騎士寮は今日も賑やか
――騎士寮にて
「ほう、レヴィンズ殿下が付き添いとしてきたのか」
「お兄ちゃんだし、一番無理がないんじゃない? ……表向きは」
アル経由でもたらされた情報に、私とクラウスは納得の表情だ。まあ、フェリクス達が来るなら、王家が派遣する同行者――護衛兼後ろ盾――としては妥当だろう、と。
何せ、レヴィンズ殿下はフェリクスの実兄。それも弟を可愛がっていたらしいので、今回のような場合は適任だろう。
――あまり言いたくはないが、国王派がフェリクスに好意的とは限らない。
フェリクスが本来の家族である国王一家と道を違えるに至った発端こそ、フェリクスの生まれなのだから。
カトリーナはただのアホだが、フェリクスは教会派貴族達の期待の星。賢く育っていれば間違いなく、次代の王を競わされていただろう。
……当然、国王派としては警戒する。彼らにとって、フェリクスは教会派貴族達の駒。
フェリクス自身に野心があろうと、なかろうと、彼が『教会派貴族側の王子』であり、『カトリーナを増長させた原因』であることは事実なのだから。
結果として、フェリクスは国王派から疎まれてしまった。家族の絆に罅を入れた一因は間違いなく、『国王派に属する者達が抱く忠誠心』だ。
似たような状況として浮かぶのは、ガニアのシュアンゼ殿下だろう。王太子のテゼルト殿下とは兄弟のように仲が良いのに、『王弟の実子』という事実だけで国王派から疎まれ、挙句に命を狙われたもの。
当のフェリクスは王籍を外れたけど、フェリクスの母親であるカトリーナは未だに健在だ。煩い教会派貴族達だって残っている。
これまでが『(自分達の思い通りになる)良い子』だった以上、あいつらがフェリクスを簡単に諦めるはずはない。
Q・ならば、国王派貴族がどういった行動に出るか?
A・念のため、フェリクスを殺す。
冗談抜きに、こういった発想になる奴が出るだろう。そんな輩にとって、今回のイルフェナ訪問は大チャンスだ。
何せ、バラクシンではフェリクス達が教会預かりとなっているため、迂闊に手が出せない。教会を襲撃、もしくは教会での暗殺なんてやらかせば、教会派貴族達が盛大に騒ぐ。信者達だって黙っちゃいない。
だが、イルフェナへと向かう道中、もしくはイルフェナ国内ならば……『不幸な事故』が起きてしまっても不思議はないわけで。
つーか、狙うなら間違いなくそれだ。『魔王殿下が襲撃され、負傷した』という事実がある以上、誰もが危険な状況だと認識しているだろうからね。別目的の襲撃があったとしても、十分に誤魔化せるもの。
……王族であるレヴィンズ殿下が、彼の信頼する部下達と共にフェリクス達の護衛に選ばれた本当の理由はこちらだろうな。フェリクス達には『エルシュオン殿下に会う以上、王族の後ろ盾が必要』と説明したらしいけど。
「……で? 国王派の連中は仕掛けてきた?」
「おや、物騒ですね?」
「このチャンスを活かせないような、お馬鹿じゃないでしょ。『不幸な事故』が起こるには、最適な環境じゃない」
確信をもって問いかければ、アルが笑みを深めた。……ああ、こりゃ来たんだな。やはり、そういった迷惑をかける意味でも、レヴィンズ殿下が魔王様に面会してるのか。
「彼らとしては不安なのですよ。貴女との繋がりもありますし、今後、フェリクス殿が力を得る可能性もありますから」
「私は聖人様と親しいけれど、王家ともそれなりに付き合いがあるよね? 特に、アリサの後見人のライナス殿下とか、未来の第三王子妃のヒルダんとか」
「不安要素はいらない、ということでしょう。カトリーナが大人しくなれば、まだ警戒を解けるのでしょうが……彼女に反省を期待するのは無理かと」
「やっぱり、そっちか! それが原因かい!」
舌打ちをすれば、アルは苦笑した。アル達もカトリーナを実際に目にしているため、私と同じ考えに至ったのであろう。
つまり……『あの女が反省なんざ、するわけねぇ。都合が悪くなったら、絶対にフェリクスに縋ってくる』と。
「こう言っては何ですが、国王派貴族達の思い込み……というだけではないと思います。今は大人しくしているようですが、教会派貴族達が彼女を利用しないとも限りませんからね」
「実際、未だに教会を己が勢力に取り込もうとする奴がいるんだ。警戒するのは当然だな」
アルに続き、クラウスまでもがその可能性を口にする。特に、クラウスが言っていることは事実であるため、アルの予想が否定できない。
「純粋に末の息子夫婦を案じているバラクシン王としても、行動を起こされなければ、処罰に動くことは難しいでしょうしね」
「今回のことで動けるって?」
「……警告程度はできるでしょうね。そもそも、貴女は『バラクシンの貴族』が嫌いですから」
意味ありげに笑うと、アルとクラウスは私の方を向く。ほうほう、なるほどね。『それ』がバラクシン王の狙いかい。
勿論、期待に応えてあげようじゃないか!
