最優先は親猫様と親友です
――騎士寮にて(ルドルフ視点)
エルシュオンも漸く、ゴードン医師から自由に動く許可を得られ。
俺達を含む、今回の関係者――エルシュオンの騎士達や、各国から訪れた者達――は、騎士寮の食堂に集っていた。
別に、この集まりを秘密にしたいわけではない。単に、皆と気楽に話せる場所がここだけだっただけのこと。
俺も王だが、エルシュオンはこの国の第二王子。そして、集ってくれた者達の中にも王族が居る。
いくら親しくとも、周囲に部外者の目がある以上、最低限の礼節は必要になってくる。当然、俺達の護衛も然り。
その結果、いつもの如く、騎士寮が選ばれたわけだ。身分というものは時に厄介なのである。
なお、ミヅキが居れば問答無用に『ミヅキに用がある』という建前が採用され、結果として騎士寮が集いの場となっていた。
好き勝手に動いているようで、ミヅキは一応、隔離されている身。必然的に『ミヅキに用がある=騎士寮を訪れる』ということになる。
『秘密のお話』には、大変便利な存在であった。
勿論、ミヅキ本人も強制的に参加が確定。
……そうは言っても、誘えば、ミヅキは確実に首を突っ込んでくるので、本人に『無理やり参加させられた!』という悲壮感はない。寧ろ、楽しむ『お馬鹿さん』だ。
エルシュオンは毎回これをやられているため、過保護が加速していったのだろう。
守られる方にその気がないどころか、嬉々として最前線に特攻する以上、諦めた方が早いと思うのだが……俺の友は相変わらず真面目と言うか、難儀な性格をしているらしい。
で。
その友であるエルシュオンは今現在、それはそれは深い溜息を吐いていた。
「ミヅキから連絡がない……」
言いながら、項垂れるエルシュオン。そんな姿は己が庇護下に居るはずの魔導師を案じているようであり、まさに『お労しい』という言葉がぴったりだ。
彼の過保護は有名であり、二人が非常に仲が良いことは多くの人に知られている。
現に、城でエルシュオンの姿を見かけた者達の中には彼の心境を思い遣ってか、労しげな視線を向けてくる者もいた。
なにせ、今回のミヅキ家出の原因は『エルシュオン(+俺)への襲撃』。別にエルシュオンに非があるわけではないが、原因と言ってしまえばそれまでだった。
『可愛がっている子を、危険な目に遭わせる切っ掛けになってしまうなんて……』
『ご自分も怪我を負われたというのに、なんてお労しい』
あまり二人と接点のない人々からは、マジでこんな風に見られていたりする。
ある意味ではそれも正しい――あくまでも、一部の人からの見方。それが正しいとは、誰も言っていない――ため、二人をよく知る者達は挙って口を噤み、目を逸らしていた。
だって、その方が都合がいいから。
理想と現実に差があるのは、この世の常である。と言うか、ミヅキに対する責任感ありまくりのエルシュオンが落ち込んでいるのは事実なので、彼らの見解と温度差はあっても嘘ではない。
……が。
そこは『異世界人凶暴種』なんて渾名を付けられる魔導師ミヅキの親猫様。
「何をしてるんだかねぇ、あの馬鹿猫は!」
ダン! と、鬼の形相でテーブルに拳を叩きつける。威圧も相まって、実に恐ろしげな魔王っぷりであった。周囲の者達もエルシュオンの怒りを察してか、どこか引いている。
そんな姿を目にしながら、俺はエルシュオンへと生温かい目を向けた。過保護、ここに極まれり。ミヅキの懐きっぷりも相当だが、親猫の過保護もいい勝負だ。
これを見れば判ると思うが、エルシュオンは別に気落ちしているわけではない。
この親猫様、ハーヴィスのことは欠片も心配していないのである。
ハーヴィスは加害者なので、普通は気にしなくてもいいのかもしれない。だが、今回ばかりは動いた人間が悪かった。
ハーヴィスに向かったのは『世界の災厄』と呼ばれる魔導師であり、その実力は各国も認めている。
その魔導師――ミヅキは異世界人であり、当然、その行動を見張る役目を担う後見人が居るのだ。
エルシュオンはミヅキの後見人となっているため、彼女の行動に責任を持たなければならない。たとえ、それが魔導師であっても、だ!
