裏工作はお手のもの
――騎士寮にて
「魔導師様!」
上がった声に振り返れば、懐かしい顔が。
「元気そうだね、サンドラ。フェリクスも無事で何より」
「「はい!」」
本来、この二人がここに来ることはできない。レヴィンズ殿下が魔王様に掛け合い、許可を取ったのだろう。
と、いうか。
現在、この二人の立場は『バラクシンの教会より派遣された、教会関係者』というもの。
身分的には平民なので、同じく平民枠の私と会うならば、個室のある食事処――護衛の騎士がいる以上、さすがに隔離された場所でなければ拙かろう――とかでも良いはずだった。
しかーし! 現在、フェリクスは絶賛、狙われ中なのであーる!
ここぞとばかりに、不安要素を消し去ろうとする国王派の貴族がやらかしているのだ。
次点で『魔王殿下襲撃に便乗したい』というアホがいる可能性もあるけど、フェリクス達が狙われる理由を考えると、ほぼ間違いなく国王派の貴族達が元凶だろう。
馬鹿である。壮絶に愚かである……!
お前の国の国王夫妻、重度のブラコンだっつーの!
当然、家族愛も重い。母親が違うとはいえ、末っ子フェリクスは間違いなく愛されているのだ……誤解が解け、擦れ違い期間が終了した今現在、その重い愛は当然、末っ子夫婦にも向けられている。
今回とて、わざわざ兄であるレヴィンズ殿下を二人の護衛に選んでいるじゃないか。これ、『おかしな真似をすれば、処罰待ったなし!』という警告だぞ?
それを無視して、襲えば……ねぇ……? 忠臣という名の、内部の敵を炙り出そうとしているのかもしれないけどさ。
なお、カトリーナのことは清々しいまでに話題に上らないそうな。
国王一家の中で、元側室は存在しなかったことになっている模様。
そもそも、あの女は実家に戻っただけなので、心配する要素もない。『人生のやり直しでも何でも、好きにやってくれ』という心境だろうな。
余談だが、バルリオス伯爵家はクラウス達によって監視されている。
教会派貴族はクラウスの目の前で魔王様を侮辱しやがったので、『いつか役に立つかもしれないから』という言い分の下、盗ちょ……いやいや、情報収集しているそうな。
その建前が『黒猫が勝手に、お礼参りとやらに行くことを防ぐため』。
……。
確かに、嘘は言っていない。場合によっては、『ついうっかり』、情報を私に教えてしまうだけですね。魔王様に報告に行く前に、ヤバい奴に情報を教えてしまったと。
その場合、私には皆から沢山の『玩具』が与えられるのだろう。具体的に言うと、『バラクシンまでの旅費』とか、『表に出せない、どこぞの伯爵家の情報・証拠』とか、『証拠隠滅の手段』とか。
その後は、『遊びまくった』(意訳)私が帰国し、保護者に怒られればいいだけだ。なに、説教で人は死なないから問題ない。
バラクシン王も『ああ、ついにやったか』くらいにしか思わないだろうさ。個人的な恨みもあるだろうし、悪事を盛って追い込む可能性すらあるもの。
「ようこそ、イルフェナへ。穏やかに暮らせているようで、安心した。遅くなったけれど、結婚おめでとう」
「ありがとうございます、魔導師殿」
「これも私達を気にかけてくださった、多くの人々のお陰です。皆様のお心に、深く感謝する日々ですわ」
そんな裏事情各種を隠して会話を始めると、二人は幸せそうに微笑んだ。身に纏う衣服は以前よりも粗末なものだし、装飾品といったものは指に着けている揃いの指輪だけ。
それでも、二人の表情は以前とは比べ物にならないくらい明るかった。優しい表情になったというか、穏やかさが窺えるようになったというか……以前のように、無理やり表情を張り付けている感じが全くない。
「今回はその……大変でしたね。僕達では聖人様の代わりなど、とても務まらないと理解できています。ですが、僕の髪と目は『例の色』です。万が一の時には……」
「はい、ストップ! それ以上はなしね?」
決意の表情で切り出したフェリクスを制す。それ以上は言っちゃいけません。
「ですがっ」
「そうです、私達は覚悟ができております。私達にはご恩返しができるような機会さえ、望めません。ですから、これを幸運と思っているのですわ」
「そうかなぁ? バラクシンとイルフェナの関係を考えたら、『無事でいること』は勿論、『貴方達が魔王様に感謝していること』も結構重要だと思うけど」
「「え?」」
意味が判らなかったのか、二人は揃って声を上げた。そんな姿は、大変微笑ましい。
可愛いじゃないか。元の世界で、洗剤とかのCMに出てきそうな若夫婦……大変癒されますね! 間違っても、私の周囲にはない光景だわ。殺伐としてるもの。
そうは言っても、微笑ましいばかりでは今後やっていけない。彼らにも成長してもらわねば。
「貴方達が将来的に担う『役目』があるでしょ。子供達に自分の経験を聞かせるだけでも、イルフェナの印象ってかなり良いものになるよね?」
この二人は将来的に、王家と教会が共同で経営することになる孤児院を任される予定だ。立場的にも『恋を選んで身分を捨てた、元王子様と元教会派貴族令嬢』という組み合わせなので、説得力も抜群です。
そんな二人が語る、自分達を助けてくれた優しい隣国の王子様と騎士様達のお話。お子様達は想像力を働かせ、御伽噺のような物語に想いを馳せるだろう。
大丈夫。黙っていれば、私や聖人様の犯罪紛いの言動なんてバレやしない。
現実を知るのは、大人になってから。いや、政に関わる職に就いてからでいいのだ!
