悪意と友情は密やかに 其の一
――イルフェナにて(ハーヴィスからの使者視点)
……それを聞いた時、一体、何の冗談だと思った。
『王女アグノスがイルフェナのエルシュオン殿下を亡き者にしようとした』
意味が解らず、呆けてしまったとしても仕方あるまい。そもそも、接点がないじゃないか。
我が国は閉鎖的な民族性もあり、他国と殆ど交流がない。そんな状況で、国から一歩も出たことがない王女が他国の王子と知り合うなど、どう考えても無理がある。
いや、百歩譲って、顔だけは知っているという可能性ならあるか。
エルシュオン殿下は美貌と優秀さからそれなりに名を知られている上、『魔王』などという物騒な渾名さえあるのだ。興味を惹かれて、肖像画を手に入れていてもおかしくはない。
しかし、相手は『魔王』と呼ばれる人物。
要は、恐れられている存在ということだ。いくら美しくとも、憧れを抱くだろうか?
そもそも、王族には美しい容姿を持った者が多い。家柄は勿論だが、美しさも王家に望まれる要素であるため、必然的にそういった者達が生まれてくる。
アグノス様とて、そういった者の一人だった。亡き母上にそっくりの儚げな美貌は、彼女を『精霊姫』と言わしめる要因になっているのだから。
……だが、濃い血は時に不幸を招く。
それが……『血の淀み』と言われるものだ。王族の婚姻相手は身分も重要視されるため、必然的に血の近い者達が選ばれることになってしまう。
特に、閉鎖的な我が国では『血の淀み』が出てしまうことが多かった。体の虚弱性、精神の異常、そして……それを補うかのように有している才能、美貌、カリスマ性。
上手く使えば、彼らは国にとって有益な存在となってくれる。だが、対応を誤れば……災厄と化す。
それは周知の事実であった。ただ、扱いきれることは稀なため、多くの場合は幽閉され、ひっそりとその生涯を終えるのが常であろう。
それなのに、アグノス様にはそういった対処が取られていなかったらしい。
いや、ある程度は隔離され、隠されてはいたのだろう。予想外だったのが、彼女の周囲の者達の心酔具合といったところか。
彼らは『国のためにアグノス様を監視する』のではなく、『アグノス様の願いを叶えるために傍に居た』と口々に言ったという。
それを聞いた時に思った。『これが【血の淀み】の持つ魅了か』と。
『血の淀み』を持つ者は浮世離れしており、よく言えばとても純粋なのだという。そこに美しい容姿が加われば、精霊の如き存在と思う者も出るだろう。
王族や貴族といった支配階級は、どろどろとした人の悪意の渦巻く魔境だ。そんな世界に属する者からすれば、その純粋さが輝いて見えるのかもしれなかった。
――だが、その『純粋さ』は時として、最悪の毒となる。
判りやすく言うなら、子供の無邪気さと同じなのだ。命の重さを知らぬからこそ、生き物を悪意なく苦しめ、死に至らせる『残酷さ』。
独自の価値観を持ち、常識に囚われぬ性質だからこそ、『血の淀み』を持つ者達は時にとんでもなく残酷な一面を覗かせることがあった。それ故に、存在を隠されるのだ。
王がそれを知らぬはずはない。
そんな思い込みがあったからこそ、アグノス様の隔離を望む者はいなかった。『ある程度の対処で済むほど、【血の淀み】は軽度なのだろう』と!
それが……他国の王子の殺害を目論んだだと? そのことに対し、全く罪悪感を抱いていないだと……!?