普通ならば、己が不幸を悲観するだろう。よく判らない理由で襲撃され、目が覚めたら監視対象に好き勝手され、下手をすれば一国に喧嘩を売りかねないなんて!
いくらハーヴィスが加害者であっても、ミヅキが遣り過ぎればエルシュオンの責任となる。普通はそちらに意識が向くはずなのだ。
だが、実際は御覧のとおり。魔王殿下は愛猫のことしか気にしていなかった。
エルシュオンに向ける目も生温かくなるというものだ……こいつを『冷酷な魔王』とか言った奴、一体誰だよ? ここに居るのは、子猫が見当たらなくて不機嫌になっている親猫様だぞ?
出て来い、そしてこの光景を目にしろ。愛猫を案じ、怒り狂うエルシュオンをさぁっ!
見ろ、エルシュオンの騎士達は全く動じていないじゃないか。つまり、『今回に限り、こうなっている』のではなく、『見慣れた反応』なのだろう。
「エルシュオンさぁ……いい加減、『諦める』ってことを学んだらどうだ?」
「いい加減なことを言わないでくれないかい? ルドルフ」
「ミヅキに関しては、周囲が何を言っても無駄じゃないか」
「ぐ……!」
黙った。教育熱心な自覚があるからこそ、俺の指摘を否定できないのだろう。
「一応、『待て』はできるようになったじゃないか。……五回に一回くらい」
「……その具体的な数字は一体、どこから出てきたのかな?」
「セイルから聞いた話と、ミヅキ本人から聞いたことから推測した。ちなみに細かいことも含めての回数だから、広い目で見れば『待てはできる』でいいと思う」
「……っ。今回、できてないじゃないかいっ!」
キッとばかりに睨みつけて来るので、俺は笑顔でひらひらと手を振った。
「だって、お前が止めてないもん。寝込んでたろ?」
「私が寝込んだことが原因かぁぁぁぁ!」
頭を抱えるエルシュオンを前に、俺はからからと笑った。
「いいじゃないか、懐かれてて。あいつ、うちの先代の墓も蹴りに行ったことあるし、止めても聞かないって」
「いや、それは止めようね!? 死者への冒涜だろう!?」
あまりのことに、ぎょっとするエルシュオン。同時に、それらの事情を知らなかった者数名が固まった。だが、俺はぐっと親指を立てて笑顔を向ける。
「実際には、蹴るどころじゃ済まなかったけどな!」
「え゛」
「王である俺が許したから問題ない」
ミヅキではないが、権力は時に素晴らしいものだと思う。大丈夫だぞ、エルシュオン。あのアーヴィでさえ、そのことについてはお咎めなしなのだから。
「君達って……本当に似てきたよね……」
無駄だと思ったのか、呆れたのか……エルシュオンは深々と溜息を吐いた。事情を察した者達は呆れ、達観、興味深げにこちらを見ると、様々な反応だ。
勿論、エルシュオンには同情的な目を向ける者もいる。そんなエルシュオンに、追い打ちをするのは心が痛む(笑)のだが。
「ミヅキ達はハーヴィスの砦を落とすくらいしかしてないから、心配ないって」
爆弾を投下してみた。
「……え?」
「だから、ハーヴィスの砦を落とした。しかも二個。まあ、規模は小さいらしいけど」
『はぁっ!?』
ほぼ全員がハモった。おお? 灰色猫――ミヅキ命名。シュアンゼ殿下のことだ――もこれは予想外だったのか、唖然としている。俺が特別な感じがして、ちょっと気分が良いな。
「ちょ、ま、ルドルフ!? 君、何で知って……」
「ミヅキから手紙を貰ったから」
ほら、俺は今回、共犯者だからさ! という言葉と共に手紙を取り出して見せると、エルシュオンは顔を引き攣らせる。
「……。ルドルフ? 君は王なんだよ? やって良いことと悪いことくらい、判断できるよね?」
「できるな。だからこそ、俺はミヅキの行動を支持するさ」
