報復の時、来たる 其の三
王妃からも見放されたらしいハーヴィス王を、私は期待に満ちた目で見つめた。
さてさて、一体、どんな言い訳が出て来るのやら?
こう言っては何だが、この場に居るほぼ全員がハーヴィス王に期待していないと思う。理由は『この国の気質』。
イルフェナは『実力者の国』と呼ばれるほど、実力重視傾向にある。
そして、身分の高い者ほど、その地位に見合った実力を求められる国。
この場に居るような人達って、そんな環境で生き抜いてきた猛者揃いなのよね。当然、彼らの目は厳しいものになる。
勿論、最低限……『他国の王族』という立場に対する礼儀はある。ただし、これは自国を不利な状況にさせないためであり、相手を気遣ったわけではない。
そんな人達を納得させるのは至難の業だ。今回みたいな場合、責任を追及されることが事前に判っているのだから、自国内で打ち合わせを行っておくのが普通。
事実か、嘘かなんて、イルフェナ側に判りようがない。
そこを狙い、話を合わせておけば、ある程度は回避可能。
謙虚な姿勢で謝罪しつつ、自国の協力者達と話を合わせ、それなりに誤魔化すのが最善だろう。イルフェナとて証拠を用意できない以上、深く追及できないのだから。
……が。
様子を見る限り、ハーヴィス王はガチで『言い訳に使えそうな、当時の自分の行動』を思案しているっぽい。
よく言えば真面目と言えるのだろうが、外交として考えた場合は悪手だ。答えを導き出すのが遅過ぎて、相手に不信感を抱かせるだけだからね。
なお、これらは相手に自分を追及させたい時に使うと効果的であ~る! 勝手に不審がって、さらに突っ込んだ話題に進めてくれるから。
こちらから掘り下げると、警戒されて話を打ち切られることがあるのだ。多少の演技で相手が釣れるなら安いもの! 上手く誘導して、有利な一手を打ちたいものである。
悪質? 詐欺? はは、何のことだ。人の敵は基本的に人じゃないか。
交渉相手を手玉に取ってこそ、一人前。私は魔導師、頭脳労働職。
魔 王 様 は 頭 を 抱 え て い る け ど ね ♪
「……民の意識を高めるため、だな」
「と、言うと?」
「人気取りと言ってしまえばそれまでだが……王家や貴族に対する不満というものは、常に一定数存在する。適度に好意的にみられるような話題が必要なのだよ。そういった意味では、私達の恋は都合が良かった」
……。
あれか、さっきハーヴィス王妃様が言ったやつ。確かに、民が好きそうな……と言うか、憧れそうな内容ではある。
「後は、彼女や彼女の実家が野心を抱くような存在ではなかったことだ。アグノスにも言えることだが、喩え母親である側室が存命であっても、後ろ盾という意味では弱かった」
「ああ、側室を狙える令嬢を抱える家から見ても、『敵にならない』と判断されたんですね」
「まあ、そういうことだ」
なるほど、そちら方面を狙う人達から見ても都合がいい存在だったと。しかも、ここで味方になっておけば、次代の王に恩を売れる。
そりゃ、食いつく人達は出るでしょうね! 話を聞く限り、アグノス母って本当に体が弱かったみたいだし、脅威になりようがない。
酷い言い方になるけど、『時間が経てば勝手にいなくなる』(意訳)ことは確実だったろう。子を孕んだとしても、母子ともに健康なんて、奇跡に等しい確率だろうし。
そんな彼らにとって目障りだったのが、王妃様。気が強い上に、言い負かすだけの才覚もある、本物の才媛。
ハーヴィス王を見る限り、こいつの補佐やフォローを担える人材を王妃にしたと推測。先代から見ても、この息子に後を任せるのは不安だったんじゃなかろうか?
ちらりと視線を向けた先のハーヴィス王妃は、何を思い出したのか、頭が痛いと言わんばかりの表情だ。
私の推測が当たっていた場合、ハーヴィス王――当時は王太子かな?――は勝手に自分にとって都合のいい流れに持って行っただろうから、色々と大変だったのかもしれない。
よし、ここは私が貴女の味方をしてあげようじゃないか!