……明らかに異常ではないか。被害が出てしまった以上、気付かなかったなどという言い訳は通じない。
度々、陛下に苦言を呈する王妃様のことを『亡き側室に嫉妬でもしているのか』などと笑っていた者達は顔面蒼白であろう。私とて、彼女の言葉を軽んじていた一人なのだから。
王妃様は正しかったのだ。愚かだったのは我らの方。
厳しい言葉の数々は『女』ではなく、『王妃』という立場ゆえのもの。
国の在り方について改革を求める王妃様の味方は少なく、その意見は大半の貴族達に疎まれていた。そういったこともまた、彼女の言葉を軽んじることに繋がったのだろう。
だが、今となってはそれは単なる言い訳に過ぎない。王妃様の言葉が正しかったと認めるには、少しばかり遅過ぎた。
「襲撃現場となった庭園にご案内しましょう」
穏やかな微笑みを浮かべながら告げたのは、副騎士団長だという優男。その穏やかな表情と物腰に安堵するも、即座に眼鏡の奥の目は笑っていないと気付き、顔を強張らせた。
「当時、エルシュオン殿下は隣国の王であらせられるルドルフ様と共に居られました。お二人は昔からのご友人同士ですし、エルシュオン殿下ご自身がルドルフ様を庇われたこともあって、『此度の襲撃に関して、イルフェナの責を問うつもりはない』とのお言葉を頂いております」
「それは……幸運なことですね」
「ええ。同時に誇らしくもあります。我が国とゼブレストは良き隣人同士なのですよ」
……つまり、『それを許されるほど、懇意にしている』ということ。『【ゼブレスト】という【国】が納得した』ということだ。決して、王の独断ではないだろう。
ゼブレストは数年前まで荒れていたと聞いている。おそらくだが、エルシュオン殿下は国の立て直しに関して何らかの助力をしたのだろう。
そうでなければ、ゼブレストは黙っていまい。『王の身を危険に晒した』ということは事実であり、守り切れなかったイルフェナに責任があると言えばあるのだから。
「そうそう、一年ほど前に我が国が異世界人を保護したのをご存じでしょうか。その異世界人……ミヅキというのですが、彼女は大変な努力家でしてね? 独自の方法で魔法を使えるようになったのですよ」
……唐突な話題の転換に、首を傾げる。だが、騎士は私の困惑を無視し、勝手に喋り続けた。
「ですが、彼女は周囲の者達の助けがあってこそ今の自分に成れたと、そう認識しているのです。義理堅く、受けた恩にはそれ以上の好意でもって返す子なのです。そんな子だからこそ、彼女の周囲には助けられた者達が友として集うのかもしれません」
なるほど、それが噂の魔導師か。『断罪の魔導師』という渾名をつけられるほど他国の厄介事を解決に導いたという、変わり者の魔導師。
本人のことは知らないが、行動だけを見れば『世界の災厄』という認識はされないだろう。どうやら、それなりに大きな功績を挙げているだけでなく、独自の魔法を使うことから、『魔導師』の称号を得たようだ。
そこまで考えて、私は目の前の男が牽制をしていると悟った。『イルフェナには魔導師が居る』――その事実を、話し合いの前に匂わせたかったのだろう。
「友人といえども、他国の者ですから……あまり頻繁に会えないようですけどね。そもそも、異世界人であるあの子は基本的に己の守護役が暮らす騎士寮、そしてその近辺しか行動を許されておりません。住まいも騎士寮の一室ですしね。もっとも、本人がその必要性を理解してくれているので、我々としては非常に助かっております」
「自由を望まない、と?」
「賢い子なのですよ。『異端が勝手な行動を取れば、誰かの責任問題になる』と理解しているのです。異世界人のもたらす知識の危険性さえ、言われずとも察せる子ですからね」
「なんと……」
素直に驚きを露わにすれば、騎士はどこか誇らしげに笑った。言葉の節々に慈しむような感情が汲み取れたので、彼自身も彼女を可愛がっているのだろう。
そういえば、『魔導師は騎士寮で暮らしている』と言っていた。魔術師達と懇意にしているのかと思ったが、どうやら、日頃から接する機会の多い騎士達とも仲が良いようだ。
だが、騎士はそのような世間話で終わらせる気はなかったらしい。彼の本領発揮はこれからだった。
「そして、彼女を最も溺愛しているのがエルシュオン殿下です」
……時が止まった気がした。
「異世界人は常識さえ違うことが当然であり、この世界のことに関しては赤子同然。そんな彼女を最も案じ、必要なことを教育し、できる限り自由であれるよう取り計らっているのが、後見人であるエルシュオン殿下なのですよ」
「は……そ、それほどまでに熱心に、ですか……?」
「ええ。あまりの過保護ぶりに、『子猫を腹の下に匿う親猫』やら、『愛情深い親猫と懐いた子猫』といった言い方がされるくらいです。まあ、これはミヅキの懐きっぷりも影響していますね。本当に仲の良い、猫親子なのですよ」
猫。王族を猫扱い。しかも、エルシュオン殿下は『愛情深い親猫』であり、異世界人の方は『親猫を慕う子猫』だという。
……。
意味が解らん。そもそも、普通に『仲睦まじい後見人と異世界人』では駄目なのか?
私の混乱を、騎士は面白そうに眺めている。思わず咳払いをして取り繕うも、私の中には得体の知れない『何か』が根付いていた。
わざわざこんな話を聞かせる以上、何らかの意味がある……いや、私にダメージを与えるような要素に繋がることは確実だ。
それ以前に、この騎士は一見、友好的な態度を見せながらも、相変わらず目は笑っていない。
何だ? この会話の先に何がある? こいつは一体、私に何を教えたいんだ……?