「ちょっと待ってくれないかな、エルシュオン殿下。……失礼、ルドルフ様。できれば『支持する』と判断した理由をお聞かせ願えないでしょうか」
「ああ、構わない。それと、この場での言葉遣いはもっと気楽でいい。俺とエルシュオンもそうしているからな」
「判りました」
「……っ……判った。話を聞いてから、判断するよ」
シュアンゼ殿下の介入に、エルシュオンは少し冷静になったようだ。焦った姿を見せたことが恥ずかしいのか、少しだけ居心地が悪そうな様子に苦笑が漏れる。
――どうやら、エルシュオンは順調に変化を見せているらしい。
以前のエルシュオンならば、こんな姿は絶対に見せなかった。今は面子が限定されているとはいえ、随分と気安い態度を見せるようになった模様。
そんな友の変化を嬉しく思いつつ、俺はミヅキからの手紙を軽く振って見せる。
「この手紙には最低限のことしか書いていない。だから、これは俺の推測だ。それでもいいか?」
「勿論ですよ」
シュアンゼ殿下からの了承の言葉に、俺は一つ頷くと口を開いた。
「まず、『砦の陥落』。これは『魔導師を脅威として認識させるため』だ。ああ、怪我はさせても殺してはいない。その怪我もミヅキが治している」
「一応は気を使ったということか」
「いやぁ? 寧ろ、逆だ」
『は?』
ほぼ全員が怪訝そうな顔になった。面白そうな顔をしているのはアルジェントとクラウス、シュアンゼ殿下。
後は……ああ、双子の片割れとグレン殿が達観した表情をしているな。ミヅキの行動がある程度読めるせいか、間違っても『善意からの行動』には思えないらしい。
「手紙には『落とした砦の数』、『その際の行動』、『最終的な決着』、そして『時刻』が明記されている。ちなみに、場所は森の近く。彼らが持っていた武器は破壊したそうだ。そして、時間は『夜になりかけた頃』」
「時刻……?」
「何か関係しているのでしょうか?」
セレスティナ姫とエメリナは不思議そうだが、騎士達――特にクラウスは何かを察したらしく、笑みを深めた。
「ミヅキの治癒魔法は『体の治癒能力を爆発的に高めるもの』であって、『魔力によって肉体を補うこと』ではない。つまり、体力を消耗する。それまでの戦闘に加え、治癒による体力の消耗。血の付いた服装で武器もなく、夜の森を抜けられるか? まあ、『夜の森を抜ける』という選択をしたのは兵達自身だが」
「それはっ!」
最初に気付いたのは騎士達。やがて、込められた悪意に気付いた者達が、はっとした顔になる。
「ミヅキ達は砦を落としたが、『誰も殺していない』。これは同行している『他国』の守護役達が証言するだろう。その上で、兵達自身に選ばせたのさ……『魔導師の脅威をいち早く知らせるためには、夜の森を抜けなければならない』のにな」
夜の森を抜けようとしたのは、ハーヴィスの兵達の判断だ。朝まで待つなり、武器を調達するなりはできたのだから。
つまり、『死亡しても、ハーヴィス側の責任』なのだ……『ハーヴィスの兵達に責任感があったからこそ起きた悲劇』なのだから。
自国の兵の質の高さを証明するため、ハーヴィスは納得しなければならない。
これを悪意以外に何と呼ぶ? ミヅキは判っていて、この策を組み立てたのに。
勿論、そうした理由も納得できる。寧ろ、これはイルフェナのための行動なのだ。
あいつは……俺の親友は。
とんでもなく性格が悪い癖に、日頃から過保護を発揮する身内には、とことん甘いのだから。
「ミヅキはな、襲撃犯達がこの国の騎士達の矜持を踏み躙ったことを許してはいないんだ」
「え? まあ、それは判るけどね。だけど、部外者が口を出すことではないよ。ミヅキとて、それは判っているはずだ」
納得しているのは、エルシュオンが彼らの誇り高さを知っているからだろう。