「それは……そう、ですが」
「だからね、本当は謝罪も感謝もいらないの。イルフェナのための先行投資だった、でいいじゃない。少なくとも、私はそう思ってる」
そこまで言えば理解できたのか、二人は黙って頭を下げた。傍を通る騎士達――勿論、私のやらかしたあれこれを知っている――の生温~い視線が私に突き刺さるが、そんなものはあえてスルー。
そうだぞ、フェリクスにサンドラ。それでいいんだ、君達の素直さは美徳なのだから。
今後はともかく、『この件に関しては』それでいい。だから、『魔王様善人説』の流布をお願いねっ! 私だと、裏工作を疑われることにしかならないし。
「ああ、そうだ。知り合いの商人さんに会っていかない? 丁度、ここに来てもらっているの。ゼブレストからイルフェナを経て、バラクシンの教会に寄ってもらおうと考えているんだよ。勿論、ゼブレスト王の許可は取った」
「は? あの、商人の方が教会に立ち寄るのは構わないと思いますが……その、教会に何かを購入するだけの資金があるかは……」
「あ~……資金難だものね、今は特に」
「で、ですが、そういったお話はありがたく思います。もしも、急に薬などが必要になった場合、私達だけではどこまで手を尽くせるか判りませんもの」
言いながらも、フェリクス達の表情は暗い。理由はまさに今、私が言ったこと。『商人から物を買う』というだけならば、二人の言葉は正しいだろう。
……だが、私にとって重要なのはそちらの意味ではないわけで。
「商人が運ぶのは品物だけではなく、『情報』も該当する。例えば……『教会を脅してくる教会派貴族がいる』とかね?」
「あ……っ」
「聖人様がいるうちはいい。だけど、代替わりしたり、貴方達が任された孤児院へと手を伸ばされた場合、対処できるかは怪しい。身分は向こうの方が高いだろうからね。王家に救いを求めるにしても、連絡手段は限られてくる上、動くのがいつになるか判らない。身軽な商人ならば出入りが簡単だし、話を聞いた私が動くこともできる」
青褪めた二人には申し訳ないが、私はバラクシンの貴族達を信頼していない。聖人様が強い以上、絶対にこの二人をピンポイントで狙ってくると思うんだ。
その際、対抗手段があるかと言えば……かなり怪しい。二人の傍に常駐する王族でもいない限り、対応が後手になってしまう。
そこで『貴方の身近な恐怖』こと魔導師の出番であ~る!
