教え子、意外と良い仕事をする
――ガニア・王城にて
「……というわけだ。詳しくは魔導師殿からの手紙、そしてシュアンゼからの報告書を読んでみてくれ」
どこか疲れたような表情のテゼルトはそう言って、魔導師の教え子である三人へと手紙を渡す。
三人は顔を見合わせると、其々が手紙に目を通し……読み終えるなり、何とも言えない表情でテゼルトを見つめた。
「あのよぉ、テゼルト殿下……」
非常に言い難そうにしながらも、カルドが口を開く。
「イルフェナの魔王殿下って、教官の保護者だろ? しかも、教官が滅茶苦茶懐いてるってやつ」
「うん、そうだね。その認識で正しいと思うよ」
「もう、仕掛けてきた奴らは詰んでないか? できるだけシカトして、他人の振りしようぜ?」
「私もそう思ってはいたけれど、君達からの後押しは聞きたくなかった!」
頭を抱えるテゼルトの姿に、三人は揃って遠い目になった。
彼らとて、テゼルトを困らせたいわけではない。だが、今回ばかりは優しい嘘など意味がないと、理解できてしまっているのだ。無駄な期待はさせない方が傷は小さい。
「よりにもよって、教官の地雷を踏み抜くとはなぁ……ハーヴィスの奴らは滅亡願望でもあるのかよ」
「ちょ、イクスさん! 思っても今は言わない方が……っ」
「そうは言うがな、ロイ。教官は俺達を鍛えただけでも『あの状態』だったんだぞ? それが明確に敵意……いや、今回は殺意か? そんな感情を抱いて仕掛ける以上、洒落にならねぇと思う」
「……」
「黙るなよ、ロイ。お前が教官を尊敬していることは判っているが、個人の性格は別問題だ。まあ、あの人のことだから、いきなり破滅させることはしないだろうさ」
「そ、そうですよね!」
「『つまらない』って理由からだろうがな。一気に終わらせるほど、優しくねぇだろ」
「そこの二人! 私にちらちら視線を向けながら不穏な会話をするんじゃない!」
「「……」」
「可哀そうなものを見る目で見るのも止めてくれ……」
ガニアの王太子・テゼルト。シュアンゼからの報告書に頭を痛めていた彼は、魔導師ミヅキの教え子たちの手により絶賛、更なる不幸へと突き落とされている。
なお、イクスとロイに悪気はない。彼らは己の師を知るからこそ、希望的観測なんてものはしないのであった。
余談だが、カルドが会話に加わらなかったのは彼なりの優しさである。
三人の中で最も気遣いのできる男は、目の前の哀れな王太子――これでも北の大国の王子なのだ――にダメージを与えることを良しとせず、ただ一人、貝になって口を噤んでいた。
そんなカルドとて、仲間達の会話を否定してはいない。
個人的には深く頷き、心の底から同意している。
ただ口にしないだけ。それだけでもテゼルトへの優しさが光るあたり、残る二人は無神経と言うか、自分に素直と言うか、まあ、その、師であるミヅキに近い性質をお持ちのようであった。
ミヅキが教官となって彼らを鍛えた日々は極短いものであったが、師弟関係は確実に築かれていたのだろう。
朱に交われば赤くなるとばかりに、『異世界人狂暴種』などと呼ばれる存在に鍛えられた三人組は元からの図太さもあって、順調にミヅキに馴染んでいた模様。
三人組がシュアンゼの配下となった以上、それは喜ばしいことなのだが……同時に、被害を受ける人間もいるらしい。
そもそも、彼らの上司はシュアンゼ(予定)。彼は大人しそうな見た目と違って、中身は『灰色猫』と称される生き物なので、今後、地獄を見る元王弟派の貴族達は多いだろう。
「まあ、馬鹿な話はここまでにして。……君達の意見を聞きたい。ミヅキからの手紙とシュアンゼの報告書を読ませたのは、君達ならばどう動くかを聞きたいからだ」
パン! と手を打って顔を上げたテゼルトの表情に、三人は表情を改める。その切り替えの早さに護衛の騎士達が息を飲んだが、彼らは元傭兵……そういったこともまた、生き残るための必須事項であった。
「さっきの『シカトして、他人の振り』ってやつじゃ駄目なのか?」
「それはシュアンゼも提案していたしね。基本的に、我が国は『無関心を装う』ということになる。だが、それだけでは足りない……と思う。だからこそ、我々とは違った環境に居た君達の意見を聞きたかったんだ」
イクスの言葉に、苦笑しながら返すテゼルト。そんな彼の言葉に驚いたのは三人の方だった。
大国の王太子が、元傭兵の意見に耳を傾ける価値があると口にした。貴族達の身分至上主義を知る三人からすれば、驚くのは当然のことである。
シュアンゼは少々特殊な状況にあったこともあり、それほど壁を感じたことはないのだろう。だが、テゼルトは王太子としての姿を見てきたこともあってか、三人からすれば決して気安い存在ではない。
そんな王子が、傭兵如きに意見を求める。
これほど愉快で、嬉しく思うことがあるだろうか?
