親猫は今日も胃が痛い
――イルフェナ・騎士寮にて(ルドルフ視点)
使者殿の気絶により、話し合いが中止され。
俺達はミヅキの友人一同が待つ、騎士寮へと集っていた。当然の如く、話し合いの内容は彼らに筒抜けだったりする。
そして、俺は。
「くっ……あはははは! いやぁ、良くやった! エルシュオン!」
特大の失言というか、話し合いの場を混乱させた元凶を前に、テーブルをバンバンと叩きながら大笑いしていた。
いやいや、あれに笑うなという方が無理だ。俺は悪くない。悪くないぞ?
「ルドルフ……君、ねぇ……!」
「だんだんと化けの皮が剥がれて、最後は立派に飼い主だったじゃないか。そりゃ、使者殿も困惑するだろうさ。何で、愛猫の家出に一番怒ってるんだよ!? 意味が解らんわ!」
笑い続けて涙が滲んできた俺に、エルシュオンはジトっとした目を向けてくる。
だが、全く怖くない。威圧込みだろうとも全然怖くないぞ、エルシュオン!
「やはり、その場に居たかった」
「見物でしたでしょうにねぇ……」
残念そうなセレスティナ姫とエメリナの姿に、そうだろう、そうだろうと頷いておく。
残念ながら、彼女達には参加する権限がなかった。……まあ、『コルベラの女騎士セシルと侍女のエマ』としてイルフェナに滞在している以上、無理な話なのだが。
それでも、会話だけはしっかりと聞いているのだ……ミヅキと大層仲が良いこの二人の性格を考えれば、『是非ともこの目で見たかった!』という心境なのだろう。
そして、それはこの二人に限ったことだけではない。
「『サロヴァーラでお会いした時、これまでの噂と一致しないエルシュオン殿下の言動に困惑した』とテゼルトが言っていたけれど……うん、まあ、そうなるよね。ガニアの一件の際、魔道具を介したミヅキとの会話を聞いていた私でさえ、ちょっとこれは予想外だった。……ふふっ」
「……。シュアンゼ殿下、無理して笑うのを堪えなくても良いですよ。自業自得ということは理解しているので」
「そう? まあ、これでも私はガニアの王族だから。他国の王子のことを笑うのはちょっと、ね……っ」
言いながらも、シュアンゼ殿下は横を向いて肩を震わせている。さすがに従者の方は笑っていないが、微笑ましそうな目を向けられて、エルシュオンもいたたまれなさそうだった。
従者……ラフィークは決して、エルシュオンを笑っているわけではない。寧ろ、本心から微笑ましがっているのだ。主である、シュアンゼ殿下が楽しそうなことも一因だろう。
ただ、当人からすれば、そういった目を向けられるのは気恥ずかしいものでもあって。
結果として、エルシュオンは口を閉ざすに至ったのであった。
親猫、従者の全開の善意に敗北す。
さらっと流せないエルシュオンの姿に、以前、ミヅキが『魔王様って恐れられるか、敵意を向けられることが大半だったから、好意に慣れていないんだよね』と言っていたことを思い出す。
……。
そうだな、まさにその通り! こんな姿を普段から見せていれば、威圧があろうとも、あそこまで悪意を向けられなかった気がする。
王族という立場もあり、エルシュオンの外交における態度は『上位の者』という印象が強い。そこに威圧と、傲慢にも思える余裕ある口調が相まって、『魔王殿下』のイメージが作り上げられたのだろう。
勿論、その流れを作ったのは、エルシュオンに向けられた悪意である。ただ、上手く受け流せなかったエルシュオンにも問題はあったのだろう。
我が友は意外と不器用だったようだ。
多分、エルシュオンとミヅキを足して二で割ったら、丁度いい。
ミヅキも態度に問題ありだが、あいつは状況に応じて態度を使い分けるからな。しかも、それを上手く利用する。
弱者を演じて手札を集め、強者に転じて息の根を止めに掛かるのだから、大変性格が悪い。ミヅキが自分を悪く言われても怒らないのは、単に相手の失言を狙っているだけである。
