帰還後の説教はお約束
――イルフェナ騎士寮・食堂にて
「というわけで、帰って来ました! ただいま~」
「……何が『というわけで』なんだ、何が」
「ええと……ルドルフから説明されているだろうし、詳細を省いて帰還の挨拶?」
「省くんじゃない!」
「痛!?」
スパン! という音と共に、頭に痛みが。発生源は勿論、お怒り中の魔王様が手にしたハリセンだ。
魔王様……それ、地味に気に入っていたんですね? 肩に担いだ姿が、妙に様になってますよ。
ジトっとした目を向ける私の姿に溜息を吐くと、魔王様は椅子に座り直した。当然、私の席は魔王様の向かい側――誰がやったか知らないが、名前が書かれたカードが置かれている。
……。
楽しい場所だな、ここ。説教の場を用意して、スタンバイしてたんかい。
これでも一応、『最悪の剣の巣窟』って言われているらしいけど……どちらかと言えば、『一芸特化型人間+黒猫の住処』だと思う、今日この頃。
才能を間違った方向に振り切っている奴らが日々、和気藹々(※好意的に解釈)と暮らしております。お仕事はちゃんとするけどね!
「いいじゃないですか、魔王様。私達、一仕事も二仕事もした後ですよ」
優しさが欲しい! と抗議すると、魔王様の目が細められる。
「へぇ……? 『一仕事』はハーヴィスの砦のことだと判るけど、もう一仕事は何をしたのかな?」
「サロヴァーラで今回の騒動の元凶……いや、アグノスがああなった戦犯について当たりを付けてきました」
「何だって?」
途端に、騒がしくなる周囲。最初から皆もここに居たけど、とりあえずは魔王様に任せることになっているらしく、それまでは『偶然、この部屋に居ただけ』を装っていた。
だが、今回の戦犯(?)判明という情報に、さすがに反応してしまったらしい。
魔王様とて、これは予想外だったのだろう。怒りの笑顔を消して、訝しげな表情になっている。
で す よ ね 。
情 報 、 な か っ た も の ね 。
「サロヴァーラ王から話を聞けた、ということかな?」
「ん~……そこに、アグノスと直接会ったことがある王女二人からの情報って感じですね。そこから推測したというのが正しいんですけど、状況的に正解かなって」
曖昧な表現になってしまうのも許してほしい。何せ、これから黒騎士達が探ろうにも、当の側室はすでに墓の中。
乳母も亡くなっている以上、正しい情報を持っている者が物凄く限られるのだから。そもそも、当時のことを覚えている人が残っていたとしても、素直に教えてはくれないだろう。
「それでいいから、報告しなさい」
「はーい。結論から言うと、元凶はアグノスの両親……ハーヴィス王と亡くなった側室ですね。側室は社交もろくにこなせないほど体が弱かったらしく、貴族や王族の務めとか立場を理解していなかった可能性があります。それこそ、情報源はベッドの上で読んだ御伽噺程度……かもしれません」
『御伽噺』という単語に、皆が反応する。アグノスに求められていた『御伽噺のお姫様』という役は、そこが原因だったのかと。
「そもそも、バラクシンの教会に話を聞いた乳母のセレクトですからね、『御伽噺のお姫様』って。これまで単純に『御伽噺のお姫様』をお手本に仕立てていたと思っていましたが、母親が影響していた可能性があります」
「そう思わせるようなものがあったと?」
「はい。一言で言うと、母親の人生がまさに『御伽噺のような展開だった』んですよ。多分ですが、乳母はその当時を知っていたからこそ、参考にしたんじゃないかと」
意味が判らないのか、首を傾げる魔王様。その反応も当然と、深く頷く私。
だって、ハーヴィス王(当時は王子かな?)か側室になったご令嬢のどちらかがまともだったら、『御伽噺のような展開』はありえないもの。
