ささやかな同情と彼女の過ち
異世界人への教育も統一されるべきだった、というお話。
対応が違い過ぎると認識の差が生じます。
「ほう、やはり魔法は自分で組み立てたのか」
「あ、やっぱ試した?」
「うむ。だが、儂は元々魔力が低いらしくてな……」
再会を喜び合ってからは自分達の状況報告です。
グレンは来て早々に内乱に巻き込まれ、うっかり口を出した策が認められて軍師扱いになったそうな。
赤猫……苦労したんだね。
お姉ちゃんは泣いちゃいそうだ。当時に戻って助けてやりたいくらいだよ。
現代人がいきなり人殺し当たり前の戦争とかキツイわな……。
まあ、今となっては私が魔導師であることに興味があるみたいだけど。
そっかー、試して挫折したか。私も詠唱しての魔術は無理だしね。
「多分ね、発音に問題があるんだよ」
「発音?」
「私達にとってこの世界の言語は自動翻訳されているでしょ? だから聞こえている言葉と実際に言っている言葉が同じとは限らない」
判り易く言うなら英語で『日本』と言っても私達には『日本』と聞こえるということだろうか。
自動翻訳も考え物ですねー。
「なるほど。そういうことだったのか」
「あくまで可能性の一つね。でも魔術を使えなかったことはグレンにとって良かったと思う」
「何故だ?」
「特定の者だけが使える技術に頼っていたとしたら同じ結果は出せなかったと思うよ」
「……。そうだな、そのとおりだ」
理由はゲーム内で私達自身が証明している。
『仲間と共に勝利を掴め』『不要な職業・スキルなどない』
運営が掲げるコンセプトを忘れてはいけないゲームだったのだ、協力が必須だったのである。
それは戦闘には不向きだが付属効果が素晴らしい装備や罠を作り出す生産職、普段は戦力外の探求者が軍師や秘伝書などの解読に必要なことからも窺える。尤も生産職は素材の調達に他職の力を借りねばならず、知力特化の探求者に至っては戦闘は仲間任せだ。……個人が強いだけではどうにもならない設定だったのだよ、あのゲームは。
そんな状況を知るグレンだからこそ、味方の個性を活かし勝ち抜けたと思うのだが。
何より元不審者な魔術師は目立つ上に敵にも味方にも警戒されるだろう。
「特定の者に頼るようでは勝てなかっただろうな。勝てたとしても『英雄』の存在は後々面倒なことになっただろう」
「内乱だと『英雄』が勢力のトップじゃなかった場合は揉める可能性あるしね」
人の関心は目立つ方へ向く。国を纏め上げねばならない状況において民を惹きつける存在は王ただ一人でいい。
ゲームだろうと経験って偉大ですね。私達にとっては十分お役立ちです。
と、そこへ騎士sの片割れが飛び込んできた。
「ミヅキ! お前ここから絶対に出るな!」
「はあ? 何でよ?」
「あの女がお前に会いたいって来てるんだよ!」
「……。マジ?」
「おう! 今、カインが止めてるけど聞く耳持ちやしねぇっ」
室内が微妙な空気に包まれたのは仕方がないだろう。だって、そういう状況だ。
「アル、ここって騎士寮だよね?」
「ええ」
「私は守護役が居ることに加え職員扱いだけど、基本的に女人禁制だよね?」
「少なくとも女性貴族が訪ねることはありませんね、逢引以外は」
うん、そうですよねー。私もここに住む時に教えてもらったし。
許可を取って第三者を伴わない限り慎みのない女と言われてもいい訳できませんよ?
ついでに言うと住んでる騎士が誑かしたとかイチャモン付けられかねないんだけどなぁ?
わかってねえだろ、おいぃぃぃぃ! お前が不貞を疑われるだけじゃ済まねぇだろうがぁぁぁ!
