騎士はこれまでを振り返る
――アルジェント視点
「割り込む形で申し訳ない。ゼブレストの王ルドルフだ。……こいつ、本当に凶暴だぞ。王の名において、事実と宣言しよう。と言うか、ミヅキは当初、ハーヴィスごと報復対象にしようとしてたぞ?」
「『世界の災厄』に常識を期待されてもねぇ? それに、どこの国とも関わっていないから、迷惑を掛けなさそうだったし」
「お前、時々、本当に大雑把な発想に走るもんな」
二人に増えた苛めっ子――我ながら適切な表現だと思います――を前に、ハーヴィスの宰相殿は酷く狼狽えたようでした。
たとえ映像越しであったとしても、双方向からの会話が可能なのです。この状況で口を噤む……という選択など、取れるはずもありません。
人の目がある以上、沈黙を貫くなど無理でしょう。誤魔化そうにも、ミヅキが先ほど先手を打っておりますので、かなり厳しいのではないかと思います。
対して、ハーヴィスの王妃様はミヅキの甚振り方と協力者――ゼブレスト王にして今回の被害者の一人でもある、ルドルフ様のことです――の出現に、益々警戒心を募らせたようでした。
こちらは王が情けない分、楽観的な思考になるわけにはいかないことも一因でしょうね。今回の一件が『すでに起きてしまったこと』である以上、何としてでも国を守らなければならないのですから。
交渉の席を設ける、取引をする……様々な方法こそありますが、それが可能となるのは、イルフェナやゼブレストが了承した場合に限るのです。
間違っても加害者側の主導にはならないので、交渉できる状況に漕ぎ着けたとしても、そこからが正念場とも言えるでしょう。
……まあ、ミヅキとルドルフ様がとても楽しそうなので、今回はこれで手打ちになる可能性が高いのですが。
そもそも、ハーヴィスの方達は勘違いをしているのです。いえ、今回の件に限らず、『魔導師とエルシュオン殿下直属の騎士達を一纏めに考えている者達は勘違いをしている』と言った方がいいでしょうか。
私達はエルを主とする騎士ではありますが、その身に纏うのは『イルフェナの騎士としての装い』。
『個人』ではなく、『国』の騎士なのです。ゆえに、『国の決定には絶対服従』とも言えるでしょう。勿論、主であるエルから命が下された場合に限り、そちらが優先されますが。
対して、ミヅキはどこまでも『個人』であることを選べます。一応、イルフェナに保護されている形にはなっていますが、彼女は自他共に認める『世界の災厄こと魔導師』。
自分勝手な行動を取ろうとも、ある程度は仕方がないと思われている節がありました。『魔導師であり、異世界人ならば、仕方がない』と。
この世界のルールに従うか否かは、ミヅキ自身に掛かっていると言っても過言ではないのです。勿論、遣り過ぎれば無罪放免というわけにはいかないのでしょうけど。
……そして、そんな裏事情は今回の一件に対しても表れておりました。私達とミヅキはほぼ別行動だったのですから。少なくとも、我らよりはシュアンゼ殿下達の方がよほど協力者と言えるでしょう。
そのような状態になったのは……私達が『イルフェナの騎士』であり、『エルの騎士』という事情です。国やエルの意向を優先する我々とミヅキは、分けて考えるべきなのです。
威圧による様々な影響があることも一因でしょうが、エルは自分が関わった案件が大事になることを望みません。それが被害者という立場であろうとも。
ですから、我々は今回、動けませんでした。国が争う姿勢を見せたならばともかく、それもありませんでしたから。
基本的に、王族には有り得ないほど優しく善良なのです、エルは。それでも王族としての矜持があるので厳しい判断は下せますし、博愛主義者などではありませんが。
当然、国益が関わっている場合は手加減などできませんので、それが『魔王』という渾名の浸透に拍車をかけたのでしょう。国のために結果を出したゆえの、弊害だったのです。
そんな厳しい面もあるエルですが、彼はどうにも自分の価値を理解していない節がありました。彼自身が被害者になったり、悪意を向けられても、穏便に済ませることが多いのです。