魔王様や周囲で話を聞いている皆の立場は王族や高位貴族、もしくはそういった身分の方達に接する機会の多い騎士。
自分の経験や教育を思い返しても、『ありえねぇだろ、御伽噺的展開なんざ』と考えてしまうのだろう。
なお、こういった無自覚の認識こそ、今回の一件を複雑にした一因だ。
皆が持つ『常識』を、元凶二人がシカトしやがったせいだもの。
……まあ、百歩譲って、超虚弱体質だったらしい側室の方は仕方がないとしても、だ。
ハーヴィス王、貴様は駄目だ。お前は『そんなこと知りません』が通る立場じゃあるまいよ。
ただでさえ血が濃くなり過ぎ、『血の淀み』なんてものが出やすい状況なのだ。ご令嬢の『超虚弱体質』が受け継がれる可能性がある以上、婚姻すべきではなかったはず。
というか、絶対に周囲は反対したに違いない。これ以上、王家にマイナス要素を入れてどうする。
「体が弱く、ベッドの上で本を読むくらいしか楽しみのないご令嬢は、御伽噺のような恋に憧れたかもしれません。『いつか、王子様が迎えに来て幸せにしてくれる』と。まあ、幼い子供が抱く夢そのままですね」
「定番と言うか、御伽噺は『王子が姫を救う』っていう展開が多いからね」
「そんな彼女の家は侯爵家。家で開かれる茶会ならば、短い時間であっても、参加できたかもしれません。自分の家ですから、融通は利いたでしょうし。そして、身分的にも当然、同格かそれ以上に高位の貴族が招かれても不思議はない。たとえば、王族……とか」
何となく展開が読めたのか、皆は微妙な表情になってきた。魔王様は半ば、呆れ顔だ。
「幸運にも、ご令嬢は王子様と恋に落ちることができました。ですが、二人を祝福してくれる人ばかりではありません。ご令嬢の虚弱体質、そして社交さえろくに身に付けていないことが問題となり、『正妃』は無理でした」
「『正妃』……ああ、御伽噺では婚姻に至れたとしても、その後のこと……王が複数の妃を娶る描写がほぼないからね。それに王妃になる以上、子供を産むだけで済むはずはない。時には王の代理を務めることもあるのだから、当然なんだけど」
「現実的に考えて、反対する人達の方がまともなんですけどね。二人の視点からすれば、反対した人達は『悪役』でしょう。それが現在のハーヴィス王と王妃の不仲に繋がっている気がしますよ」
まともそうだったもん、王妃様。ただ、改革を望む姿勢から見ても、彼女はきっと気が強い。
良くも、悪くも、責任感の強さからきつい口調になるだろうし、正論で責めれば『正しいことを言っているとは思うけれど、嫌な奴』くらいには思われてそう。
「ご令嬢は王子様との婚姻を望み、王子様も彼女を守ると言いました。後に、体の弱いご令嬢が『王子様との子が欲しい』と言い出した時も、その言葉を優先するほどに。常に二人を見守っていた乳母もまた、彼女の味方をします。乳母にとってご令嬢は、大事な大事なお嬢様でしたから。……こんな感じの過去があったことが真相じゃないかと、思うんですよねぇ」
「その具体的な内容は一体」
「御伽噺的展開にしてみました。一応、ハーヴィス王が王族として教育されていたとするならば、無茶を言ったのはご令嬢の方じゃないかと」
「なるほど。その我侭を叶えてしまったのが、ハーヴィス王ということか」
最後はかなり投げやりに言えば、皆もたやすく予想できてしまったのか無言のまま。
乳母の行動の裏付けというか、ああいった発想に至った経緯としては無理がないので、反論のしようがないのだろう。
と言うか、『御伽噺的展開』(笑)を間近で見ていない限り、現実にできるとは思うまい。可能と判断したのは、『王族である王子様が実行していたから』!
