再会は突然に
もう1人登場人物が増えます。
バラクシンの使者夫婦と対面後。
あれからずっと寮で引き篭もり生活実行中です。会いたくないんだもん、あの子と。
あの日彼女は客室に引き上げてから旦那様に叱られたらしい。
うん、叱られて反省するのはいいんだ。次に経験を活かせるから。
が。
『ミヅキさんにも謝りたい!』と言い出したんだそうな。これを聞いて自分の選択は正しかったと痛感したね。
魔王様にも誉められたので自分は間違っていなかったと自信を持って言えますとも。
私は『今後一切関わる気はない』と言ったよね?
許してくれるまで謝るとか言う気じゃあるまいな?
求められない謝罪を押し付けることはただの自己満足だって知ってる?
それで許さなかったら『ちゃんと謝ったのに酷い』とか言われる可能性あるよね?
以上、私の勝手な想像ですが誰も疑い過ぎだと言わないんだな。抱いた印象は一緒か。
うざい。物凄くうざい。
健気・素直・一生懸命がマイナス要素になるなんて思いませんでしたよ。
しかも本人は『私が悪かったんだから謝らなきゃ!』としか思ってないし。
本っ当に乙女ゲームの主人公のようです、彼女。
自分の主張ばかりで人の話を聞いてないのかよ!?
私の話と旦那の説教で学んだ事はありませんでしたか、無駄でしたか。
旦那の方は知らんが、私は『国の恥になるから貴族に相応しい行動をしろ』って言ったんだけどな? 勿論、しっかりと理由を説明して。
バラクシンの常識がイルフェナ・ゼブレストと違うのかと思ったけど、そんなことはないらしい。
つまり、彼女が全然理解してないってことですね。いや、自分が悪いことは理解したけどその後の行動が伴っていないというか。
さすがに勝手な行動をとられては困ると彼女は部屋に閉じ込められているけど、護衛の騎士達に『ミヅキさんに会わせて』と御願いをしてるから全部報告されてます。
おい、他所様の国でそんな勝手な行動が取れるわけなかろう。連れ出したりしたら護衛は処罰されるんだぞ?
ただでさえ良い印象を抱いていなかった近衛の皆さんは更に怒りを募らせているとか。
あ、これは先日の出来事が縁で話すようになった近衛騎士達からの情報です。時々こちらに御飯を食べに来るようになったので、ついでに彼女の情報を伝えてくれます。
魔王様からの気遣いでしょうねー、これ。うん、絶対に王宮には行かない。
ていうかね、会ったら殴りそうです。視線を合わせようものなら無意識に威圧が発動しそうです。
そんな中、本日はもう一件他国からお客様が来ています。
こっちはヴォリン伯爵の古い友人だそうで私がお茶菓子を作ることになりました。個人的に親しいから是非食べさせたいんだってさ。まあ、こちらでは珍しい食べ物だもんね。
勿論、本人にも魔王様にも了承を得ているそうな。魔王様があっさり許可を出すなんて信用がある人なんだなあ……あの夫婦とは大違い。
――そこでまさかの再会イベント発生とは思いませんでした。
偶然ってあるものですね……!
※※※※※※※
彼女のことがあるので騎士寮の私の部屋に来てもらいました。同席者はアル他数名の白騎士です。
彼女が抜け出してきてもいいように護衛がついてるのさ、参考にしたのは乙女ゲームの主人公の行動です。本当に来たらどうしようね?
「ミヅキ、彼がグレン・ダリス氏だ。アルベルダの知将と言われる方だよ」
ヴォリン伯爵はそう言って一人の男性を紹介する。四十代半ばといったその人は細身だが目付きは鋭い。
鋭い、のだが。
何故か私を見るなり目を見開き驚愕を露にする。
え、何!? まだ何もしてないよ!?
「お……」
「お?」
「お前、ヴァルハラの関係者なのか……?」
「え……あのゲームの参加者!?」
「その服装、もしやヴァルハラの鬼畜賢者!?」
「誰が鬼畜か、私は敵に容赦が無いだけだ!」
「その反応、まさにそのまま! マジで本人か、中の人か!」
「……アンタ、誰よ?」
「覚えてないか? お前に懐いていた獣人がいただろう」
「懐い、て……レッド? え、嘘、レッドの中身!?」
「中身……変わらんな、お前」
思い出した。居た。居たよ、確かに赤猫って呼ばれてた子が。
あれか!? 中身はこの人だったのか!?