良くも、悪くも、ミヅキは器用なんだよなぁ……その『器用さ』がろくでもない方向に全振りされているので、敵になった奴は素直に謝罪した後、一発ぶん殴られた方が良い。
それが一番傷が浅いと、俺は自信を持って言える。
利用価値がなければ、それであっさり忘れてくれるのだから。
「まったく……どうなることかと思ったわ」
「まあまあ……セリアン殿とて、口を挟めなかったでしょうに」
「挟む余裕がなかったのです! 陛下への報告、どうしましょう……!」
「あ~……儂も『あの』遣り取りを陛下に報告するのか」
常識人組……もとい、宰相補佐殿とグレン殿が揃って溜息を吐く。
彼らは国から派遣されている――イルフェナに来た建前は別として、実際には国から送り込まれている――ため、報告の義務があるのだろう。
……。
確かに、嫌だな。あの遣り取りを報告するのって。
言葉で飾るのも限度があろう。どう取り繕っても、後半のエルシュオンの発言は誤魔化せない。
ミヅキ曰く、アルベルダ王は『陽気で豪快な、少年の心を持つ親父様』。カルロッサ王は『遊び心を持つ、話の判る人』。つまり、どちらもミヅキのぶっ飛んだ言動に驚かない希少種と予想される。
アルベルダ王はともかく、カルロッサ王は唖然とするんじゃないかと思ったりするが、以前、ミヅキが『ジークの生産元だぞ、あそこ』と言っていた――つまり、ジークフリート殿は父親似(=王家の血)――ので、多分、大丈夫だろう。
どちらもミヅキに理解がある方のようなので、エルシュオンの失言も『親猫、ご乱心!』で済ませてくれそうだが、問題はその他の皆様である。
ミヅキに続いて、魔王と呼ばれた王子の言動に、どう言って良いか判らなくなるに違いない。哀れである。
「うちは陛下も、ルーカス様も、慣れていますから。そのままを報告しますよ」
達観した目になっているサイラス殿が、溜息と共にそう零せば。
「我が国もそのまま報告いたします。魔導師殿だけではなく、あの当時滞在されたイルフェナの皆様の遣り方を目にした者も多い。そのまま広まってしまっても、問題ないでしょう」
「あ~……サロヴァーラは魔導師殿が盛大に暴れたんでしたっけ」
「ええ。ですから、エルシュオン殿下の発言は『魔導師殿を案じている』と受け取られると同時に、後見人としての言葉とも受け取られるのですよ。いくら何でも、この状況においてエルシュオン殿下に後見人としての務めを全うせよとは言えないでしょう」
「うわ、えげつない……!」
「当然のことです。此度の非は全てハーヴィスにあります」
つまり、『ハーヴィスの妨害により、エルシュオンは魔導師を管理する役目を全うできなかった』ということにする、と。ハーヴィスが突きそうな問題を、先手を打って潰す気らしい。
ヴァイス殿の発言に、サイラス殿が顔を引き攣らせる。真面目な顔して、ヴァイス殿は中々に腹黒いようだ。気付いた面子は、面白そうな顔をする者とぎょっとする者に分かれている。
……。
まあ、大半は面白そうな顔をしているが。
真面目で善良なだけの奴が、サロヴァーラの王家側で生き残れるはずはない。彼はサロヴァーラの一件の際、ミヅキの護衛を王直々に任されたらしいので、『様々な意味で』優秀なのだろう。
そもそも、まともな公爵家だったら、それなりの教育を施す。国の暗部にさえ携わる家柄である以上、物語に出てくる善良な騎士のようには育つまい。
どうやら、今回は中々に楽しい面子が揃ったようだ。互いの意見を交わし合い、報告の方向性を確かめ合った結果、基本的には皆同意見。ついつい、ほのぼのとした空気が満ちる。
――そんな中、響く声。
「君達さぁ……私で遊んでいないかな?」
ジトっとした目で、エルシュオンが俺達を見ていた。
「どうした、エルシュオン? 別にお前を仲間外れにしていたわけじゃないし、飼い主発言を笑ったわけでもないぞ? 寧ろ、良くやったと思っているが」
「飼い主……」