「……いいよ、会ってやろうじゃないの」
「ミヅキ!?」
「理解できないんだもの、もう知らない。ああ、全員ここに居てね? おかしな噂の的にさせるわけにはいかないから」
「勿論ですよ。ついでに貴女を抱き締めて手を出させないようにしましょうか?」
「……ヤバそうだったら御願い」
アルの言葉に頷いておく。ええ、その可能性が高そうです。
一応婚約者だから一見イチャついてても問題ないないだろう。アルも怒ってるんだろうけど。
「ふむ、儂もここに居て良いかな?」
「グレン?」
「偶然居合わせた他国の者が証人になるだけだがな」
にやり、と笑う様はかつての赤猫と不思議に重なった。何となく違和感が消えた気がする。
「うん、御願い」
「任せろ。儂にとっても知っておいて損はないからな」
「……夕食のリクエスト聞いてあげる。材料があるなら元の世界の料理を作れるよ」
「何!? では、オムレツとハンバーグとシチューを希望する!」
「お子様味覚か、それ二十七年前の好物? シチューはあるでしょ、この世界に」
「煩いわいっ! 乳製品は滅多に食えんのだ!」
「……了解」
そういえば材料が簡単に手に入らない状況だっけ。内乱で揉めてたなら贅沢は禁物だろう……乳製品はゼブレスト以外、貴族以上の食べ物なんだし。
まあ、魚の煮付けとか味噌汁をリクエストされても困るんだけどね。
「じゃあ、彼女を私の部屋に招待しましょう。呼んできてくれる?」
「いいのか?」
「うん。私が招待したことにすれば多少はいい訳になるでしょう? ……勝手に来た姿は見られてるだろうからイルフェナの反応は別として」
護衛の騎士やこの寮の騎士達に迷惑がかからないようにする為にはそれしかないだろう。
思いっきり後付けだけど私が異世界人だということも含め誤魔化せないだろうか。
「……わかった。真っ直ぐここに連れて来る」
そう言うと騎士s片割れは部屋を出て行った。残った面々は溜息を吐いている。
そんな中、私は全く別の事を考えていたのだったり。
騎士s……今更なんだけどカインって誰?
私、君達に名乗ってもらった事ないから名前を未だに知らんのだが。
※※※※※※※
「失礼します……」
そう言いながら彼女が部屋に入ってきた時、私は彼女の為のお茶を用意している最中だった。
状況証拠です、これ。もてなす準備がされていれば言葉だけだと思われまい。
「どうぞ、お入りになって」
アリサを促しつつ自分も座る。座ったアリサが居心地悪そうにしているのも仕方ないだろう……だって白騎士とかが居るもの。押しかけたんだからそれくらいは我慢しろ。
「それで一体どのような御用件でしょう?」
「あのっ! 私、先日の態度がどれほど失礼か聞きました。ですから、謝罪を……」
「謝罪をしたいというならば何故ここに来たのです?」
「え? ですから謝る為に」
アリサの様子に私は深々と溜息を吐く。だめだ、『謝らなきゃ!』という発想ばかり先に立って自分の行動がどう映るのかまで考えていない。
素直だし基本的に悪い子じゃないと思うんだけどな、本人の行動力が悪い方向に出ちゃってる。この子はまず初めに『自分の行動が周囲にどういう影響を及ぼしどんな結果を招くか』を教えるべきだったんじゃなかろうか。
……ん? この子、それを教えられているのか? もしや失敗したら本人叱るだけ?
行動を見逃されるのではなく、巻き添えを食った人達を処罰した上で理解させれば良かったんじゃね? 数日反省させてから『今回は異世界人だから特例として許された』とか言い出せば誰も被害受けないし。
規則を教えても破った後にどうなるか知らなかったら重要性を理解できないんじゃないのかな。わざと困らせて反応を楽しむタイプには見えないし。
これ、バラクシンの教育にも問題なくね? 場合によっては責任追及は国にしたいです。
「アリサ様、貴女がここに来た事で『護衛の騎士の処罰』と『貴女とこの寮の騎士達に不貞の疑惑が持たれること』と『バラクシンへの不審』という三つの可能性があるのですが。理解できてます?」
「な!? 処罰!? ……わ、私は不貞なんてっ」
「ですが夫のある身で女人禁制の騎士寮に単独で来たならば、どんな噂を流されても文句は言えませんよ? 当然、騎士達にも迷惑がかかります」
「あ……」
可哀相なくらい青褪めて震えだすアリサ。時間がないのだ、気の毒だが一気に言わせて貰う。
「貴女は御自分が何をしたいか、という個人の感情を最優先にしておられる。ですが、それは貴女の自分勝手に巻き込まれる者達を出すということです。特別扱いは貴女だけなのです、彼等は処罰を免れることは出来ません」