『偶然居ても、不思議はない』のよね、私。孤児院の設立に関わっているから、『様子を見がてら、遊びに来ました!』と言っても怪しまれない。
ただし、それが可能になるのは事前に情報があってこそ。
脅迫してくる連中はじりじり追い詰めるのがお好きなのか、結構な割合で『また来る』とか『次までに考えておけ』って言ってくるもの。私が狙うのは、二回目以降の接触だ。
なお、似たような例として『覚えていろ!』が挙げられると言えば、納得してもらえるだろう。
……確実に成功を収めたいなら、隙を作るなよ。その場でちゃっちゃと決着をつけんかい! としか、私は思わんが。
「教会派貴族がまた力をつけると、色々と国がゴタゴタしそうだしね。内部で揉めると、隣国にも影響あるだろうし」
「確かに……。そう言われてしまえば、否定できませんね」
「僕が言うのもなんですが、魔導師殿の懸念を笑い飛ばせるような状況ではないと思います。教会派だった僕が王籍から抜けた以上、大丈夫だと思っていましたが……甘かったかもしれません」
「まあ、伯爵家との縁組もやめちゃったしね。そう思っても不思議はないよ」
そう、フェリクスは思い切りのいいことに、祖父であるバルリオス伯爵との縁組を蹴ってしまった。曰く『いつまでも甘えていられないから』。
恐ろしいことに、フェリクスは善意百パーセントでこの決断を下したのだ。バルリオス伯爵とて、まさか孫の気遣いで最終兵器(=フェリクス)が手から擦り抜けるとは思うまい。
狡猾な老貴族が、善良さに敗北した瞬間だった。
ざまぁ! と思った私は悪くない。こっそり騎士寮面子と祝杯挙げたけど。
……だからこそ、余計にカトリーナが警戒対象になるのだが。
まあ、こればかりは仕方ない。どうせ、最初から『カトリーナによる母の愛』というカードをあちらは持っていたわけだしね。
その後の対処というか、裏工作は大人達の仕事だ。フェリクス達は今、勉強の時なのだから。
「ま、そういった事情もあるのよ。だから、考えてみて」
「はい、そうですね。聖人様とも話し合ってみます」
「僕達にできる最善を考えてみようと思います」
「そっか、頑張れ」
「「はい!」」
ほのぼのとしていると、視界の端に見慣れた金色の騎士が映った。傍にはフェリクス達の護衛の騎士の姿も見られたので、私達が立ち話をしていることを聞いてやってきたのかもしれない。
「ミヅキ、このような所で立ち話ですか? 食堂ならば、お二人がいらっしゃっても大丈夫ですよ」
「丁度いいところへ。アル、この二人を商人の小父さんと会わせてあげてくれない? 何を話していたかは、聞いているんでしょ?」
「ええ、勿論。お二方、お茶を用意させていただきますので、どうぞこちらへ。ご自分で商人の話を聞き、ミヅキに言われたことを話してみてはいかがです? どうせ、ミヅキはすでに話を通しているでしょうし」
「あは、勿論!」
「ですよね」
私とアルの遣り取りに、二人は少し驚いたようだった。だが、やがて顔を見合わせると、真剣な表情で頷き合った。
「お願いします。折角、作っていただいた機会を無駄にできません」
「では、参りましょう」
「頑張ってねー! 参考意見を聞きたかったら、アルに聞けばいいよ。どうせ、護衛を兼ねて同席してくれるだろうし」
ひらひらと手を振りながら、三人を見送る私。ちらりと振り返ったアルが一瞬、口角を上げたように見えた。
……そして。
「よぉ、お嬢ちゃん」
「久しぶり、小父さん」
いつの間にか、私の背後に人の気配。掛けられた声にそう返しながら振り向けば、そこにはお世話になった商人の小父さんの一人がいた。
「あの二人用の言い分ってのは、聞かせてもらった。俺が聞きたいのは、お嬢ちゃん『達』の本音だ。……あの二人の味方をしてやりてぇのは本当だが、それだけじゃないよな?」
「当然」
楽しげに笑う私に、小父さんは苦笑を浮かべる。うんうん、判ってますよね。私の『お願い』が善意百パーセントであるはずないもんね!
「私の意見が通れば、教会派貴族の希望はカトリーナだけになるんですよ」
「ほう?」
「だから、教会派貴族が野心を抱く限り、カトリーナに王子様は現れない」
これは確信だった。なにせ、フェリクスを利用したいならば……『カトリーナ自身に、フェリクスの価値を自覚させなければならない』から。
『【王子の母】というステータスがあれば、素敵な男性がご機嫌を取りに来る』とカトリーナに理解させれば、一発で動く。
もしくは、その逆。『王子様が誰も来ない』ならば、『縋る相手は息子一択』。
「教会には聖人様、王家には『恋を選んだ王子様は想い人と幸せな夫婦になり、教会と王家の橋渡しになった』という『事実』。対抗するなら、『自分の夢を諦めながらも、息子を愛した母親』しかない。『母の愛』って、教会的にはとっても否定しにくい要素ですよね」
「……」
小父さんは面白そうに私を眺めている。対して、私は笑みを深めた。
そう、『母の愛』という、尊いものだからこそ。
教会は真っ向からカトリーナを否定できず、フェリクスも拒みにくい。
「『今は』教会の財政難を突けば、貴族に屈する可能性がある。だから、まだ接触が続いている。だけど、イルフェナの商人達が連絡役のように、教会と接触を持ったら? 私は教会に物資援助をしているし、ゼブレストはそれなりに安い価格で食料を売ってくれると言っている。危機感を抱くのは当然よね?」
「お嬢ちゃん、ゼブレストに合意を得たのか」
「だって、ルドルフがここに居るんだもの。誘わないと拗ねるし、ちょっとした意趣返しもできるからね」
以前、宰相様を怒らせた、ルドルフを利用せんとばかりなフェリクスからの『提案』。フェリクスは単純に『年も近いし、王になる人と仲良くなりたい』という想いだったろうが、実際には違う。
あれ、間違いなくバルリオス伯爵の入れ知恵だ。私と同じ手口だもの。
だ・か・ら!