「おや、噂をすれば……」
騎士が顔を向けた先、そこは案内すると言っていた庭園――此度の襲撃現場。
立ち入り禁止になっていると思いきや、そこには幾つかのテーブルが置かれ、数人が呑気にお茶を楽しんでいるようだった。
歩みを止めない騎士に続き、私も足を進め……やがてはっきりと確認できた『呑気にお茶を楽しむ者達』の姿に絶句する。
「な、な、何故……」
「おや、何かおかしなことでも?」
立ち止まった私に合わせるように、騎士が私を振り向いた。
「何故、他国の者達が揃っているのです!?」
悲鳴に近い声を上げた私に気付いたのか、『彼ら』がこちらへと顔を向けた。
騎士服を纏っている者だけでも、バラクシン、コルベラ、キヴェラ、サロヴァーラの四国が判別できる。だが、残る者達も同国というわけではないようだ。
混乱する私に笑みを深めると、騎士は彼らに歩み寄って一礼した。
「楽しまれているところを失礼致します。ハーヴィスからいらした使者の方に、此度の襲撃現場を見ていただきたく」
「確かに、それは必要なことだわ。私達の方こそ、邪魔になってしまったようで悪かったわね」
「いいえ。皆様がミヅキを訪ねていらした以上、国の客……というわけではありませんからね。茶会の場が、エルシュオン殿下がお許しになられている騎士寮か庭園になってしまうのは、仕方のないことですよ」
……つまり、あの全てが『魔導師の客』ということだろうか? だが、どう見ても高位貴族らしき者が多数混ざっているような。
私の困惑を察したのか、先ほど受け答えをしていた男性? がこちらへと視線を向けた。
「あら、ご挨拶もせずに失礼しました。私、カルロッサで宰相補佐を務めておりますセリアン・オルコットと申しますの」
それを機に、残る面々も次々と名乗り始める。
「では、我々も名乗るべきだね。ガニアの第二王子シュアンゼだ。こちらは私の従者のラフィーク」
「ラフィークと申します」
「バラクシンの第三王子、レヴィンズだ。我が妃となるヒルダ共々、魔導師殿と懇意にさせてもらっている」
「アルベルダのグレン・ダリスと申します。王の右腕、と呼ばれておりますな。そちらの方が判りやすいでしょうか」
「コルベラの王女、セレスティナだ」
「エマと申します。セレスティナ姫付きの侍女ではありますが、侯爵家の人間ですわ」
「キヴェラの近衛騎士、サイラスです。ルーカス様の命にて、魔導師殿を訪ねております」
「サロヴァーラのヴァイス・エヴィエニスと申します。公爵家の人間ですが、私自身は一騎士と自負しておりますので、お気になさらず」
「な……」
あまりの面子に言葉がない。それほどに予想外だった。
彼らが己が役職や身分を口にしたのは、私への気遣いと言える。だが、裏を勘ぐれば『わざと立場を明かし、私への牽制とした』とも受け取れる。
どちらにも納得できてしまうため、ハーヴィス側が非難することはできないだろう。
「皆様は……何故、ここに……?」
漸く、それだけを口にすると、彼らは顔を見合わせる。そして代表するかのように、カルロッサの宰相補佐が口を開いた。
「私達は小娘……貴方達が『魔導師』と呼んでいる子の知り合いですの。友人、主が懇意にしている、共闘したことがある……まあ、知り合った経緯は様々ですが、たまに訪ねる程度には仲が良いのですわ」
「俺は今回、ルーカス様からの指示による訪問ですが……まあ、個人的にも手紙を交わし合う友人ですよ」
「ああ……あの子、先日まではキヴェラに居たものね?」
「その事後報告です。魔導師殿は基本的に、事件の詳細までは関われません。関係者である以上、一応は教えてやれという、ルーカス様の優しさですよ」
ほのぼのと話しているが、その内容は軽々しく口にすべきものではない。自国の醜聞とも、弱みとも言えてしまうものなのだから。
だが、彼らは全く気にしていないのか、平然としている。それを奇妙に思っていることに気が付いたのか、それまで黙っていた騎士が口を開いた。
「皆様、ミヅキとエルシュオン殿下に助けられたことが縁になり、友人としてお付き合いしている方ばかりなのですよ。身に覚えのある話題だからこそ、今更なのです。今回はミヅキがこちらに戻ってきたこともあり、訪ねてくださったのですが……」
――どうにも、タイミングが『良かった』ようでしてね?
その言葉を聞いた途端、最悪の可能性が私の頭を過った。人との繋がり、国同士の信頼……ハーヴィスが目を背け続けてきたものが一気に、牙を剥いたような気がした。
黒猫の友人達『キャッキャッ』(喜)
近衛の鬼畜『皆様、楽しそうですね。暫し、この場に留まりましょうか』
まだまだ続くよ、嫌がらせ。
※『平和的ダンジョン生活。』の3巻が8月11日に発売しました!
詳細は活動報告にて。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