テゼルトは無意識だったのだろうが、その誠実さは三人の心を大いに揺さぶった。
シュアンゼも居らず、彼らの教官たる魔導師の姿もないのに、テゼルトは三人を軽んじたりはしないのだ。そう確信できて。
彼はこの時、本当の意味で三人組の信頼を得たのだ。仮初の信頼や、シュアンゼを通じての仲間意識はあっただろう。だが、直接の信頼関係はこれまで築けていなかった。
勿論、それは仕方がないことではある。テゼルトの身分を考えれば、彼の手足として動くのは信頼する貴族や騎士であり、民間人に過ぎない三人組ではないのだから。
だが、テゼルトは今回、あえてそれを依頼してきた。そして、魔導師の教え子たる三人は……その誠実さを汲み取れぬような愚か者ではない。
「……。ロイ、お前が意見を言え」
「僕でいいんですか? イクスさん」
「お前は魔術師で、一番、教官に似た考え方ができる。俺達よりはマシだろう」
「そうだな、俺もそう思う。『対策を考える』って意味なら、お前が適任だ」
イクスに続き、カルドもロイが意見を述べることを推した。二人は決して、ロイに責任を丸投げしているわけではない。まさに『意見を述べるなら、ロイが適任』と言い切っているのだ。
そこにあるのは培われた信頼、そしてロイの能力を認めているゆえの『確信』。共に責任を負うことになろうとも仲間を信じるという、彼らの選択である。
ロイはそんな二人の気持ちを感じ取ると、考えるように目を眇めた。魔術師らしく、ロイは頭脳派だ。そして彼の性格上、あまり気付かれることはないが……それなりにプライドが高い。
仲間達の期待や魔導師の弟子という自負もあり、ロイは只管『最善』を考える。醜態を晒す気はないのだ。現状で出せる最高の一手を考えたいと思うのは、魔術師たるロイの意地である。
「……。テゼルト殿下の守りを固めます。無関心を装うことが決定しているならば、現状ではそれが最優先と僕は判断します」
「理由を聞いても?」
「勿論です」
言うなり、ロイはテゼルトから手渡された手紙に視線を落とした。
「エルシュオン殿下への襲撃から、時間はそれなりに経っているでしょう。少なくとも、教官はイルフェナへの悪意が向けられる可能性を潰し、イルフェナがハーヴィスを糾弾できるだけの根回しを完了させています。これはシュアンゼ殿下からの報告にありましたね」
「そうだね。状況が状況だからこそ、イルフェナも即抗議することができなかった。あまりにも現実離れした襲撃理由だし、他国からの目も気にしなければならなかったから」
ロイの指摘に、テゼルトが頷くことで肯定を。今回の一件が『ただの襲撃事件』にならなかったのは、その理由の奇妙さから。
いくら『血の淀み』を持つ王女が絡んでいようとも、すぐに信じられるはずはない。そもそも、ハーヴィスに『血の淀み』を持つ王女がいることなど、ほぼ知られていなかったのだ。
そして、襲撃の対象がイルフェナのエルシュオン殿下――通称『魔王』。
誰もが首を傾げる奇妙な襲撃理由と、恐怖の対象として名高かった王子の評判が仇となり、即座に動くことができなかったのだ。
そんな状況に怒り狂い、根回しを徹底した挙句、現在の状況に持ち込んだのが、魔導師ミヅキ。
彼女の人脈にも驚くだろうが、真に恐れるべきはその執念。彼女は明言しているように、親猫と慕う存在へと悪意が向けられることを許しはしなかった。
「僕が気にしたのは、『かかった時間』です」
「時間?」
「はい。教官達が気にしているのは、『アグノス王女の襲撃を利用し、動こうとしている者達が居ること』。イルフェナが動くことができなかったのも、彼らに都合よく踊ることを警戒していたせいだと書かれています」
