責任の所在
黙ってしまったハーヴィス王に対し、私は何も感じなかった。顔面蒼白と言える状況だろうとも、同情なんてしない。
正直なところ、『何を今更』という心境なのだ。彼が気付く機会は、きっと何度もあっただろうから。
そういった意味では、ハーヴィス王妃の方がよっぽど『保護者』と言えるだろう。
王妃としての立場を踏まえた進言と言えど、ずっとアグノスのことを気にかけてきたのだから。少なくとも、放置はしていない。アグノスの状況を知っていたものね。
「この場は情報共有と言うか、確認の場です。アグノス様のことについても伺う必要がありましたが、それ以上に、貴方達がアグノス様をどう思い、どんな位置づけにして、どう接してきたか、ということも重要なんですよ」
「それは『血の淀み』を持つ者への対処、という意味でしょうか」
ハーヴィス王妃の問いかけに、私は緩く首を振る。
「そうとも言えますし、違うとも言えますね。こちら側からすれば、アグノス様の状況自体があり得ません。『血の淀み』という前提がある以上、『適切な措置を取られるのが普通』なのでしょう?」
「……はい、その通りですわ」
「ならば、周囲の大人達の方が責任は重い。いくら襲撃を命じたのがアグノス様であったとしても、彼女は『普通ではない』。彼女の持つ『血の淀み』は彼女の罪の軽減に繋がりますが、同時に、監督責任を怠った者に非があるということになりますからね」
一言で言うと、『アグノスの罪が、そのまま責任者の罪になるだけ』ってこと。
ハーヴィス側は『アグノス様は【血の淀み】持ちなんです! 普通じゃないんです……!』と力説すれば、多少は同情してもらえると思っていた節がある。
事実、それだけならば多少の同情は向けられただろう。『血の淀み』の厄介さは、各国共通の認識らしいから。
……が、当のアグノスが特殊な状況下にあったとするならば、事情は少々違ってくる。
これまでの情報や彼らの話を総合すると、現在のアグノスは周囲の大人達の思惑によって『作り上げられた存在』なのだから。
乳母の誘導がなければ、『御伽噺のお姫様』に成り切らないよね?
周囲の大人達が真っ当な教育をしてれば、襲撃が駄目なことって判るよね?
『愛娘』ならば、きちんと面倒を見るべきじゃないの?
監督責任はどうした? 王妃やその他の者達の苦言は放置か!?
いやいやいや……どう考えても、ハーヴィス王を筆頭に、周囲の大人達に責任があるだろうよ。
なにせ、子供は生まれる場所を選べない。アグノスの場合、周囲に居る大人達も限定されてしまっているから、彼らに誘導されるままに染まってしまえば、物事の善悪なんてものも判断できまい。
と、言うか。
興味深そうに話し合いを聞いているアグノスって、何て言うか……どう見ても精神年齢幼女ですよ。
サロヴァーラでティルシア達と揉めた時は幼さゆえの正直さがあったとしても、観察能力に優れていたりと、優秀な面があったことは事実。
そのまま教育を施していけば、多少の歪さや頑なさがあったとしても、『優秀な王女』にはなれたと思う。
だが、今現在のアグノスは『御伽噺の世界に生きる、精神年齢幼女』。成長してないどころか、明らかに歪められてしまっているじゃないか。
ティルシア達と喧嘩になった時の、馬鹿正直さはどうした?
少なくとも、あの時はきちんと現実が見えていたんじゃないのかい?