……再会は喜ばしいが中身に衝撃を受けているよ、お姉さんは。
互いを指差しながら声を上げる私達に付いていけない周囲は呆然としている。そんな中、ヴォリン伯爵が遠慮がちに声をかけてきた。
「……その、グレン? 君達は知り合い、なのか?」
「「あ」」
そういえば皆、居ましたねー。驚き過ぎて忘れてましたよ。
ちら、とグレンを見るとこっくりと頷いた。
「同じ世界の友人だよ」
「儂にとっては師匠ともいえるな」
「「は!?」」
私達の発言に今度は皆が混乱に陥ったのだった。
そーだよね、年齢的に向こうが上だもの。おかしいと思うわな。
「とりあえず座って話しませんか? ミヅキの作ってくれたお茶菓子もありますし」
アルの一声でとりあえず落ち着いたのだった。
……さすが貴族、素早く正気に返ってます。
とりあえず座って落ち着こう。どうせ説明するまで彼等も退かないだろうし。
※※※※※※※※
「まず、儂とミヅキは同じ世界で友人だった。それは判るな?」
「ああ。グレン、君は異世界人だったのか?」
「うむ。まあ、こちらに来た時の状況的に説明する暇もなかったからな」
ヴォリン伯爵は知らなかったようだ。アルが「アルベルダは内乱で揉めた時期があったのですよ」と説明してくれる。
……そうか、内乱真っ只中の国に来て巻き込まれたから守護役どころか異世界人だと言い出す暇が無かったのか。
「ミヅキ、儂がこの世界に来たのは二十七年前だ。お前はどのくらいだ?」
「二十七年前? 私は三ヶ月かな」
「やはりな……同じ時代でも落ちた時間に差が出るのか。場所も一定ではないようだな」
どうやらかなりの時間のズレがあるらしい。それならば高い技術が過去に残されているのも頷ける。
いくらアンシェスの技術を参考にしたと言われていても『元を知らなければ不可能な物』らしきものがあるのだ。
一番に挙げられるのが風呂やシャワー、トイレなどだろう。魔術も使われているのでこの世界の人との共同制作といった感じだ。アンシェスで使われていたものの再現らしいが、私が不自由しない出来である。
先生の所で見た本によるとこれを考案したのは『異世界の女性』だそうだ。『大変綺麗好きだった』とのことなので現状に耐え切れなくて必死に生活の場を整えたと思われる。
現実問題として医療があまり発達していないこの世界、衛生的な環境だけでも整えないと命の危機だったんじゃないのか。病気に対する治療法が薬しかないのだ、高度な医療技術をもった時代から来たのなら病に倒れる=死という認識だろう。
医者でもない限りできることは衛生環境の改善一択だ。結果として病死する人が激減し、彼女は医学の本に必ず登場する存在となっている。
「で、お二人は友人との事でしたが……師匠、とは?」
アルが困惑気味に聞いてくる。知将といわれる人物が明らかに年下の私を『師匠』呼ばわりすることに違和感があるのだろう。ヴォリン伯爵もそれが聞きたいとばかりに頷いている。
「私達の世界は仮想現実といって現実とは異なる世界で遊ぶ事ができる。そうだなー、仮の姿を作り出して物語の中に入りその世界で生活することが可能って言った方が判り易いかな?」
「物語の中、ですか?」
「うん。現実とは違う空想の世界で過ごす事ができるって感じ。勿論、自分の分身がね」
「……なんとなくですが理解できました。では、その空想の世界で御二人は友人だったわけですか」
「私もレッド……いや、グレンも同じ軍師という立場だったから仲が良かったんだよ」
「儂の方が後輩でな、所属する組織は違ったが拠点のある国は同じだから交流があった」
拠点が近いし敵対関係にもならなかったからギルドぐるみで仲が良かった。サービスが終了した今となっては懐かしい思い出だ。
「それで師匠と呼ぶからにはミヅキが貴方に戦術を教えたと?」
「うむ。全てではないが実に参考になった」
「あのさ、グレン。それ実用的って意味だよね? この世界でも通じたの?」
「勿論だ。お前とて軍事訓練用だったという噂は聞いたことがあっただろう? 天候による影響を踏まえた策、地形の利用、自軍の情報の把握、それに伴う戦略の組み立て……十分この世界で儂の力となった。それは儂が知将と言われていることからも想像できるだろう?」
確かに妙にリアルな世界設定ではあった。レベルやスキルが勝利に繋がる全てではない、あらゆる条件が多大に関わってくるゲームだったのだ。
何せ『戦乱』時には雨が降った後の戦場で土砂崩れを起こし、上位ギルドを全滅させるという弱小ギルドがあったくらいだ。地形状況を利用した知恵の勝利である。
そんな世界で有能な軍師だったのなら現実でもそれなりに通用しただろう。本人が更に努力した事と、この世界が非常にゲームの世界と似ていることも大きな要因だが。