「なるほど、それで味方につけた貴族達に頭が上がらないんですね」
「……何?」
さすがに不快に思ったのか、ハーヴィス王の表情が厳しいものになる。
「貴方も言ったように、『何らかの利用価値がなければ、賛同されない婚姻』だったわけでしょ。その理由として挙げられたものが民の人気取り。ならば、『何の旨みもない貴族が味方になるのは、次代の王たる貴方に恩を売れるから』ということじゃないですか」
「な、そんなことはっ!」
「反対意見が大半だったのに? 普通は無理ですよ? 『王家の人気取りが必要なほど、民の心が離れていた』とかなら別ですが、そんな状況じゃありませんよね」
「ぐ……そ、その通りだ」
「ならば、考えられることは『次代の王に恩を売る』一択! 『血の淀み』が出ても所詮は他所の家ですし、恩を売る相手としては最高です。……違うのならば、反論をどうぞ」
ほーれ、ほーれ、言ってみやがれ。私とて、鬼ではない。『これ以上に納得させられる理由』があるならば、聞いてやろうじゃないか。
ただし、別の理由があったとしても、それは物凄く特殊なものになること請け合い。
私が言った二つの理由って、この場で認めるには物凄く抵抗のあることなんだもの。
『王家の人気取り云々』はマジで国崩壊の危機なので、恋に浮かれている暇はない。
そんな奴が今のハーヴィスの頂点ならば、他国はまともに取り合うことをしなくなる。
『次代の王に恩を売る』ってのも、相当情けない理由だろう。
要は、『国の最高権力者が己の我侭を叶えるため、貴族が差し出す餌に食いついた』ってことだもの。
どちらにせよ、ハーヴィス王はこれらの言い分に反論しなければなるまいよ。それが事実のように思われる可能性がある以上、放置するのは悪手である。
ハーヴィス王としては、もっともらしい理由を口にしたと思っただろうが……世の中はそれほど甘くはない。正確には『建前としてはよく使われるけど、実際には裏がある案件』だ。
御伽噺のような恋物語一つで王族の我侭が叶うなら、政略結婚の意味ないじゃん! 婚姻でさえ、派閥や国同士の思惑込みで行なわれる階級よ?
と、言うか。
御伽噺の王子様とお姫様、もしくはヒーローとヒロインが個人的な感情のみで結ばれるのって、大半がそこでエンドマークが付くからだぞ?
『めでたし、めでたしのその後』なんて、ないの。深く追及するのもダメ。どう頑張っても、『物語の終了時が最高に幸せな瞬間』であり、そこから先は様々な問題に取り組むことになるので、苦労の連続です。
なお、これは別に恋物語だけのことではない。
国を取り戻す話だったら、次に待つのは国の立て直しと国交の回復。
冒険譚だったら、苦難の道を乗り越えた主人公に権力者達が取り込みを狙ってくる。
現実的に考えて、『やってらんねー』としか言いようのないハードモードな人生がスタートですよ!
大人になるにつれて御伽噺と現実を混同しなくなる理由って、こういったことに気付くからだと思うぞ?
対して、ハーヴィス王の場合。
現実を全く判っていない恋人(=アグノス母)がそういったことに気付けたとは思わないから、彼女は純粋に『御伽噺のような恋物語が現実になった』と思っていたとしても不思議はない。
まあ、彼女の場合はかなり特殊な環境なので、同情の余地はある。もしかしたら、家族は反対したかもしれないからね。
ただ、相手が悪かった。『王権の強い国の王子様』なんてものに望まれれば、家族は大きい声で反対なんて言えまい。
そこまで考えて、ふと、ハーヴィス勢からも援護されていないことに気付く。
……? さっきの宰相っぽい人、向こうの責任者だよねぇ? 私はハーヴィスの貴族……もっと言うなら、ハーヴィス王の支持者っぽい人達も貶してるんだけど、いいのかい?
