親猫と大型犬
――エルシュオンの部屋にて(エルシュオン視点)
「折角、訪ねて来てくれたのに、このような状況で申し訳ない」
「いいえ、とんでもない。ご無事で何よりです」
謝罪の言葉を口にすれば、即座に目の前の人物が微笑んで無事を喜んでくれた。
バラクシン国第三王子レヴィンズ殿下。王族ながら、騎士として在籍する彼は少々、真っ直ぐ過ぎるところがある。
だが、その分、彼の言葉や表情には嘘がないので、好感が持てる人物だった。
……。
彼がミヅキの玩具にならなくて、本当に良かった……!
キヴェラのサイラス殿を見る限り、ミヅキには『好意的に見ているけど、からかって遊ぶ』という気の毒な人々が存在する。
その分、十分過ぎる見返りがあるとはいえ、本人の精神的な疲労は半端ない。サイラス殿は本当に気の毒だ。
さすがに『王族を玩具にして遊ぶ』ということは避けている――敵となった場合は除外――ようだが、ルドルフやシュアンゼ殿下のように『一緒に遊ぶ』(意訳)ということもやらかすため、気が抜けない。
イルフェナや私に批難が向けられるような状況にしないとはいえ、飼い主としては些か思うことがあるのだ。アホな黒猫は何をやらかすか判らないし。
そんなろくでもないことを考えていると、レヴィンズ殿下は表情を曇らせながら話し出した。
「今回の目的はフェリクス達の謝罪……ということになっています。あの子達は現在、貴方に面会できるような身分ではないため、先触れ兼後ろ盾として私が同行しました」
「ああ、それはそうだろうね」
まさか『君がミヅキの玩具にならなかったことに安堵していたんだ』とは言えず、無難な返事をしておく。
彼の言っていることも事実であり、本来ならば、フェリクス達が私に会えるはずはない。襲撃されたということもあり、ミヅキでさえ気軽に会えなくなっているのだから。
……その分、私の不安は増したのだが。
一体、何を考えているのだ。今のミヅキを野放しにするなんて、危険過ぎるだろう!?
いくら騎士寮に住む騎士達がミヅキの監視を担っていようとも、今回ばかりは彼らはミヅキの味方になるに違いない。
彼らがそうするだけの……ミヅキ同様に憤ってくれていることだけは確信できる。以前と違い、今は素直に認めることができていた。これも私自身に変化があったからだろう。
そして、そう感じるのは彼らに対してだけではない。
今回、イルフェナを訪れている者達の目的は情報収集――多分、ミヅキは警告を促す意味で暴露したはずだ――だろうが、私を案じる気持ちもあると聞いている。
名を聞かされた面子を見ても、私達と関わりがあった者達ばかり。決して暇なはずはない彼ら自身が、わざわざ足を運んでくれた意味を察せないほど、私は愚かでいるつもりはなかった。
そう、目の前の人物もその一人。私の姿を見た時に見せた安堵の表情は、明らかに無事を喜んだことによるものだったのだから。
「彼らの努力は聖人殿経由で聞いている。こう言っては何だけど、母親を離したことが正解だったね。身内を大事にするのは良いことだと思うけれど、無条件に味方をするべきじゃない」
「そう、でしょうか。カトリーナは自覚のないままフェリクスを利用していましたが、母親として慈しんでいたことも事実だと思うのです。フェリクスとて、未だに胸中は複雑だと思います」
憂い顔のレヴィンズ殿下は本当に、弟を案じているのだろう。彼とて、カトリーナ達の被害を受けた側だろうに、それでも母の真実を突き付けられたフェリクスを案じている。
彼のこういったところは好ましい。王族としては厳しさが足りないような気もするが、それは彼の婚約者であるヒルダ嬢が補えばいいだろう。
「それでも、彼女がフェリクスどころか、『国にとって』害悪だったのは事実。フェリクスに責められるようなことになったとしても、君達王家の人間が選ぶのは国なんじゃないかな」
言い切ると、俯きがちになっていたレヴィンズ殿下が顔を上げる。
「君達家族は本当に仲が良いのだろう。だけど、優先順位は国が最上位だ。それにね、もっとフェリクスのことを信じてあげてもいいと思うよ?」
「え?」