「……。否定したいけど、ハーヴィスの対応を見る限り、ミヅキの言い分に納得してしまいそうだ」
「そうなんですよね。隣国であるサロヴァーラの王でさえ、側室の情報を持っていないって相当だと思います。多分、本当に家の外に出られないレベルで体が弱かったんじゃないかと」
「そんな人なら、側室であっても反対するよ。王家に嫁ぐ以上、精神的な負担は免れないんだし」
ですよねー! それが一般的な考えだと思います。
「ハーヴィス王の我侭が通ってしまった結果が、現状か。それならば、アグノス王女が隔離されていないのも納得だよ。彼としては、最愛の人が遺した愛娘を守りたかったんだろうけど」
「その割には、愛玩動物を可愛がるだけで飼った気になっている人と同じ匂いがしますけど」
「娘に嫌われたくないから、厳しいことを言わない。アグノス王女の現状をろくに知らなかったのも、自分の目で見に行かなかったせいかもしれないね」
「あれですか、『子に罪はないけど、最愛の人を死なせた原因と思ってしまう云々』とかいうやつ」
「そこまではっきり意識していたかは判らないけど、無意識には思ってそうだね」
魔王様は呆れ顔だ。その呆れの中に嫌悪が含まれているのも、仕方がないのかもしれない。
周りの皆も、似たり寄ったり。皆は側室がただのお飾りではない――これまで、そんなことが許されない状況だった。王族が望まないのに、無理やり側室に上がったカトリーナは例外――と知っているから、当然だな。
特に、セシル達は苦い顔だ。コルベラは側室の数が多いけれど、それは国を守るため。彼女達は己の得意な分野を活かし、同じ目的で結束している女傑の皆様なので、とても仲が良い。
そんな『母親達』を知るセシル達からすれば、ハーヴィス王と側室の行いは最悪だ。王族の婚姻は義務であり、間違っても周囲に迷惑をかけてまで貫くものではないのだから。
なお、イルフェナ勢は明らかに蔑みの表情になっている。こちらはアグノスへの対応が主な原因だろう。
だって、魔王様は私に対して、そんな無責任な行動をしなかったから。
どれほど忙しくとも、魔王様は自分の目で私の様子を見に来ていた。しかも、頻繁に。多分、保護した当初のグレンに対するウィル様も同じだったと思う。
その理由は勿論、『監督責任』だ。拾った以上、そして保護すると決めた以上、発生する義務であ~る!
おそらくだが、ハーヴィス王はそういったことまで考えられない人なのだろう。王として、もしくは父としての責任感があったなら、アグノスはもっと厳重に管理されていたはずだ。
管理という言葉を使うと酷いことをしているようだが、アグノスの場合は違う。
彼女は王の子……王女なのだから。王が優先すべきは『国』だろうが。
「ハーヴィス王の危機感のなさ、責任感のなさが、今回の発端とも言えそうだね」
深々と溜息を吐きながら、魔王様が呟く。イルフェナはそういったことに特に厳しいだろうから、信じられないのかもしれない。
「ハーヴィスって、王が強いじゃないですか。だからこそ、そんな我侭が通ってしまったんじゃないですかね? これまで苦言を呈した人がゼロって、ちょっと信じられませんし」
「ああ……ハーヴィスの特性も、実行させてしまった要素なのか」
そりゃ、王妃様も改革を望むわな。
私達の気持ちは多分、これに尽きた。すぐ傍にこんな無責任男が居たら、危機感を抱くのは当然。個人的な感情優先で王が我侭を通すとか、怖過ぎます。
……まあ、今回のことの発端がそこにあると知られれば、今後は国の意識も変わる可能性があるけれど。
誰が聞いても、危機感を抱く案件だろう……実際、それが原因で魔導師に襲撃されているんだから!
「はぁ、もう十分だ。多分、ミヅキの予想で合ってそうだからね。……で、ミヅキはどうしたいんだい? 一応、ハーヴィス国王夫妻が謝罪に来ることにはなっているけれど」
「あ、ついに動いたんだ?」
「主に、君が暴れたせいでね」
ペシペシとハリセンで軽く私の頭を叩きつつ、生温かい視線を向けてくる魔王様。……あの、その『お前が原因だろーが』と言わんばかりの行動、止めて。
「理由はちゃんとあるもん! ルドルフから聞いてるでしょ!?」
「それとこれとは別」
「ええ~! 理不尽!」
「問題行動をする君が悪い」
抗議すれども、サクッとスルーされる。なんだよ、今回は私だけが悪いんじゃないやい。少なくとも、ルドルフはばっちり共犯ですよ!?
「で、もう一度聞くけど。ミヅキはどうしたい? どんな決着を望んでいる?」
魔王様は面白そうに、けれど探るように私を見つめている。皆の視線も自然と、私に集中しているようだ。
どうやら、私の意見を一応は聞いてくれるつもりらしい。魔王様がこんなことを言い出したってことは、これはイルフェナ側の総意か、襲撃された本人である魔王様に決定が委ねられたとみるべきか。
それならば、私は。
「あのですね……」
ダメ元でも言っておこうか。どうせ、ハーヴィスは『魔導師を諫めてくれ』って言ってくるだろうからね!
帰還直後、速攻でお説教の場が用意された主人公。
やらかしたことは説教案件だけど、ルドルフの暴露のお陰で、ちょっとだけ優しい対応の魔王殿下。
愛猫が自分のために行動するのは、やはり嬉しいのです。
……持ってきた情報には、残留組一同が沈黙しましたが。
※来週は更新をお休みさせていただきます。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