そう思ったのは私だけじゃないらしく、ハーヴィス王妃も僅かに眉を顰めている。
彼女はすでに王をバッサリやった後なので、今はハーヴィス王の回答待ち。それもあって、言葉を控えているのだろうけど、ハーヴィスからの擁護なしには思うところがあるらしい。
もしや、『もう一つの改革派』って、あの宰相っぽい人が中核になっていたりするのかな?
立場的に王の補佐的な存在だし、長年、『あれ』のお守りをしているのなら、納得だ。苦言を呈したところで、全く聞いてくれそうにないもの。
ただし、ハーヴィス王妃のように応援したい気持ちがあるかと言えば、かなり微妙。
うーん……彼らに同情はできるけど、応援できるかって問われても、その答えは『否』だ。
ハーヴィス王妃からの情報が事実なら、魔王様への襲撃を利用しようとした一派のはず。それだけで十分アウトだ。あと、他力本願の改革派なんて、信用ならん。支持するなら、ハーヴィス王妃の方だな。
とは言え、まだまだ憶測の域を出ていない。あちらの出方を待っていたら、いつになるか判らない。
……。
煽 る か 。
「ハーヴィスの……ええと、宰相さん?」
『ん? え、ええ、宰相を務めておりますが……私に何か聞きたいことでも?』
「そう! さっきから、ずっと気になっていることがあるの!」
ビンゴ! ……とは言わず、とりあえず会話の成立を喜んでおく。視線を巡らせると、大半の人は怪訝そうな顔になっているけど、私と同じことが気になった人は興味深げに聞き耳を立てている。
イルフェナ国王夫妻はずっと楽しげに眺めているから、何を考えているかは判らない。だけど、私を止める気もないようだ。
魔王様は……。
……。
あの、死んだ目で私を眺めないでくれませんか、親猫様。今回、ストップをかけられないと言っても、それを決めたのは私じゃありませんからね!?
ま、まあ、いいや。さっさと会話を始めますか。
「では、そちらの代表として宰相さんに質問です。……どうして、こちらの会話に介入してこないのですか?」
『はい?』
「いえ、初めにお話しさせていただいた時は随分と、イルフェナの裏工作を疑っていたようですから。何か言われるかと。それに、貴方達の王が困っているというのに、助けないのですね?」
『それは……』
「あ、王妃様はすでに発言したから、王様の言葉を待っているだけですよ。で、どうなんです?」
無邪気に尋ねれば、宰相さんは視線を少しだけ鋭くさせた。
『……陛下がお答えすべきことだからです』
「でも、私は『王様や賛同した貴族を貶めている』と言われても、否定できません。それは宜しいので?」
『……っ』
黙った。ここまではっきり言われると、何かしら納得できる言葉が必要と気付いたのだろう。
だが、今回の私の発言は『煽り』であって。
それでは、本命の発言にいってみよー♪ 何て答えてくれるのかなぁ♪
「実はね、こちらもハーヴィスに対し、『ある疑惑』があったのですよ。それは私が魔王様……エルシュオン殿下に懐いていることに起因するのですが」
『……。どのようなものですかな?』
「『エルシュオン殿下への襲撃を見逃し、わざと魔導師を怒らせ、その元凶と監督責任のある王家を追い落とさせる』というものです。要は、自分の手を汚さず、改革を試みる一派が居るんじゃないかってことですね!」
あまりにも飛躍した内容に驚いたのか、イルフェナ・ハーヴィス双方からざわめきが聞こえる。それでも、私は口にせずにはいられなかった。
実際には、そこまで望んでいないのかもしれない。だが、これは私達の間でずっと疑われていたことだったから。望むものが『王家の交代』ならば、ハーヴィス王妃と協力できないことに納得できるもの。
そもそも、ハーヴィスは元から血が濃い。高位貴族ならば、王家とそれなりに近しい血筋になっているだろう。
それでも、『貴族』と『王家』の差は歴然としている。特に、『王がほぼ絶対者というくらいに強い』ならば、改革を試みる一環として、『王家の交代』を挙げても不思議じゃない。
