サロヴァーラへ寄り道を 其の三
『……もしかすると、亡き母君が影響しているのかもしれん』
その言葉を聞いた途端、私とティルシアは顔を見合わせた。
そう、そうだよ、アグノスのお母さん! 彼女の情報って、これまで殆ど聞かれなかったじゃん!
……ただ、こればかりは仕方ないとも思えてしまう。
ハーヴィスが閉鎖的な国である以上、他の国との交流もなきに等しいはず。情報だって当然、少なくなるだろう。
国王夫妻ならばともかく、側室の一人なんて、よっぽど表に出て来る立場――外交を担うとか、何らかの方面で名を残している場合――でない限り、知っていても名前くらいじゃないか?
第一、アグノスのことさえ、情報が殆どなかったじゃないか……『あの』黒騎士達でさえ!
「ちなみに、どんな人だったんです?」
興味本位で聞けば。
「それがな……侯爵令嬢だったことと、体が非常に弱かったことくらいしか知らんのだよ」
サロヴァーラ王はすまなそうに、けれどはっきりと言い切った。
……。
なんだと?
「え、いやちょっと、いくら何でも、情報がなさ過ぎでは!?」
「う、うむ、確かにな。だがなぁ、国同士の交流も殆どない上、先ほども言ったように、非常に体が弱かったらしくてな……自国内でさえ、あまり情報が出回らなかったと聞いている」
「……。それって、『体が弱過ぎて、結婚前は自分の屋敷から出なかった』ということでは?」
「おそらく。他には……穏やかな性格の心優しい令嬢といったくらいか」
サロヴァーラ王の様子を見る限り、本当にそれしか情報がないのだろう。
情報不足とか、密偵の力不足というわけではない。言い方は悪いが、本当~にそれしか情報がなかったと思われる。
……が。
これまで各国の側室様達を見てきた私からすれば、この状況はかなりおかしい。
「その人、側室なんですよね? 愛人とか、妾ではなく」
「ああ、側室で合っている。だからこそ、アグノス殿は『王女』なのだからな」
確定らしい。だが、私としては『よく側室にする許可が出たな?』と思えてしまう。
別に、愛人や妾といった人達を低く見ているわけではない。単純に、役割が違うのだ。
判り易く言うなら、『側室=お妃の一人』。
当然、お仕事や義務のある立場です。キヴェラやコルベラの側室様方を思い返しても、この認識は正しいだろう。
そんな立場だからこそ政に口を挟む場合もあるし、国において力を持つ人もいる。時に正妃の力となり、時に代理を務めるキャリアウーマン的存在ですよ。
現在の南に属する国々は特に、こういった傾向が強い。理由は勿論、キヴェラの先代こと戦狂いが原因です。
勿論、例外もあるけれど……大抵は『能力がある』『子を沢山産めそう』といった基準で選ばれる可能性が高いだろう。
その一方で、貴族達のパワーバランスを保つために嫁ぐ人もいるので、彼女達の背後には実家を含めた派閥が控えていると言ってもいい。
こちらは完全に政治の駒扱いなので、実家と意見が合わない場合、本人は物凄く苦労すること請け合い。言いたくはないが、サロヴァーラ王のお妃二人はこういったことの犠牲者だ。
医療技術があまり発達していないこの世界において、『血を繋ぐ』という役目は最重要。
だけど、側室という立場はそれだけで済むはずはない。
対して、愛人は『癒し要員』。こちらは軽く見られがちで正式な奥さんでもないが、お仕事や義務がない。
子供ができたとしても、正式に王家の一員として認められるかは怪しい。まあ、王家の血を継ぐ者は居た方が良いので、秘かに近い血筋の家に養子に出されて確保、だな。
政略結婚上等な階級だからこそ、単純に愛に生きるわけにはいかないのだよ。資質や能力がない人が身分の高い人の伴侶になると、それはそれは大変です。高望みはしない方が良い。
……そういった前提条件を見ると、不思議に思うわけですよ。『どうして、アグノスのお母さんは側室になれたんだ?』って。