「そうね! 教会派とか関係なく、私はアリサの一件で『バラクシンの貴族が嫌い』と言っているもの。魔王様がこんな状況なのに、それを利用しようとするならば……怒ってもいいよね?」
「勿論」
「当然だろう」
即答。にやりと笑った私に対し、二人も嫌な感じに笑みを深めた。
「フェリクス達は善意でイルフェナに来ているし、それは聖人様からも伝えられている。だから、彼らと教会は無関係。気に入らないのは、そんな状況を利用しようとする連中であって、派閥は関係ないもの」
そう、フェリクス達は関係ない。後日、『こんなことがあったんだよ!』と報告はするけど、『今は』完全に部外者だ。
フェリクス達に伝えられるにしても、今回の一件が落ち着いてからだろう。あの二人はすっかり過去と決別した気になっているので、自分達に価値があるなんて考えてはいないそうだから。
なお、これは聖人様情報。手紙にも『あの子達の目的は謝罪と感謝を告げることだが、教会の一員として動いている』とあったので、貴族達の派閥争いなどは完全に過去のことになっている模様。
私としても新たな生き方を見付けた彼らを応援したいし、今更、派閥争いに巻き込ませたくはない。よって、今回、彼らに向けられた悪意は実に好都合だった。
だって、『魔王様襲撃に便乗した連中(バラクシンの貴族)』VS『魔導師』にする気だもの。
そこにイルフェナからの苦情が加われば、バラクシン王は『お前ら、この時期にイルフェナで騒動を起こすなんて馬鹿か? あの魔導師は【バラクシンの貴族が嫌い】って言ってるだろ!? 国を滅ぼしたいのか!』といった感じにお説教が可能だ。
そこで教会派貴族達が調子に乗るかもしれないが、そうなったら『お前らはすでにリーチを食らっているが?』と思い出させてやればいい。
私がせっせと教会に援助物資を送っていることを絡め、『お前らの行ないを、魔導師は知ってるぞ?』と脅……いやいや、教えてあげれば絶対に黙る。
当たり前だが、これは魔王様達への襲撃とは別問題なのだ。魔王様達への襲撃を利用しようとしたからこそ、怒る人々がいるだけさ。
私達は未だ、貴様らの様々な暴言を忘れてはいない。
『不幸な事件』を利用しようとするのは、お互い様。そうでしょう……?
「エルへの襲撃は許しがたいですが、それを機に我が国へとやって来られる方々との繋がりを見せ付けられるという意味では、良いことと言ってしまえるでしょう」
「そうだな。一方的にこちらが味方を得るのではなく、各国にも旨みがある。それは完全に裏の情報だが、表向きはエルが案じられたことのみが目立つ。やれやれ、エルへの悪意を口にしてきた者は大変だな?」
「おや、王族であるエルに悪意を向けたのですから、それなりの覚悟はあったと思いますよ?」
「だといいがなぁ?」
「やだなぁ、二人とも。覚悟なんてなくても、行動した時点で遅いって」
「ごもっとも」
「確かにな」
アル達はとても楽しそうだ。私達の話を傍で聞いていた騎士達とて、似たような笑みを浮かべている。
ここは騎士寮、『最悪の剣』と呼ばれる騎士達の巣窟であり、異世界産魔導師の住処なのだ……黒い会話なんて、日常です。『秘密のお話』(意訳)だって、どんとこい!
「ミヅキ達は楽しそうだなぁ」
「ふふ、仲良しですわね。私達としましても、こういった情報が得られることは喜ばしいですわ」
「いやいやいや! この会話を微笑ましいもののように言わないでくださいよ!?」
「いいじゃないか。私達が聞いていることを知っていながら、話してくれているんだ。これでバラクシン王へと、その後のことを尋ねることができるんだよ? 危険視すべき者が明確になる意味でも、ありがたいよ」
「そうですね、他国のこういった情報を得ることも重要ですから」
セシル、エマ、サイラス君、シュアンゼ殿下、ヴァイスも私達の意図を察し、『情報を持ち帰るからね!』と言わんばかりに会話中。
ええ、ええ! 是非とも『私達に都合のいい情報』を持ち帰ってくださいね! それもバラクシン王が煩い連中を抑え込む力になるのだから!
※※※※※※※※
――一方その頃、エルシュオンの私室では。
「うちの子が色々とはしゃぐかもしれない。迷惑をかけてすまないね」
「いえいえ、元は我が国の者が原因なのです! 父も『迷惑をかけて申し訳ない』と口にしておりました。特に、魔導師殿にはご迷惑を……」
「いや、ミヅキはそれを見越して物資援助をしていたようだから。あの子、基本的に報復限定だから、あちらが行動してくれないと動けないからね」
情報を伝え合った結果、今後の騒動を察した親猫と大型犬が謝罪し合っていた。
騎士寮で予想通りの会話がされていたと知り、親猫が溜息を吐くのは暫し後のことである。
転んでもただでは起きない主人公&騎士寮面子。
主へと悪意を向けた者への恨み、未だ消えず。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。