ただ必要なのは覚悟だった。ゲームと現実の一番の違いは『人が死ぬこと』なのだから。
策を練ろうとも、それに伴う犠牲を背負えなければ味方の信頼は得られず自分も罪の意識に苛まれるだけだろう。グレンが知将と呼ばれる存在と成りえたのはそれらを超えてきたからだ。それは私が敵を容赦無く切り捨てられることにも通じる。
アリサがそういったものに興味の無い生活をしてきたというなら私達と比べるのは酷というものかもしれない。まあ、彼女は何かを求められる環境ではなかったようなので現状は本人の状況把握の甘さが原因だが。
「ミヅキの優秀さはそういった経験があったからなのですね」
「状況を把握し情報を活かす冷静さは培われたから確かにそういえるのかも?」
「しかし、知っているのが仮の姿だけの割にグレンはよく気付いたな?」
ヴォリン伯爵が感心半分呆れ半分に尋ねている。
「そりゃあ、儂の知るミヅキはこの本体の性別を男にして髪と瞳の色を変えただけだからな。何よりその服はミヅキ専用だったはずだ」
「あー……ミヅキ、君が判らなかったのは」
「グレンは全然違う姿だったからですよ。年齢的には十二歳くらいの大きな耳とふさふさ尻尾のショタっ子です」
「ショタっ子言うな!」
「事実じゃん。今は親父だけど」
「あの頃はぴちぴちの十七歳だった!」
姿だけでなく言動もショタと言われた所以なのだが。今の姿で言うと大変痛々しいので黙っておこう。
名のとおり真っ赤な髪と目の可愛い子だったんだよなぁ。紅蓮が本名だったのか。
「男性のミヅキですか……見てみたい気がしますね」
「見れるよ?」
「何!? 是非見せてくれ!」
アルと話していたのにグレンが食いついてきた。何だか凄く必死に見える……異世界で寂しかったのか、やっぱり。
幻術で自分の記憶にあるキャラクターを見せるだけなんだけど、見るだけなら十分だ。
亡霊騒動で試した技術が早速お役立ちです、人生何があるかわかりません。
「えーとね、こんな感じ」
立ち上がって言葉と共に術を発動すると隣に見慣れた姿が現れる。首の後ろで一つに縛った銀髪に緑の瞳、服はそのままだけど身長は本体より十センチほど高くなる。
……まあ、本体と造形は殆ど変わらないから単に髪形が変わった色違いなんだよねえ。男性になるから若干違いはあるかもしれないが女性的な外見だ。
「おお……懐かしいな、あの頃のままだ」
「言葉も聞かせようか? 『久しぶり、グレン。また無茶して怪我したりしてるのかい?』」
「お前に言われたくはないわ! ……はは、よく言われたな」
「確かにこれならミヅキを見て気が付きますね、基本的に変わりませんし」
「『そうだよ? 言葉遣いはさすがに変えたけどね』」
男性としては高めの声はゲーム内のもの。記憶に残るそれはグレンにとっては二十七年ぶりに聞く声だ。
微かに涙を浮かべ懐かしんでいるグレンを他所に皆はしきりに感心し納得している。
……ここに黒騎士連中が居なくて良かった。質問責めにされてしまう。
単に作り込むのが面倒だっただけなんだよな~、無駄に美形率高かったから自分が混ざろうとは思わなかったし。だけど、意外な所で再会の手助けになったようだ。親しかったことも一因だろうけど。
ふと何を思ったかアルが立ち上がると『がし!』と私の手を握った。
「どんな姿でも貴女なら愛せる自信があります! あの姿も十分魅力的ですよ」
「……そうかい。性別の壁は無視か」
「はい!」
……。
無駄に爽やかに問題発言するなよ、私が殴るのを期待しているのか?
アルよ、時々空気の読めない子になるのは何故だろうね?
「ミヅキ……また厄介なものに好かれて……」
グレン、その涙は懐かしんでるからだよね? 哀れんでるんじゃないよね!?
※※※※※※
「ねえ、グレン。向こうで仲間が居たようにこの世界にも仲間がいたんだよね?」
「……ああ。内乱を共に生き抜いたかけがえの無い仲間がな」
「ただ生き残るだけじゃなく、ちゃんと笑えてた?」
「笑って怒って泣きもした。そうして今がある」
「そっか」
「また友人になってくれるか?」
「言われなくても友人関係継続中」
「……そうか」
再会と共に『理解者になれる友人』を手に入れたみたいです、私達。
そして再会して早々に友好度を上げるイベント(=厄介事)があるとは予想もしていなかった。
原因? ……例の彼女ですよ、別世界から来たあの子。
※ゲームについての突っ込みは無しで御願いします。
この世界で認められる異世界人とは知識を持っているだけではなく『この世界で知識を活かし結果を出してきた存在』。
異世界人だから凄いというわけではありません。
アリサは自分をこの世界に合せるということを考えないのであの状況。
それが2人との一番大きな差です。