「そうそう、私、気になっていたことがあるんですよ。……アグノス様、聞いてもいいでしょうか?」
「私? うん、良いわよ」
話を振ると、屈託のない笑顔を浮かべるアグノス。どうやら、仲間に入れてもらえたと思ったらしく、どことなく嬉しそう。
「貴女は何故、『御伽噺のお姫様』に拘っているんです?」
「最初は乳母がそう言ったの。『御伽噺のお姫様のように、優しくなければなりません』って」
「なるほど、そう習ったと」
「ええ! 私は王女……お姫様なのでしょう? だったら、御伽噺のお姫様のように優しくなければならないわ。そういうものでしょう」
正直に答えるアグノスに、取り繕っている様子は見られない。その内容もこちらが予想した通りのものなので、一番の原因は乳母の教育ということだろう。
アグノス的には『自分は王女なのだから、そう在るのは正しいこと』って感じだろうか。なまじ王女という身分が同じだったため、御伽噺と混同しやすかったことも一因だな。
ある意味、乳母は正しかったのだろう……『アグノスが御伽噺を忠実に準えようとしなければ』。
予想外だったのが、『血の淀み』の影響。これがあったからこそ、アグノスは御伽噺の世界を忠実に守ろうとした。
乳母の理想は『御伽噺のお姫様』(個人)。
アグノスの認識は『御伽噺の世界そのもの』(お姫様含む世界の全て)。
認識のズレに気付いたところで、乳母にはアグノスの軌道修正は荷が重過ぎた。もしくは、その余裕さえなかったのかもしれない。
単純に『お姫様は皆に優しくあるべきですよ』とでも教えていれば良かったのかもしれないけれど……残念ながら、リアルな王族は優しいだけではやっていけない。どうしたって、現実との差が出る。
判り易い例を出すなら、灰色猫ことシュアンゼ殿下だ。気安い態度も嘘ではないけれど、必要とあらば、実の親でさえ切り捨てる残酷な一面があるじゃないか。
そもそも、たやすく利用されるような性格ではない。周囲の者達を適度にあしらう能力とて、彼らのような立場には必須に違いない。
って言うか、王族は皆そんな感じ。愛と正義と善意だけで成り立つのは、子供向けの御伽噺の中くらい。
過保護な魔王様とて、『最優先は国』とはっきり明言している。王族としての矜持がある以上、それは絶対に譲れぬものなのだろう。
王族としての矜持、個人の性格、国の利に繋がる選択、建前……そういったことを考慮しながら、王族達は自らの言動を決める……のだけど。
乳母には当然、そういった経験なんてあるまい。そして、それを教えるべき親――王妃を含め、その他の王族を近寄らせなかったのならば、該当者はハーヴィス王のみ――が教えていないならば。
……。
『王族としての常識』とか言われても、無理に決まってる。
誰だって、知らないことはできないもん!
いやいや……マジで戦犯はハーヴィス王じゃね!? 次点で要らんことを言った側室。
寧ろ、乳母はそんな状況でよく健闘した方だろう。少なくとも、生きているうちはアグノスのフォローをしていたみたいだし。
アグノスが生まれた経緯といい、その後の教育方針といい、どう考えても、一番の責任者かつ最も尽力しなきゃならない奴が、アグノスの教育を放棄してる。
そりゃ、アグノスは普通じゃないから苦労するだろうけど……そんなことを言ったら、私の保護者と化している魔王様や、ジークのお世話係のキースさんはどうなる?
二人とも、きちんと自分の仕事をした上で、私達の軌道修正をしてますよ! 人を使える立場のハーヴィス王には不可能なんて、思うはずねーだろ。
誰の目から見ても、苦労や責任から逃げたようにしか思えまい。それ以外、どう言えと?
ダメ親父、とってもダメ親父……!
お前がしっかりしてれば、アグノスはまともに育ったかもしれないじゃん!
「うわぁ、これは……」
私と同じ発想になったのか、シュアンゼ殿下が微妙な顔で呟いた。皆も表情にこそ出していないが、盛大に呆れているっぽい。一部、ドン引きしている者もいた。
ですよねー、これが一国の王なんですよー。(棒)
ああ、ブロンデル公爵が秘かに頭痛を堪えるような顔になっている……。そうですよね、貴方のところにも事故物件が居ますものね!
少なくとも、ブロンデル公爵夫妻は親として、そして魔術師として、クラウスの軌道修正を頑張っていた。だからこそ、クラウスも二人を両親と慕えるのだろう。
魔術に傾倒し過ぎる変人だろうとも、人の心は失っていない。面倒を見てもらった過去がある以上、魔術の腕が自分より劣ったとしても、感謝と敬意は忘れまい。
……が。
アグノスの言葉はそこで終わらなかった。
「だって、私は『お母様の願いのために存在する』のでしょう?」
「……へ?」
「亡くなったお母様の望みは、私が『御伽噺のお姫様のような、幸せな人生を歩むこと』だったんですって。だから、私はお母様のために『そう在らなければいけない』のでしょう?」
……。
ぱ……ぱーどぅん? この子、何を言ってるのかなー?