それを絡めて、ルドルフとセイルに提案したんだよね。当然、速攻で食いついてきましたとも!
「で?」
「『母の愛』を使おうとすれば、私が遊べるじゃないですか」
「あ゛?」
「だって、『縋るものがないから、唯一残った息子に縋る』わけでしょう? 突くなら、そこだ。素敵な男性を引き連れて、奴に現実を判らせに行ってやる。その時の本音とヒスっぷりを録画・拡散。『母の愛』どころか、『自分のために子を利用する悪女』って広まりますよね」
なお、その『素敵な男性』はセイルとカルロッサの宰相補佐様に頼む予定だ。
セイルはルドルフと同じ理由で動くし、何より、ルドルフが爆笑しながら『絶対に行け! 魔道具にその時のことを記録して、後で皆で笑うから』と言っていたもの。
セイルも事情を知っているせいか、ノリノリで煽ることを約束してくれた。
奴はやる。セイルなら、絶対に期待以上の煽りを見せてくれると信じてる!
だって、セイルの戦法は『一撃必殺』。冗談抜きに、急所狙いで仕留めることを狙う奴なのだ。優しげなのは顔だけです。
そして、宰相補佐様は麗しのオネェ様。
性別が男である以上、カトリーナには大ダメージですよ。噂を流すにしても『男性に顔で負けました』っていう『事実』が加わるもの。
嘘は言っていない。大半の女性が負けるだろうことを、伏せているだけさ。
宰相補佐様も割と感情で動く人なので、協力してくれるだろう。だって、バラクシン王妃の報復ができるもの。
宰相補佐様は嫁ぐ前のバラクシン王妃に、とても可愛がってもらっていたそうな。その従姉妹を散々貶めようとしたカトリーナへの報復ならば、喜んで参加してくれる!
なお、バラクシン王妃はカトリーナへの虐めなどしていない。見かねて忠告をしていたら、勝手に『虐めてくる』と言い出したらしい。
教会派貴族もさすがにこれには無理があると思ったらしく、悪評は広まらなかったけれど……良い気分であるはずはない。宰相補佐様とて、苦々しく思ったと聞いている。
そんな宰相補佐様に、私から報復の機会をプレゼント! 私が優先すべきは、カトリーナなんぞではない。機会があったら報復したいと言わんばかりだった、セイルと宰相補佐様なのだ。
大丈夫! あの女、私をとにかく目の敵にしてるから!
そうなった切っ掛けがアルとクラウスのおふざけだったとしても、無・問・題☆
「何で、嬢ちゃんはその女に嫌われてるんだ? 前に殿下達とバラクシンに行った時、会っただけだろ?」
「アルとクラウスが面白がって、彼女の目の前で私とイチャつきまして。見た目と身分だけなら、理想の男性でしょう?」
そう言うと、その場面を想像できてしまったのか、小父さんは生温かい目を向けてきた。
「煽ったの、こっちが先じゃねーか」
「そうとも言いますね」
でも、謝らない。喧嘩は双方に原因があるっていうじゃないですか。ガチな殴り合いだって、私は大歓迎ですよ!
だって、『元側室が殴り合いの喧嘩をした』なら醜聞以外の何物でもないけれど、『魔導師が元側室と殴り合いの喧嘩をした』なら、『その側室は何をやったんだ?』って思われるもの!
安定の信頼のなさなのです、私。暴力沙汰は今更さ。
ルーカスという前例もあって、まず、カトリーナが疑われること請け合い。
「親猫が寝込んだ途端にこれかよ」
「気のせい」
「違うだろ!? 絶対に、お嬢ちゃんも騎士達と一緒に楽しんでいるよな!?」
煩いですよ、小父さん。私は結果を出せる『超できる子』なんですからね!
※※※※※※※※
「あ、そうそう。レヴィンズ殿下な、今回はあの夫婦と一緒の馬車で来たらしいぞ?」
「へ? 護衛なのに?」
「『教会関係者への襲撃』じゃなくて、『王族への襲撃』にするためだってさ」
「怖っ!? 王族、えげつねぇ……!」
「まあ、あそこは家族への愛が重いからなぁ……。でもよ、お嬢ちゃん達だって殿下に対しては似たようなもんだろ?」
「飼い主のために牙を剥くのは、当然のことだと思う。私達、愛玩動物じゃないし」
「……」
「……」
「……。殿下、早く体調を戻してくれ。黒猫の首根っこ掴んで止める奴がいねぇ」
主人公に善意百パーセントの行動はあり得ない。
商人は善良な若夫婦がとても眩しく感じました。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
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※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




