲撃』なんて国の一大事なんだから、開戦したとしても不思議はない。自国が巻き込まれたり、次のターゲットになる可能性がある以上、各国だって黙っちゃいない。
それらの展開を想像した上での対応ができなければ、ハーヴィスの宰相は偽善者にして、ただの他力本願野郎である。泥を被る気なんてないってことだろうしね。
その上で、ルドルフは『誤魔化しや嘘はいけませんよ。一発アウトだ、判ってるんだろうなぁ?』と付け加えているので、やらかした日には一切の優しさが消えるのだろう。
多分、再びセイルが派遣されてくるぞ? 勿論、『自浄は期待できないから、実力行使』という意味で。
「……で? どうなんです?」
改めて聞けば、ハーヴィスの宰相は何かを決意したような表情になり。
『……。我が国の王家はもう行き詰まっているのですよ。健康で、悪政を布くような暴君でもなく、子を残せる。あまりにも愚かであれば論外ですが、この程度の条件を満たせばいいようなもの』
溜息を吐きながらも、ハーヴィス王家の内情を話し出した。
『他国と関わらなければ、必然的に血は濃くなってしまう。王家や高位貴族は特に影響を受けるでしょう。ですが、他国との国交を試みようにも、渡り合えるような者はとても少ないのです』
「まあ、長年、自国内で完結していればねぇ……」
鎖国の弊害、というやつだろう。争いからは遠ざかる代わりに競う相手の不在を招き、成長の機会がなくなってしまったのだから。
『苦難は人を育てる』というけれど、外交なんかはこの典型だ。自分の立場や人生も掛かっているからこそ、誰もが結果を出そうとするのだから。
忠誠心と言えば聞こえはいいのかもしれないが、自分のためでもあるんだよね。担当した案件によってはマジで国益が左右されてしまうから、責任重大です。
取り返しのつかない事態なんて起こそうものなら、本人どころか、家ごとヤバイ。家や一族単位で処罰ありなのが、お貴族様というものだ。
他国相手の場合、さすがに未経験者に任せることはしないだろうけど……ハーヴィスにはそういった機会がなかった。
つまり、経験者が限りなくゼロに近いし、育成も難しい。能力の高い低い以前に、教育者となるべき者が居ないのだから。
『ですが、いつまでも各国と無関係でいることはできません。貴方達も察しているでしょうが、競争相手や見習うべき相手が居なければ、徐々に様々な面で劣っていく……時代に取り残されていくのですよ』
「言いたいことは判るが、まずは自国内で改善を試みるべきだろう。他国を利用する方が明らかにリスクが高い」
「そうだね、私もそう思う。危機感を煽れば、それなりにいけそう」
『変わらぬ日々を享受し、危機感を抱くことさえ忘れた者達相手に、そのような手が通じますかな? 【国に何らかの危機感を抱かせ、切っ掛けとする】……私が望んだのはそういうことです』
「他力本願ねぇ」
『理解しておりますよ。まあ、魔導師殿がこちらの憂いを払拭してくだされば良かったのですが……さすがに欲張り過ぎましたな』
諦めの滲む口調で告げられたことに、私達は言葉を返せなかった。それが事実だと、察せてしまったから。
イルフェナから『第二王子を襲撃された』と抗議があった今回さえ、王妃の書が届けられるまでにあれほど時間がかかったのだ。
パニックを起こしていたこともあるだろうが、冗談抜きに『どうしたらいいか判らない』という人も少なからずいたんじゃないのかね?
そこまでして、漸く、ハーヴィスは自分達の現状に危機感を持った。魔導師が出て来るところまでもっていければ大勝利だったろうが、それでも『人々に危機感を抱かせる』という宰相の目的は達成できている。
『私からも一つ宜しいでしょうか』
「私? ルドルフ?」
『魔導師殿に、です』
おや、私へのご指名か。別に困ることはないし、受けても損はない。
ちらりとルドルフに視線を向けると、頷いて了解してくれた。何か拙いことがあっても、助けに入ってくれる模様。
「別に構わない。一体、何を聞きたいんです?」
『貴女の……【断罪の魔導師】という渾名についてです。これまでのこともそうですが、こうして話していても、そのように善良なだけの存在には思えないのですよ』
「物事に裏があるのは当たり前でしょう?」
にこりと笑ってそれだけを返せば、宰相は探るような目を向けてきた。
『こちらが得た情報、そしてイルフェナで貴方のご友人達から伺った【事実】は比較的似ています。何より、【報酬なく動いている】という点は変わらない』
「あ~……それかぁ」
う、うん、まあ、そこは不思議に思われても仕方がないのかもしれない。ああ、ルドルフも『そこは疑問に思うよなぁ』と呟いている……!
これは魔術師達が研究者気質であることが非常に影響していたりする。ぶっちゃけると、『自分の研究成果=名誉や利益』なので、共有しようとする魔術師が非常に少ない。
国や機関に属していれば共有もありなのかもしれないが、個人ではまずありえないことらしい。
……が。私は魔導師であっても、事情が他とは異なるわけでして。
「私が異世界人だからですよ」
その理由はこれに尽きる。認識のズレや置かれた状況が多大に影響しているのだ。
『は?』
「後は、三食保護者付き、仕事ありの快適生活を送っているからです。労働して得たお金は自由に使えるし、特に不自由を感じていませんから」
『いや、その……名誉や功績といったものは……』
「私にしか理解できない知識を無理矢理魔法に活用しているだけなので、誰にも教えられないんですよ。意味ないでしょ」
マジである。クラウス達は『何となく理解して、己の知識の中に落とし込む』という方法を取っているので、本当に称賛されるべきはクラウス達の方。
私はアイデアの提供程度なのです。料理に至ってはレシピが公開されまくりの世界に居たから、自分が利益なく伝えることが当然だと思っているもの。
「多分、貴方達の勘違いはそこから来ているんですね。仰る通り、私は善良な性格なんてしていませんよ。物欲だってあります」
主に、食料方面で。
「この世界の常識に当て嵌めると、そういったものに価値を見出さなければ……まあ、無欲に思われるかもしれませんね。他国でお仕事をした時に発生する報酬もなければ、まるで善人のように見えるかもしれません」
『え、ええ、そう思えたのですが……正義感ゆえの行動かと』
「それ、間違いです。報酬は発生しています」
『なんですと?』
「『私が必要とするもの』って、『王から与えられる報酬各種』や『名誉』とは限りませんからね」
怪訝そうな宰相を前に、ちらりとルドルフへと視線を向ける。ニコッと笑ってくれたので、私も同じく笑い返す。
我らは相変わらず仲良しです。素晴らしきかな、子犬と子猫の友情。
「『異世界人にとって得難いもの』こそ、ミヅキが得た報酬ということだ」
魔術師達を知っていると、知識や技術の共有や助力は信じられないことだろうし、噂だけなら、私は無報酬で働く魔王様の駒のように思われても仕方がない。
だが、それは間違いだ。私は親猫様に養われ、愛情深くスパルタ教育され、その結果、王でさえ無視できない人脈を得た。
それがあるからこそ、今回のような無茶だってできる。北においては格下に見られがちな異世界人だろうとも、王弟夫妻を追い落とせるほどにね。
「善良な性格をしていたら、この場に居ませんって」
だから、報復なしってのはありえないの。潔く暴露したんだから、諦めて?
一般的な野心家と照らし合わせると、無欲に見える主人公。
そんなことはありません。寧ろ、俗物です。
欲さないのは、興味がない上に、日々の生活が満たされているから。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