あまりな言葉に、室内の空気が凍った。いや、あの、ちょっと待って? もしや、マジで母親の遺言じみた言葉が原因なんですか!?
『国のため』ならば、まだ判る! 王族はそういう存在であることも事実なのだから。政略結婚なんて、その最たるもの。
だけど、『お母様のため』ってなんだ、『お母様のため』って!
……。
……も、もしや、『貴女様が御伽噺のお姫様のように幸せな人生を送ることは、亡きお母上様の望みなのですよ』とかいう言葉を、そのままの意味で受け取っちゃったとか……?
話した奴的には『亡きお母様はアグノス様が幸せになることを願っていました』でも、アグノス的には『お母様の願いだからこそ、私は御伽噺のお姫様にならなければいけない』。
言い方にもよるだろうけれど、母親がリアル御伽噺のヒロイン的展開で側室になったのならば……誤解をさせるような表現はあったかも?
普通の人ならば、成長の過程で間違いに気付くだろう。だが、生憎とアグノスは普通ではない。まるで自分の存在理由のように思い込んでいたとしたら……。
「え、ええと? じゃあ、アグノス自身は御伽噺のお姫様になりたかったわけじゃない……?」
「私自身がどう生きたいのかを聞かれたことはないわ」
衝撃のあまり呼び捨てになったが、アグノスは全く気にしないらしい。微笑んで頷くと、『それがどうしたの?』と言わんばかりに首を傾げた。
ただし、聞かされた方はたまったものではない。それはハーヴィス国王夫妻も同様。
「……。そう、ありがと」
それだけを言うと、ジトっとした目をハーヴィス王に向ける。衝撃を受けていようが、凍り付いていようが、構うものか。
「これを聞いても、まだ言い訳を重ねるつもりなんですかねぇ?」
「はは、まさか! 『愛娘』と言っていた以上、きちんと説明してくださるだろうさ。あまり軽んじてはいけないよ、ミヅキ」
「うふふ、そうですよね! 私ったら、失礼なことを」
窘めるブロンデル公爵の笑みも、なんだか怖い。そして、さり気に言葉で追い込むあたり、ブロンデル公爵もアグノスの扱いを不快に思っているようだ。
魔王様は呆れた目を私に向けると、溜息を吐きながらハーヴィス国王夫妻に向き直った。
「もう十分だ。と言うより、貴方達が驚いていては、こちらとしても困ってしまう。二日後、正式な謝罪の場ではもう少しまともに話せるよう願っている」
そして、ちらりとアグノスへと視線を向け。
「言葉を尽くさず、きちんと向かい合っていなかったことが、ここまでのズレを生じさせたのか……」
小さく呟いた。その言葉に、ハーヴィス王が肩を跳ねさせたとしても、気にしてやる必要はないだろう。
「明日でなくていいのかね?」
「貴方達にも時間が必要では? 謁見の間での謝罪はハーヴィスという『国』としてのもの。いい加減なことを言われても困ります」
「……。感謝する」
魔王様の気遣いに、ハーヴィス国王夫妻は素直に頭を下げた。彼らとしても予想外のことをアグノスに言われてしまったため、意見を纏める必要があると思ったらしい。
おいおい……マジで人災じゃないの? 今回のことって。内部で画策する人がいるってことだったけど、この国王なら仕方ないと思うわ。私でも追い落とすもの。
アグノス…良くも悪くも素直で純粋。言葉をそのまま受け入れてしまう上、一度染まると
頑ななまでに忠実であろうとする。勿論、『血の淀み』の影響。
主人公とて、黒騎士達とよく話し合って、魔道具や魔法の共同制作を行います。
保護者やお世話係達も、対象に言葉と時間を惜しみません。
(=理解させるまで付き合う&躾ける)
それを怠ったのがハーヴィス王。しかも、対象のアグノスは一度思い込んだら
修正が難しい暴走型。
一番放置しちゃいけない子に、駄目な保護者がいたことが悲劇の始まりです。
※活動報告に新年のご挨拶と小話をあげました。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