『国』ではなく、『エルシュオンという個人』が被害者となっている場合に限り……と言えば判り易いでしょうか。
正直なところ、ハーヴィスはそれを判っていて、仕掛けてきたのだと思っておりました。『エルシュオン殿下を狙えば抗議はされども、大事にすまい』と。
……。
非常に……非常に悔しいのですが、こういったこともエルならばありえたのです。
エルは幼い頃から『国の役に立つこと』で、己の存在意義を見出してきました。王族である以上、それは間違ってはいないのでしょう。
……ですが、エルの場合は『エルシュオン』という個人が持つ当たり前の権利を疎かにしがちな傾向にありまして。
私達だけでなく、エルを案じる方達は内心、頭を抱えておりました。『いつか、己を悪に仕立て上げ、その人生を終えるのではないか』と。
今でこそ、そのようなことは思わないのですが……当時は本当に、いつエルが自己犠牲を口に出さないか、気が気でなかったのです。
ルドルフ様の置かれた境遇を喜ぶわけではありませんが、彼の存在は一つの抑止力となってくれました。
隣国の王であるルドルフ様の助けとなるならば、エル自身もそれなりの立場で居る必要があります。同時に『頼ることができる存在』であらねば、助力など求められますまい。
結果として、あの二人は互いを守り合ってきたのです。ですから、我らはルドルフ様のためならば助力を惜しみません。口にせずとも、感謝しておりますので。
その不安がなくなったのは、ミヅキが来てからでした。
『悪』であることも、その果てに結果を出すことも、全てミヅキが担ってくれたのですから。
と言うか、今となってはそんな『腕白な子猫』が居る以上、エルは容易く表舞台から退場するわけにはいかないのです。
ミヅキは魔導師であることに加え、嫌な方向に賢いと評判ですので……その、新たな後見人を見繕おうにも、色々と無理があると言いますか。
なにせ、ミヅキは『あの』性格。後見人を選ぼうにも、ミヅキを抑え込める人物という時点で、候補者は軒並み脱落してしまうでしょう。
そこに加えて、ミヅキと信頼関係を築けというのですから、様々な意味で無理があります。
ミヅキは『馬鹿は嫌い』と公言しておりますので、現在の彼女の功績を顧みても、エル以外に適任者はいないでしょう。
下手をすれば、後見人を務めるだけで本人のプライドは木っ端微塵、最悪の場合は王家の威信が地に落ちますからね。本当に、エルが居てくれたことは幸いでした。
まあ、そのような諸々の事情がありまして。
結果として、ミヅキの破天荒さは、エルの自己犠牲を止めたのです。
エルが担うはずだった『悪』という立ち位置も、ミヅキが主犯となれば、エルは諫める側になる。それも唯一、『異世界人の魔導師を止められる』という立場に!
ミヅキには自己犠牲といった認識はないのかもしれません。自分に正直過ぎる子ですから、『遣りたいことをやった』と言われればそれまでです。
ですが、ミヅキは無自覚ながらも、エルが悪し様に言われる未来を回避してくれたのです。
その分、ミヅキがろくでもない噂の中核になった気がしますが、本人曰く『最低より下は存在しない』『考えたのも、実行したのも私だから、評価は甘んじて受ける所存』とのことなので、全く気にしていないのでしょう。
こういったことが言えるのも、ミヅキが異世界人であることが大きいのではないかと思ってしまいます。彼女が異世界人であることは、どうしたって覆せない事実ですから。
それを強みの一つとして捉え、悪評を『化け物扱い上等! 法に従う必要がない素敵な免罪符……!』と豪語するミヅキの性格も多大に影響していますけどね。さすが我が想い人、頼もしい限りです。
視線を向けた先では、ミヅキとルドルフ様が楽しそうにハーヴィスの宰相殿を追いつめておりました。
勿論、あからさまな侮辱などはしておりません。ミヅキとしては『当然の疑問』を口にしているだけですから。
……ですが、そこにルドルフ様という『一国の王』が加わると話は違ってきます。
このような場で、それも巻き込まれたとはいえ、被害者の一人であるゼブレスト王を前に、下手な言い訳などできようはずもありません。