襲撃の際、守り切れなかったことは事実と受け止め、エルシュオンの騎士達はどんな処罰にも従う姿勢を見せた。
そこで個人の感情のままに介入し、処罰を甘くするのは、彼らの誇りを余計に傷つけるだけであろう。
「この件に関し、騎士達が報復をすることはできない。だが、柵のないミヅキは『許していない』。なあ、似てると思わないか? 『守ることに誇りを持つ者達の矜持を踏み躙る行為』。俺達への襲撃と同じ思いをさせたんだよ。いや、それ以上かな? あちらの砦は、二個も陥落したんだから」
「ああ、そういう意味での『報復』か!」
「『遣られたら、十倍返しが礼儀』だからな、あいつ。数は二倍、屈辱も倍ってところじゃないか?」
騎士達はこれに気が付いたからこそ、笑みを深めたのだろう。彼らとて、ミヅキを仲間と認識する者達……単純に、仲間のお礼参りに行ったなどとは思うまい。
だが、ミヅキがこの出来事を起こしたのは、もう一つの意味があるのだ。
「あとは……『イルフェナに落としどころを持たせる』ってことだと思う」
「え?」
「エルシュオン。俺、言ったよな? 『エルシュオンはどうしたいんだ?』って」
「あ、ああ……確かに、言ったね」
思い出したのか、頷くエルシュオン。これはさすがに意味が解らないのか、皆も不思議そうな顔をしている。
「正直なところ、いくらエルシュオンが穏便に済ませたいと思っても、今回の件は無理だ。ゼブレストだって無理だと思う。俺達自身が穏便に済ませたいと思っても、国として舐められるわけにはいかないから」
いくら他国が味方してくれようとも、全ての者達が味方というわけではない。
『国としての対応』を見せない限り、侮ってくる奴はいるのだ。そうならないためには、厳しい対処をせねばならない時もある。
……だからこそ、ミヅキはセイルを同行者に選び、行動を起こした。
「だがな、ミヅキの後見人はお前だろ。同行しているセイルは俺の騎士にして、クレスト家の者。イルフェナ、ゼブレスト双方……もっと言うなら、俺とお前には監督責任があるだろう。勝手を許し、その結果、砦が落ちた。これは軽いことじゃない。……取引材料にできるんだよ。元凶はハーヴィスだから、こちらが和解案を示せば食いつくだろう。お前の望む通り、『穏便に解決できる』んだよ」
『な……っ』
「セイルの気も済んでいるだろうから、うちもこれで手打ちだな。まあ、ハーヴィスからの謝罪は必要だが」
ほぼ全員が唖然となった。そんな彼らに、そうだろうなと同意を示す。
イルフェナが有利に進められる状況だろうとも、当のエルシュオンがそれを望まないならば、『望む状況に持っていく』。
ミヅキが懐いているのは親猫たるエルシュオンであり、優先順位はイルフェナよりも高い。
セイルとて、そんな裏と砦陥落の事実があるならば、振り上げた拳を収めるだろう。殺伐思考の騎士だろうとも、俺にとっては一時の報復でなくしたくはない存在なのだ。
「まったく、あいつらしい。懐かれてるよな、エルシュオン」
唖然とするエルシュオンへと、俺は楽しげな笑みを向けた。
――あの自分勝手で、自己中な外道魔導師殿は、どこまでも俺達の味方なのだ。
ちょっぴり優越感を感じているルドルフ。
魔王殿下が気付かなかったのは、自分が守る側という自負があるから。
勿論、主人公はそんなことなど全く気にしません。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※活動報告に『魔導師は平凡を望む』26巻の詳細を載せました。
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