『何とも大それたことですな。ですが、貴女は政というものを理解していらっしゃらないようだ。王家の交代など、そう簡単に行えるものではないのですよ』
「私は基本的に、元凶のみを潰しているので……それが可能と思われても不思議じゃないんですよ。この場合、アグノス様とその両親、周囲の者達……といった感じですか。ですが、現王家の主だった方達や王の支持者達が軒並み消えれば、王家の交代は不可能ではない」
『馬鹿なことを』
「そうですかねぇ? 鎖国に近い状態のハーヴィスならば可能、と思えるのですが。そもそも、高位貴族が王位についても、王家の血は守られるでしょう?」
ハーヴィス王は声を上げない。というより、会話の邪魔をしないよう、ハーヴィス王妃が制してくれているようだ。
王妃としても、この会話は重要と判断したのだろう。これから交わされる会話によっては、宰相からの言質を取ることが可能なのだ。
私の予想が正しかった場合、王妃はイルフェナ公認で宰相の言動を押さえたことになる。そりゃ、期待も高まるか。
では、もうちょっと会話を動かしてみましょうか。ごめんね、宰相さん。君達の目論見は最初から破綻しているのだよ。
「でもね、その人達は行動しなくて正解でしたよ」
『ん?』
「だって、それは大きな間違いなので。私が面倒に思っているということもありますが、基本的に、エルシュオン殿下に止められるから『その程度で済んでいるだけ』ですしね」
勿論、各国に問い合わせてもらっても構いませんよ! と笑顔で言えば、宰相さんは判り易く顔を引き攣らせる。
『ほ、本当に……?』
「今回、挨拶代わりに砦を落としているじゃないですか。あれ、単に保護者が寝込んでいて、止められなかっただけ。私にとっては平常運転」
ハーヴィス勢はドン引きしているけど、イルフェナ勢は慣れたもの。特に、私と親しい人達は深く頷き、それが事実と言わんばかりだ。寧ろ、まともな扱いを受けた方とか思ってそう。
そして、私にも援軍が現れた。言うまでもなく、我が親友にして襲撃に巻き込まれた当事者・ルドルフだ。
「割り込む形で申し訳ない。ゼブレストの王ルドルフだ。……こいつ、本当に凶暴だぞ。王の名において、事実と宣言しよう。と言うか、ミヅキは当初、ハーヴィスごと報復対象にしようとしてたぞ?」
「『世界の災厄』に常識を期待されてもねぇ? それに、どこの国とも関わっていないから、迷惑を掛けなさそうだったし」
「お前、時々、本当に大雑把な発想に走るもんな」
うふふ、あははと笑いながら、にこやかにルドルフと会話を交わす。そんな私達の姿は、どう見ても相手を威嚇しているようにしか思えまい。
脅迫? 威嚇? オーケー、オーケー、全~部正しい! ルドルフはともかく、私は常に『貴方の身近な恐怖・魔導師さん』と名乗っているじゃないか。凶暴・化け物認定なんざ、今更さ。
ルドルフとて、温室育ちのお坊ちゃまではない。過酷な環境を生き残ってきた実績持ちなので、割と『死んでなきゃ、いいだろ』で済ますことが大半だ。
我ら、魔王殿下に庇護されし者どもぞ? 何故に、怒っていないと思う?
与えられし報復の場なれば、『親猫様を攻撃され、激おこな子猫&子犬』の晴れ舞台よ!
「いや、こんなところで本性を出さなくても……」
煩いですよ、魔王様! しっかり、ばっちり、聞こえてますからね!? 言葉で済む分、大人しいでしょ!
……。
多分、今後はハーヴィスが大荒れするとは思うけど。
ハーヴィスに対し、全方位攻撃対象認定な主人公。王妃にはちょっと協力的。
宰相に飛び火しましたが、主人公の予想は合っているので、自業自得。
※次週の更新はお休みさせていただきます。確定申告やらねば……。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