「親猫でも、保護者でもいいけど、とりあえず『愛猫が家出した元凶を怒鳴りつけた』ってことだけは、誤魔化しようがないから」
ズバッと言ってやれば、自覚があるのか、エルシュオンは顔を赤らめそっぽを向いた。
自覚があるようで、何よりだ。これで無自覚発言だった場合、今後の対策も必要になってくるじゃないか。
「た……確かに冷静ではなかったかもしれないけどっ」
「まあ、それは置いといて」
「え゛」
唐突な話題の切り替えに、ぴしっと固まる一同――例外は騎士寮面子とガニア主従、グレン殿だけだ――をよそに、俺はエルシュオンと向き合った。
「実際のところさ、お前はどうしたい? ミヅキが暴れるのは確実だから、ハーヴィスがノーダメージってことはない。他国からの評価も然り。イルフェナが何らかの行動を起こす必要がないところまできていると、俺は思う」
「……。そうだね、私もそれは同意見だ」
「だから、後はイルフェナの気持ち次第ってことだろ。エルシュオンはどうしたいんだ?」
俺の問いかけに、エルシュオンは暫し、考えるように目を眇め。
「ミヅキの被害次第、というところかな」
……安定の親猫発言をかました。
「いやいやいや! そこまでミヅキ中心に考えなくていいから!」
「仕方ないだろうっ! 今回、あの子がどの程度暴れてくるかなんて、想像がつかないんだよっ! 今回のように私が害されたことはないし、同行者もセイルリート将軍とジークフリート殿なんだ……この戦力過剰状態の暴走組の被害を一体、どう想定しろと……?」
「「ああ……」」
心当たりのある俺とセリアン殿が、揃って目を逸らす。ま、まあ、そうだな。ミヅキだけでも被害が読めないのに、守護役の中でも群を抜いて物騒な二人――二人とも戦闘特化型――が同行者。
しかも、セイルは俺も危険に晒されたことでガチギレしていた。ジークフリート殿は『戦闘狂モードになると、満足するまで周囲の声が聞こえない』と聞いているから、ミヅキかセイルが止めない限り、その状態が続くわけで。
Q・ただでさえキレている二人が、頼もしき戦闘狂を大人しくさせるのか?
A・そのまま放置。どころか、煽る可能性・大!
そりゃ、エルシュオンも困るだろう。『遠足』とは言っていても、詳しいプランなんて誰も知らないのだから。
その場合、同行者がどれほどミヅキを抑え込めるかになるわけだが……止めないだろう、誰も。
「しかも、双子の片割れの姿が見えないしね? ……こうなると、捕まえることも不可能だ。帰って来るのを待つしかない……」
「おや、バレていましたか」
「まあ、あいつらは三人で行動していることが多いからな」
項垂れ、深々と溜息を吐くエルシュオン。苦笑しながら『仕方ない』とばかりに零す白と黒の騎士には――清々しいほど、罪悪感がなかった。
主従でありながら、彼らは本当に距離が近い。幼馴染である二人とは以前も距離が近かったが、最近は前以上に遠慮がなくなっているような気がする。
「まあ、なるようにしかならないさ」
「その原因の一人は君の騎士だろう!?」
「無理。俺が危険に晒され、エルシュオンが害された以上、セイルは絶対に怒りを収めない。って言うか、俺が命じた。そもそも今回、俺は全面的にミヅキの味方」
「え゛」
「俺はいつまでもお前に守られる存在じゃないんだよ。たまには行動するさ」
にやりと笑って、得意げに胸を張る。ミヅキだけじゃなく、俺だって成長するんだよ? エルシュオン。
会話の内容はともかく、割とこの面子に馴染んでいる魔王殿下。
騎士寮面子はそれを微笑ましく見守っているため、発言ほぼなし。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
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※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