「わたし、は……そんなつもりじゃ」
「『自分の行動がどんな結果を齎すか』ということをまず最初に思い描いてください。その為に規則を知ること、貴族の常識を身に付けることが重要なのですよ。知っていれば咎められる行動はとらないでしょう?」
言葉もなく俯くアリサに優しい言葉は掛けてあげられない。彼女を哀れと思ってしまったら、今まで振り回されてきた人達はもっと気の毒だ。
理解してくれ。成長の時だぞ? そしてバレないうちに部屋に戻ってくれ。
だが。
不意に扉が開いた。『誰も通すな』と伝えていたにも関わらず。
私の御願いを無視する必要がある人なんて限られていて。
「アリサ殿? 貴女がこちらで騒いでいたと聞き足を運んでみれば……何をなさっているのかな? エドワードは部屋から出るなと言って置いた筈だと言っていたがね」
まさかの魔王様御本人登場。
アンタ、普段は食堂に来るくらいで私の部屋までは来ないじゃん!? いや、私が女だから変に噂されるのを避ける為なんだけどさ。基本的に呼ばれない限り王宮には行かないしね。
ではなくて。
……。
ごめん、皆。多分誤魔化し効かないわ。あの人相手じゃ無理。
自国にも他国にも厳しい国だから誤魔化そうとした私も説教コースかな。
「ミヅキ? 言い訳を一応聞いてあげよう」
「えーと、部屋に招いて一緒にお茶を飲みつつお話を」
嘘は言ってない。
「そうかい、嘘は言ってないみたいだね。では騎士寮に来るよう指示したとでも?」
「さすがにそれは言ってません」
「だろうね、君は理解できているから」
なまじ住む時に色々説明を受けたから『知りませんでした』は無理だわな。
溜息を吐いて肩を落とす私の言葉をアルが引き継ぐように話し出す。
「殿下、彼女の護衛を務めていた者達はどうなさるおつもりですか?」
「今回はミヅキも多少関わっているみたいだからね、謹慎程度で済ませるよ」
おお、恩情が! 実力者の国だからもっと厳しいと思ってましたよ!
「それから。ミヅキ、誤魔化しはよくないよ?」
バレてましたか。
とりあえず護衛担当の騎士さん達がその程度で済んで何よりだ。
「さて、アリサ殿の言い分を聞こうか。ミヅキから貴女の行動がどのような影響を与えるか聞いたんだろう?」
「はい……申し訳ありませんでした」
「謝罪は一応聞いておく。が、勝手な行動をした事は国に抗議させてもらうよ」
「! ……は、い」
弱々しく謝罪の言葉を口にするアリサは本当に儚げに見えた。だが、魔王様がそんな姿に哀れみを向けてくれる筈はない。
アリサを伴って部屋を出て行く魔王様の表情が何処となく満足げだったのは気の所為だろうか……?
「あれで良かったのか? 盛大に叱るかと思ったぞ」
「いやぁ……教育する方も問題があったんじゃないかと思って」
「問題?」
「『生まれながらの貴族』に教えるのと『奔放な民間人』に教えるのって同じやり方で理解出来ると思う?」
命に関わるような規則でない限り『叱られる程度』だと思い込んでも無理はない。まして甘やかす連中が居るのなら。
グレンも思う所があるのか私の言葉に頷いている。
「確かにな。だが、それで許されるものではないぞ?」
「うん。だから彼女は庇ってなかったでしょ? 基本的にこの国に被害が来ないようにしただけ。彼女の処遇にも口出しする権利はないし」
『抜け出して騎士寮に来ること』が一番マズイので、精々『部屋に押しかけようとした』という可能性を消しただけでは大して変わらないのかもしれない。……私に説教が来るかもしれないが。
「国の教育にも問題がある、か。そういう考え方もあるのだな」
「甘やかしも問題ですけど、教え方にも問題あると思いますよ」
「君はどうしたのだね?」
「先生の所にあった礼儀作法の本とゼブレストに放り込まれて体験学習です」
「体験学習?」
「身分制度や貴族社会の認識を利用して策に励みまして」
「ちょっと待て! 一体何をやったんだ!?」
「噂を流してある人物達を貶めたり、権力争いを身分という名の力技で乗りきってみたり……」
後宮では隙を見せると攻撃してきましたからねー、嫌味をちくちくと。権力争いを勝ち残れば嫌でも最低限の自己保身は身に付くってものですよ! 自分の行動も気を付けるようになるし。
……あら、ヴォリン伯爵? 頭を抱えてどうなさいました?
魔王様達は楽しそうに聞いてましたよ?
権力争い上等・隙を見せるな、蹴落として上を目指せ! が貴族社会じゃないんですか?
※ゲーム内容への突っ込みは無しで御願いします。
主人公、バラクシンの教育にも問題があったんじゃないかと推測。
ただし、イルフェナを基準にしちゃいけません。