誤魔化そうにもミヅキが鋭く突いてきますので、言い逃れは無理でしょう。ルドルフ様がミヅキを支持している以上、その言動を不敬と言い出し、黙らせることも不可能です。
そのような『仲の良い』二人の姿に、内心、笑いが込み上げます。ちらりと視線を向けると、二人が共犯者であることを知る者達は皆一様に面白がっているようでした。
ミヅキ一人では、権力によって口を噤まされてしまうでしょう。
けれど、一国の王が彼女の言葉を肯定すれば無視はできません。
若く、実績に乏しいルドルフ様お一人では、軽んじられてしまいます。
ですが、彼の敵となれば、『実績のある魔導師』が黙っていない。
『この二人を同時に敵に回したこと』こそ、ハーヴィスの最大の誤算なのです。
片方だけでは抑え込まれる可能性があれど、二人揃うと手に負えません。あの二人、互いのどうにもならない部分を見事に補い合えるのですから。
公の場ということもあって、ハーヴィス側は安心していたのだと思います。『エルシュオン殿下に懐いていると評判の魔導師ならば、彼を困らせることはすまい』と。確かに、その通りです。
……が、ミヅキとルドルフ様は今回に限り、共通の目的を持つ共犯者。その公の場であることを逆手に取り、『(最終的に)エルが妥協できる報復』を試みているのでしょう。
私達にさえ詳細を知らせないのは偏に、イルフェナ側の裏工作と言わせないために他なりません。あくまでも、あの二人の報復なのです。
他国も魔導師と認めるほどの実績があり、武力行使も可能とばかりに、砦さえ簡単に落としてみせたミヅキには、国の法や正義など抑止力になるはずもなく。
そして、国が安定し始めたばかりとは言え、一国の王であるルドルフ様に対抗できる身分の方は限られております。しかも、その政治手腕は詳しく知られていない。
薄らであろうとも裏を察した国は、沈黙するか、こちら側に付く動きを見せました。エルを案じてイルフェナに集った皆様の個人的な感情はともかく、国は善意だけでは動きません。
ハーヴィスのやり方が気に食わないということもあるでしょうが、要は、ミヅキによるハーヴィスへの報復が怖いのです。正確には、迂闊に関わった際の飛び火が。
どの方面から攻撃が来るか判らない以上、巻き込まれても、対処のしようがありません。しかも、事情をろくに知らない自国の者がうっかり擁護しようものなら即、ハーヴィスの共犯認定待ったなしでしょう。
ルドルフ様も仰っておりますが、ミヅキは時に、非常に大雑把な解釈をするのです。それを止めているのが親猫、もといエルなのです……!
今回とて、『ハーヴィスを亡ぼせば、目的は達成できる(=滅ぼした中に元凶が居るから)』くらい言い出しかねませんでした。まあ、ミヅキからすれば何の思い入れもない国ですし、そういった発想に至っても不思議ではないのですが。
ミヅキを知る方達はそれに気が付いたからこそ、大義名分――『魔導師と親しい』というのは事実です――のある者をイルフェナに向かわせ、敵にならないとアピールしてみせたのでしょう。
ミヅキの被害を被った国だからこその動き、と言ったところでしょうか。どなたもハーヴィスが勝つとは思っておりません。
それに我らとて、できる限り、ミヅキ達に協力する所存です。要は、『騎士である私達が報復に赴かなければいいだけ』ですからね。
それだけでは収まらないからこそ、ミヅキはセイルを『遠足』に連れて行きました。おそらくですが、セイルはそれなりに暴れてきたのではと思っております。
そう思うと同時に、全ての元凶と言っても過言ではないハーヴィス王へと嫌悪に満ちた目を向けました。
此度のことだけでなく、ハーヴィスの宰相殿が画策したこととて、全ては不甲斐ない彼が原因であることは間違いないでしょう。
『個人』として考えるならば、悪人ではないと思います。ですが、一国の最高権力者としてみた場合、あまりにも無責任過ぎるのです。
ミヅキの言い分ではないですが、アグノス様への接し方はまさに『愛玩動物を可愛がるだけで飼った気になっている飼い主』。
本来ならば、生活面や躾などの苦労を伴うそれを、あの方は多分、考えもしなかったのではないのでしょうか。