・パターン1『貴族のパワーバランス維持のため。該当者が他に居なかった』
「……。違うだろうな」
「違いますか」
「うむ。そういった要素がなくはないだろうが、実家の侯爵家は派閥を率いていたわけではないはずだ。それならば公爵家の方に話が行く。血の近さが気になるならば、伯爵家あたりまで下げるだろう」
「なるほど」
「それ以前に、王女とはいえ、アグノス殿には実家の息もかかっておらんようだしな」
結論:可能性は限りなく低い。
・パターン2『先代の遺言』
「叶わなかった恋を、息子の代で叶えようとしたとか? もしくは、何らかの約束事があったとか」
「ないな」
「そんな、あっさりと」
「そのようなことが過去に起こっていたならば、ハーヴィス内で話題になると思うぞ? 王家に貸しを作っていたとしても、野心がなければ成り立たん。『叶わなかった恋』というのも、ないだろうな。あそこは王が強い。多少の無理は通ってしまうだろう」
「確かに」
「それに、そのようなことがあれば民が噂するであろうよ。民は恋物語が好きだからな」
「ああ、娯楽的な意味で民に受けると」
「娯楽……ま、まあ、否定はしない」
結論:民の噂にもなっていないので、ありえない。
・パターン3『ハーヴィス王が我侭を言った』
「……」
「……」
「否定する要素がないな」
「これですかねぇ……? 正解だった場合、ハーヴィス王は『愛する人の体調も考えず、自分の我侭を押し通した』ってことになりますけど」
「……。正妃でなければ大丈夫と、考えた可能性はある」
「ああ、どちらかと言えば、王妃と側室の確執の方が厄介だと思ったってやつですか」
「仲が良い家ばかりではないからな」
結論:正解の可能性・大。
「ってことはー、ハーヴィス王の独断で側室になって、子供を産んで死んじゃったと」
かなり投げやりな感じになっているが、どうにもその可能性が高い。ハーヴィスという国が鎖国状態で、王の権力が強いということも一因だ。
そして、王妃様が彼女を側室に迎えることを反対していたならば……王妃様をアグノスに関わらせなかったことに納得できる。
ハーヴィス王妃は責任感が強い人のようだ。彼女が『血の淀み』を持つアグノスを放置していた……というのも、考えにくいもの。
これじゃね? これが正解じゃね?
「ですが、側室になられたアグノス様のお母様やご家族は、何も思わなかったのでしょうか」
首を傾げながら、リリアンが口を開いた。
「私やお姉様のお母様のお姿を思い出す限り、側室であっても、正妃と仲が良くても、苦労がないわけではないのです。貴族、それも侯爵家のご令嬢ならば、ご自分が背負えるものか判断できないものでしょうか?」
「……そうね、私もそう思うわ。ミヅキとお父様の推測も納得できるけれど、王家に嫁ぐということは大変よ? その判断ができないような方だったのかしら」
リリアンに続き、ティルシアも疑問を口にする。二人は自分達の母親のことがあったからこそ、余計にそう思えるのだろう。
サロヴァーラ王もそれは同意見らしく、首を傾げている。
……だが。
「その人が物凄く体が弱くて、社交をろくに知らなくて、ほぼベッドの上で生活するような人だったら、『知らなかった』という可能性があるよね」
「「「は?」」」
「いや、だからさ? リリアンやティルシアの意見って、『それなりに貴族として学んできたご令嬢』っていう括りでしょ。私も魔王様に教育されたから言えるけど、『学ぶ機会がなければ知らないまま』なんじゃない?」
マナーにしろ、ダンスにしろ、体が弱ければそこまで学べまい。本人の遣る気以前に、体がついていかないのだから。
これはご令嬢自身の資質が、どれほど優れていたとしても同じ。『身に付ける』のは簡単なことではない。
第一、社交の場に出られないようなご令嬢に婚約者がいたとは思えなかった。家族としても、余生を実家で穏やかに過ごしてほしかったんじゃないのかね?