「彼は『自分で今の状況にあることを選んだ』んだ。言い方は悪いけど、『母親よりも妻を取った』んだよ。それに、教会への預かりの身となったことは事実だけど、努力する日々に満足してもいる。……一度夢から覚めて現実を知れば、かつてとは違った選択をしても不思議じゃない」
「……」
フェリクスが母親であるカトリーナから押し付けられた『理想の王子様像』は、すでに壊れてしまっているのだ。
今後、いくらカトリーナがフェリクスに縋ろうとも、以前と同じ選択をすることはないと思う。
――今の彼の世界を構築しているのは教会に連なる者達であり、妻であり、道を違えてなお案じてくれる『家族達』なのだから。
特に『道を違えてなお案じてくれる家族』という存在が大きい。縋るばかりのカトリーナとの、明確な比較対象になるじゃないか。
妻であるサンドラとて、一方的に夫に求めることはしないだろう。自分が寄り添い、支えることを知っている子だ。
そもそも、カトリーナは聖人殿から害悪認定されている。ミヅキというカトリーナの天敵を友に持つ彼の守りを無理矢理突破し、フェリクスに接触しようとするならば……まあ、それなりの覚悟は必要だろう。
予想されるのは、ミヅキに完膚なきまでに叩きのめされる地獄絵図。
現実になったところで、私は絶対に止めないが。
ミヅキは『カトリーナはフェリクスの母親』『バラクシンは他国』『相手は貴族』といった事情を綺麗に無視して報復するため、本当に容赦がない。……そんな配慮をするような子ではない。
普通は無理だが、それを実行した挙句に勝利するのがミヅキという魔導師なのだ。勿論、功績全てを王家に譲った上で、お咎めなしを狙うだろう。被害は加害者(になるはずだった者達)オンリー。
おそらくだが、フェリクス達が何も知らないうちに事件は解決(意訳)し、全てが闇に葬られる。
その場合、意外と黒いところがある聖人殿がミヅキ召喚の元凶なので、教会は一丸となってミヅキの協力者と化すに違いない。組織力とは偉大である。
……ああ、聖人殿が慈愛に満ちた笑みを浮かべたまま、フェリクス達を誘導する姿が目に浮かぶ。うちの子の友人達は、揃ってこんな奴ばかり。
「まあ、今は起きてもいないことを憂いても仕方ないよ。……君が来た以上、今回の件に対する王家の意見が聞けると思ったんだけど?」
嫌な予想を振り払うように話題を変えれば、レヴィンズ殿下の表情が変わった。あくまでも予想の範囲でしかなかった問い掛けだが……合っているらしい。
「此度の件、表向きは『教会の過去に纏わること』という状態ですが、王家はこれが再び、国の分裂を招く事態を引き起こすことを懸念しています」
「……王家に何か不都合が?」
「……。教会にかつて『聖女』と呼ばれた存在を押し付けたのは、当時の王家ですから」
「ああ、そういうこと」
『血の淀み』が出やすいのは、血が濃くなる身分の者達……特に王家は一番可能性が高い。下手に他国と婚姻を結べない時代はどうしても、自国の高位貴族との婚姻になるからだ。
しかし、そういった者達はどこかで血が繋がっているのが常であって。
結果として、『血の淀み』が出やすくなってしまうのだ。まあ、大戦以降は不安定な時期が続いたので、それはどの国も同じだろうけど。
「教会派貴族達はかつての勢いを削がれていますが、だからこそ、王家の粗を探そうと躍起になっているのです。ですから、『全ての発端はバラクシン王家であり、教会は被害者だ』と言い出しかねないと」
「こじつけに近いけれど、否定もできないか。確かに、『聖女』として誘導したのは教会だろうけど、『そうしなければならなかった理由は当時の王家にある』と言い出せば、否定できないだろうね」
「はい。無責任と言ってしまえば、それまでです。どのような事情があって教会預かりになったかは判らない……いえ、隠蔽されているのですが、それでも教会に押し付けたと言われてしまうと」
そう言って、レヴィンズ殿下は黙り込む。事情が隠蔽されている以上、『そうしなければならなかった』のだとは思う。だが、あの教会派では盛大に騒ぎかねない。
そこに加えて、それが発端となっているらしき精霊姫による私への襲撃。バラクシン王の憂いも当然だろう。