『最愛の人を死に至らしめた娘と向き合うのが苦しかった』と言えば、同情を向けてくれる方もいるでしょう。
『悪政を布くことなく、暴君でもない』と、擁護する方とていらっしゃると思います。
ですが、『王』である以上、それらの行動全てに責任が伴うのです。
彼は悪人ではないけれど、無責任……いえ、己の言動に伴う責任の重さを理解してはいなかった。
政のミスは誰かがフォローすればいいでしょう。専門分野の知識がなければ、専門とする者に任せてしまえばいい。
けれど、そういった場合であっても、『命じた者』としての責任は発生するのです。任せて終わり、ではありません。
ハーヴィス王の場合、個人的な我侭を通したいならば、その後の計画や不測の事態が起こった場合の対処法を考え、周囲に理解と協力を求めるべきでした。
それをろくに説得せず、納得させるだけの要素もなかったことから、宰相殿のような方が出てきてしまったのではないでしょうか。
アグノス様の教育とて、大まかな道筋が定まっていれば、それに沿った教育がなされるはず。おかしな方向に逸れたり、問題点が見つかれば、即座に報告されたことでしょう。
勿論、それはアグノス様の周りを固める者達にも適用されます。教育の妨げになると判断されれば、即座に遠ざけられたはず。
判断の基準となる計画もなく、部分的な苦言を呈されたならば……まあ、『王妃の嫉妬』で片付ける方もいらっしゃるでしょうね。アグノス様は表面的には、問題を起こされていなかったようですし。
さて、本当にハーヴィス王はどうなさるおつもりなのでしょうね? 『今は』ミヅキ達の追及が宰相殿の方に向いてはいますが、見逃されたわけではありません。
と、言うか。
王があのような状態では、正しいとは言えなくとも、行動を起こした宰相殿や王妃様に同情が集まりそうな気もします。
まあ、部外者であるミヅキを利用しようとした点は問題でしょうが、根底にあるのはハーヴィスの立て直しに違いありません。きっと、これまで苦労をしてこられたと思います。
エルも、ミヅキも、そういったことには一定の理解がありますし、ルドルフ様に至っては、自国の立て直しの真っ最中なのです。宰相殿はそこまで酷いことにはならないでしょうね。
……ああ、もう一つだけ彼らが勘違いをしていることがありました。
我々は国の意向に従う者であり、主であるエルが望まないからこそ、大人しくしておりましたが。腑抜けていたわけではないのですよ。
だって、ミヅキが動くならば……元凶は最悪な結果に導かれるでしょう?
私達は国の意向にも、主たるエルの想いにも、背いておりません。ただ……怒れる黒猫を宥めることをしなかっただけなのです。
もしも私達が総掛かりで止めていたら……少なくとも、『遠足』は決行されていないでしょう。実際には、『つい、うっかり』見逃してしまいましたが。
これでも王族直属の騎士であり、翼の名を頂く矜持があるのです。そのような初歩的なミスなど、許されるはずはありませんからね。……『通常ならば』。
ああ、他にも些細なミスをなさる方が沢山いらっしゃったようですよ。ですが、どれも陛下直々のお許しがあったらしく、全て不問とされたようです。
……ミヅキ達を楽しそうに眺めていらっしゃる我らが陛下は、家族愛に溢れていらっしゃると同時に、大変イルフェナの気質が強い方ですので。
親猫の報復に興じる子猫と子犬をこっそり応援してくださったのかもしれませんね。もしくは、その成長ぶりを見てみたかったのやもしれません。
特に、ルドルフ様は隣国の王としての力量を見る良い機会。その能力を見定める意味でも、この場をミヅキに委ねたのでしょうか……。
……。
ハーヴィスの皆様方? 貴方達には全く同情しませんし、憤る気持ちもありますので、欠片も悪いとは思いませんが……多少は役に立ってくれたのかもしれません。その点だけは感謝いたします。
アルから見た今回の騒動と裏事情各種。
ハーヴィスの思惑には踊らされなかった主人公ですが、全ては
イルフェナ王の掌の上だったのかもしれません。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