「……もしや、かのご側室は王家の人間としての在り方を理解されていなかったのかしら。いえ、貴族としての在り方さえろくに知らなかったならば、『御伽噺のような幸せ』を信じていても不思議はないわね」
「アグノスのあの状況は、彼女の乳母が『御伽噺に依存させる』っていう方法を取ったからだと思っていたけど、この乳母も普通は王女としての在り方なんて知らないよね。王も、無理に嫁がせた以上、大事にしただろうし。……あれ? 元凶って……ハーヴィス王とアグノスのお母さん……?」
ティルシアと言い合い、思わず顔を見合わせる。
もしや、アグノスの母親って、マジでこんな人だった? しかも、王に守られ、現実を知らないままだったら……彼女は『そんな生活しか知らない』じゃないか。
傍に居た乳母とて、大事なお嬢様の生活ぶりしか知らないだろう。他の側室のことなんて、彼女が知る機会はないだろうし。
そんな『御伽噺のように、愛し愛される生活しか知らない人』が、残していく娘の幸せを望んだとしたならば。
どう考えても、『自分と同じ幸せ』が基準になるのでは……?
「ずっと、アグノスがああなった元凶は乳母だと思っていたけどさ……本当の戦犯、母親じゃない? 次点で責任感皆無のハーヴィス王。最愛の人が亡くなった後、娘をろくに構わなかった気がする」
深々と溜息を吐きながら結論を言えば、皆は何とも言えない表情を浮かべた。
ええ、ええ、その気持ちも判りますよ。お花畑な夫婦が立場や現実を全く考えず、『私達にとって、最高に幸せな姿』を乳母に見せ付けた挙句、娘の世話を丸投げしたってことですからね!
でも、これなら納得できるんだ。藁にも縋る思いだった乳母が、バラクシンの教会の教育方針に光を見出した理由も。
そりゃ、『御伽噺のお姫様』に育て上げることに疑問を持たんわな。だって、アグノスの母親は『優しいだけ』で良かったんだもの。
多少は精神的な苦労があったかもしれないが、それはあくまでも実家に居る時と比べた場合。幸せに過ごせたならば、絶対に、彼女は普通の側室として過ごしていない。
「アグノス殿ばかりが異様だと思っていたが、その教育を施した乳母殿や周囲の状況にも問題があったようだな。だが、ハーヴィス王は……アグノス殿を見るのが辛かったのやもしれん。そこまでして迎えた最愛の妻の命を、アグノス殿は奪ったようなものだからな」
「お父様、本当の元凶はハーヴィス王でしてよ。同情の余地はございませんわ。そこまでの我侭を通す以上、しっかりと子に責任をもたなければ。そもそも、いくら側室様ご自身が子を望まれようとも、『子を望まぬ』と言い切ってしまえば良かっただけですもの」
「子を望む妻の願いを、無下にできなかったのか……。まあ、他国に嫁がせることは考えていなかっただろうから、ずっと自分が面倒を見るつもりだったのやもしれんぞ?」
「そうであっても、あまりにも無能ですわ。此度のハーヴィスの対応を見る限り、私達の予想もあながち否定できませんし」
ですよねー、ティルシアさんに賛成です。
あれか? ハーヴィス王は『最愛の人の我侭は全て叶えてあげたかったけれど、娘を見るのも辛いんです!』っていう状況だったとか、言わねーだろうな?
王妃の干渉を抑えているから、それで娘を守った気になっていたとか? 後はアグノスの周囲の者に報告だけさせて、娘の面倒を見ている気になっていたとか。
その結果が、乳母や周囲に居る人間に世話を丸投げですか? 『どうせ、ずっと手元に居るだろうから』って……?
「何と言いますか……アグノス様ご自身はどう思っていらしたのでしょうね?」
不意に聞こえた声に、皆がリリアンの方を向く。リリアンは……どこか痛ましげな表情をしていた。
「皆様が話していることが事実とは限りません。ですが、事実だった場合、アグノス様はお母さまのご希望に沿った生き方を強要されてきたように思えてしまうのです」
「まあ、ねぇ……。魔王様への襲撃は許せないけど、同情の余地はあると思うよ」
「あら、ミヅキでもそう思うの?」
「私はきちんとお世話されてるもん」
いやいや……ガチで、ハーヴィス王が今回の発端じゃね?
無自覚のまま、正解を突き止めた主人公達。
情報の他に比較対象(サロヴァーラ王一家)が居ることが大きいです。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※活動報告に『魔導師は平凡を望む』26巻の詳細を載せました。
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