……が、私にはその憂いを消す『最強の切り札』があった。
「バラクシンがこちら側に付くなら、事が起きた際、ミヅキを派遣しようじゃないか」
「は?」
「ミヅキはね、今回の一件に相当、怒っているんだ」
怒れる黒猫は恐ろしい。ただでさえ凶暴なのに、今回は周囲の者が『誰も』止めないのだ。監視なんて、あの子には無駄だろう。
ならば、玩具候補は多い方がいい。バラクシン王家と話し合いながら潰す相手を決めるなら、特に問題はないだろう。双方納得の上でのことなので勿論、我が国が批難されることはない。
「ですが、それならば魔導師殿の怒りは王家に向くのでは?」
「ああ! そっちを心配しているんだね。大丈夫、それは起こらない。だって、当事者達がもう死んでいるからね」
ミヅキは基本的に本人へと牙を剥く。いくら元凶が王家だったとしても、当事者達が死んでいる以上、八つ当たりはしないだろう。精々、当事者達の墓を蹴りに行くくらいだ。
……だが、教会派貴族達が騒ぐのなら、それは別問題なのである。
「ミヅキの怒りは『私への襲撃を、自分達の都合の良いように利用しようとしたこと』に対してさ。これは『今現在、起きる可能性があること』であり、元凶……騒ぐ奴は生きているからね。報復、待ったなしだよ」
「え゛」
「聖人殿も嬉々としてミヅキに協力するだろうから、騒いだ教会派貴族達は今度こそ破滅するかもね」
――今の教会にとって、『煩い教会派貴族』は敵じゃないか。
そこまで言えば、レヴィンズ殿下も納得できたのだろう。思案顔になりながらも、否定する声は上がらなかった。
レヴィンズ殿下はこういったことに疎い方だが、そんな彼でも教会の現状は理解できている。現在、資金難になりがちな教会へと餌をチラつかせ、己が勢力に組み込もうとする輩が居ると知っているのだ。
また、教会派貴族のそういった動向を察したミヅキが、せっせと物資援助をしていることも知っているだろう。
ミヅキ的には『カトリーナを含めた教会派貴族の好きにさせたくない』という想いからの行動だが、第三者からすれば、魔導師が友人である聖人殿を助けているようにしか見えまい。
『魔導師善人説』はこういったことから生まれているのだろう。
実に温度差があるというか、現実とは程遠い認識の果ての産物なのだ。
「……。こちらの返事は決まっております。我らは『貴方達に感謝をしている』。どちらに付くかなど、決まっております」
「おや、こちらの話に乗ると?」
「交渉ですらないでしょう。貴方はただ、我々に手を差し伸べてくれただけだ」
「……っ」
穏やかな表情で微笑まれ、咄嗟に言葉が出ない。『そんなことはしていない』――そう否定しようにも、確かに、レヴィンズ殿下の言ったような意味も含まれていたことは事実だ。
他国の者が、私からの提案を好意的に受け取るということなど、これまではほぼなかった。慣れていない好意と感謝は、妙に気恥しい。
……そんな変化をもたらしたのは間違いなく、あの異世界産の黒猫なのだ。
どこまでも自分勝手な魔導師は、飼い主たる私への悪意を晴らすためならば悪戯の手を一時止めて、『自分は飼い主の意向に従っているだけだ』と主張する。
その言葉を受けた者達が悪意ある噂に踊らされることを止め、冷静な目で見てくれるようになった。それだけのことだが、以前の私からすれば、考えられないほど周囲は穏やかになったのである。
その分、ミヅキが危険人物認定された気がするが、本人曰く『事実じゃん』。……少しは否定しろと言いたくなったのは、余談であろう。
「貴方のような保護者がいるから、魔導師殿もその意向に沿った決着を目指すのでしょうね」
「……。否定はしないよ。放っておくと、ミヅキはどこまでも暴走するから」
「ふふ、微笑ましいです」
ああ、まったく! あの子は本当に予想もしない結果をもたらすね!
温度差のある親猫と大型犬。
慣れていないので、大型犬が素で見せる好意に戸惑いがち。
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。
平日は毎日更新となっております。