「ハーヴィス王妃からの書でも、その確認が取れていたね」
「ええ。ですが、部外者の視点ではそれが正しいか判りません。ですから、僕はそれが正しいと仮定して、テゼルト殿下の守りを固めることを提案しました」
そこでロイは一度言葉を切り、テゼルトへと視線を合わせた。その視線は驚くほど強く、テゼルトの護衛を担っている騎士達が息を飲む。
――誰だ、『これ』は。
そんな声が聞こえてきそうなほど、ロイは纏う雰囲気を変えていた。対して、イクスとカルドは面白そうに……頼もしそうに話を聞いている。
「イルフェナは慎重過ぎた。これでは計画が破綻したと思われても不思議はありません。勿論、奇妙な襲撃理由である以上、ある程度の困惑は当然と、割り切っていたと思います。ですが、根回しまで済まされるとは予想外でしょう。そして、画策した者達はその事実を未だ、知らない。『イルフェナが予想以上に行動を起こさないからこそ、次の計画を実行に移す可能性がある』。そう、僕は見ています」
「イルフェナへの襲撃が続くとは考えないのかい?」
「教官がいることと、イルフェナの特性を知っていたら、危ない橋は渡りませんよ。失敗する可能性が高い上、裏を疑われます。ならば、『同じ条件を満たした王子の居る国を狙う』と思いませんか?」
「……我が国とキヴェラか」
「正確にはテゼルト殿下と、ルーカス殿下のお二人ですね。ですが、かの名君と呼ばれるキヴェラ王がいらっしゃるキヴェラを狙うよりも、王弟夫妻の醜聞によって荒れているガニアの方が狙いやすいのではありませんか?」
「……」
ロイの言い分は、単なる消去法である。だが、それを否定する要素はなく、寧ろ納得してしまえるものだった。
言い換えれば、ガニアは非常に狙いやすい状況にあるのだ。北に属する国という意味でも都合がいい。
唯一の不安要素がシュアンゼと繋がりのある魔導師だが、彼女は帰国したと知られている上、ガニアに良い感情を持っていない。
そういった意味ではキヴェラも似たり寄ったりなのだが、何故かミヅキはキヴェラ王やルーカスと共闘する程度に仲が良い姿も目撃されているので、狙い目はやはりガニアだろう。
「私の守りを固める、か。まあ、先の一件のことを踏まえれば、守りを固めることは不思議じゃない。王弟一派に属していた貴族達は沢山いるからね」
「守りという意味では、シュアンゼ殿下から付けられた僕達も使えますしね。それに僕達が関われば必然的に、教官も関係者になってくれるでしょう。これが僕の意見とさせていただきます」
ロイは言い切ると同時に、肩の力を抜いた。よくやったと言わんばかりに肩を叩く仲間達の態度に、ロイの顔には笑みが浮かぶ。
「判った、その案で行こう。シュアンゼから続報が入り次第、対応は行っていく」
暫しの沈黙の後、テゼルトが宣言する。それは次代を担うに相応しい、頼もしい姿であった。
――その後。
『黒猫が家出した。親猫が盛大にお怒り中』
という、妙に短いメッセージがシュアンゼから届くことになる。
状況を察した人々が遠い目になり、遠い国に居る親猫へと何とも言えない感情を向けるのも、仕方がないことなのだろう。
ガニアに置いていかれた三人ですが、徐々に信頼を勝ち取っています。
魔導師の鬼教育は順調に実を結んだ模様。
※ダンジョン生活。3巻が八月に発売予定です。宜しくお願いします。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




